横綱四天王 ③
映見は三階席から下の観客席や土俵を見ていた。三階席は一般客には解放されていないことで下の観客達の声が良く聞こえてくる。
「日本チームよく頑張っているよ」
「桃の山がいないからどうなるかと想ったけどね」
「アマチュア二人凄いよね。石川さくらも頑張っているけど稲倉映見だよなんって云っても」
「稲倉、なんか凄い闘志と云うか稲倉ってあんな威圧感を表に出すタイプだっけ?」
「まるで女子大相撲の横綱か?って感じだよな」
「幕内に上がっ頃の葉月山にそっくりだよ。ほんとうに・・・」
(幕内に上がっ頃の葉月山にそっくり・・・か)
映見が本気に相撲を始めた中学時代には絶対横綱を地位を不動なものとして日本の女子大相撲はおろか海外でもある種女子相撲の神様と称されるほどに「強く美しく気高い」それは女子相撲の頂点に相応しく・・・。
それは映見も同じ。強いのにけして荒々しくなくそれなのに他を圧倒する強さ、常にクールでありながら内に秘めているものは熱く相手が多少ラフな相撲を意図的にしてきても華麗に取り組み最後は得意の四つ相撲からの強烈な投げ。映見にとっても目標であり理想は葉月山だったのだ。
「稲倉映見が女子大相撲に入門したらさぞかしいいい力士になるんじゃないか葉月山の再来とかありそうだけど」
「でも、確か大学は医学部だろ?そんな人が女子大相撲に入門するか?」
「確かにそうだけどとりあえず国家資格だけはとってそこから入門してもいいんじゃなんいか?ただ年齢がどうなのかを考えると相撲生命は短いことにはなるかもしれないけど・・・でもそれでも見てみたいそう思わせるアマチュア選手っているか?」
館内から聞こえてくる観客達の話は一切の脚色はない本音の本音。
(葉月山の再来・・・そんなこと云う人がいるんだね。国家資格だけはとってそこから・・・・)
「映見さん」と後ろから声が・・・映見は後ろを振り向く
「十和桜・・・さん」
「・・・今の私に対する本音ね」と少し憮然とした表情を浮かべながらもどこか緩い表情で
十和桜は両手でプラの二段の重箱を重ねた物を持ちながら映見から一つ席を空け席に座ると二段重の一つを空けた席の上に置きペットボトルのお茶も一緒に・・・。
「バンケットルームで私がチョイスしてきたから決勝考えたら食べないわけいかないでしょ?」
「桃の山関が来たんだからもう私の役目は終えたんじゃないんですか?」映見はわざと云う事もないことを口走った。
「意外と捻くれてるのねあなたって・・・」と十和桜は映見の横顔をしげしげと見ている
「なんですか人の顔をジロジロ見て」
「なんでこんな女に三連敗したのか?稽古とはいえ」
「実力です!って云いたいところですけど本気じゃなかったですよね?」
「本気じゃなかったと云うとそれはちょっと違う。私はあなたにたいして委縮していたまるで蛇に睨まれた蛙みたいに・・・アマチュア選手に対して力士である私が金縛りになったように」
十和桜の太々しい態度の裏には自分の弱さを見せないためのある種の演技をしているのだ。女子大相撲だけじゃないけど気持ちで負けたらそこでもう勝負はついてしまう。大阪のトーナメントでの映見は十和桜にとってはいきなり強烈な張り手を食らったように・・・。
「世界選手権で表彰台逃したことであんなに外野内野問わず色々云われてそのうちに相撲をしている意味を問うようになってしまった。問う必要なんかないのに好きでやっているただそれだけだったのに稽古もしなくなったそれなのに相撲からは離れられなくて・・・でもあれから自分で云うのもあれですけど少し図太くなったかなって十和桜関並みについでに性格も・・・・」
「・・・」(はぁ~)
「合同稽古の時完璧に叩きのめせたことは・・・・ひゃー最高って」
「・・・・」(この野郎!調子に乗りあがってこっちが下手に出てりゃ)
「あっ・・・イラっと来てるって云う表情ですけど」
「完璧に叩きのめされたのは事実だから・・・」(くっそー!映見が力士だったら本割で完膚無きに・・・)
「十和桜さん凄いですよね。私だったらここには来れないとても・・・それを許した桃の山さんも」
「・・・・」
「私、桃の山さんはアマチュア並みの脆い精神力しか持たない横綱って想っていたんです。十和桜関を目の前に云うのもあれですが女子大相撲の横綱までなっているのにあれぐらいの事で大会に来ないとか・・・まるでちょっと前の私のように」
「稲倉・・・」
「私、何であんなこと云ったのだろうってプロ力士でもないのにまるで上から目線で・・・百合の花関にも生意気な事云って怒らせてしまったし・・・いつのまにか驕っていたんです」
館内に設置されている巨大モニターには午前中に行われた各試合が流されている。ポーランドと日本の対戦で映見が鬼の形相で土俵下まで相手を叩き落としたシーン。
「さすがにやり過ぎかも知れないけど私は好きだよこんな強引な相撲。土俵で仁王立ちしている映見、物凄い威圧感と云うかプロ力士にも引けをとらないほどに・・・アマチュアとかプロ力士とかそんなの関係なく」
客席はそのシーンが映し出されるたびに沸き立つような歓声が・・・・。
「もし、映見さんに足らないものがあるとしたらそれは風格。私が云える立場ではないけど桃の山関にはそれがある。桃の山関は私に云ったの、私はあなたを相撲界に残すことを進言する。理事長に直談判するって・・・葉月さんにも「次の世代は桃の山と十和桜で作っていきなさい。あなたがどこまで落ちるのか覚悟しなきゃしょうがないけどそれと永久追放だけはさせないから・・・次世代を背負うべき力士を殺すわけにはいかないから」ってさすがに二人にそこまで云われたらもう逃げられないしお二人にとって私を守るようなことをしても何の得にもならないのに・・・。
百合の花さんも含めて凄いよね女子大相撲の横綱って、勝負に拘るだけじゃ真の横綱ではない。横綱は相撲の成績もさることながら人としてどういう存在なのか人として優れ誰からも認められること。あらゆる困難を乗り越え乗り越えられなくて落ちそうな人に手を貸しいっしょに乗り越えてくれる。それが横綱としての風格なんじゃないかって」
「横綱の風格・・・」
「敢えて葉月山って云うけど映見さんに自分の若い頃のフィルターを通して投影しているんじゃないかって、そしてそのあなたに叱咤激励するように違う声で」
「投影?」
映見は十和桜の云っている意味が全く理解できない。
(葉月さんの若い頃を私に投影って?)
十和桜は目を瞑り観客の声に耳を澄ます。映見はその表情を横目に見ながら同じく観客の声に耳を澄ます。
「葉月山の四股名は止め名にするのかと想ったらどうもちがうらしいぞ?」
「誰かが受け継ぐあんな偉大な四股名・・・告げる奴いるか?桃の山は?」
「桃の山は妙義山だろうがあれは継がせるために止め名にしてないんだから」
「だったら誰?」
「桃の山以外の日本代表の三人だけど百合の花はどうかな?だとするとアマチュア二人のどちらかだろうなぁでもどっちも女子大相撲の事は云わないから・・・」
(女子大相撲に入門なんって考えた事はなかった。相撲は大学で終わりそれが常識、国家試験に合格して研修してそして・・・そして・・・・私は)
映見も目を瞑る。目の奥に館内の照明の光が反応している。
(外野の人達はいつも私を惑わすいつも・・・でも私は?私はどう想っているの?本当は行ってみたいんでしょ女子大相撲の世界に?行きたいのになんで自分に素直になれないの?「女力士の命は花のように短くて」だったら長いであろう人生のその一瞬だけの時間になんで飛び込まないの?そこを逃したら私は未来永劫悔やむことになる。監督は私の事を花に例えると牡丹だと云った。牡丹の代表的な花言葉に「王者の風格」「風格あるふるまい」とあるが・・・私は・・・)
映見はゆっくり目を空ける。巨大モニターには準決勝のオーダーが表示されている。
ロシアは順当に勝ち上がりオランダとの対戦。日本は重量級で固めたブラジルとの対戦。日本のオーダーは、先鋒・石川さくら 次鋒・百合の花 大将・桃の山。
(大将に桃の山関・・・)
映見は大将は百合の花関で次鋒桃の山までに勝負を決める布陣だと思っていたことにちょっと違和感を感じていた。連戦の百合の花は大将に据え桃の山が勝負を決めることを前提に休ませると想っていたのだ。百合の花の相撲に見た目からは何時通りに見えるがけしてけして体調が万全ではないことは確かだったら決勝のロシア戦を考えたら一切消耗していない桃の山をウォームアップを兼ねて次鋒で試合勘を上げて行って決勝に大将で日本チームの勝利を決めるでもそれとは違っていたのだ。
(百合の花さんは初戦から出場しているから試合勘は冴えているけど腰は・・・)
映見は横の十和桜を見る。
(あれ?いない?)
十和桜はすでに二階席からは退出していたのだ。
映見は隣の席に置いてある重箱を取る
(軽い?)
蓋を開けると一段目は一枚のメモが・・・・
「三回戦はちゃんと一緒にチームとして入場してよ。百合の花関や桃の山関、もちろん石川さくらもあなたが来ると信じているはずだから裏切らないでそれと日本チームを応援してくれているお客さんのためにも・・・。
それと、どうしてもあなたと勝負したい。負けばっなしは絶対に嫌だから・・・アマチュア如きにそれも稲倉映見如きに・・・。女子アマチュア絶対横綱 稲倉映見。近いうちにボコボコにしてやるからな首洗って待ってろよ逃げるなよ! 二代目葉月山はあなたかも・・・」
(返り討ちにして相撲界に入られないようにしてやるわよまったく・・・・二代目葉月山・・・ったく私にはそんな資格ないから)二段目を空けるときれいに色どりされた幕の内弁当と云う感じで・・・。
(もっと自分に素直に相手にたいして・・・・)
食事を終え控室に向かって歩いていく映見の表情には謙虚さのなかにも何か自信めいたものが現れている。
(この大会に選ばれし四人の中に私もいるんだ!本当の意味での日本代表チームに私は選ばれているんだ!)




