最終決戦 ! 日本vsロシア 深緋色の決意 ⑩
日本の控え部屋には、葉月・璃子、桃の山・さくら、そして伊吹桜と十和桜が・・・部屋の雰囲気は決してよくない。葉月がこの後の取り組みを説明し選択選手をどうするのかに、葉月は覚悟は決めてはいるがそこには絶対条件として本人が自ら意志を示さなければならないと・・・。
「これだけの大相撲で両者疲弊して真面な相撲は取れないから代理を立てる、一見理にかなっていますが、日本に選択はないですよね?もっとやり方はあったんじゃないんですか!ここまでの大相撲で決着がつかないのなら引き分けと云う選択だって!そうゆうことを提案したんですか!ロシアは三人とも万全な選手がいるんですよ!それも世界で戦って常に上位に入っている力士がプロもアマも監督は高校生のさくらを出すんですか?この局面で!」と伊吹桜は葉月監督に意見したのだ。
「この大会に引き分けはないのよ、これは女子相撲の主権をどっちが握るのか政治的意味合いもあるのよ、本当はこんな大会するべきじゃなかった。プロ・アマ混合なんって一見面白そうな大会ではあるけど・・・今頃そんな事云っても始まらないけど、とにかく決着はつけるってことよ」と葉月は伊吹桜の問いをはぐらかすように・・・。
桃の山は小上がりに上がり仰向けになり顔にタオルをかぶしている。
「さくら行けるか?」と璃子は声をかけた
「えっ・・」さくらは完全に顔が強張っている。
今の流れは桃の山の代理として土俵に立つ、それもロシア側は誰を出してくるかわからない、はっきり云えるのはロシアにおいてのプロ・アマ両横綱が万全な状態で残っていること・・・。猫だましと云う奇策で若手筆頭の横綱コヴァルベラに勝利したことは事実だがそれはあくまでも奇策。
もし本当に自分が代理で出たら、もう奇策は通じない。それよりいまのさくらは恐怖心以外の何ものでもない。それは勝負での勝ち負けよりロシア相手に相撲をする恐怖。本気でのプロとアマの勝負と云うのは本来やってはいけないのに係わらず、この大会はその垣根がないのだ。映見がぶちかまされて吹っ飛ばされあんな状態になってしまったことのある種の恐怖は高校生のさくらにはあまりにも酷すぎる。
葉月は小上がりで仰向けにタオルを被っている桃の山の姿に無性に苛ついていたのだ。二番で二十分ほどの大相撲で精魂尽き果ててと云うのはわかる。でもまだ何も終わっていないのにも拘らずなのにその姿に苛立って仕方がないのだ、今までの話を聞いていないはずはないのに・・・。
「怖いです・・・出るのが・・・」と震える声のさくら。相撲を取ることに恐怖感なんか感じることなんか今までなかったのに、さくらはこの大一番の重大さにとてもじゃないが耐えられるわけなんかないのだ。女子相撲の世界的主導権がどうだとかましてやある種の政治的色合いが濃いこの大会の決着を高校生に託すことが無茶なのだ。
「棄権しましょ!それでいいわ。さくら、あなたにやってはいけないことをやろうとしてたことは私の無責任からくることあなたをそこまでの気持ちにさせたこと謝罪するわ」と云うと葉月はさくらに頭を下げた。
「私、監督にそんなことさせるつもりで」
「いや、そうじゃないの高校生のあなたにそんな言葉を出させてしまったている時点で私は指揮官として失格なのだから、さくらあなたは代理で出ることはない、たとえあなたが出たいと云っても」
「監督・・・」さくらの顔に悲愴感が浮かぶ。
「そんな顔しないでここまで来れたんだから恥ずべきことではない、アマチュア二人の活躍がなかったらここまで来れなかったことは事実なんだから」とさくらを抱く葉月。
「ごめんなさい・・・・」とおもわず口にしてしまったさくら、謝る必要もないのにそこまで追い詰めてしまったことに葉月の胸が痛む。それと同時に仰向けになりタオルを被っている桃の山の態度に腹が立つのだ。今までの話を聞いていない訳はないのだいくらヘトヘトになっていおうと・・・。
(深緋色の締め込みを締める覚悟はその程度だったか・・・)葉月は桃の山の態度に怒りを通り越してあきらめの気持ちに変わっていた。本当はここまで来れたことは奇跡なのかも知れないが。
「璃子さん。棄権しましょう、うちには真面に相撲できる者はいないのだから仕方がないわ。私が審判団の方に手続きをするわ」と淡々とした表情をしながら控え部屋を出ようとした時、「パッン」と若干鈍い音が・・・。
「立てよ、立てよ!」
(伊吹桜?)
「立てよ!!!」
伊吹桜は仰向けになっている桃の山の顔からタオルを取りおもいっきり引っ叩いたのだ。
「横綱のくせしやがって!この勝負にさくらなんか出せるわけねぇーだろうがよ!、お前が精魂尽き果ているのはわかる。多分真面な相撲はできないよそんなのわかってるよ!でもなこの大一番で横綱が試合放棄して高校生に任せるような状況なんってあるかよ!横綱が出たくないのら私が出たいよ!桃の山!!」
格上の横綱に対しての言葉づかいではないことは重々承知の上でもどうしても我慢ならなかった。確かに水入りを挟んで大相撲は桃の山はおろか日本の女子大相撲にとって全くの未知の世界、しかしそれでもまだ決着ではない。ロシア側の代理を立ててと云う提案に日本側がやすやすと乗った事は憤りすら感じるがそれでも決まった事。代理を立てるとしても桃の山は出るなとは云っていないのだ。高校生のさくらしか真面な状態の選手がいないとしても横綱ならば再度土俵に立つのが責務ではないのかと・・・。
控え部屋の雰囲気が重苦しい。桃の山が満身創痍なのはわかる、それでも土俵に立たなければないそれほどこの大会は厳しいのだ。百合の花・稲倉映見の負傷は桃の山にも責任の一端はあるのだ。
「悪いんだけど、桃の山以外はこの部屋から退出してもらえないかしら?」
「葉月・・・」璃子の不安そうな顔。そして他の三人も・・・。
「璃子さん悪いんだけどもう時間もないし、桃の山と・・・」
「わかったわ」と璃子が云うと他の三人も部屋を出ていく。葉月はみんなが退出したのを確認すると引き戸を締めロックを掛けた。そのことに特に意味はないけれど。
葉月は壁に凭れかかり軽く溜息をつく。桃の山は起き上がり小上がりの縁に腰掛けている。
「私はこの大会での日本の弱点は桃の山だと思っていたのよあなたには失礼だけど、だから私は家にあなたを入れてリンチまがいの稽古をした。これでもう終わったって、これで桃の山が潰れたとしてもそれはあなたのためにはその方がいいって、勝負の世界で生きていくにはあなたは気持ちが優し過ぎるから・・・この大会あなた抜きで試合に臨む気持ちでね。でもあなたは来た、そしてここまで勝ち上がってきたそれも想像を絶する死闘でまだ決着はついていないけど・・・」
「・・・私」
「土俵下の関係者席で理事長が観戦していたの知ってるでしょ?」
「えっ・・」
「少なくともあなたの取り組みを本割でも見に来たことはなかったんじゃないかしら?今まで来たことがなかったのに、さすがにこの大会でのあなたの相撲は見たかった」
「母が・・・」
桃の山が入門して母である理事長は本割で観戦することはほとんどなかった。もちろん観戦に来ることはあっても桃の山の取り組みの時は何気に席からいなくなっているのが常である。母との確執と云うか母は今でも力士としての私を認めていないと・・・一度だけ大関になった時母から改名して『妙義山』にしろと云われたことがあったがそれも桃の山から無下に蹴ったのだ。それ以降は横綱に昇進しても改名の話どころか会うこともほとんどなかった。お互い避けるように・・・。
「深緋色の締め込みは妙義山だけが許されている色、己の魂を燃え滾らしてどんな強敵な相手にも立ち向かう女力士は後に絶対横綱と云う称号を女子相撲ファンから貰う事となる。日本の女子大相撲の土台を作ってくれた偉大な力士であり理事長である。その深緋色の締め込みを娘であるあなたが締め横綱として相撲を取っている。あなたがその締め込みをしてきたことに私は覚悟をしてきたのかと」と葉月は語り部のように・・・・。
「水入り後の一番で決められなかったことに何か心が折れてしまった。そしてこの深緋色の締め込みを締めていながら決められなかった。母だったらこんな弱気な事は云わなかったでしょうね?この締め込みを付けるのにはまだ役不足だった。私はこの大一番でもう・・・」
桃の山は深緋色の締め込みを両手で触りながら・・・。二番の苦しい相撲で締め込みには汗が染み込み黒ががった赤に深緋色はさらに深い色に変わっていた。絹織の締め込みはの絹は絹糸の原料となる蚕 (かいこ) の作る繭 (まゆ) 。蚕がサナギになる時に、自分の体を外界から守るためのものだ。その繊維には、適度な吸湿性と放湿性があり、軽く、強靭でいながらしなやかさが備わっている。
「その締め込みは桃の山にとって『神器』なのよ、母「妙義山」の魂を宿した。それを身に着けることができる力士は桃の山しかいない。母娘鷹・・・唯一許された桃の山でしか」
「葉月さん・・・・」
「さぁー締め込み締め直そうか」と云うと葉月は締め込みを外していく。汗を十分に含んでいる締め込みは湿りだいぶ重くなっている。外した締め込みを真っすぐに広げ砂を落とし拭いていく、丁寧に丁寧に葉月なりの想いを込めて・・・。その姿を見る桃の山にとって憧れであり目標であった元葉月山と相撲の場に居られるのも今日が最後なのだ。その間に再度レオタードを新しいものに着替える。
「じゃ桃の山締めていくから、ハイっ持って」と締め込みの端を手に持たせて締めこんでいく。
「葉月さん・・・・」
「あなたにこうやって締めこんでいくのはあなたが入門前に稽古したあの時以来ね。まぁあの時は木綿の廻しだったけど・・・あの時から一回り以上は体も大きくなったわね適度に脂肪は乗っているけどその内側には強靭でしなやかな筋肉が隠れている・・・ここまでになったのね」
桃の山は何も答えないが本当は泣きたいぐらいに・・・・。
「ちょっときつめに締めこんでいくわね前はどう?」
「大丈夫です」
葉月は最後尾部分を強く締め込み結び目を作り最後は廻しの最後尾を廻しに差し込む
「よっし!。前向いて桃の山」
桃の山は体を反転して葉月の前に顔を向ける。
「うん、いい雰囲気だ。それと・・・・」
葉月はハーバルグリーン色のトートバックからある物を取り出した。
「これはお母さんが引退された時に渡された勾玉なの」と云うとそれを桃の山の掌にのせた。
淡いライトいグリーンの翡翠の勾玉はひんやりと冷たくもその小さな勾玉からは底知れないパワーを出しているようで。
葉月は桃の山の掌の勾玉を取ると真綿で包み締め込みの中へ入れていく。
「葉月さん・・・」
「絶対に負けられない取り組みの時はこの勾玉を締め込みに入れてね、この勾玉を締め込みに入れた時は絶対に負けなかったわ。この勾玉には妙義山の相撲魂が宿っているのよ、本当はあなたを家に入れた時に渡すべきだったのだけど大会に出場するかどうかわからない奴には渡せないと思って・・・。この勾玉はあなたが持つべきだわ!」
「私の宿命なんですね・・・妙義山として力士として生きることが」
「もう時間がないわ。桃の山いや二代目妙義山!出陣よ!」
「はい!」
葉月はロックを外し通路に出る。そして後に続いて桃の山も・・・・。
通路には四人が壁に凭れかかり全員俯き加減になっていたが
「はい!伊吹桜・十和桜・石川さくら!横綱を土俵まで先導して!」
「はい!」
三人の先導で土俵に向かう桃の山。体力的にはもう限界を超えている。でも気力と精神力だけは満ち溢れている。口を真一文字に真っすぐ先を見据え歩いていく。その後ろ姿を見ながら葉月はこれから始まる最後の大一番に胸が高鳴る
。
(必ず勝って。そしてその先への扉を開けるために!)




