最終決戦 ! 日本vsロシア 深緋色の決意 ⑤
「…はっけよーい…」行司が囃すも依然として膠着状態。
「ふぅ…ふぅ…くっ…はぁ…はぁ…」
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
両者全く動かざるもすべての神経を集中して組み合うだけで体力を消耗する。さきに消耗しだしたのは桃の山だったがさすがのアンナも一気に息が乱れ始めた。お互い自分から動くことはせず相手が動くのを待つ、動けばそこに隙が生まれる。がっちり組み合いなからも力は拮抗しているゆえに心技体すべてを投入しても全く決着がつかない。
館内の不気味なまでな静かさは、この二人の激闘が国別対抗戦の域を超え世界最強力士に立ち向かう若きサラブレットの横綱との対決と云う図式になっているのだ。さっきまでアンナに罵声を浴びしていた観客もこの相撲を見ればそんなくだらない事は云えなくなるほどこの戦いは見ている観客が口を挟む余地がないのだ。
互いに締め込みを深い位置で取り合い、低い体勢で微動だにしない状況。桃の山とアンナの息だけが館内に響く、そして時間だけが過ぎていく。
「よーい、はっけよーい…」行司にはこの取り組みを一旦水入りにすることができる。状況からしてこれだけ膠着していればそれが最善の選択なのだが・・・・。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ…」
「はぁ、はぁ、くっ、はぁ…」
もう人間同士と云うよりもまるで獣のような声を上げながら、すでに時間は十分はとっくに超えているお互いがっちり両まわしを組んでいるがもう意識はどこかに飛んでいるようにそして目の動きも何か朦朧として視線が定まらないような・・・・。
行司は土俵下の審判団を見る。その中の日本人審判団がさすがに手を上げ水入りを指示すると行司が中断を両者に告げその体勢を保持したまま足のの位置に砂を盛りマーキングし組み方などをよく観察した上で、やっと両者を引き離そうとするが実は立っているのもやっとの状態、行司は両陣営から二人を補助するようにと指示を出すとロシアは若手筆頭の横綱コヴァルベラとアマチュア無差別クラスのロシア女王ダヴィ・アンナの両肩を抱えながら日本はさくらと十和桜が桃の山を抱えながら土俵下に下りる。
アンナは土俵下に降り二人が肩を離した瞬間両膝を着いてしまったのだ。それは桃の山も同じく両膝に手をのせ立っているのが精一杯の表情、二人の相撲用の黒のレオタードは汗を吸い切れず足元に流れ落ちる。黒のレオタードは漆黒のレオタードに・・・・。
「ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ…」桃の山はすべての体力を使い切ってしまったように息も絶え絶え体が激しく上下する。
館内に放送が流れる。
「両者、消耗が激しいゆえ三十分後に再開いたします」
観客が一気に湧くと同時に両者に惜しみない拍手と声援が送られる。二人は東西の花道から出口へ歩いていく。桃の山はなんとか立ち自分で歩いてくが疲弊しきった表情はこの勝負の厳しさを物語っている。観客からは大声援が桃の山に送られる。それはアンナに対しても同じだがアンナは二人に手を借りるような状況で花道から消えていく。桃の山もさることながらアンナも想像以上に消耗してしまったのだ。
-----------------ロシア側 控え部屋----------------
アンナは座敷上がりに腰掛け大きく息を吐く、静かなる激闘はアンナの感覚以上に消耗していた。
「アンナさん新しいレオタードに着替えましょう手伝いますから」とコヴァルベラが締め込みを外していく。
アンナは締め込みを外してもらいレオタードを脱ぐとオルガがタオルで汗を拭いていく。
「ありがとう コヴァルベラ・オルガ」
「いいえ」と二人はにこやかな表情で、アンナの息もだいぶ落ち着いてきてはいたがアンナの視線の先には遠くで立っているロシア代表監督ニキティア アナスタシアがアンナに露骨なまでの冷たい視線を向けている。それにたいしアンナは逸らす事無く・・・。
監督の冷たい視線の意味など考える必要もないほどはっきりしている。映見と同じようにICBMでもぶち込むようなぶちかましで吹き飛ばせば勝負は決したものをがっぷり四つに組んだことに激怒していることに、その結果が水入りなどという無駄以外の何ものでもない状況になったこと、挙句の果てに二人に抱えられるような疲弊した無様な姿。
アナスタシアはそんなアンナの姿勢に腸が煮えくり返るほどの怒りなのだ。それを承知でアンナはまるで代表監督を睨み返すような表情する。
新しいレオタードに着替え新しい締め込みを再度締め込んていく。
「アンナさんドリンクです」とコザノワがボトルに入ったスポーツドリンクを渡す
「ありがとう」とアンナはボトルを受け取り一口。
アンナ以外の三人はロシア人、アンナは元ウクライナ人、そこには見えない壁のようなものはないと云えば嘘になる。でもアンナはだからと云って三人に対する態度は至って普通と云うかそこには政治は絡めない絡めてもしょうがない話、それは三人も同じ。三人にとってアンナは相撲の先生であり人生の先生なのだ。
元々強いロシアの相撲にアンナが加わったことでより強固になったのだがロシア人力士や選手には、それ以上に相撲の奥深さや勝つこと以外のことを知ってほしかった。世界の女子相撲ファンや力士・選手に尊敬され愛される女性として・・・・、でもいつのまにかその自分が勝つことだけに執念を燃やしていたのだ。アマチュアの映見にあそこまでの事をする必要はなかったのに、いつのまにか・・・・。
少し離れたところから、監督・コーチ陣はあきらかに敵意のような視線でアンナを見ている。
(自分も年齢的にもう限界だ。体力的にも精神的にも・・・私なりには力士や選手達に相撲もそれ以外の事も教えてきたつりだよ。ロシアも次の世代の力士や選手が変わろうと想えば変えられる。個々が変われば・・・期待しているよ!)
--------------日本側 控え部屋------------------
桃の山は新しい相撲用レオタードに着替え、再度深緋色の締め込みを十和桜に締めこんでもらう。
「横綱、締め具合はこんな感じで大丈夫ですか?」
「ありがとう。十和桜」
「いいえ」と云うと少し笑みを浮かべる十和桜
「何っ、笑みなんか浮かべて」
「何かさっきの相撲思い浮かべたらちょっと別人みたいで桃の山さんじゃないみたいで・・・鬼見たいな」
「鬼ねぇ・・・しょうがないんじゃない、幸か不幸か鬼の妙義山の娘なんで」と桃の山も笑みを浮かべる
「私、別に理事長の悪口とかその娘さんが桃の山さんだからとか・・・そんな私は」
「・・・・本音でしょ?」
「・・・・・」(横綱、勘弁してくださいよ本当に)
「横綱、最高にかっこよかったです。さすがお・・ぉ・・・桃の山さんだなぁーって」
「言葉詰まってるし・・・さくらもずいぶんよね」と少々笑いを浮かべながら
「えっ、違いますよ全然、鬼の娘がどうとかって・・・・あっ」と思わず口を手でふさいでしまった。
「さくら分かり易すぎでしょ全く」
水入りを挟んでの再戦前にしてはあまりの緊張のなさも桃の山の人柄が表れているのかもしれない。
そんな雰囲気の中、伊吹桜と長谷川璃子遅れて椎名葉月が入ってきた。
「桃の山がいると緊張感無いよなまったく、水入り挟んで再戦だって云うのに」と璃子
「緊張と云うより何かわくわく感と云うか」
「ワクワク感って、学生じゃないんだぞ桃の山」と璃子は多少呆れ気味で・・・。
「葉月監督、映見は?」桃の山はさっきまでのリラックスした表情から一変する
「倉橋さんから電話があって一応念のためにCT検査をするかどうか検討していてるそうよ。ただ所見ではそこまでの必要性はないのではないかって云われたそうだから脳に致命的な問題があるってことはなさそうよ、だから心配しなくて大丈夫だから」と葉月
「よかった・・・本当に・・・」安堵する桃の山の表情は一気に緩む。
「桃の山、勝負できそう?」
「もちろんです!それに、アンナさんは本気の勝負をしてくれている、ぶちかましてくることも想定したけどアンナさん本来の王道の相撲で・・・だから私も本気の相撲で王道の相撲で!」
葉月は桃の山が入門する前に稽古をつけたことを想いだす。それは入門をあきらめさせるための地獄のような稽古だったのに、結局最後は彼女への相撲の想いに負けた。表向きは冷淡を装っていたのに本当は溺愛したいほどになっていた自分。結局それがガラスのような横綱を作ってしまった。そして、そのグラスにひびが入り割れはしなかったが半分欠けてしまったように、そんな欠けたグ
ラスは土俵と云う名の高温の溶解炉で溶かされていく。そして水入りでまるで冷やされ生まれ変わる。
(桃の山から妙義山へそして土俵へ・・・・私に見せてごらんなさい!あなたの今できる最高の相撲を!)
「それじゃ監督行ってきます。私の相撲・・・私のすべてを賭けた相撲見てください!」
「えっ、もちろんよ。私が初めて入門前に稽古をつけた力士は後にも先にもあなたしかいないから・・・。その力士が横綱としてそれも世界最強決定戦に相応しい相手と、私の目に焼き付けて女子大相撲横綱桃の山!」
「葉月さん・・・行ってきます!」と桃の山は深々と頭を下げ一礼すると館内へ歩ていく。伊吹桜・十和桜・石川さくらを引き連れて威風堂々と部屋から出って行った。。




