決戦 ! 日本vsロシア ②
「隆一さん下ろしてくれますか」
「大丈夫ですか?」
「えぇ鎮痛剤も効いていますし立っているだけなら・・・肩だけ貸してもらえますか?」
「わかりました」
隆一は百合の花をゆっくり下ろす。百合の花は壁に自分の体を預け隆一の左肩に右手をかける。
「館内で見た方が・・・」と隆一
「私はここから見れれば十分ですから」
東の花道の通路から見える土俵は天井から吊り下げられている照明で燦然と輝いている。今までこんな景色見たことがなかった。見ているはずなのに・・・・。そんなことを想っていると後ろの方から足音が聞こえてくる。「ふぅっ」と後ろ振り向くと桃の山を先頭にして日本チームが歩いてきたのだ。
(桃の山・・・・そんなに硬い表情じゃ・・・)百合の花が懸念していたことが・・・・。
「百合の花さん怪我の方は?」
「大丈夫よ鎮痛剤が効いているからね、今は私の事より勝負の方でしょ?」
「そうですねぇ・・・・」と桃の山の表情は冴えない。
「桃の山」
「はい」
「この大会は団体戦なんだ。後ろの二人に助けてもらえそれは恥でもなんでもないんだ。桃の山はまだまだ経験が足りないし今のお前の状態は・・・・女子大相撲の横綱とてこの大会で結果はどうであれ間違いなくかけがえのない財産になる相撲だけじゃなくこれからの生き方に・・・・今の桃の山にできる相撲を・・・ここから見せてもらうよ」
「百合の花関・・・・」
「ここから本当の女子大相撲力士としてのはじめの一歩のつもりで挑め!新生「妙義山」として厳しい船出になるかもしれないがこれは宿命なんだ。できているんだろうその覚悟?」と百合の花
桃の山は一呼吸置いて口真一文字にして大きく頷いた。
「さくら・映見、こんな大会そうそうあるもんじゃない選ばれしアマチュア二人なんだから・・・ここまでいっしょに戦ってきて二人の強さはわかったからあとは気持ちの問題だ。個々もそうだけど三人の気持ちが一緒になれるか・・・・団体戦は文字どおり“団体”で勝負するもの。誰かが敗れても、他のメンバーで取り返す今更だけど・・・」と百合の花は三人の顔を見ながら
「百合の花関と一緒に戦えて色々覚えることができたし勇気を貰えました。少しでも百合の花さんに認めてもらえるような相撲ができてきているって・・・」とさくら
「私がさくらを認めてないとかそう云うに想っているのならとんでもない誤解だよ。さくらは高校生まだまだシニア相手に勝てる相撲なんか・・・でもポーランド戦のあの勝ちはさくらだからできた。迷いなく直感でそ云うことも大事なんだもちろん技術も伴ってないとできない。さすがは女子高校生横綱ってことだもっと自分を自分で褒めてやれ・・・なっ」
「はぁっっ百合の花さんに云われると勇気出ます」と頭を下げ顔を上げると笑顔で
「さくらのその表情一番似合ってるぞ。それと映見」
「はい」
「映見には助けられた。勝負もそうだけど精神的にも・・・頼んだぞ!」
「似合ってますよ・・・瀬島さんと・・・」
「・・・・ったく」と百合の花は苦笑いをしながらもそれが映見なりのウィットを効かせた気遣いなのかと・・・。
「映見さんのお父さんには色々助言して貰って助けてもらっているんですけど映見さんの事は全く知らなくてましてや相撲選手何ってちょっと驚いてます」
「父が云ってました。いきなり喧嘩を売ってきて殺されるかと想ったそうです」
「えっあぁ・・・まぁあのあの時は・・・」
「嘘です。そんな事云ってませんから・・・」
「えっあぁ・・・勘弁してくださいよ本当に」と苦笑いの隆一。
「父が瀬島さんにお願いしたと云う事はそれだけ信頼していることだと横綱をお願いします。色々な意味で・・・」
三人は二人に一礼すると桃の山を先頭に決戦の場に入場すると館内から歓声が聞こえてくる。
「百合の花」と璃子が声をかけてきた。
「はい」
璃子は百合の花の耳元でささやく声で・・・・。
「逃がすなよ、逃がしたら咲く前に枯れちゃうぞ」
「はぁー・・・」(もうなんのよ)
その後ろを真奈美と葉月が手を振りながら二人の前を通る。
「真奈美さん・監督」と百合の花
「・・・・」
「稲倉に・・・・」
(稲倉に・・・なに?)真奈美には百合の花が何を云おうとしているのか思い浮かばないのだが葉月は百合の花の顔を見ながら・・・。
「稲倉の事が気になる?」
「映見を・・・」
葉月は百合の花から若干視線を逸らすと真奈美を見る。
(えっ何?)
二人の間には映見の事について何か共通しているものがあるのだろうかそれが何なのか?。真奈美はあえて聞かないことにしようと思っていたのだがつい無意識に・・・。
「稲倉が何か?」とここは聞くつもりはなかったのに・・・。その視線に百合の花の表情が厳しくなる。真奈美はその厳しくも強い視線に違和感を感じずにいられなかった。百合の花と葉月の二人の間には意志の疎通ができていても映見の指導者である真奈美はどこか蚊帳の外に置かれているような。
「稲倉を・・・」と百合の花が云いかけた時、葉月がその続きを遮った。
「その話は監督としての決断の話だからあなたが云う話ではないわ」と葉月
「決断の話って・・・映見を何なんですか?」と真奈美は葉月に聞く。
葉月は一呼吸して喋り出した。
「試合の流れ次第ですがもつれてお互いのチームが二勝二敗になった時に三勝目の勝負はオーダー順ではなく出したい選手を出せる、その時は映見を出すと云う事です。桃の山より稲倉映見で勝負するってことです。ブラジル戦を欠場させたのはロシア戦に備えてはもちろんですが・・・大一番の時は稲倉を出すと云う事です」
「大一番?」
「桃の山じゃ勝てないってことです。忖度横綱じゃ」
「忖度横綱ってなんでそんな云い方・・・映見はアマチュアです!そんな大一番にアマチュアである映見をだしますか?女子大相撲の横綱を出さないで映見?それは女子大相撲の逃げですか!それじゃまるで」
「桃の山を潰すわけにいかないんで・・・忖度です桃の山のこの先のための・・・」
「・・・・なんですかそれって・・・・・」真奈美の語気が強くなる。
葉月は何も答えず館内に入っていく。真奈美は動かず葉月の後ろ姿を見ているその姿を俯き加減で見る百合の花。
「真奈美さん。葉月さんは映見さんが女子大相撲に入門することを切望されているようですよ。口には出さないですけど」
「女子大相撲?」
「倉橋さんはどうなんですか?」
「どうなんですかって?」
「女性力士になりたいと云われたら・・・もちろん異論は云わないでしょうけど?」
「・・・・」
(なんで百合の花関は私にそんなこと聞くの?女子大相撲?映見は医師になるのよ相撲は学生で終わり。女子大相撲の入門年齢上限は26歳、最短で国家資格取得から二年の研修を受けて初めて医師と名乗れる通常ならそこからさらに研修を受ける。映見に大相撲に行く余裕なんかないのよ!取得後の研修は後回しにするなら別でしょうけど・・・まさか!それを知っているうえで私に聞いているのあなたは!)
「力士としての伊吹桜を見るにつけ大学時代に指導を受けた倉橋さんの影響が大きいのだなぁーと相撲だけではなく社会人としてのスキルを身に着けた上で力士として活躍しているそれも関脇の地位にいる春場所の活躍しだいでは大関になれる。伊吹桜には失礼だが体格的には恵まれていないそれでもこの地位まで来たのはもちろん本人の努力であるのは当たり前としてもそれだけじゃここまで来れない。本格的に相撲をしたのは大学時代だと本人が云っていますがそれだけでここまで来るとは・・・」
「伊吹桜は頭もいいし相撲のセンスもあったそして彼女自身の努力、私の指導なんか大したことはしていないわ」
「秘すれば花・・・」百合の花は真奈美を凝視するように一言。
「・・・・」
百合の花の一言はまるで真奈美を試すような・・・。
「風姿花伝(ふうしかでん、風姿華傳)、世阿弥が記した能の理論書のなかの一文」と百合の花
「秘すれば花なり、秘せずは花なるべからず」と真奈美は百合の花を凝視するように一言。
「さすがですね。「秘すれば花」は、勝負に勝つための戦略論。ポーランド戦で見せたあの相撲は待ちの相撲がスタイルの映見が見せた先制攻撃。状況次第でどう動けばいいのか?」と百合の花
「世阿弥が説いた言葉に「男時・女時」という言葉がある。相手に分があるのが女時、自分に分があるときは男時。女時の時は勝負は焦らず待ちこっちが少しでも有利なったら間髪入れず攻勢に出る。女時の時にその力を温存できるかどうか?映見にそんなことを教えたことは一回もないわあの子は私の云う事は聞かないから・・・ただ、高大校で負けてから勝負に拘りを見せるようになった。「秘すれば花なり、秘せずは花なるべからず」あの子は今までそれを隠していたいや隠れている事さえも気づいていなかった。それが開き始めたってことかしら?」とあくまでも平静を装って喋ってはいるが…本心は「映見が女子大相撲に入門することを葉月が切望している」と云う言葉に動揺しているのだ。
「本当は真奈美さんも葉月さんと同じく稲倉が女子大相撲力士になることを切に望んでいる、違いますか?」
「それは映見の問題であって私がとやかく云う問題ではないわ」
「「稲倉映見に相撲の厳しさ、いや女子大相撲の厳しさを・・・」とさっき私と二人の時に葉月さんは云っていました。葉月さんがあんなこと云うなんって想わなかった。それは・・・まるで映見を二代目葉月山にでもしたいように・・・・」
「・・・・」(何を云っているのこの人は?)
「葉月さんはこのロシア戦はもつれにもつれると踏んでいます。あっさり勝負がつくとしたら3—0でロシアに勝ちでももつれればその時は・・・・その勝負の決戦は桃の山より稲倉映見に分があると踏んでいます。勝てれば映見の相撲はさらに飛躍するでしょう負ければ・・・相撲人生は終わり」
「その云い方いくら横綱とは云え許せないわ!この勝負の行方をアマチュア力士に丸投げするつもりなの!」
「あの葉月山さんが稲倉映見が女子大相撲力士になることを望んでいるだからこそ大一番の勝負で映見を使う事に厭わないそれができるのは私しかいないからと・・・国内・海外問わず幾多の修羅場を潜ってきた葉月山さんが勝負を捨て単なる自分の想いだけで使う事なんか100%あり得ない!映見の心も揺らいでいる、今まで力士になることなど考えていなかった自分に・・・・」
「そんな無謀なことは絶対させないわ!代表監督であろうが絶対横綱であろう葉月山でもねぇ!稲倉映見はアマチュア女子相撲の横綱のなのよだからと云って女子大相撲力士の桃の山の盾になんか絶対させない!たとえ映見が桃の山より上であろうとアマチュアである映見に生死を決めるような取り組みなんか絶対にさせない!」
「桃の山より上・・・・葉月さんもそう思っているましてや十和桜の一件でたとえ和解したとはいえ精神的には参っている、ブラジル戦でのアマチュア選手相手の取り組みもとても及第点は上げられない。それでも使わせませんか稲倉映見を・・・本当はそれを望んでいるんじゃないんですか?」
「・・・・」真奈美は何も答えず館内に消えていく。
(「本当はそれを望んでいる・・・・」そうよ望んでいるわ!映見は私が育てたアマチュア女子の最高傑作なのよ桃の山にも見劣りしない・・・・もし、大一番で使わなければならないのなら私も腹を決める。負けたとして映見が相撲に終止符を打ちたいと云ったら素直に辞めさせる。そして私も・・・)




