最終決戦 ! 日本vsロシア 深緋 色の決意 ①
「映見!!!映見!!!」パニック状態の真奈美。「映見!!!映見!!!」
「真奈美さんちょっとどいて」と医師が診察する、それに瀬島も加わる。
医師は映見を正面にしペンライトの光を斜めから瞳孔にあてて、光によって瞳孔が収縮するかどうかを確認する。
「まずいな・・・ストレッチャー用意して!早く!!」医師は声を荒げる
「先生、自分が担ぎます」と瀬島
「わかった。頼む」
瀬島は意識がはっきりしない映見を担ぎ足早に館内を出る。それに真奈美も璃子もさくらも・・・。
桃の山も一緒に行こうとした時、その腕を葉月が掴む。
「何しに行く!」
「何しに?決まってるじゃないですか映見さんに!」桃の山は動揺した声で
「お前が一緒に行ってどうするんだ。お前の今やるべきことは違うだろう!」と葉月は桃の山を睨みつける。
「葉月さんは平気なんですね!映見が脳震盪のような症状で意識も怪しいのによくそんな冷静に・・・」
桃の山の声が若干震える。それは葉月の冷徹とも思える態度に確かに桃の山自身が行ったところでどうにかなるもんでもないましてや試合は続行中である。二勝二敗のイーブン相手はロシアの絶対横綱アレクサンドロワ アンナ。彼女の暴力的な相撲で映見は負傷、下手をしたら・・・。
「このまま試合続行何ですか!アマチュア相手にあんな乱暴な相撲はありえない何故抗議しないんですか!」
桃の山は葉月に食って掛かる。館内もアンナの相撲に大ブーイングどころか殺気さえ漂うような・・・。
「稲倉を殺す気か!」
「暴力そのものだろう!」
「さすがはロシア!人殺しなんかなんとも想わないいだろからな!」
「зрадник батьківщиниt(祖国の裏切り者)」と外国人の女性が大声で発した。その言葉に土俵上のアンナは心が張り裂けそうだった。好きでロシア人になったわけではないしそれはクリミアにウクライナ人として住んでいる者みんな・・・。
アンナは一旦土俵を下りると出迎えたロシアの代表監督ニキティア アナスタシアは満面の笑み。アンナも作り笑顔で返すと軽く抱擁する。
「あとは桃の山一人。任せてください」
「えぇ、何か日本人が私達のことを云っているみたいだけどね?それと何か云っていたが外人がいたけど・・・あれはウクライナ語?何を云っていたの?」
「私は全然気づきませんでした」とアンナ
「そう・・・まぁアンナにしてみれば桃の山だったら楽勝でしょうけど油断はしないで、軽くぶちかまして終わりにしましょう。下手にがっぷり四つに組まれるのも厄介だからそこはアンナに任すわ。ただし、この大会は勝つことだけに集中して『王道の相撲』なんって間違っても考えないでそこは頭のいいあなたならわかると想うけど」と軽くアンナの肩を叩くアナスタシア。
アンナは土俵下から日本側を見る。そこには桃の山の背中と仁王立ちの葉月が・・・それはまるでアンナに向けて何か云いたそうな鋭い視線が・・・。アンナはその視線をずらし腰を下ろす。
日本側は映見が軽い脳震盪のような感じになりパッニク状態であり一旦試合進行は中断状態になっているのだ。館内はロシアに対するブーイングがやまないどころかますますヒートアップ。ロシア帰れコールまで起こる始末。確かにアンナの相撲は強引ではあるがあからさまな反則とも云えない微妙なところ。ただし、アマチュアに対してやる相撲かと問われればけして褒められたものではない。それにロシア側の態度も館内の観客を逆なでていた。何かしらの謝意のポーズでも示せばまだしもしてやったりような態度はどうしても許せないのだ。
場内放送が流れる。
先程の試合において、日本チームの稲倉映見選手が負傷した件について審判団において協議を致しますのでしばらくお待ちください。なお、負傷した稲倉映見選手は救急搬送され病院で精密検査を受けることとなりました。詳細がわかりました随時お知らせいたします。試合開始まで暫くお待ちください。
土俵下の日本チームは椎名葉月代表監督と桃の山の二人だけ。
「桃の山、覚悟ができたと云う事か?」
「覚悟?」
「その締め込みの色だよ。深緋色は初代絶対横綱『妙義山』だけが許された色」
「覚悟と云うより決意です。この大会で絶対優勝することそれは私が決める。私が決められなかったら・・・力士人生は絶つ!それだけの事です」
「鬼の妙義山の娘・・・か」
「・・・・・」その問いに桃の山は応えなかった。
女子大相撲でも稀に取組中に一瞬意識が飛ぶこともある。特にぶちかましなどが容認されたことで男子顔まけの相撲形態になってきた事実。ロシアを中心とした欧州では早くから容認されたていたそしてプロ力士での国際大会でも容認の流れにその中で日本は女性としては容認できないと最後まで抵抗したが流れを変えることができなかった。そして、今回の大会においてはアマチュアも混在していながらルールはプロに準じる方向と云う実に曖昧な解釈ルールになったのだ。
「桃の山、鬼になれるか?」
「・・・・」
「アンナが映見のようなことをしてきても耐えられるか?」
「覚悟はしてますし女子大相撲の横綱としてどんな状況でも、ただ」
「ただ?」
「アンナさんが世界最強の女子力士だと云われても私は尊敬できませんしどうしても負けられない!」
葉月の表情が一瞬曇る。葉月にとっては高校生の時から尊敬する女子相撲力士であることには今も変わりはないのだが桃の山にあからさまに尊敬はできないと云われてしまったことに少なからずショックを受けた。それは観衆からのアンナに対する罵声もそれに輪をかけたように・・・。
いつも正攻法の相撲で取り組んでいたアンナがロシア代表になってからはがっぷり四つの力勝負をすることは殆どなくなった。その代わりのかちあげやぶちかましからの張り手などの突き押し相撲が殆どになっていたのだ。葉月より年上のアンナからすれば引退してもいいのだがそれも許されずそうすることしかないのも事実だがそれ以上に負けは許されないと云うプレッシャーがアンナ自身の相撲のスタイルを変えてしまった。
「アンナさんが映見みたいにぶちかましをしてきても私は乱暴な相撲はする気はありません!意地でもがっぷり四つの本気の相撲で、もし妙義山ならそうするでしょ葉月山なら尚更に・・・」
「桃の山・・・あんたって奴は・・・」
桃の山は勝負に対する気迫が足りないとか強いけども力士としては性格的にとか特に国際大会での海外選手との対戦は目ぼしい成績が上げられないところが如何にもと陰口を云われているところではある。そんな桃の山の起用を今度の大会でどうするのか?そんなことを考えなければならないようなガラス細工のような横綱だったのだが・・・・。
「この締め込みをつけた以上もう逃げることはできない。初代絶対横綱『妙義山』の名に懸けてそしてその娘として・・・腹は括りました」
「・・・わかったわ。もう私から云うこともない。頼んだわ妙義山!」
「はっ・・はい!」
桃の山の自信に満ちた目。葉月にとって本来なら喜ぶべき話なのかもしれない、自分を女子大相撲界に入門させ、世界の女子相撲ファン・選手・力士から愛された。そして絶対横綱の称号まで認めてもらい・・・。そんなある意味での恩師である妙義山の娘が真の意味での横綱になれるかどうか・・・。
潰すつもりで入門前に厳しい稽古をつけたのにいつのまにか情が移ってしまって潰すつもりが・・・若く才能がある彼女を潰せなかった。葉月山が現役時代、桃の山は常に纏わりつく子供のように、葉月もつい甘い態度をしてしまったことが桃の山の甘さを作ってしまった。そのことが桃の山をダメにした精神的にひ弱な力士にしてしまいそのまま横綱になってしまった。
(この大会であなたが覚醒できるのか?映見が万全な状態なら映見を使っていたかもしれない。でももういないのだからあなたしか選択はない。衰えたとは云えアンナは世界最強の力士であることには私は異論はない。あなたが王道の相撲で行くと云うのならそれで行きなさい!あとはアンナが其れに応えてくれるのか?)
葉月は向こう側にいるロシアチームを見る。監督・コーチ陣が笑みを浮かべる余裕があるのに選手達は何か浮かぬ顔をしているのは気のせいか?そしてアンナは俯いたまま座っている。
百戦錬磨のアンナは女子相撲力士のレジェンド。葉月が引退した後でも常にトップクラスの強さを発揮しウクライナの精神的支柱だったが突然のロシア編入で相撲人生を狂わされたそれでも相撲ができることでアンナは納得しているのかもしれない。国籍が変わっただけの話・・・ただそれだけ・・・。
場内アナウンスが入る。
先程の取り組みについて申し上げます。ロシア・アレクサンドロワ アンナ関の稲倉映見選手に対する取り組みが違法ではないかと云う申し出があり審議を致しましたが、許容の範囲を超えたぶちかましと云う指摘もありましたが肩から上を狙ってはなくそれには当たらないとしてアレクサンドロワ アンナ関の勝利として試合は続行いたします。
「大相撲のぶちかましだろうあんなの!」
「アマチュア相手にやる!」
「忖度してんのかよロシアに!情けないねぇー」
「出来レース。知らないのは日本の力士だけ!」
観客達にはそう見えてしまってもしかたがない。ましてやアマチュア選手の映見は意識がもうろうとなり立ち上がることもできない場面をみればロシア悪の構図を連想させてしまう。 プロの容赦ない相撲はアマチュアでは立ち向かえるはずもなくこうなることは想定されていたのにも係わらずルールは不明瞭なまま、となればこんな事になることは別段驚くことでもない。
試合は続行で二勝二敗のイーブン。次の取り組みはお互い使いたい選手を起用できるが当然日本は唯一万全な桃の山。対するロシアは絶対横綱 アレクサンドロワ アンナの横綱対決。
ロシアに対して観客達の怒号は沈静化したとは云え何か殺気立つ雰囲気が充満している。
いよいよ最終決戦、日本の大将 横綱 桃の山が出陣する。




