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女力士への道  作者: hidekazu
それぞれの想い・それぞれの願い

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それぞれの道 ⑤

「悪いね、こんなところまで呼び出すような感じになって」


「いえ、理事長から私の携帯に連絡されることはほとんどないので」


「ここは、私たち以外いないのだから理事長はやめてもいいんじゃないの?」


「たとえ母であってもそこは、この度は色々私の事で迷惑をかけてしまって」



 女子大相撲協会理事長 山下紗理奈


 女子大相撲 東横綱  桃の山


 二人きりで話すのは、桃の山が大関昇進を果たした時以来だろうか、そんな二人がまだ開設はされていないが新しい女子大相撲の会場と併設されている協会の建物にあるウォーミングアップ用の相撲場に、母である紗理奈は呼び出したのだ。まだ大会での優勝の余韻が冷め切らない桃の山をいや娘である愛莉(桃の山)を・・・。


 暖房も入っいない相撲場は三月と云えども深夜はそれなりに冷えている。壁に掛かっていアナログの掛け時計は午後11時を指している。


「二人きりになれるチャンスがなかなかなくてねぇ、と云うよりお前と会うことに何か躊躇してしまっていてね」と白木の壁に寄りかかり腕組みをしながら愛莉を見ている。


「私も・・・お母さんに会うことには」


「お前を横綱にしたのは」


「反対していたんですね私が横綱になることに、凛子さんに詳しく聞かされました。あの時のことを役員の方々は誰も喋ってくれなかったら・・・でも、お母さんなら反対していたのだろうとその意味では私の予想していたことだと」


「愛莉・・・」


 母である妙義山がいなければ相撲もそのものに興味を持つこともなかったかもしれない、父も大相撲の大関まで云った鷹の里、でもそこは男の大相撲であることでやはり別だったのだ。


「入門を阻止するためにお母さんは葉月山さんを使って私をボロボロにさせてあきらめさせるはずだった、葉月さんはとことん私を苛め抜いたのにそれでも私は食い下がった自分でも信じられないくらいに、自分がそこまでなぜ力士になることに固執したのかお母さんが私を力士にしたくないと想うほどに」


「・・・・」


「葉月山は私が目標とする人だった。そして、妙義山は偉大な女力士であり私の母であり、私を陰ながら見持っていてくれている女神のような、でも鬼のように厳しい女性、それは永遠に超えられない・・・」


 愛莉は、つい母の視線から自分を逸らしてしまう。それは、母から威圧感と云うよりも自分自身の自信のなさ、気持ちが優しすぎるのだ、だから母としては厳しい相撲の世界に愛莉を行かせたくなかった。この厳しい世界に、なのに・・・・。


「愛莉」


「はい」


「もうお前は、私の手の届かないところにいるんだ。今日の相撲を見てもうおまえは・・・・、妙義山など霞んで消えてなくなるように、深緋色の締め込みを絞めているお前を見た時に妙義山の四股名を継いでくれるって、でもそれがおまえのためになるのかと・・・」


「大会で絞めた深緋色の締め込みは私の覚悟!私のせいで日本が負けた時は引退する覚悟で同時に深緋色の締め込みも初代絶対横綱・妙義山も・・・だから絶対に負けるわけにはいかなかった!自分のためそして、母のために」


「愛莉・・・」


「本当は、妙義山の四股名は葉月さんに継がせたかったんじゃないのかと・・・今日の最後の大一番に葉月さんから授かったものがあったんです」と云うと腰に巻いている博多帯の間から真綿に包まれた淡いライトグリーンの翡翠ヒスイの勾玉を母の前で広げる。


「これ・・・・」


「妙義山の相撲魂が宿っている。葉月さんは絶対に負けられない取り組みには必ず締め込みに入れて、そして絶対に負けなかった・・・この勾玉はあなたが持つべきだと云われて渡されました。私はまだまだ葉月山の足元にも及びませんましてや妙義山などはるか遠くに・・・・それでもこの妙義山いや初代絶対横綱の魂が宿る勾玉が私のところに来た以上、まだまだあらゆる面で足りませんがそれでも妙義山と云う四股名を継がせていただきたい!女子大相撲、東の正横綱・桃の山として、そして、妙義山の娘として」と云うと愛莉は深々と一礼を・・・・。


紗理奈にってその勾玉は妙義山のすべてを知る分身のようなものだった。それを葉月に渡したのは力士としての出世もさることながら女子相撲界を力士として引っ張て行ってくれると願い授けたのだ。力士として出世し絶対横綱として日本はおろか世界からも敬愛され次は・・・


 しかし、葉月はこれからの女子相撲界を引っ張ってはくれなかった。勾玉のことなど頭の隅にもなかったほどに本当は落胆してしまっていた。そこへ突然見せられた勾玉、その勾玉を娘である桃の山が持ってあの大一番に臨んでいたこと・・・まるで勾玉自身が宿る場所を自分で選ぶように、そしてその勾玉は娘である桃の山を選んだのだ。



「選ばれし者にしか宿らないか・・・・」と紗理奈は独り言をつぶやくように


「えっ、」


 紗理奈は愛莉をまっすぐに一ミリも視線をずらさずその瞳に、いつもの厳しい視線ではなく、桃の山として力士になって初めて見せてくれた優しい視線で、女子相撲の理事長ではなく母として・・・。


「関係者席でお前の相撲を初めて見た。今までとてもお前の相撲を間近で見る気にはなれなくてね。ただ今回の大会だけは勝つにしても負けるにしても見ておかなきゃいけないって・・・娘は逃げずに土俵に上がって戦っているのに私が隠れて見ているようじゃ・・・」


「お母さんがあの席で見ていたことに最初は気づかなくて、葉月さんに教えていただいて」


「深緋色の締め込みを絞めているお前を見てとても冷静ではいられなかった。締めてくれたことは嬉しいはずなのに片方で桃の山はこの勝負に勝てるのかと、でもお前は勝った。女子大相撲史上にに残るであろう大勝負に勝った。負ければすべてを失うであろう勝負に勝った。自分で生んだ娘を信じ切れなかった自分が恥ずかしかったよ」


「妙義山の魂、葉月山の魂が宿った勾玉が私に力をくれた。私の相撲道は勾玉と共に進むしかない、もう後戻りはできない。改めて、【妙義山】を継がせてくたせさい。妙義山の四股名を受け継ぎ資格あるのは私だけ!誰にも譲れないそれだけわ!」


  愛莉のその言葉に胸が詰まる。大関昇進の時、紗理奈自身がある種の勇気ではないが四股名のことを云ったときは、無下に断られてしまった。ただそれは愛莉自身がまだ継ぐことができるところまで自分の実力がなかったからだと想っていたからなのだがそこには二人に僅かな齟齬(そご)があったのだ。母と娘の関係は男女関係以上に繊細なのだ。ましてや勝負の世界で生きるものと生きてきたものならなお更に・・・。


「ありがとう・・・愛莉」と紗理奈は何も意識することなく


「妙義山の名を汚さぬようさらに精進します。それと一つだけお願いを聞いていただけないでしょうか?」


「お願い?」


「私に、稽古をつけていただけないでしょうか?」


「稽古?」


「私は、妙義山いや母と一度も相撲をとったことがなかった。あの大阪での真奈美さんとの一戦はエキシビションではあったけど母の相撲をしている姿を生で初めて見た。その時、お母さんと今まで遊びでも相撲をしたことがないことに、最初で最後、手合わせしていただけないでしょうか?せっかくこの相撲場にいるのですから、初代妙義山を肌で感じたいのです!」


今まで遊びでも愛莉と相撲を取ったことがなかった。本来なら遊びでも相撲を取ってあげるべきだったのだがそれをしてこなかった。ひとえに娘を絶対に女性力士にしたくなかったから、中学・高校と相撲をしたいことは何度も云われたがそれを許さなかった。結果、陸上の投てき競技に熱中し日本代表はおろかオリンピック候補と云われるぐらいまでいったのに・・・・。


「東の正横綱のお前が私と相撲して何の意味があるんだ。相撲の真似事をするんだったら断る」


「大阪で真奈美さんとやったのも真似事ですか?私にはそうは見えませんでした!娘である私では本気になれませんか鬼と云われた妙義山にはなれませんか!初代妙義山!!」


睨みあう二人。それは敵意からくるものではなく母子としてお互いを認めていながら、紗理奈は素直に娘の意図を汲むことに躊躇してしまう。愛莉の私に対する想いが痛いほどわかるから・・・。


「わかったよ。その代わり本気の相撲だそこに私情は一切挟まず、初代妙義山として桃の山に挑む私の今できるすべてを出して、最初で最後の・・・」


「わかりました。私も昨日の今日ですが死闘を潜り抜けてきたあなたの娘として今できる相撲をあなたにぶつけます。覚悟してください!」


「そこまで云われちゃな、稽古廻し用意するよ」


「待ってください。ここは締め込みで深緋色の、明け荷を持ってきます」と云うと愛莉は荷物を置いてある部屋へ・・・。


(愛莉、お前はもう過去の私なんかはるかに超越した力士だよ!自分の娘でありながらお前を認めることができなかった。この厳しい世界にお前を入れたくなかった・・・でもお前は・・・)


「理事長、そろそろ帰っていいかい?」と相撲場の片隅にあるパソコンなどが置いてある部屋から遠藤美香が出てきたのだ


「その云い方はよせって云ってるだろう」


「あんたの娘なのかねぇ?鳶が鷹を生んでしまいましたって感じだなまるで」


「口だけは絶対横綱だなお前は、鷹が鷹を生んだんだよお前は鳶どころか雀に食われる虫だよ虫!」


「春場所は二代目妙義山が誕生するのか・・・感銘深いな」


「選ばれし者しかこの四股名は使わせない。それだけのことだ」


「選ばれし者か・・・・葉月山に継がせてたら今頃・・・」


「美香、あんたには感謝しているよ」


「はぁー、今更かい」


「あんたが裏で支えてくれていなかったら・・・」


「あんたのケアをできるのは私しかいないからね、ほんと気苦労多くてまいるわ。自分の娘と話をしたいから会う方法考えてくれって、なにが【鬼の妙義山】だよまったく」


「美香しか頼める奴いないから・・・・」


「さてと、桃の山が戻る前に帰るわ。お前の深緋色の締め込み姿も見たいがそこは親子で・・・じゃ・・・あっ」


「遠藤さん?」


大きな明け荷を持った桃の山が帰ってきてしまったのだ。


「なんで???・・・・あぁそうか、母からこの場所で会いたいって指定してきたことに違和感を持ったんですが・・・これって美香さんですよね考えたの?」


「桃の山は鋭いね、ここで会えと云ったのは、あんたが深緋色の締め込みをつけて土俵に上がったってことの意味をね・・・。似合っているねその締め込み」


「初代・妙義山の娘として二代目妙義山として・・・」


「そうかい、紗理奈、娘に締め込み絞めてやりなよ」


「あっぁぁ」


二人は小上がり畳敷きの上で絞めこんでいく。お互いどこかぎこちないようだが・・・。



「両妙義山、土俵の中央に立て、写真撮ってやるから」


 二人は一瞬顔を見合わせたが、お互いの表情から何一致したようで、土俵中央仕切り線の前に立ちレンズを見る。


 美香は三脚にニコンZ 7IIを装着しファインダーをのぞく。


(母娘二代の横綱か・・・ここまで来たんだな日本の女子相撲も)


 女子大相撲発足当時は、エロ相撲と揶揄され控え部屋で泣いてしまう力士もいた。そんな女子相撲もいつの間にかグローバル的なスポーツとして世界で普及して今に至る。日本の女子大相撲を土台を作った初代妙義山。そして国別対抗世界一決定戦と云うべき大会で死闘の末勝った桃の山。そして春場所からは二代目妙義山として女子大相撲を引っ張る。


(桃の山、その深緋色の締め込みはとてつなく重いぞ。負けるなよ桃の山、そして二代目妙義山!)


無音に近い相撲場にシャッター音だけが響く。美香は再度、二人の偉大なる新旧の妙義山の表情をファインダーから覘く。


(母娘鷹・・・そのものだね)



 



 


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