学生力士とは・・・④
中京三県女子相撲選手会とは、愛知・岐阜・三重の大学及び高校の女子相撲部のクラブのようなもので年に三回程度集まり主な議題は年一回おこなわれる中京圏高大親善試合の運営は学生が企画立案し運営する大会なのだ。
ただ西経大は今までこの会には参加したことが一切なかったのだが今回は初めて大学として来年の試合にも参加予定なのだ。地方レベルとは云え大会が増えることは女子相撲にとって歓迎だしそれだけ女子相撲のすそ野が広がりレベルアップにつながる。瞳自身はその大会には興味があったが上級生や監督はあまり興味はしめしていなかった。付属高校の方からは参加の依頼があったことも要因だと思う。そのうえで来年4年になる吉瀬瞳を部としては参加させることにしたのだ。
選手会にとっては全国トップレベルの西経大学が参加してくれることは大会の地位も上がるし大会のレベルが上がることは選手会としては歓迎以外の何ものでもない。
高校時代の主将であった吉瀬を知っている選手達からすると相撲はもちろんだが部の改革にたいしての彼女の評価はある種のカリスマなのだ。
会として主要議題の親善試合の話は吉瀬と云う西経次期主将が参加したことにいつも以上に活発な意見が飛び交い有意義な会であった。その後どうしてもこの話は避けて通れないと今年度の持ち回り議長である三重紅葉大学女子相撲部主将の楢崎が切り出した。
「今日は西経の吉瀬さんも参加していただいて非常に有意義な会議になったと思います」と云うと一息入れて
「西経の吉瀬さんに来ていただいたのに申し訳ないとは思いますが先日の稲倉さんの話について少し話をしたいと思うのですが・・・」と楢崎は遠慮気味に・・・。
吉瀬は当然その話にはなるだろうと思っていたので驚きもしなかった。ただ予想していなかったことは、選手会として一つの意見を出してもいいのではないかと云うことが大勢を占めたこと。会としては稲倉の提言に異を唱える者は殆どいなかった。しかし、吉瀬は違っていた。
「稲倉のあの会見での意見には私個人としては異議を唱えるつもりはありません。ましてや稲倉は私の一つの下の後輩で高校時代から一緒にやってきた仲間です」瞳は続ける
「あの張り手の応酬はアマチュア特に学生がやるべきでないことは皆さんと同じ気持ちです。ですがあの相撲を見て青葉大の神崎さんや監督を責めるのは酷かと・・」
吉瀬の話はこの会に参加している他校の選手からするとみな意外と云う表情だが
「大学を出れば即大相撲に行く選手からするとあの試合は甘く見えると思うのです。稲倉は大学レベルなど超えている選手なのでどんな相手でも正攻法で対処できる。それじゃ稲倉を倒すのにはどうすればと考えれば多少姑息な手段を使うのもやむなしだと思ってしまったのです。プロになればあんな甘い試合は通用しない」
「私も大学一年ぐらいまでは稲倉と同じ考えでしたか゛だんだん勝つためにはましてやプロを目指している者なら・・・。」
吉瀬は女子大相撲と云うプロリーグがある以上それに準じるようなことがあってもしょうがないとは想っているがみながプロに行くわけではないそこが難しいのではとただ世界的にはあのような行為は禁止ではないけれども海外のプロリーグでは状況によっては試合を中断する。日本においては張り手の応酬で失神した者もいるほどなのだがけして相撲を中断させることはない。それを考えると張り差しを含めその辺のことをすべて禁止しなければならないが・・・・。
「女子大相撲の番付上位8人中6人は高卒です。偶々なのか知れませんが高卒で下から上がってきたものと大卒で上位番付から入ったものの差。つまり4年の差は相当大きいのかと個人的には思うところがあるのです。アマチュアでは稲倉の云ったことは正論でしょでもプロを目指している者からすればあれぐらいのことは当たり前と・・・」
「では少なくとも大学はプロに準じろと?」と楢崎
「そこのギャップはプロを目指す目指さないと差だと思うのです。もしそこを埋めるとしたら大学出身者の成績による優遇をやめるしかないと思います」
「そうなると大学の相撲部へ行くメリットは大卒という肩書ですか?」
「そこまで云うつもりはありません。私は経営学部で経営を学びたくできれば相撲も好きなので西経を選んだので・・・・今回の根本的な問題は稲倉が審判なり関係者批判をしたことが大きな問題なのです。そこを見誤ってしまうとまずいです」
選手会の多くは吉瀬は今回のことを肯定しているのかと思ったのだが・・・・・
「吉瀬さんは稲倉さんの行動を全面的に賛同しているのかと想っていたので意外でした」と楢崎
それは吉瀬以外の参加選手も同じだった。
「とりあえずこの話は中京圏高大親善試合とは別の話でしたね西経さん申し訳ない。では」と議長が終了を告げようとした時・・・。
「納得できません・・・・納得がいきません!」強い口調で一人の選手が発言をした。
「さくらちよっと・・・・すいません続けてください」と岐阜商科大学の武田裕子が隣に座っている高校生を注意する。
「明星高校の石川さくらさんですねぇ何か云いたいことがあるのでしたらどうぞ」と楢崎
吉瀬はその名前を聞いて彼女の顔を見る。
(彼女が石川さくら。超高校級と称される・・・映見が云っていた有望選手って彼女のことか)
「私は稲倉さんがとられた行動は間違ってはいないと思います。あれだけの張り手の連続を食らわせたら中には本当に死んでしまう人だっているかもしれません。」と云って少し間をあけ
「私はある方に相撲がやりたいから西経に行きたいと実際に推薦も受けていましたので相談しました。そしたらあなたには合わないだから来ないほうが云いといわれてしまいショックではありましたが私が一番信頼している方だったので明星を選びました」なおも続て
「西経の吉瀬さんの話を聞いてその方が云っていたことは本当だったんだなぁと今思いました。西経に行かなくて正解でした」
「ちょっとさくら謝って!吉瀬さんに謝って!」と裕子を頭を無理やり押さえつけるようにして謝罪を要求したがさくらは拒否。裕子はさくらの髪を掴み頭を無理やり上げると右頬にビンタをくらわす。
「いい加減にしなさいよさくら。あなたの個人的な話と今回の話は違うでしょそんなことがわからないのあなたは!」部屋中の空気の流れさえ止まってしまうような感覚にどれだけの時間が経ったのだろうか・・・吉瀬が口を開く。
「稲倉からあなたのことは聞いています。映見と一緒に出場した世界ジュニアでの活躍も・・・。」
さくらは睨むように吉瀬を見ている。
「誰に西経に行くなと云われたかは聞きません。その人が何をあなたに云ったか知りませんがだとしても西経の私に面と向かってそんなこと云われたら黙っているわけにはいきませんねぇたとえ高校生だろうが」と瞳もさくらを睨みつける。
「だったら相撲で勝負つけますか逃げませんよねぇ」
「本気なんですねぇ」
「本気です」
「楢崎さん相撲場を使わせてください」と瞳
「ちょっと待ってください。二人とも落ち着いてください」
「議長、これは喧嘩ではなく相撲の厳しさをこの子に教えてやる必要があるんです。この場で西経を馬鹿にされた以上次期西経主将として許すわけにはいかない。今日は模擬試合もあるのですから・・責任は私が全部負います。お願いします」
「では本日の会議はこれで終了します。みなさんを更衣室にご案内しますので相撲場に集合してください」
紅葉大の相撲部員がみなを更衣室に案内する。そして相撲場へ・・・・。準備運動を済ませ各学校同士申し合い稽古・三番稽古と時間が流れ・・・。
「楢崎さんそろそろ石井さくらと決着をつけたいのでいいでしょうか」と吉瀬。相撲場が張り詰める。それを聞いたさくらは早々と土俵に上がるとそれを見て瞳も土俵に・・・。
(映見よりも大きい?)
石川さくら 身長175cm 体重120㎏。映見が170cmの100㎏なのだ
(大学生だとしてもこんな小兵力士に負けるはずがない。私は世界で戦ったんだ)
吉瀬瞳 身長160cm 体重60㎏
見た目にはどう見ても瞳には勝ち目がない。ましてや相手は超高校級の石井さくら。土俵の周りを選手達が囲む。審判は楢崎。相撲場がしーんと静まる。
お互いに蹲踞、四股と所作を進めていき仕切り線に手をつき、相手を見据える。呼吸が合う瞬間まで、じっくりと待つ。
「はっけよい!」
吉瀬は立ち合い素早く左に回り込むとすぐに左下手と右の前みつを奪取、さくらが抱え込むようにしてきたところを、鮮やかな下手捻りで転がしてしまった。
土俵周りで見ていた他校の選手があまりの速さに何が何だか・・・・約5秒の瞬殺劇。さくらは膝をついたまま立ち上がらない。
「超高校級と云われる選手がこの程度?あなたは西経に来たとしても通用しないでしょうねぇ。相撲を甘く見るな!」それだけ云うと土俵下り一礼すると議長の楢崎に向かって
「今日は出席をさせていただき感謝します。お互い相撲を通じて親交を進めていきたいと思います。協力できることはさせてください。ただ、相撲を舐めているような人は許せない」と今度はさくらを睨みつける。さくらはまだ膝まついたまま・・・・。
「あなたがプロを目標にしているとしたら稲倉映見はあなたの手本にはならない。映見はアマチュアでは横綱でもプロではなれない今のままではねぇ」と云うと無言で相撲場の出入り口で皆に一礼をすると一人出て行ってしまった。
さくらは膝まづいたまま涙をこぼしてしまった。負けたこともショックだがそれ以上に「稲倉映見はあなたの手本にはならない」と云われてしまったことは相当なショックなのだ。もっとも尊敬し目標としていた人をあんなバッサリと・・・。周りの選手も声をかけられないほどに・・・・。




