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女力士への道  作者: hidekazu
女子プロアマ混合団体世界大会

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151/324

孤高の力士から一輪の百合のように ④

 臨時の医務室で一人、過去を回想していたそれは百合の花にとって分水嶺となる大関だった葉月山との初めての出会いと百合の花にかけてくれたあの言葉を・・・・。


 少年少女相撲で常に優勝して高校卒業後角界に入っていった。とんとん拍子で三役に上がったがその後は怪我などで調子を崩してしまい三役陥落の危機に・・・「もう相撲やめようか・・・」百合の花の気持ちは固まっていたがその時声をかけてくれた力士がいた。それが当時大関だった葉月山である。


「苦しいでしょうがそれはあなたに対しての神様の試練だと思いなさい。それと同じく考える時間を与えてくれたと思いなさい。好調な時は何も考えることはないからね。勝手に体が動いてくれるから」


 他の上位力士はけしてそんな言葉をかけてくれなかったましてや格下の力士に・・・。陥落することは他の力士にとってはチャンスであり落ちる者に手を貸す力士なんかいないプロなんだからそんなことは当たり前の弱肉強食の世界。でも葉月山は違っていた、落ちていくものに手を差し伸ばせてくれた。


(あの時、声をかけてもらわなければ相撲は辞めていた。間違いなく)


 百合の花は目を瞑り葉月山と過去の激闘を走馬灯のように呼び起こす。忘れているようなことがはっきりと頭に浮かび上る。


三役陥落後は、葉月山は一切口も聞いてくれず会っても挨拶も交わしてくれなかった。私にはそのことがものすごく辛く意味もわからなかった。そのことがいつのまにか憎悪になってしまったことが百合の花の孤高の力士像を作ってしまったのだ。世間的には孤高と云うより孤独の力士と云うイメージで見られてはいるが百合の花と多少なりとも関わったことが人達は世間のイメージからはだいぶ違う事に驚くのだ。


 そんな百合の花も結局最後まで葉月山に対する憎悪は引退まで溶けなかった。百合の花が横綱に昇進し真の意味での対等になった時に葉月山の方から声をかけてもらってくれたのにも拘らず完全無視。それは三役に陥落した時の仕返しのように・・・・。でもそんな子供じみた態度しかできなかった恥ずかしさと愚かさ・・・。


 あの時の葉月山の完全無視の意味は早く私と同じ土俵に上がって来いと云う百合の花に対するエールだったのだ。百合の花が三役陥落後葉月山は横綱に昇進。百合の花にとって横綱になるなどとは夢のまた夢だたけどでも葉月山の憎悪を相撲に邁進する力に替え必死に必死に・・・・。


 葉月山はそこまで考えての百合の花への態度だったのかもしれないとやっと今になって気づいたのに・・・なのにもう葉月山も椎名葉月も女子相撲界から消えるのだ。本当ならロシアとの決勝で大将として戦いたかったのは本音、でもとにかく決勝に進出するそれが最低限の使命、ましてや桃の山不在と云う状況では・・・・。


(本当は決勝での私の相撲を見て欲しかった・・・・本当に見て欲しかった)


自分の世界に浸っていた百合の花はふと目を開ける。そこには・・・。


「何時入って来たんですか!ノックするのが常識じゃないですか!!!」

「あっすいません・・・ノックをしたんですが返事がなかったものですから」

「えっあぁ・・・すいません・・・気づかなくて」

「何か考え事でもしてましたか・・・何か悲しそうな表情されていてちょっと声をかけるのを躊躇してしまって」

「そうでしたか・・・私、何か云ってました?」

「えっ」


 瀬島はノックをしたのだが応答がなかったので医務室のドアを開けたそこには目を閉じた百合の花が何か違う世界に入っているように見えたのだ。そんな百合の花に声をかけてしまうのは・・・。


「ここまで来れたのは監督おかげなんです。この大きな大会で私の相撲を見せたかったと云うのが本音だったんですが・・・」


「さっき、喫茶コーナーで監督と少し話をしたんです」

「監督と?」


 瀬島は葉月と少し雑談をしながら百合の花の治療をお願いされたことと百合の花と友人から付き合ってやってくださいとまるでお節介な近所のおばさんのように・・・。


「さっき監督が余計な事云って」

「余計な事?」

「私と付き合ったら見たいなすいませんでした。葉月さん最近色々私の事気にしているようなんですがちょっとお節介がすぎて」

「医師と患者としては付き合います。そのことにおいていい関係ではないと」

「医師と患者としてとりあえず・・・」

「とりあえず?」


 瀬島はデスクチェアーに座り百合の花を見る。


「監督はあなたのことを気にかけているんですよ。力士としてそして一人の女性として」

「女性として?」


瀬島はモニターの電源を落とした。


「監督は結婚されるそうですね。そんな話のなかで今まで結婚とか真剣に考えなかったと何かそれから逃げていたと・・・女力士にとって結婚にためらいがあったと云ってました」


「・・・」


「女性力士の皆さんだって結婚しても現役を続けてらっしゃる方は意外と多いのに監督は結婚と云うか家族を持つと云う事にためらいがあったそうです」


「・・・・」


「百合の花も私と似たようなところもあるから心配だって」


「えっ・・・」


 百合の花は小学四年の時に両親が離婚、父の暴力が原因だった。その後は母との二人暮らしの中で公立の高校進学後に男子強豪相撲部で揉まれていくなかでメキメキ上達し全国大会でも上位で活躍。当然その先は女子大相撲入門と云う選択肢が小百合の頭を過る。


 しかし、母は女子大相撲入門にはあまりいい返事をしなかった。そんな母を何度か説得したが最後まで許してはくれず結局独断で高校卒業後、女子大相撲に入門したのだがその後母は再婚。それ以降絶縁状態でお互い連絡も取ることもなくきたのだが・・・。後に母が病死で亡くなったのは三役に上がった時の事、その後の三役陥落も少なからず影響があったのだ。そんな時、声をかけてくれたのが大関葉月山だったのだ。もちろんその時は葉月山は百合の花のプライベートは知らなかったわけだが・・・。


「監督にもう身内がいらっしゃらないこともお聞きしました。多分その事もあって・・・」


(葉月さん・・・・でも)百合の花の心にしみる葉月、いや葉月山の想い。


「伊吹桜関から聞いたそうですよだいぶ前に」

(そうだったんだ・・・・)


 葉月山と云う人はいつもそうなのだ。自分の事よりまずは女性力人達のために・・・。


「もし自分でよかったら付き合ってくれませんか?」


「えっ・・・」百合の花は突然の瀬島の言葉に返す言葉が捜し出せなかった。


「駄目ですか?」


「駄目ですかって・・・・」


「医師と患者の関係の上で・・・すいませんなんか突然でどうもこう云うの経験が殆どないんで」と顔を真っ赤にしてしまった隆一。三十過ぎのいい大人の男がまるで中学生見たいに頭を掻きながら。その表情を見ながらおもわず笑みを浮かべてしまう百合の花。


百合の花も色恋沙汰がなかったわけではないが瀬島とたいして変わらないのだ。


「私は相撲しかしてこなかったし・・・」

「自分だって同じですよ」


 二人はお互いの顔を見合わせるとふと視線をずらしてしまう。


「なんか中学生見たいですいません」と隆一

「私もです。間違ってもこんなところ他の力士には見られたくないですし」と云うと俯いてしまう百合の花。

「まずは体を治すことに専念しましょう。それが第一ですから」

「はい、お願いします。私もまだ相撲はしたいので自分のためもですが他の力士や相撲ファンのために」

「わかりました」


 二人ともなんとも落ち着かないと云うか妙に体が熱いと云うか・・・。


「みんながこんな大きな女子相撲の大会ましてや覇権争いだとか云っているのに私は」百合の花は「ふぅ」と小さく息を吐いた。さっきまでライバル国と激しい相撲をとってきたのにまるでそのことを忘れてしまったかのような自分に・・・。


「百合の花さんはここまできっちり仕事をしてきた。女子大相撲力士として、決勝は後輩たちに委ねる。それでいいんじゃないんですか?」


「そうですね、ちょっと後輩たちにおいしいところ持っていかれるのもシャクにさわりますが」


「負けず嫌いなんですね」と隆一は苦笑しながら


「負けず嫌いじゃないと力士は務まらないんで」と百合の花も笑みを浮かべ。


現女子大相撲横綱と元レスリング選手の二人。今は現役女性力士と医師。


「私・・・・」

「・・・・・」

「私・・・・」


 百合の花が次の言葉に詰まると・・・


「百合の花さんが完調な状態で相撲を取れるようにまずは私が全力で治療します。そのなかで自分の事を良いとこも悪いとこも知ってほしいもちろん自分もあなたのことを知りたい。一週間・二週間で終わる話ではないですし」と瀬島の方から助け舟を出した。


「私も瀬島さんのことを色々知りたいし良いとこも悪いところも勿論私の事も」と百合の花は今云える精一杯の言葉で・・・。


「百合の花、いい四股名ですよね。でも本名聞いてませんよねたしか?」


「あっそうでしたね。石倉小百合と云います」

「百合が入ってる・・・」

「えっ・・・」

「いやなんと云うか意外と」

「すいませんねぇ単純で・・・」

「えっあぁ・・・いやそんな意味ではなくて・・・」

「すいませんね四股名に重みがなくて」と少しひねくれたような表情をする百合の花

「あぁぁ・・・怒ってます?」

「別に・・・・」

「いや本当に馬鹿にしているとかではなくて・・・・」と瀬島は首すじを掻きながら

「分かり易い人」

「えっあぁ・・・」

「お願いがあるんですけど?」

「えっ・・」

「相撲をとれなくてもどうしても館内で決勝を見たいので連れて行ってもらえますか?」


「えっあぁわかりました。あなただったらそうするでしょうね。わかりました」と云うと瀬島は百合の花を背に中腰になりおぶさるようにと


「瀬島さん、車椅子を用意して貰えれば・・・」


「私が小百合さんをおんぶするのは嫌ですか?」


「そんな・・・」と云いながらも躊躇してしまうと同時に四股名ではなく名前で呼ばれたことにも


「いち百合の花のファンとしてそのうえで石倉小百合と云う一人の女性としてあなたのために・・・あなたに車椅子は似合わない。私が背負います」


「隆一さん・・・」


「あなたが相撲ができなくても館内にいるだけで力士達は安心すると同時に勇気もあなたから貰える。葉月山が引退した後のあなたの存在意義はそう云う事なんじゃないんですか!葉月監督があなたに期待しているのはそう云う事なんじゃないんですか!あなたがいるだけで・・・」


「・・・・」小百合は語気を強める隆一の姿に熱いものを感じた。そうなのだ葉月が私に求めていたものって・・・。






 






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