最終決戦 ! 日本vsロシア 深緋色の決意 ⑦
館内に設置されているオーロラビジョンに伊吹桜・十和桜を先頭に桃の山が東の出入り口の前で待機している場面が映し出されると一斉に観客の視線は東の花道に集中する。その入場前の桃の山を出入り口手前に設置されているファンエリアの中から十人程の相撲ファンが集まっていた。
本来ならここを素通りして入るのが常なのだがエリアにいるファンはスマホやデジカメで入場前の桃の山を写している。桃の山は特にファンに愛そうを振るわけでもなく視線は遠くに見える土俵を一瞬見据えると館内へ、伊吹桜も十和桜もそして石川さくらも桃の山がオルガと何を話したかは知らない。そしてその遠く後ろでは葉月・璃子とアンナが擦れ違おうとしていた。
葉月も璃子も桃の山とアンナの内容を聞いていた心中は二人とも穏やかであるはずはないが今ここで口論になったところで何がどうなるわけではない。
二人はオルガの視線を感じながらも無視して通り過ぎようとしたが
「馬鹿な横綱ね桃の山って、私と知ったうえでアンナとの相撲で負けたら引退するそうよそれに理事長の娘だから横綱になれたってカメラの前で・・・葉月監督はアンナとも親交が深いみたいで?今更力の落ちたアンナが四つ相撲なんかないんだけどね・・・まるでわざと負け相撲でもするかのように、もう相撲は辞めたいんでしょ彼女は?負けてロシアに赤恥をかかせて自分は責任を取る形で辞める。彼女自ら相撲を捨てて何が残るのかしらね?もう相撲で生きていけない少なくともロシアでわね。
彼女のやっている相撲クラブだって国からの援助を切られるんじゃないかしら。当たり前よね勝てる相撲をしないで負ける相撲してるんだから、馬鹿な女」
葉月の足が止まる。葉月の表情はあきらかに怒っていることに璃子は何か危ない予感が・・・。
「監督、取り組みが始まりますから急ぎましょ」
「璃子さんすいませんが先に行ってもらえますか?」
「葉月!」
璃子は葉月の左手を強引に引っ張るも頑として動かない。
「葉月、相手にするな!」と耳元で小さな声ではあるが、葉月は掴まれている左手を振りほどきオルガの前に立つ。
「なにかしら?」と如何にも待ってましたと云う表情のオルガ。
「・・・・・」葉月は口より先に手を出してしまいそうな自分を必至に抑えるのが精一杯。
「張り手の一発・二発でも食らわせる?アンナは表向きにはロシアに忠誠を誓っているようなフリをして内心は憎しみの塊。相撲は政治なのよロシアにとってワールドツアーの主導権を確実にするためにあるのこの大会はそして女子相撲の先駆者はロシアなのよそこに日本の入る余地はないのよ。桃の山を潰せば日本の女子相撲も終わる。それなのにあの糞女は・・・」
(もう我慢ならない!私の事はどう云われようがアンナさんを・・・)
握り拳を作りあとは殴るだけ、どうせもう椎名葉月は相撲界から消えるのだから、だから!
「よろしくないなぁ、評論家だがアナリストだがなんかしらないが礼節をわきまえない取材は」
(遠藤さん!)
元横綱三神櫻(遠藤美香)の夫である遠藤勝(元大相撲菊の山)は葉月の前方から歩いてきた。
「少なくとも世界の女子相撲力士やアマチュア選手から尊敬されている葉月山相手に敬意の欠片もない。ロシアが相撲大国と云うのなら大国としての振る舞いがあるんじゃないんですか?」
「あなた何?」
「通りすがりのフリーのライターです。今の会話、動画で撮ってあるんですが私のSNSにupしてもいいですかね?」
「・・・それは脅し?」とオルガ
「事実を上げるだけです。ロシアにおける相撲の勝ち方の一つを・・・それに脅しだと想っているのならこんなやり方はやめたほうがいい」と勝
「upするならすればいいわ」と捨て台詞を云うとオルガはその場を去っていた。
勝は椎名葉月を見ながら
「あなたは意外と勝気なところがあるからまぁそれでなければ大横綱にはならなかったわけだし、それと璃子先輩、お久しぶりです」
「先輩?」
「勝!余計な事云わなくていい!あっち行け!しっ・・」と手で追い払う璃子。
「すいませんねぇ、璃子さんは中学生の時の大先輩なんで」
「勝!」
「璃子先輩すいませんがちょっと監督と話がしたいんで・・・」
「はぁ~だいたいお前は!」
「璃子さん。私もちょっと遠藤さんと・・・」
「はぁ~、まったく・・・最終決戦なんだからな、たっく・・・」と云いながら璃子は館内へ歩いていく
「璃子さんは同じ中学の先輩なんですよ。それでもって同じ相撲部で・・・」
「知らなかったそんなこと」
「まぁ―そんな話はどうでもいいですけど、葉月さんから殺気みたいなものを感じましたよ?さすがにまずいなと・・・」
「アンナさんの事を云われてね、高校生の時から何度も対戦しているし私にとっては一つの教科書見たいな人ですから、その人を愚弄するような云い方は許せなくて・・・どうせ私はもう相撲界からいなくなるんだから・・・」
「立つ鳥跡を濁さずの対義語ってわかります?」
「えっ、えぇ「恩を仇で返す」ですか?」
「それもあるんですが「後足で砂をかける」の方が正しいかな、去り際に、迷惑をかけたり、恩知らずなことをしたりとか、あなたにはそんなことしてもらいたくないので、あなたは意外と熱くなるからあの時の事が私の頭から離れなくて・・・」
「遠藤さんが云ってくれなかったら間違えを起こしていたかもしれません」と葉月は軽く頭を下げた。
「それと」
「・・・・・」
「あなたの騎乗姿やっぱりさまになっている」
「えっ・・・」
勝は【中河部牧場】の厩務員のブログに最強牝馬だったモンテプルチアータの背に異様に体格がいい女性を乗せて屋内トラックを疾走している写真が掲載されていたのだ。誰が見ても騎乗しているのが葉月だとはわからないだろうがそこは常に葉月山の取り組みを見てきた勝にしてみればすぐに見分けがつく。そのことを葉月に話す。
「まさか盗撮されていたとは」と云いながらも葉月の顔は笑っている。
「さすがは牧場の娘だったんだなーって」
「遠藤さんは確か競馬雑誌やスポーツ新聞にも小説やエッセーを連載されてるし小説「黒鹿毛の天馬」は北海道の帰り飛行機の機内で、満天の星の中を飛んでいる機内で読むとひとしおでした。美香さんが勝さんは選んだのはじつは力士の遠藤さんではなかったんじゃないかって」
「参ったなー本当に」と勝は苦笑いしながら
「私もお二人のような関係になれればと」
「奥さんが元横綱だと色々大変で」と勝は冗談ぽっく。
「そんな事云ってると云いますよ美香さんに」とお互い笑みを浮かべながら・・・。
館内からの歓声が一気に盛り上がる。
「あなたには幸せになってもらいたい。あなたを題材にした「綱を締める女」にはエンディングは書かなけったけど・・・序の口だったあなたとの出会いは私の人生を変えてくれた、腐りかけていた自分を・・・」
「私もあの時は女子大相撲で生きていくことに精一杯だった。すべての人・出来事が憎しみの対象だった。最後は自分で決断して入門したのに・・・・辛かった」
「でもあなたは、世界の女子相撲の力士・アマチュア選手から尊敬される存在になり日本の女子大相撲の発展に多大なる貢献をした。男の大相撲の力士よりその意味は遥かに大きい。力士引退後のあなたが女子相撲にどうかかわるのか注目されたが・・・でもモンテプルチアータの背に乗ったあなたの写真を見た時にあなたには馬が似合うと・・・でもちょっとモンテプルチアータが可哀そうだなぁって」
「ゴールデンウィークに日高で草競馬があるんで斤量57㎏までもっていかないといけないんで私も可哀そうなぐらい大変なんですよ、色々と」と笑みを浮かべ
「冗談はこのあたりにして」と云うと勝は大きく深呼吸すると大声で
「ひがーし、はづきーやまーはづきやーまー、最後の結びの一番であります。絶対横綱最後の一番にて相撲人生最後の打ち止めであります」
「遠藤さん・・・」
「最後であろう元葉月山としての土俵下の姿、そして桃の山の勝負、見させてもらいます」
と云うと遠藤勝は記者席の方へ向かい歩いていく。その後ろを葉月も・・・。しばらく歩き突き当りを勝は右へ葉月は左へ曲がり花道から土俵下へ。すでに桃の山は土俵下に、葉月は歩きながら関係者席に座っている理事長である山下紗理奈の背中が目に入る。
(紗理奈さん。桃の山はあなたに似てきたいや妙義山に近づいています。鬼のように他人に厳しく自分にはもっと厳しく、それでもあなたは周りの人から信頼されている。桃の山が妙義山の四股名で春場所を迎えるとき更にあなたに近づき超える力士なります。妙義山の相撲魂を引き継ぐように・・・)
葉月は桃の山の後ろから声を掛ける
「最後の死闘!自分の持っているすべてを信じ取り切りなさい!自分を信じて」
桃の山は大きく頷くも後ろを見ず声を出さず。後ろを向き声を出したならそれは息とともに貯めていた闘志と力が抜けてしまうようで・・・。
両者、土俵へ!と行司が呼ぶ。
「これにて再戦を致します」と行司が云うと館内から割れんばかりの大歓声が・・・。
桃の山・アレクサンドロワ アンナの二人にとってもこの取り組みの意味は大きい。
桃の山が日本の女子大相撲において真の意味の横綱に認めてもらうために、同じくアンナはこれまでの相撲人生を締めくくる最後の取り組みとして、想いは違えど女子相撲に懸けるものと懸けてきたもの・・・。そしてその二人の戦いを自分の懸けてきた相撲人生にダブらせる椎名葉月。
(この場面に葉月山としていたかった・・・この最高の舞台に)




