若き獅子たちへ ③
大相撲、旧武相山部屋の相撲場。桃の山と十和桜は東西に分かれ東側に十和桜・椎名葉月。西側には桃の山・伊吹桜。そして少しは離れた出入り口付近で遠藤勝が白木の壁に寄りかかりながら。
「これから十和桜相手に三番稽古をしてもらう。そして私が納得するまでやってもらうそのうえで桃の山を大会に出すかどうか決めるわ。それでいい?」葉月は隣に十和桜立たせ桃の山に対して少しきつめの口調で
「ちょっと待ってください。三番稽古を葉月監督が納得するまでやらせるってどう云う意味ですか?大会は現在進行形で進んでいるんですよ。納得するまで十番二十番って監督が納得するまで永遠にやらすつもりですか?単に調子を整えるだけならもう十分に二人はやっています。二人の発汗している体見ればわかりますよね?それをなんでまた三番勝負なんですか私は監督の」
「伊吹桜。大関を前にして地団駄踏んでいるくせしてそれを私に転換でもしているのかのような云い方だなそんなデカい口たたける身分かよお前は!この大会の監督は私なんだよお前が私に意見する何って云うのは少なくとも大関になってから云いなさいよ!たかが関脇如きに」と葉月は伊吹桜を睨みつけると同時に桃の山が葉月を睨みつける。
相撲場の雰囲気が何か殺伐とする。少なくともこんなもの云いをする葉月を見たことがなかった。現役時代だってけして番付で相手を見下すような云い方は絶対しなかったしプライベートでも幕下以下の力士に対してだって・・・。
「とにかくこれから三番勝負してもらう。伊吹桜そんな偉そうなデカい口叩くんだったら桃の山に何かアドバイスでもして十和桜相手に勝たせてやれよ。私は十和桜についてアドバイスするから」
(何それ?)
葉月と十和桜は東側の壁際に行き葉月が十和桜に対して手取り足取り自分が動作しながら教えている。十和桜もその動作を一挙手一投足見逃すまいと真剣な表情で見て聞いていく。
西側の壁際では伊吹桜と桃の山が・・・。
「伊吹桜さんすいませんなんかおかしなことになってしまって」と桃の山
「構わないよ。葉月さんのことだから意図的にやってるんでしょ?あの人の行動に意味のない無駄なことはないからね。私に挑発的な態度をしてきたのも意図があるんだよ」
大阪でのトーナメントにおいては百合の花は一気に電車道ごとく持っていかれた。十和桜
とは桃の山の手つき不十分で横綱自ら立ち合い不成立の大失態から受けの相撲の桃の山は敢えて突きの相撲に対して十和桜はあえて組む相撲を選択し桃の山の心をぽっきり折ってやろうと・・・しかし結果的には最後は掛け投げで自分より重い十和桜を投げ飛ばしたのだ。
「それじゃ始めるわよ」と葉月が云うと十和桜が仕切り線の前に
「桃の山ここは本番だと想った方がいいわ。葉月さんのことだから十和桜にそれなりのアドバイスをしてくるはずだから」と伊吹桜
「わかりました」
十和桜も仕切り線の前に立つ。十和桜の表情に負い目を感じている表情はないそれどころか相撲に自信があるかのような・・・。
「遠藤さん立ち合いの掛け声をお願いします」と葉月。
出入り口に近くにいる声をかける
「手を突いて・・・はっけよい」
互いに両手突きで立ち、十和桜は右喉輪左で桃の山の右腕を押さえる恰好、低い体勢からの桃の山の両手突きは上に抜ける。 桃の山右腕を廻して右を差そうとすると、十和桜は左外筈右腕で喉を押し、次いで左で喉を押しながら桃の山の左をはね上げ、東に押し進んで右差し下手、 桃の山右でおっつけて割り込んだが、十和桜はガバッと左上手を掴む。
桃の山は先に左上手を引いていて、反り身になりながら右差し手で十和桜の上手を切ったが、 十和桜は右肘を使いながら左で上手をなお取ろうとし、桃の山が左上手投げ気味に振って右下手を取ると十和桜は堪えながら左上手を握り引きつけながら攻める。
桃の山は左肘が上がった恰好で左上手投げ気味に捻じり、左上手投げで振るが、 十和桜は右へ。桃の山は左に廻り込もうとするが、十和桜がガッチリ引きつけると桃の山は腰が廻らず詰め込まれ、 引きつければ引きつけるほど十和桜の体をまともに浴びる形、十和桜は腰が上がったが長身を利して強烈に引きつけ、 桃の山決死のうっちゃりを全く許さず、まともにのしかかってまったく桃の山は歯が立たない。
その後五番ほどやって三勝三敗。葉月にとってとても桃の山に納得できる相撲内容じゃないそれは同じく遠藤にとっても今の桃の山の相撲では大会に出さないほうがと云う想いが湧いてくる。
「もういいわ。これ以上やったところであなたの相撲に私は納得しそうもないから」と葉月は桃の山を切り捨てた。
「葉月さん情けのもう一回やらしてあげてくれないかそれと私が桃の山にアドバイスしてもいいかい?」と勝は葉月に・・・。
「別に構いませんけど何回やっても同じだと思いますよ。遠藤さんのお好きなように」と葉月は別に勝を馬鹿にしているわけではないが若干あきれたような表情であるが。
「横綱・伊吹桜ちょっと」と勝は二人を自分の側に呼び寄せた。
桃の山と伊吹桜は勝の正面に立つ。桃の山はだいぶ息が上がってしまっていたがけして目は死んでいない。
「横綱、十和桜と相撲に何を一番警戒している?」
「十和桜は大柄ですパワーもありますがそれなりにスピードもありますしとにかくまずは当たり負けしないようにそしてできるだけ低い体勢で重心をさげとにかく自分の体を安定させて・・・」
「でもそれは重心を動かさないことでってことだろう?でもそれは自分自身も動かないってことなんだよ。それは安定と移動の二律背反なんだよ。大阪のトーナメントの時立ち合い不成立からの二番目はとにかく前に出る相撲に徹した。多分横綱に当たり負けしないようになった意識はなかったはずだ。ただがむしゃらに前に出てそこに体制を低くして当たり負けをしないようになって考えていなかったはずだ」
「・・・・」(確かにあの時はただ勝ちたい!ただそれだけで)
「あの時の横綱は前に出て動くことだけを考えた低い体勢から当たるのはセオリーだとしてもそのあとの攻めは殆ど状態が立っていたけどそのことで「重心が高い」=動きが軽くなるってことなんだよ。もちろんその分安定性は落ちるトレードオフってことなんだよ」
「トレードオフ・・・」
「それと相手の重心の位置がどこにあるのか自分の重心位置とどれだけ差があるのかようは相手よりほんの少し重心が低いだけでいいんだむやみに自分の重心を下げてしまって自分の動きが窮屈になっては何の意味もない。それと横綱は体幹がしっかりしている陸上競技の投てき種目でもオリンピックを狙える逸材だったんだからその財産を生かさなきゃ。
トーナメントの時立合いで横綱は左差しから、下手まわしをつかもうとしたがうまくいかず右の上手がうまく取れなかった。それにもかかわらず、右腕で相手の左腕を抱え込み、引っ張り上げるようにして、強引に前へ前へと出ていった。あんな相撲を取るには脊柱起立筋がよっぽど鍛えられていないともちろん下半身の強靭さもさることながらそして持って生まれた相撲センス。横綱は今まで天性のセンスでここまできたいや来てしまったと云うべぎたど想う」
陸上競技で砲丸投げを主にやっていたが走らせても決して遅くはなかった。一気に最大パワーを出せる瞬発力と400m走55秒台で走り切る持久力も備えていた。すべてに恵まれていた桃の山にとって唯一かけていることは対人競技の経験が全くなかったことそれはまったく違う世界だったがそれさえも妙義山の遺伝子をそのまま受け継いだような相撲で一気に頂点に立ってしまった。ここからは横綱の地位を守れなければ即引退。
国際大会でおもったほど成績を上げられないと云うのも外国人力士との対戦経験が少ないと云えばそれまでだが高重心で相撲を取る力士に慣れていないのだ。それは十和桜になんとなく苦手意識もっている原因なのだ。桃の山本人はそのことに気づいていないが
「横綱はまだ自分の体を持て余しているんだ。それともう少し体の使い方なりを物理的に勉強してみたらいい 慣性の法則・運動の法則・作用・反作用の法則、この運動の三法則を勉強してみると良いよ相撲をすることがもっとおもしろくなる。その辺は隣にいる関脇伊吹桜関に教えてもらえば良いなにせ西経の数理・物理学科卒なんだからそれなのに女子大相撲で力士やっているという私からすれば意味不明だが」と含み笑いをする勝
(はぁ・・・意味不明って・・・なにそれ)と伊吹桜は憮然とした表情で
「横綱、大阪のトーナメントを想いだすんだ少なくともあれは横綱は意識していないかもしれないが新たな新境地のきっかけをつかんだ相撲だったと思う。ポイントは上体を引き上げる力と捻り、あとは股関節の使い方、横綱は股関節が柔らかいから膝を上手く使えば重心が高くても十和桜には崩すことはできない。それだけ意識してやってみな」
(上体を引き上げる力と捻りそして股関節の使い方?・・・・そうか)桃の山の頭に何かひらめいたような
十和桜は葉月が葉月山として現役で活躍していた頃もここまで接したことがなかった。毛嫌いしていたわけではないが何か近寄りがたい存在だった。そんな大横綱とここまで相撲の話ができる何って
「十和桜。これからしばらくは針の筵でしょうねそれは自業自得なんだからしょうがないけど耐えなさいよ!桃の山とどんな話をしたのか知らないけど桃の山のよきライバルになりなさい。あなた達の母親のように」
「葉月さん・・・」
「さぁやるわよ。十和桜のパワーとスピードは大柄なあなたにとっては大きなアドバンテージ評論家はあなたの体勢が高いことに色々云っているけどそれは気にしなくていいその事ばかり気にしてあなたの持ち味を殺してしまっては何もならないわ!」
「はい!」
「外国人との対戦であなたが活躍できるのはパワーもスピードもそうだけど持っているものを瞬時に出せる動きのよさよもちろんそれに安定感があれば最高だけど今は余計なことを考えないで自分の長所だけを如何に使えるかに徹しなさい。暫くは外野の話は聞く必要はないわ」
「葉月さん・・・私・・・」
「次の世代は桃の山と十和桜で作っていきなさい。あなたがどこまで落ちるのか覚悟しなきゃしょうがないけどそれと永久追放だけはさせないから・・・次世代を背負うべき力士を殺すわけにはいかないからねぇ多分桃の山も私と同じでしょ。桃の山に大きな貸しを作ったわね忖度力士十和桜」
「・・・」
「二人で新しい女子大相撲の世界を見せてよ」




