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女力士への道  作者: hidekazu
力士の娘

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125/324

薄玻璃の向こうへ  ③

 桃の山と十和桜はリビングのソファーにテーブルを挟んで向かい合うように座っている。時刻は午前8時になろうとしている。試合開始は午前10時から一回戦が始まる。会場には時間的に間に合うが桃の山は十和桜と納得いく形で今回の事を自分の心の中で消化できなければ土俵の上に立つつもりはない。もし、お互い納得がいかなければ相撲に終止符を打つ。それは桃の山として妙義山の娘として・・・。


「私は桃の山関・女子大相撲全体に多大な迷惑をかけてしまった。取り返しのつかないことを・・・」


十和桜は憔悴しきった顔をしながらか細い声で・・・おそらく一睡もしていないのだろう?髪の手入れも化粧すらもしていない感じで・・・。


「あなたとの事があって私も色々考える事があって・・・私の母と十和田富士関との関係も」

「・・・・」

「なんであなたが私との対戦において熱くなるのか・・・」

「横綱・・・私は」


 十和桜にとっては桃の山が烈火に怒ってくれるほうが楽なのに桃の山は逆に緩い表情とでも云うのか逆にその事が十和桜にとっては心に重いと云うか・・・。


「私が本気で女子大相撲のことを考えたのは高校生になってから小学生ぐらいから相撲には興味があったし母の活躍も正直現役時代の事を記憶にないけどそれでも女子大相撲創成期の力士として女子大相撲の基礎を作ったって意味で凄く尊敬している。多分それは十和桜関も同じだと思う。十和田富士も妙義山も創成期の苦しい時期を戦った戦友であり盟友なんだと・・・」


「横綱・・・・」


桃の山は昨日の夜、葉月山に徹底的にしごかれまくり横綱としての誇りもさえもずたずたにされたことそれはいままで経験しことのない屈辱と云っていいことを独り言のように・・・。そして入門前に葉月山に稽古をしてもらいそのうえで入門したことも・・・。


「私はあなたの云われたようにもしかしたら忖度を受けていたのかもしれない。入門前に現役力士それも横綱に稽古をしてもらう何って私以外だったら絶対あり得ない。私はそんなこともいままで考えもしていなかった。でもいつの頃から私はもしかしたら手心が加えられているのではとふと思ったりしてしまうことがあるのよ。何がどうのと云うわけではないのだけど・・・・」


 桃の山はグリーン濃唐草の湯呑に注がれている上白折を一口飲みながら・・・。


「あなたの行為は許されるべき行為ではない。相撲以外のようなもので人を陥めるなんって力士として最低!万死に値するわ!」


「うっっっ・・・」


「でもこんなことぐらいで動揺してしまう私もある意味最低・・・鬼の妙義山の娘として余りにもひ弱な力士、そんなのが横綱何って!薄々は感じてはいたけど今更ながら改めて痛感しているわ」


 十和桜は湯呑の中で茶柱が立っているのに気付いた。十和桜はそっと湯呑を持ち茶柱もいっしょに飲み込むと一息ふーっと・・・。


「横綱、私・・・」


「桃の山でいいわ。私はあまり上下関係と云うのは好かないの序の口であれ横綱であれ一力士なんだから四股名で呼びましょプライベートは、そんなことよりも十和桜関には責任を取ってもらうわ。多分協会としては今度の事は看過は決してできないし女子大相撲界全体にとって甚大なるイメージの崩壊と云っても言過ぎてはない。多分永久追放になってもおかしくないしそれが女子相撲界の答えだと・・・」


「うっっっ・・・」


「でも、もっときついのは相撲界に残らせること、全員を敵に回して無言の厳しい視線を浴びで・・・私はあなたにそれを望む。私とて少なからず横綱になれたのは妙義山の娘だからと想っている人も決して少なくない。ましてや今、女子相撲の世界において今後の覇権を決めるような大会をサボっているわけだからとても許されない。でもね今はあなたととことん話してお互い分かり合えてからじゃないと私もあなたも前に進めない!お互い分かり合えないのなら私は今日の大会にも出ないし相撲界から消滅する。引退ではなく消滅。もちろんあなたもいっしょに・・・・」


「なんで!これは私か゛やった問題で桃の山さんには」


「母が十和田富士関をライバルとしていたのと同じように私はあなたをライバル視する。それは親子二代の数奇な運命。ある意味状況は似ているじゃない私が横綱であなたは小結。十和田富士関とは違ってあなたはまだまだ伸びてくる要素はある。怪我て゛苦しんだ十和田富士関とは違う!どうなのやる気があるのないの?ここでやめてしまったらお互いの母親に泥を投げつけることになってしまう私はそんなのは絶対に嫌!」


「桃の山さんなんでそこまで」


 十和桜は桃の山を真正面に見据え多少瞳は潤んでいてもしっかりと


「私はいまいちど本当の意味でのプロ力士を目指してみようと想っている。私の力士としての心構えは甘かった・・・それを今痛感している。あなたにちょっと云われたぐらいでこんなにも動揺してしまっている自分の甘さに・・・今私が克服しなければいけないのはあなたを攻略すること・・・だからあなたを女子相撲界から消すことはさせない」


「何云っているんだが意味が分かりません。女子大相撲の権威を著しく傷つけて・・・責任の取り方は私が相撲をやめる・・・」


「ふざけるな!私云ったよねあなたにとって一番精神的にきついのは相撲界に残ることだってそれは私だって同じ。大会が終われば番付編成会議があるわ当然あなたのことが上る。私はあなたを相撲界に残すことを進言する。理事長に直談判するつもりよ!」


「なんで!なんでそこまでするんですか!」


「葉月山さんが引退されて百合の花さんの後は私達の世代が引き継がなければいけない。そのなかにあなたも入るのよ!。女子相撲はグローバルなものになってしまった以上日本固有の話ではなくなった。世界と戦うことになってしまったのよ。十和桜関。気持ちを入れ替えて一緒にやりましょうよ!親子二世代新たなストーリーを作りましょうよ!」


「桃の山さん・・・なんで」


「私は勝ち負けはどうでもよかったのプロでありながら勝ち負けはどうでもいいんなんって理解できないでしょうけど私にとっては想っている相撲ができたのかできなかったのかが重要だったの・・・でも三役に上がって大関・横綱となるにつけ自分の想いだけでは通用しない現実に何か戸惑っていた・・・勝たなければならない意味が・・・」


「変わってますね桃の山関は、みんなどうすれば勝つことができるのかどんな手を使っても勝ちたいと想っているのに」


 十和桜はいつのまにか目はきりっとそしていつも通りのちょっと高飛車な雰囲気を


「戻ったわねいつものちょっと生意気な」と笑みを浮かべる桃の山


「桃の山関の気持ち少しわかったような気もしますけど・・・もし、私が相撲界に残ることができるのなら私は桃の山関に相応しいライバルになるために一から相撲をやり直してみます。桃の山関に貸しを作ったままでは・・・」と十和桜も笑みを浮かべ


 すでに時刻は10時ちょっと前一回戦が始まる時間ではあるのだが・・・・。


「下に稽古場があるの少しぶつかり稽古してみない。昨日散々葉月さんに可愛がられて砂を口に入れられてしまうほどやられてしまったけど」


「砂を?」


「真の勝負師の力士は葉月山さんみたいな人を云うのだと想った。相手に厳しく自分にはそれ以上に厳しく今の私には到底たどり着けない世界」


「葉月山さんがそんなことを」


「今日は十和桜関に私の付き人になってもらうわ。だから一緒に大会会場に行ってもらう。そして私のサポートをして貰う。外野は色々云うでしょうけど私がそんなことは許さないからいいわね」


「桃の山関・・・」


 十和桜にとって桃の山と云う横綱の度量の大きさにはぐうの音も出なかった。自分の想っていることを包み隠さずさらけ出したうえで私の横暴を条件付きながらも不問にしようと・・・。


 「なんで」と云う想いはある。このまま桃の山関に謝罪だけして相撲界を去れば終わりだと思っていたしそれしか選択はないと思っていたのに桃の山は私がある種の逃げの行動を許してはくれなかった。桃の山とて十和桜の行為を不問にすることが自分自身にとっても女子相撲界にとってもけして良いとは思っていないと思う。それでは一つのけじめと云う事が曖昧になってしまう。それは桃の山にとっても女子相撲界の関係者はけしてよく想っていないだろうしまた同じようなことが起こらないとも限らない。


十和桜にとっては味方をしてくれる相撲関係者何って桃の山を除いてはいないかもしれない。そんなことまで女子相撲界に残る決心ができるのだろうか?十和桜が自分自身に問いかけた時に即答はできないしそもそも自信がない・・・。そこまでして相撲をする意味があるのか?このまま自然消滅のように消えていけば・・・。


「十和桜関。力士の娘として生まれて三役・横綱になった力士は私達しかいないわ。これは逃れられない運命だと・・・あなたもわたしも逃げることは許されない。宿命なのよ私達の!」


「もう、桃の山関から女子相撲からも逃げられない」


「そうよ。もう私達は前に進むしかない・・・・今日の大会で私のせいで日本が負けたら即引退そしてあなたも相撲界から消える。もし勝てたらあなたも相撲界に残る・・・どっちにしても茨の道だけどね」


「力士の娘に生まれたことの代償は大きいですねまったく」と十和桜は笑いながら


「上手く母親に嵌められたのよ私達は」と桃の山も笑いながら


 桃の山と十和桜の間には目に見えない薄玻璃の板があったのだろう。それは割ろうと想えば簡単に割れたのに・・・。いや割る必要はないのかもしれない・・・薄玻璃の向こうへ踏み出すのには確固たる決意がなければ行けないし行ってはいけないと・・・。

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