若き獅子たちへ ①
葉月は日本チームが強敵ウクライナを破り湧いている館内の余韻に浸ることなく桃の山と十和桜が待つ支度部屋へ歩いていく。
(まだ始まったばかりよ。これに桃の山が加われば戦略的には幅ができる・・・でも)
長い廊下を歩き突き当りを右へ
(えっ)
曲がったところで長身の男性がまるで待ち受けてたように壁に凭れかかっていた。
(菊の山さん?なんで?)
葉月は遠藤美香の夫で元大相撲菊の山がなぜここにいるのか理解できなかった。葉月は通りすがりに軽く会釈して控え部屋に・・・。
「二人は支度部屋にはいませんよ」と遠藤勝(元大相撲菊の山)
「・・・・」
葉月は足を止め反転する。
「どういう事ですか?」
「二人はここから少し離れたところにいます。いきなり支度部屋にあの二人を入れることはどうかと」
「なんなんですかあなたは!」と葉月は思わず声を荒げてしまった。
「あの時から二十年近く経つのか・・・」勝は少し後ろめたい表情で
「・・・・」
「あの時のことを思い出すたびに・・・」
葉月は勝の視線から若干ずらしながらも
「美香さんと結婚されたと聞いた時「なんで!」とは思いましたが・・・「綱を締める女」あの小説は私の相撲人生そのもの・・・私小説でもあんなには書けない。あの小説は私の心のよりどころであり私の一生の宝物の一つです。あんな小説を書かれる方だから美香さんが遠藤さんとなぜ結婚されてのか分かった気がします」
「葉月山さん・・・」
「美香さんは心底愛されてます。それとこれは美香さんがやった事なんですね」葉月は少し笑みを見せながら
「家の奥さんは女子大相撲から距離を置きたい云いながら・・・・北海道に帰られるんですね、美香から聞きました。あなたは相撲界にいるより北海道で競走馬に係わった仕事の方が似合っている。女子相撲界には恩知らずなどと云う人もいるが・・・ただし、せめてあなたの相撲魂は女子相撲をしているものそして志す者に置いていくべきだ。それこそが葉月山じゃないかと・・・」
「遠藤さん・・・」
「一回戦の日本チームの試合は素晴らしいものだった。アマチュア二人ももちろん百合の花も・・・女子相撲を志す者はだいたいあなたの名前をあげる。私もいつのまにか葉月山のファンになっていた多分この仕事をしていなかったとしても・・・。強く・いつも凛としてそれでいながら仲間にも厳しく、そして自分にはさらに厳しく・・・来年には女子大相撲のための会場ができる。多分あなたがいなかったらできなかったどころか女子大相撲は潰れてた」
「遠藤さんそう云う話は大会終わってから・・・独占でロングインタビューに応じますのでとりあえず二人のところへ」
「あっそうですねすいません失礼しました」
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二人は会場から今朝、美香が乗ってきたフォレスターを走らせる。
「一回戦の戦い方遠藤さんはどう見てます?」
「なんですかいきなり」
「元力士としてそしてスポーツライターとして客観的なことをお聞きしたくて」
「大会が進行している最中に部外者から意見を聞くのは如何かと」
「遠藤さんなら信用てきるから・・・」
「参ったな・・・」
車は清澄庭園の脇を抜けていく。
「石川さくらは負けてしまったが稲倉映見・百合の花は良い意味で緊張感を持って相撲を取っている。桃の山がいないと云う事がいい方向になっていると思う。石川も一回戦を勝ち抜けたことで極度の緊張感からは解放されるでしょうし・・・・これから桃の山に会うのにこんな云い方はないでしょうが桃の山をあえて抜くのも一つの考えかもしれません」
「実は私もその事は想っているんです。桃の山が加われば間違いなく戦闘力は格段に上がりますしみんなの気持ちにも余裕ができると思いますが一回戦を見てここに桃の山を入れることでチームの雰囲気というか流れを変えてしまうことが良いのかと・・・」
「団体戦は単に強い者だけを選べは勝てるわけじゃない。たしかに相撲は基本個人戦ですしそれは団体戦でも変わりませんがそれでもお互いの気持ちに少しでも違和感があると不思議に個々の力が発揮できないものです。桃の山がチームに入ることで他の三人はある意味安堵するかもしれませんがそのことでいい意味での緊張感が失われるのは果たしてどうなのか?」
車は大通りから脇道へ入り暫く走らせるとタイル張りの五階建ての建物の前で車を止めた。
「ここは、大相撲、旧武相山部屋の建物なんです。つい最近別の場所に移転して偶々ここが空いていたんでお願いして使わしてくれって美香に云われまして・・・彼女の命令は絶対なんで逆らうと捨てられちゃうんで絶対服従なんです」と勝は笑いながら
「よく云いますよまったく。美香さんらしいと云えばらしいですけど・・・・」
二人が車を降りるとその事に気づいたのか玄関のドアが開いた。
「葉月さん」
「伊吹桜なんで・・・」
伊吹桜は二人に一礼する。
「美香さんに云われまして旦那さんに二人を乗せてここに」
「ここなら十分にウォーミングアップはできるし部外者はさすがにここまで来ないでしょう」と勝
三人は相撲場の中に入る。そこにはすでに木綿の稽古用の廻しをしめた桃の山と十和桜が立っていた。
二人を睨みつける葉月。それにたいして微動だにしない桃の山、その視線に耐えられずつい逸らしてしまう十和桜。無言の時間がしばらく続く。
「そんなに睨みあってもしょうがないでしょう二回戦だってもうしばらくしたら始まるんだから」と勝
桃の山は意を決したように
「いつでも相撲はできる体制です」と桃の山は当然のように葉月に
葉月はその言葉に何の反応も示さず表情は睨みつけたまま、しばらくして葉月から口を開いた。
「悪いんだけど今の日本チームにあなたの場所はないわ」
「・・・・・」
葉月は桃の山の顔を見ながらさらっと云うそこには特別な感情は何もない。桃の山の表情が変わっていくのがわかる。それは落胆した表情を一瞬見せながら悲しくも怒りに似た・・・。
葉月はそれだけ云うと体を反転させて出口へ向かい扉を開ける。背中越しに桃の山の視線を痛いほど感じているあえて振り向くこともなく。外に出ると続いて勝も出ると扉を閉じた。葉月は扉の閉まる音と同時に軽く溜息をついてしまった。
「よかったんですがあれで?」
「遠藤さんにはせっかく色々していただいたのにすいません。とにかく行けるところまで行こうと思います。少なくとも今の時点において桃の山を土俵に立たすつもりはないので、今戦っている三人はウクライナ戦で一つになった桃の山がいないことで・・・遠藤さんも私も思っているチームの雰囲気を変えてしまう事のほうが怖いです。それに百合の花の相撲が私と対戦していた時のような相撲勘が戻ってきている。そこに賭けてみたい百合の花の今後のために私の後継は百合の花なんです。もしかしたらこの大会で彼女の力士生命は終わるかもしれない、彼女は覚悟を決めている節もあるそんな覚悟をしているものを外すわけにはいかない絶対に・・・」
「世間はあなたの後継は桃の山だと・・・」
その時、「バッっ」と音を立てて扉が開いた。伊吹桜は怒りに満ちた表情で葉月の前に立つ。
「なぜ桃の山を出さないんですか!桃の山は覚悟を決めてこの大会に挑もうとしているのになぜ土俵に立たせないんですか!」
「今の状況で桃の山を必要としていないただそれだけよ」
「桃の山がいない日本チームで優勝できるんですか!できませんよ!そんなの誰が考えたって!」
「今戦っている三人を愚弄するような云い方はやめなさいよ。桃の山がいない日本じゃ勝てない?伊吹桜、あんたみたいな発想が桃の山をダメにしてしまうのよ。「忖度横綱・・・」そうやって周りがいつのまにか忖度してあげているのよ意識になくてもだからあんな精神の貧弱な横綱になってしまったのよ桃の山わ!」
「葉月さん・・・」
「伊吹桜、あなたの云う通りだと思うわ確かにね。もし桃の山を使う時は日本が崖ぷっちの時今はその時じゃない。今度の件で桃の山には責任を取ってもらう大将として絶対に日本を優勝させると云うのが責任の取りかた優勝できなかったら桃の山には引退して貰う」
葉月はおもむろに遠藤に視線を合わす。
「遠藤さん今の私の話を遠藤さんのSNSに上げてください。桃の山は出さないで済むほどこの大会は甘くない。それに百合の花とてせいぜい三回戦までが限度、それぐらい彼女の腰は悪くなってるはず下手すりゃ力士生命終わるほどに、だからと云って私は彼女を外して桃の山を入れる気はさらさらないの百合の花は相撲人生賭けてるそんな力士の意志を私は尊重したいのよ。伊吹桜、十和桜を呼んできて」
「えっ」
「呼んできて早く・・・」
「わかりました」
伊吹桜はドアを開け中に入る。
「ちゃんとSNSNに上げてくださいよ。私の云ったこと」
「なんでそんな桃の山や自分の首を絞めるようなことを」
「桃の山と心中するつもりでいるのでもちろん本当に死ぬつもりはありませんがその気持ちではいます。私の後継と世間が云うのならその覚悟を本人にして貰うもちろん私も・・・バッシング対象には格好じゃないでしょうか食い散らかすだけ食い散らかせて絶対横綱葉月山の末路としては・・・」
「あなたって人は・・・」
ドアが開く。伊吹桜のあとに十和桜がさっきの不安げに満ちた表情とは逆に怒りに満ちて顔は火の出るように上気していた。
「何その顔は」
「なんで桃の山関を出さないですか!今度の件はすべて私の責任で桃の山関には一切の非はないんですだから!」
「だから何?」
「だから私が相撲界から消えます。永久追放処分で構いませんだから・・・」
「永久追放処分?笑わせるなよ!」
「私にはそれしか・・・」
十和桜は思わずひざまずいてしまった。そしてコンクリートに点々と涙のしずくの跡が・・・。
「十和桜。十和田富士さんに恥をかかすようなことはするな。それともっと自分に厳しくもっと厳しく厳しくそしてもっと自分を愛せそして桃の山の真のライバルになるために精進しなさいそれが十和桜としての責任の取りかたよ」
「くうっ くっくっ ううっ うっうっあっあっ・・・わぁぁぁ うわぁー」十和桜は声を上げて感情のままに泣いてしまった。
「ここで涙が枯れきるまで泣いて自分のモヤモヤをきれいに洗い流して、十和桜には桃の山のためにやってもらうことがあるから」
葉月は再度建物に入っていくと伊吹桜も・・・・。
遠藤は十和桜に声をかけた。
「葉桜になるにはまだ早いぞ」と勝は軽く背中をたたくと建物の中に・・・。
十和桜の顔の下のコンクリートは色が変わるほどに濡れていたのにいつの間にか「スーッ」と消えかかっていた。




