若き獅子たちへ ④
「手を突いて・・・はっけよい」と遠藤
立合いで桃の山は左差しから下手まわしをつかっでいく。でも右の上手がうまく取れない。それにもかかわらず、右腕で相手の左腕を抱え込み、引っ張り上げるようにして、強引に前へ前へと出ていく。
「はあああ!!!!」「くうう!」
「はぁはぁはぁ・・・」「はぁはぁはぁはぁはぁ」
「はあっはあっはあっはあっはあっ」
「はあっはあっはあっはあっはあっはあっ」
十和桜は桃の山にぐいぐい引っ張り上げられていく
「くうう!」十和桜の足が土俵から浮き上がるような状態に
(これが桃の山の本来のパワーなのなんなのよそれ!これが本当の桃の山の相撲なの)
(上体を引っ張りあげれば下半身の踏ん張りは効かない。今まで単に押す事ばかり考えていたけど吊るとは違う風に考えれば・・・)
一見強引な相撲に見えるがそこは桃の山の身体能力の成せる技であり筋肉の使い方が器用なのだ。そして桃の山の体勢も立ちの状態になるがそれでも安定感があるのは膝が外によく開いた状態で腰が前に出ていることにある。股関節の柔軟性がけして低い体勢でなくても安定感を抜群にしている大きいな要因。こうなっては十和桜がパワーで強引に寄っても桃の山を動かすとができないどころか十和桜自身の不安定感は増すばかり。
(ここで一気に決める)と桃の山は取り切れなかった右上手を取り一気に体勢を捻り十和桜を投げ飛ばした。桃の山の完勝と云っていい内容だった。それは桃の山自身が初めて納得感を得たような・・・。
「はぁはぁはぁ・・・」と息を荒げる桃の山。土俵上では十和桜が体を上向きで大の字して桃の山を見ている。
「はぁはぁはぁ・・・完敗です横綱」と十和桜
「さすがに十和桜関のパワーは脅威だわ。お互いまだまだ発展途上、母が十和田富士さんをライバルとしたように私は十和桜をライバル視するわ今のあなたにこれから技術が伴ってきたら私は今以上に稽古ですべてのものを磨かなければ敵わなくなるってことを自覚したわ」と云うと桃の山は十和桜に右手を差しのべると十和桜も右手を・・・。そして立ち上がると
「もし私が女子相撲界に残れるのなら序の口になるのも受け入れます。そこから必ず這い上がります。横綱桃の山さんに相応しいライバルになって・・・必ず」
「えぇ待っているわ私もさらに精進して・・・名実ともに絶対横綱としてみんなに認めてもらえるように」
お互い体を合わせ抱き合うように・・・若き横綱桃の山、そしてそのライバルになるために再起をきす十和桜。母娘二代、宿命づけられたような運命かも知れないお互いの相撲人生にとって最高の時を苦しくもその先にある最終到達点を目指して・・・・。
桃の山は十和桜越しに腕組みをする葉月を見る。葉月は憮然とした表情で桃の山を見る。暫く無言の時が続く。葉月の落胆した表情は何かよそよそしくも見えるのだか゛・・・。
「車呼んであるから風呂場で砂を落としてきなさい二人とも」と葉月。二人は一礼して風呂場へ消えていく。
葉月は相撲場から出ていった二人の砂の付いた背中を見ながら大きく溜息をつく。振り返ると伊吹桜と遠藤が葉月を見ていた。
「してやったりって表情ですね遠藤さん」
「別にそんなつもりはありませんよ。私がアドバイスできることなんかあなたはとっくの昔に気づいていたでしょうから」
「桃の山の相撲は鋭い感覚で相撲取る力士です。それゆえに一つ迷ってしまうと抜けるすでがわからない。そこに論理建てた相撲ができれば彼女は最強ですとても私なんか足元に及ばないほどに」
「あなたが直に指導するべきだったんじゃ?」
「それは自分で考えることです。彼女は現役の横綱何ですから私からすると遠藤さんは余計なことをしてくれたもんだとそれに桃の山の相撲を見ていると腹が立つんですよ清純過ぎて」
それを聞いて遠藤は少し呆れたような表情をしながら
「何もそんな云いかたをすることもないでしょ?今の女性力士達は純粋に相撲が好きで力士になった高校や大学を卒業してもプロとして相撲ができる。多分それは金がどうのとかの話ではないと思いますよ?あなたは違ったかもしれないけど・・・伊吹桜関はどうなの俺からしたら良い就職先何って引く手あまただったと想うけど?」
「えっ・・・あぁ」
伊吹桜(三倉里香)は西経大入学当時に女子大相撲入門など全く考えていなかった。名門西経女子相撲部でレギュラーを取り活躍できた。三年生の春からは各企業からインターシップへの参加の誘いが来てはいたのだが心のどこかに女子大相撲への想いも捨てきれなかった。いくつかの企業のインターシップに参加しては見たものの何か自分の中で就職するというのは当然の選択であり「相撲は大学で終わり」と決めて相撲部に入ったのに・・・。
そんな迷いを倉橋監督に相談してみたのは三年生の年明けのことだった。
「監督、すいません相談したいことが」と里香
「相談?里香から真面目な顔で相談ってなんか怖いなー」と真奈美
里香は女子大相撲への捨てきれない想いと企業への就職と云う現実的な選択をすることの狭間で揺れている自分の想いを話した。
「私が女子大相撲でどこまでやれるのか挑戦したい気持ちが日に日に強くなって何社かの企業からは誘いめいたことも来ています。でも・・・」
「里香、迷っているのなら迷うだけ迷えばいいんだよただそれでも迷うなら失敗しても後悔のすくないほうを選べばいい。選んだことか゛失敗したとしてもそこでスパッと断ち切れる方を選べばいいんだ。どっちを選んでも少なからず後悔はするもんだよその選択が正しかったとしても・・・もし女子大相撲に行くのなら御両親にちゃんと納得して貰うことは最低条件だぞ里香、大学まで行かしてもらってそもそも」
倉橋の云う通り女子大相撲入門の話は両親にとって青天の霹靂以外のなにものでもなかった。当然のごとく大反対。里香は半年かけてなんとか承諾してもらったものの最後は母に泣きつかれてしまったことには胸が痛かった。そんなこともあって入門以降は殆ど連絡もしなかったが三役に上がったころから密かに会場に応援に来ていてくれていることは本当にうれしかったしやっと真に納得してくれたのかなぁと・・・。
「私は女子大相撲に入門したことに後悔はしていないと云えば嘘になります。もしかしたら私の得意分野で企業でもそれなりのポジションに付けたかもしれませんしやりたいことをできていたかもしれません。親類縁者や友人達のなかには「自ら人生を棒に振った馬鹿な女」って云われているのも知っていますしそのことで両親に迷惑をかけてしまったと想ったときもありましたが今はこんな世界的に認知されてきた女子相撲にプロとしてやれていることに誇りを持っています」
里香は自信満々な表情で云う。
「自分のやっていることに誇りを持てるか・・・」と勝
「そう、でもね伊吹桜私からしたらそろそろ引退してポジションを変えてみるべきだと想うわ」と葉月はさらっと・・・。
「どう云う意味ですか?」
「力士を引退して協会としての仕事をするべきだって云っているのよ」
「御自分のことは棚に上げるどころか捨ててしまったくせに・・・」
「そうね、それを云われるとぐうの音もでないけどあなたの相撲の実力は認めるけどあなたの才能を発揮できるのは女子相撲界を支え発展させていく仕事の方こそあなたを必要としているのではないかしら」
「先が見えているんだからそろそろって云い方に聞こえますが?」と里香
「格上の力士や協会関係者にも論理だてて物云えるのはあなただけしかいないからね。女子大相撲界においては諸刃の剣ねあなたの存在は・・・だからこそあなたには潰れて欲しくないの女子相撲界を捨てていく私が偉そうに云う話ではないのは重々承知のうえで云わせてもらうけど・・・私もそれなりに意見はしてきたけどあなたの存在は若手力士にとっては大事な存在よ。影ながらあなたを支えてきたつもりよ次は自分自身で次の未来を切り開いて・・・私も多少未練がないわけではないけど」
「だったらなんで!葉月さんの存在がどれだけ女子大相撲の力士やアマチュアの選手達の支えになったが計り知れないのになんで女子相撲の世界から去ってしまうんですか!なんで!」と伊吹桜は怒りに似た表情で
「許してやれよ伊吹桜。葉月さんが世界に立ち遅れていた日本においてプロとしての女子相撲の繁栄の土台を作ってくれたその上に物を立てていくのは伊吹桜の世代だろう何甘えた事云ってんだよ!桃の山を筆頭に次世代を引っ張っていくのが伊吹桜や百合の花じゃないのかよ。葉月さんが故郷を捨てる覚悟で北海道から出てきたかを想えば・・・ただ葉月さん。力士との関係まで切ることはしないでやってくれよ。あなたの事だからそれまでも切りそうだからね、相談くらいは気軽に聞いてやってくれよ表に出る必要はないから・・・伊吹桜それでいいだろう?」
「・・・・」伊吹桜は納得していないようだが
葉月は相撲の事すべてを切るつもりでいた。もちろん力士との関係ももう相撲の事で表に出るつもりもないもちろん裏でもそれは自分のケジメとして監督を受ける=次期理事長候補などと内外関係者は当然そう思っていただろうが少なくても協会関係者においては葉月の決断は怒りさえも覚えるほどに・・・。そんな時奥の部屋で砂を落とし紺の袴に着替えた桃の山と十和桜が出てきた。葉月は十和桜が抱えていた明け荷を見る。
(妙義山?)
明け荷に書いてある【妙義山】の文字、葉月は桃の山の顔を見るとそれはある種の決意をしているような・・・。
(そう云うことかい・・・)
「前に車が来ているから二人と伊吹桜はそれに乗って会場に行って、私は遠藤さんに送ってもらうから」と葉月が云うと三人は部屋を出て車に乗り込み会場へ、葉月と勝は相撲場に残る。
「あの明け荷新調したやつですね?先代の妙義山が使っていたものではないようでもしかしたら修理したのかもしれませんが?」と勝
「先代の四股名を受け継ぐってことなんですねあれは」と葉月
「私もあれを見た時はちょっと「はっ」としましたけどね。覚悟を決めたってことでしょうけど」
「妙義山を受け継げるのは桃の山にしかいない。でもそれとてこの大会でにそれに相応しい結果を残すことが絶対条件ですけどね、残せなかったら消えてもらうそれは約束ですから」
「二回戦のポーランド戦はアマチュア二人で勝負を決めましたよ。石川さくらが一人、稲倉が二人抜いて決着しました」
「そうですか」
「当然って云う云い方ですね?」
「あの二人には今プロと同じことを要求しているのでそれに応えるのは当然かとあの二人は私が選んだんです。最強のアマチュア二人。そして百合の花。負けるわけはありませんから」
葉月は竹ぼうきで土俵を掃いていく荒れた土俵を清浄に戻していくように丁寧に丁寧に・・・。
その姿を見る遠藤の目が潤む、女性力士として相撲で生きてきた彼女にも相撲人生最後の時がもう近くまできていることに・・・。




