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女力士への道  作者: hidekazu
それぞれの想い・それぞれの願い

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175/324

それぞれの道 ①

-------放送席-------


「審判団の協議がちょっと長引いていますが・・・・あっ、審判団から審議の内容が放送されるようです」


 審判団の一人がマイクを持ちスイッチを入れる。


「先程の取り組みについて、行司軍配はアレクサンドロワ アンナに上がりましたがアンナの体が落ちるのと桃の山の足が出たのが同時ではないかと云う事で審議を致しました。その結果、桃の山の足は俵上にあり先にアレクサンドロワ アンナの左肘が付いたのが先であるとして行司軍配差し違いで桃の山の勝ちと致します」


 館内が一斉に歓喜に包まれる。二回の水入りを挟み最後は両者持てる力を使い切った結果が土俵際の紙一重の攻防で桃の山が勝ったのだ。


 桃の山は天井を仰ぎ顔は汗で光っているがその中には涙も混じっている。桃の山にとって相撲人生を賭けた勝負に辛くも勝ったのだ。土俵上でじっと動かず何か自分の感情を押し殺すように・・・。


 アンナはその桃の山を見つめている。しかし、その視線はどこか優しく感じると同時に本人にとっては納得した表情で・・・。そして、桃の山の先に見える永遠のライバルでありもっとも尊敬を抱く元力士、葉月山に視線を合わせる。


(桃の山には完敗だよ。葉月山無きあとの日本は弱い?とんでもないねぇ全く。私としてはこれで悔いなく力士を引退できる。勝てなかったことは残念だけど桃の山の方が僅かだが気迫が勝っていたってことかな・・・)


(アンナさんなら今の桃の山では苦しかったでしょう?でもさすがですアンナさん。力は落ちているはずなのに気迫だけは以前より増していると感じるほどに・・・・。勝ちに行こうと思えばいくらでもやり方はあったはずなのに・・・桃の山には本当にいい経験と勉強をさせてもらったはずです。私からも感謝します)と葉月はアンナに軽く頭をさげた。アンナも若干鼻で笑いながらも軽く頭を下げる。


 両者仕切り線の前に立ち一礼すると勝ち名乗りを受けた桃の山は蹲踞の姿勢から手刀を切り立ち上がるとすでに土俵から下りて帰ろうとしていたところを桃の山が声かけた。


「土俵に上がっていただけませんか?」と桃の山は英語で、


桃の山の言葉に一瞬意味が分からなかった。負けたものが土俵を去り花道を消えていく、勝者は土俵で勝ち名乗りをあげられ敗者は土俵から去り花道に消えていく・・・。


 アンナは桃の山に視線を合わせだが行動には移さなかった。少なくとも自分は負けたのだから・・・。


「ここまでの大相撲だったのですからアンナさんも称賛されるべきだと少なくとも私は思っています。上がっていただけませんか?」


 桃の山の言葉はプロの力士というよりもアマチュア選手と云ったほうが良いくらいに純粋なのだ。プロは勝ち負けの世界、敗者に情けではないが桃の山はそんな力士なのだ。勝った桃の山はもっと喜んでいいのだがそれは桃の山というよりも日本人としての美意識みたいなものなのだ。


 アンナは迷ったが土俵に上がると桃の山がアンナに一礼して


「この相撲は私が力士になって一番苦しかった。体力的・精神的に・・・でも今までで一番やりきった相撲でした。だからアンナさんには感謝したいんです本当に・・・」


「私もあなたに感謝しないといけないのかもしれないまずは代理を立てずに出てきてくれたことそして力勝負の相撲で挑んでくれたこと、そして私を本気にさせたことに」


 アンナはそう云うと桃の山をハグするように包み込む、今まで直接対決どころか口すらも聞いたことがなかったのに、それでも何か自然とそうさせてくれるものを桃の山から感じ取れたのだ。


 館内からは二人に惜しみない拍手と声援が送られている。二人は東西南北の観客席に軽く一礼するとアンナは土俵を降りて花道へそして出口に消えていった。


桃の山も土俵から下りようとした時にふと関係者席を見る。母である理事長の姿はもういなくなっていた。これからおこなわれる表彰式で母と対面するわけだがそれは本割で優勝した時とは意味が違う。世界を相手に戦い海外力士勢には弱いと云われた桃の山が死闘を制したのだから・・・・。


 土俵を降りると代表メンバーである面々から抱き着かれなぜか叩かれ歓迎を受ける。その先で表情を緩めている葉月監督がいた。


「監督・・・」


「いい相撲だったわ。この大会にふさわしい大一番だったし、あなたにとっても・・・」


「葉月さんがアンナさんを尊敬されている理由が分かった気がします。単に相撲が強いだけが最強ではないと云うことも、相応しい相撲を取るという意味を」


「あなたにとってはいい勉強になったと思うわ、あなたの真の相撲の力を開花させてくれた、本当は私がやるべきことだったけど・・・」


「葉月さんの最初で最後の弟子として愛弟子にはなれなかったけど・・・」


「本当なら相撲のいろいろなことを教えるべきだったけどそれは自分で見つけないと・・・愛弟子にはなれなかったかもしれないけど一番弟子であることは間違いない!何も教えてないけどね。控え部屋に行って整えて表彰式よ!」


「はい!」


代表の面々はみんな支度部屋へ関係者席で見ていた百合の花は車いすに乗せられさくらが押して花道へ消えていく。



----------西の花道-----------------



桃の花との勝負に負けたアンナは一人西の花道から出入り口に向かう。チームメイト及び監督コーチ陣は館内には入らず日本とは対照的に実に寂しい光景ではあるがアンナの表情は何か晴れ晴れとやり切ったと云う表情でけして下を向かず歩いてく。館内からは桃の山と同じくらいアンナにもお疲れさんの声が惜しみなくかかる。この取り組みには勝者も敗者もなくそこには観客を熱狂させてくれた二人の横綱に対するありがとうと云う気持ちなのだ。


 館内から控え部屋に続く通路へ入った時、そこにはロシア代表チームの面々がアンナを出迎えてくれていたのだ。


「何してる?」


若手筆頭の横綱コヴァルベラがアンナの前に立ち一礼する。それに合わせるように他のメンバーも一礼する。


「アンナさんお疲れさまです」


「負けてしまったけどな」


「でもすばらしい相撲でした。勝敗は紙一重の差でしかなかったし、館内にはちょっと行けなかったので入口のところで見さしてもらいました。部屋でモニター越しに見るのはどうしても・・・」と云いながらうつむき加減に・・・・。


「そうかいいらん神経使わせたな、でも私の相撲を生で見ていてくれたのか・・・」


 ロシアは横綱コヴァルベラで勝負するつもりだったのだがそこを独断でアンナが勝手に土俵に向かったのだ。当然、監督・コーチは止めに入ったし最後は相撲協会から追放処分をするまで云われたのだ。脅しのつもりだっのかもしれないがアンナからしてみればそんなことは想定済み。それ以上にコヴァルベラがナーバスになっていたこともアンナからしてみれば後味の悪いような相撲を取らしてはいけないと云う想いもあった。それも自分が相撲を取りたいがための都合のいい言い訳のようだが・・・。


「観客はいい相撲をすればちゃんと評価してくれる。もちろん勝てればそれに越したことはない。これから国際試合が増える。ワールドツアーも始まる。相撲は勝負事だから勝つに越したことはないけどそれはあくまでも結果であってそこまでの勝ち方を観客は期待しているんだ。アマチュア相手にプロ張りのぶちかまして脳震盪でも起こさせれば私みたいに非難を浴びるんだ!私だって後味は悪かった。それはプロでも同じだから・・・」


「アンナさん・・・」


「この大会を機に引退しようと思っていたんだ、桃の山との対戦の云々かんぬんは全く関係なくこの国際大会で自分の相撲人生に終止符を打つのが最良の選択かなって」


「そんな。だってあんな相撲取れるのにまだまだ引退なんって!」コヴァルベラは強い口調で、でもその表情にはそんな予見もしていた云うようにもアンナには見える。


「コヴァルベラ、もうお前はロシアのプロリーグで横綱を張っているんだ!オルガもコザノワもプロリーグ希望ならその見本にならなきゃいけないんだ、いつまで甘ったれること云っているんだ!日本は桃の山を中心に世代交代が進むようにロシアも・・・ロシア代表メンバーとして長くはできなかったけど私は若い世代の力士やアマチュア選手と過ごせたことには感謝しているよそこには嘘はない。」


コヴァルベラはアンナに抱き着きすすり泣く。政治的なことがなければアンナが代表チームに入ることはなかったしライバル国の力士として戦っていたはずだった。アンナ加入後のロシアチームは更に強くなり女子相撲の世界では一つ抜けた存在になっている。他国の力士や選手からしたらある意味不幸な力士とみられているかもしれない。自分の住んていた地域が突然他国に併合されてしまったのだから、まさしく青天の霹靂だった。本当なら戦うべきことだったのかもしれないでも生きていくために受け入れた。自分一人だけなら違う選択もあったのだろうが・・・。


「すいません。私はいつもアンナさんに怒られてばかりですね・・・」


「コヴァルベラ、世界から愛される力士に世界の相撲をやっている女子プロ・アマチュアから尊敬と憧れを持たれるような力士に」アンナは他の三人のメンバーの顔も見ながら、「期待しているよ」


 他のメンバーもアンナに抱きつく。アンナもおもわず感極まってしまった。


(本当は指導者としてあなたたちと接していきたいけどもう無理だから・・・でもここまでやれたのはあなた達のおかげだからありがとう、本当に)


アンナにとって晩年の相撲人生は結果に翻弄された日々だった。それは自分にはどうすることもできない出来事。祖国との対戦でも表向きはライバル国、ロシアのメディア相手にはウクライナのことを罵倒するような発言をしたり、そのことでウクライナのメディアには裏切り者のレッテルを張られ仲間だったウクライナの代表メンバーからは辛辣な発言が掲載されたりされていた。それもこれも新たな祖国で生きていくために必要なこと、生きていくため・・・・でもそんな生き方も正直疲れてきた。


(相撲で生きていく道はもうないと思う。これで、これでよかったんだ)


 アンナはゆっくり前を向いて控え部屋に歩いていく。そして少し離れて他のメンバーもついて来る。遠くからは館内の歓声がかすかに聞こえてくる。


 一位から三位までの代表者が土俵上で表彰式をする予定ではあったがロシアは辞退という形をとった。最後は後味の悪い感じになってしまった。あれだけのいい相撲をしたのに・・・ロシアから売られたような大会で負けたことを認めたくなかったのか?一種の戦犯であるアンナに対しての他のメンバーへの見せしめなのか?




 

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