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女力士への道  作者: hidekazu
それぞれの想い・それぞれの願い

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それぞれの道 ④

 百合の花は相撲会場を後にすると瀬島隆一とタクシーに乗り瀬島の医院で診断し終えた後、瀬島の車で百合の花のマンションまで送ることになったのだ


 瀬島が運転する背の高い黒のカローラクロスは首都高羽田線をモノレールと並走しながら百合の花のマンションがある鈴ヶ森へ。車内の時計は午後十時を回っている。遠くには大井ふ頭の通称キリンと呼ばれている「ガントリークレーン」が首を揃え何機も並びオレンジがかった光にライトアップされている。百合の花(小百合)は後席からその景色を見ながら・・・。


「今日は色々想うこともありました。アマチュア二人も桃の山も私が思っていた以上に活躍してくれたことと、そろそろ世代交代かなって・・・」


「あの気迫のこもった相撲をされたあなたからは出る言葉じゃないようですけど?」


「私はまだまだやれると想う反面、横綱の名に恥じぬ相撲ができるのかって・・・」


 百合の花はポロっと本心ではないけども心のどこかに魚の小骨のように刺さっているものをつい口に出してしまった。葉月に「日本の精神的支柱なんだから」と云われたことは嬉しかった半面、そんな役割を私が担えるのかと・・・大会開催中はそんなこと考えたりなんかしなかったのに、自分が勝つために日本チームが勝つために精一杯だったから、そんななか負傷しロシア戦を外から見ることに・・・桃の山の激闘を見た時に、ふと引退が頭を過っのだ。


 瀬島はルームミラーに映る百合の花を見ながら若干の苛立ちを感じてしまった。鈴ヶ森の出口を降りず羽田方面にそのまま車を走らせる。


「隆一さん?」


「少しドライブしませんか、天気もいいし夜景を見ながら・・・・」


「・・・・」


 横羽線から大黒線、湾岸線に入り横浜ベイブリッジを通過し湾岸線をそのまま南下していく。その車中二人は、会話を交わさなかった。気まずいということでもないのだが何か二人の間に相違があると云うか言葉にできないものが・・・。


「もし、あなたが相撲を続けることに何かしらの躊躇があるのなら、私はあなたの治療はできない」


「えっ・・・」


 車は横浜横須賀道路へ入り衣笠で下り陸上自衛隊 武山駐屯地の脇を抜ける。時刻はもうじき11時。三崎街道の車の流れはほとんどない。京急三崎口の手前を右に入ると狭い一本道に、ハイビームのヘッドライトの先には一面の畑が映し出されている。車はそのまま直進して行き小さな集落を抜けると目の前に相模湾が広がっている。車をしばらく海沿いに走らせるとおもむろに空き地に車を滑らせる。近くには木造の小さな火の見櫓がちょっこと建っている。


「何か飲み物買ってきます。何がいいですか?」


「えっ、それじゃ紅茶かコーヒーをホットで」


「わかりました」


 隆一は車を降り火の見櫓の側にある自販機で飲み物を買うと後席に乗り込む。


「午後の紅茶 エスプレッソ ティーラテです。あんまり見ないんで自分も買ってしまいしまた」と瀬島は何か照れくさそうに百合の花に渡す


「いただきます」と云うと百合の花はボトルを開ける。微かに紅茶の香りが鼻をくすぐる。


 後席のサイドウインドウガラスを僅かに開けると波の音と潮風の香りが車内に入ってくる。フロントウインド越しには三日月が輝く。


「さっきの話ですけど、相撲を続けていくことに迷いがあるのですか?」


「すいません。先生が治療してくれると云っているのになんか弱気なことを云ってしまって、あの桃の山の死闘を見た時に何か私の役目は終わったのではと、ふと想ってしまって・・・」


「私は相撲は詳しくありませんから百合の花さんの相撲としての力がどのくらいかはわかりません。もしかしたらピークを過ぎて下降局面なのかもしれません。それに対し桃の山関は若いし更に上昇していくんでしょう身体もそして気持ちも・・・」


「・・・」


「自分の仕事は選手としてどうしてもやりたいという人達を体の面でサポートするのが仕事だと想っているんです。そこにはプロもアマも強い弱いは関係なく、ただそれには絶対条件がある。それは本人がどうしても選手として続けたいという強い意志です。


 それが少しでも欠けるのならいい結果は生まれない。それどころか「あの時やめておけばよかった」とか云われるぐらいなら最初から治療の依頼なんかしないでほしい、お互い不幸になるだけです。百合の花さんに多少でも躊躇する気持ちがあるのなら他の先生に治療を依頼してください。厳しい云い方ですけど自分もレスリングの選手でしたし他の選手も色々見てきました。私は医師を目指していながら自分で自分を潰してしまった。だから、私と同じ轍を踏ませないために少しでもいいから助けになれればと、でも本人に少しでも選手として生きることに躊躇があるのならそこで辞めたほうが良いし私も治療はしない。それだけの事です厳しい云い方ですけど」


 隆一はボトルの紅茶を一口、内心云いすぎたとは思ったがそれは本音。


「ごめんなさい・・・治療をお願いしておきながら・・・葉月山さん引退後、気持ちも体も何か中心の芯が折れてしまったようで、なのに葉月さんの期待に応えられないかもしれないし、「私の後継は百合の花だから絶対横綱はあなただから」と云われたことそのことを素直に受け止められない自分が・・・」


「一回戦から見てましたけどあなたがいるだけでアマチュアの二人はおもいきっていけてたように見えました。百合の花と云う守護神がいれば前の二人は多少リスキーなこともできる。そもそもアマチュアにそんなことをさせること自体が間違いですが桃の山関がいない状況ではやらざる得ない。


 でもそこには前提条件としてリスクヘッジなるものがなければそれは単なる無謀です。百合の花関がいなければアマチュア二人だってリスク覚悟の勝負はできない。絶対横綱の意味は私はよくわかりませんが私なりの解釈で云えば勝つのは当然としてもいざとなれば負けること、いや死ぬことも覚悟するそしてその責任をすべて自分で背負う。なにも輝かしい成績だけが横綱ではないと自分は今日の大会でそう思いましたよ。あなたが怪我を負ったブラジル戦、もしかしたら前兆があったのでは?」


百合の花はその問いには答えなかったが・・・。


「砂浜に下りませんか、波の音と海の香りは海の側で感じたいんですが?」と百合の花は話を逸らすように・・・。


「わかりました」


 隆一はショルダーバックを首にかけ百合の花側のドアを開けると百合の花は隆一の肩を貸してもらい車を降りゆっくりと砂浜に歩いていく。顔肌にあたる潮風と波の音、そして欠けてしまいそうな細い三日月。隆一は百合の花歩くペースに合わせていく。そしてしばらく歩き足を止めると。


 なぜか波打ち際に平らな石が・・・。


 隆一はショルダーバックから黄色のちょっと長めのタオルを石の上に広げる。


「この石は「サンコロ石」と云うんです。伊豆半島に点在する石丁場から切り出された江戸城用の石材で,江戸への運搬途中で海中に没したものが,海岸に流れ着いたものと考えられているそうです」


「サンコロ石?」


「この海の沖で石材を運んでいた船が沈み何百年もかかって浜に石だけ打ち上げられた。不思議と云うか・・・」


二人はその石材の石の上に腰かけると尻をずらしながら相模湾に体を向ける。遠くに微かに熱海だと想われる夜景が点のように、風は強くはないが塩分を含んだ強めの潮風が頬を刺す。足元には時たま波がぎりぎりまで押し寄せてくる。そして波の音・・・。


「病院で映見さんと少しだけ話すことができて」と隆一


「映見と・・・」


-------墨南病院 502病室------------


「百合の花関はみんなに好かれていないかもしれないけどわかっている人にはわかる。私も稽古や話す機会を得てわかったことがあるんです。あの方は自分の事よりもまず周りの事って、意識していないのかもしれませんが・・・だからそのことを感じることができる人は百合の花関にシンパシーを覚えると云うか私が偉そうに云える立場ではないんですけど・・・なんか私と似ているのかなーって」と映見はベットに横たわりながら


「慕ってるんだね百合の花関の事」


「百合の花さんは月なんです。でも葉月山と云う太陽を失ったことで輝きを失ってしまった。ご自身で輝くことだってできるのにあの人はそれを拒絶しているようで」


「百合の花関には太陽が必要だと?」


「私もさくらがいなかったら輝くことができなかった・・・相撲辞めてもいいかなって・・・多分立ち位置が変わったと云うか別にそれが自分自身が衰えたからとかそんな意味ではなく、世代交代って役割が入れ替わるってことなのかなぁーって、


 自分の事だけを考えていればよかったことが周りの事も考えなければ立場になった。陽の立場から陰に代わると云うか表舞台から裏方にと云うか・・・でもいざとなれば表舞台に出て仕事をこなすこともできる力はいつでも秘めている。桃の山関が太陽だとすれば百合の花関は月、でもいざとなれば太陽にもなることができるそんな人・・・・えっぇぇ何云ってるんでしょうね私」



----サンコロ石-----


「自分は稲倉先生とは公私ともどもお世話になっていますが娘さんとは今日初めて会って話をしたんですよ。彼女、いい子ですね。学生横綱の女王って云うからもっと勝ち気だと想ったら全然違っていて」


「彼女は勝気ですよ。相撲の試合中は、私に喧嘩売ってきましたから」と百合の花


「小百合さんに?」


「小百合?」


「えっぇぇ」


「・・・・」


 隆一が百合の花の事を意識なく名前で呼んだのは、この流れていけば当然だったのかもしれない。百合の花にすれば自然と自分の名前を呼んでくれることを無意識に待ち焦がれていた。


 お互いいい歳なのに不器用と云うよりもお互いガードが硬すぎて、まるで今腰かけているサンコロ石のように・・・・。


 隆一は自然と小百合の腰に手を回す。小百合も自然と頭を隆一の肩にのせる。


「患者との関係から男性として見ていただけますか」


「条件があります」


「条件?」


「私と相撲をとって勝つこと」


「相撲?」


「私、弱い男は嫌いなんで」


「いいんですかそんなこと云って」と笑みを浮かべる隆一


「私が完調ならたぶんここから海に投げ飛ばすんでけど」と小百合も笑みを浮かべながら


 風が強まり細い三日月は風に流される雲で見え隠れ、海面の波に僅かに乱反射している。


「完調な状態にしてあなたが描いているであろう相撲を取れるようにしますから」


「隆一さんに私のすべてを委ねてもいいですか?」


「まずはあなたの体をそして、気持ちも」


 小百合はその言葉に一瞬目をつむり隆一の唇に軽く口づけをする。


「小百合さん・・・」


「改めてお願いします。体を、そして私のあなたに対する気持ちも・・・」と云うと軽く頭を下げた。


「自分はあたなに厳しいこと云うと想います。大丈夫ですか?」


「はい」


「わかりました」と隆一は云うとおもむろに小百合を抱き寄せお返しとばかりに熱い口づけを、勝負の世界で生きている女性力士にとっていや小百合にとって今の時はなにものにも代えがたい・・・そんな夜に。


 



 


 


 






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