孤高の力士から一輪の百合のように ⑤
隆一は百合の花をおんぶし医務室を出る。
「瀬島さん無理しないでください。私、100㎏以上あるんですよそれに・・・」
百合の花は隆一の背中を感じながら・・・いや男性の温もりを感じながらもどこか恥じらいととおんぶされていることは云えおんぶをさせてしまっているところにどこか申し訳なく。
「百合の花さん隆一で良いですよ。なんか瀬島だとなんか他人行儀と云うか」
「まだそこまでの関係と云うかさっき知り合ったばかりですよね?」
「えっあぁぁ・・・ですよねぇすいませんなんか一人で舞い上がっていると云うか何か親しい関係みたいな気がして・・・」
「じゃー二人の時は隆一さんで他人がいる時は瀬島さんでいいですか?」
「わかりました。小百合さん。あぁぁ自分も他人がいる時は・・・百合の花さんでそれとも石倉さん?」
「そこは百合の花で石倉って・・・名前より不自然ですから」
「わかりました」
隆一はレスリングフリースタイル125㎏級の重量級選手だったので百合の花なぐらいであればそんなに苦ではないしそれ以上に百合の花に対して恋愛感情がまだ一時間も経っていないのに・・・。
「女性が相撲をするって想像している以上に精神的に厳しいのでしょうね?ましてや日本には男子の大相撲があるのですから」
「そうですね。これが男の大相撲だけっだたら女子の相撲ましてや大相撲何って名乗れなかったでしょうね・・・でもそんな苦しい時代を現理事長である妙義山さん達である創成期の人達は耐え忍んでここまでにしたのと海外では女子相撲が認知され逆輸入された形で日本でも認められた。
そこはちょっと悔しいですけどでも今はエロ者扱いする人もいなくなったしアマチュアの力士達も増え技術も遥かに私達の時代とは違って格段にレベルアップしている。映見やさくらを見ればわかります」
百合の花の高校時代でも女子相撲はマイナースポーツではあったけどもそれでもけして何か引け目を感じることは少なかった。部員は少なかったが本当に楽しかったし相撲をやっていて良かったとそして憧れは葉月山。あの当時はまだ幕下だったけどそれでも彼女の相撲は自分の目標だと・・・そして横綱と云う対等な立場で勝負できたことそして椎名葉月代表監督の下で参加できたこと本当はもう引退しても良いのだが・・・・。
「百合の花さんはそのアマチュア達の一つの目標なわけだから怪我を直して相撲に邁進しないと・・・ある意味自分に百合の花さんの相撲生命を委ねてくれたわけだから自分の実体験も含めて専念しますから」
「隆一さん・・・」
百合の花は隆一の首すじに頬を当てる。一瞬ひやっと云う感覚に感じたがしばらくするとじわーっとまさしく人肌に・・・。なんとなく甘えてしまっている自分自身に気づいてはいるが・・・。
(この人なら私を優しく包んで支えてくれる・・・きっと)
百合の花の表情が緩むが隆一にはその表情は見れない。百合の花も30歳目前のアラサーではあるが今ままで浮いた話もなかった。女性力士達もこの年代になると結婚・出産も多くなる。半数の力士は引退してしまうが産休後現役で続ける力士ももちろん多数いる。ただ上位力士になるとなかなかそのチャンスがないのか未婚者も多いどころか恋愛すらままならずと云う力士も多い。
百合の花もなかったわけではないがなかなか踏ん切りがつかなかった同時になにか恋愛にときめくことがなかった。でも今はなにか抑えきれないほどにときめいている。まだ知り合って間もないのにそのうえおんぶまでされて・・・隆一の大きな背中に体を預けているだけでそれだけで物凄く安心する。
今まで女性力士としてすべてを賭けてきたと云ってもいい過ぎではほどにそれは女子大相撲と云う体力的にも精神的にも過酷な世界で国内・国外問わず相撲をとってきた。
ましてやもうじき世界ツアーなる世界各国の強豪力士が各国を舞台に繰り広げる取り組みが始まればさらに過酷になる。そんな時に怪我の功名ではないが整形外科医の瀬島隆一の治療を受けることになったのはある種の奇跡なのだ。それには百合の花が認めたアマチュア力士である稲倉映見の父の紹介がなければ会う事はなかったのだが・・・。
隆一は百合の花をおんぶしながら通路を歩いていく。けして軽くはないがそれでもそれは医師としてと云うよりも一人の男性として小百合を背負う。体形はともかく美人ではあるがどこか自分の表現に不器用ではあるがそれが何か誠実なと云うより質実と云った感じで飾り気がない彼女に会った瞬間に惹かれてしまった。
同じアスリートとしては途中で辞めてしまった自分と現役で女子相撲の頂点横綱まで登り詰めその地位を維持している百合の花は隆一からすれば尊敬に値する女性なのだ。
映見の父から百合の花関を見て欲しいんだがと云われた時正直「ピン」とこなかった。
「大相撲の力士ですか?」と稲倉啓史から電話があったが女子大相撲の力士とは思わなかった。隆一はそれほどに興味がなかったのだ。
「今度、東京で世界大会があって実はそこに家の娘も出るんだが」
「えっ、えっそんな話初めて聞きましたけど?」
「隆一あんまり相撲に興味なさそうだったしあんまり家族の事は喋ってなかったし」
「世界大会って娘さんそんなに強いんですか?」
「一応女子大学生横綱だから・・・」
「知らなかった・・・・」
そんな話をしながら横綱百合の花を知り女子相撲及び女子大相撲を調べたぐらいの興味しかなかったのだ。
百合の花から香る甘い香り。女性特有の甘い香りは隆一の交感神経を何か刺激してしまう。化粧もしていないどころかそこに土俵の砂のような香りも入り混じりその香りが余計に元レスリング選手の隆一を否応なく刺激するのだ。
「小百合さんって小学生ぐらいから相撲やっていたんですか?」
「実は、小・中はレスリングクラブに・・・」
「えっ!そんなこと一言も云ってないじゃないですか」
「はあぁっなんか云いそびれてしまって」
「レスリングより相撲の方がよかったんですか?」
「えぇまぁ・・・それより葉月山さんに憧れたと云うかそれが大きいですかね・・・」
「監督さんですか・・・ネットでちょっと調べたけど色々苦労されたようですね。最強の絶対横綱であり世界から尊敬されていた女性力士。凛として強くてそれでいながらどこか温かくみんなを見ていてくれている。みんなが憧れる理由がわかります」
「私的には悔しさ八割お疲れさまでした二割ですかね・・・。ほんとうは女子相撲界のために色々していただきたかったけど・・・」
「でも女子大相撲に入門するきっかけはご実家の牧場の破産とその後のご家族との別れを考えるとこの後の生き方は監督の好きなように生きてもらうのが一番かと・・・でも相撲界去ってどうするか聞いてます?」
「北海道に帰って譲渡した牧場の息子さんと結婚されるそうです」
「意外と云うか?」
「意外?」
「だったら学校卒業後に結婚だってあり得たような・・・」
「そこは葉月さんのプライドが許さなかった。牧場の譲渡とセットで娘をって話があったとしたら葉月さんは死んでもいかなかった嫁に行くくらいなら・・・」
百合の花の声が一瞬震える。自分が同じ立場なら譲渡先の息子と結婚何って・・・でも時が経ち譲渡先の息子さんと結婚することには過去の蟠りとかが消えて純粋に愛することができると云う事なのかそんな話プラス葉月の自宅を百合の花に売却した真意はわからないが何かと百合の花に云ってくるのは
「私の後継は百合の花だから・・・・」
葉月は現役当時も力士引退後も百合の花の相撲に一切口出しをしたことがなかった。取り口がどうのとか技術的な事など一切云われたことがない。ただそれ以外のことは何かと口出しをしてるが・・・。
「絶対横綱・・・なんか凄い敬称と云うか」と隆一
「葉月さんは常に相手の廻しをしっかりとひきつけ正攻法の綺麗な相撲に拘った。それが葉月さんの美学でありそれは椎名葉月になっても変わらない・・・私なんか足元にも及ばない」
「自分はそうは思いませんよ」
「えっ?」
通路の壁に反響するように館内の歓声が糸電話のように聞こえてくる。
「あなたは日本の鉄壁の防波堤でならなきゃならない。相撲雑誌に元女子大相撲横綱 三神櫻(遠藤美香)さんが寄稿されていました。あなたがこんな相撲をとれない状況であっても館内の片隅にいても日本の女女子力士やアマチュア選手の目に触れればそれだけで難敵ロシアに立ち向かえる。横綱はすべての力士や選手に尊敬され目標とされなければならない。
そして横綱自身はそのことを肝に銘じて・・・あなたが館内で相撲を見たいと云った時この人は女子横綱に相応しい人であり女性だと・・・だから自分はあなたに惹かれてしまっているのです」と隆一は真剣にそこに笑みはない
「隆一さん・・・」
「百合の花。気品のある大輪の花を土俵に咲かせる。自分はあなたに惹かれている以上にあなたの女性力士として活躍を見てみたい。絶対横綱百合の花を・・・」
「・・・・」
前方に東花道が見える。そして隆一の肩越しから土俵が・・・・
(あそこにはもう上がれないけど・・・あの三人ならきっとやってくれる!きっと!)と百合の花は遠くに映る土俵を見ながら・・・。




