砂を噛ますその想い ②
相撲場の壁に掛けてある大画面の液晶モニターにyoutubeにアップされた例の動画が流される。代表選手の四人。監督・コーチ関係者を含む協会関係者が動画を見る。
百合の花はあくまでも冷静に、石川さくらは目が潤み、稲倉映見の表情は強張り両手は握りこぶしに。桃の山は画面を見てはいるが目はうつろにどんなに冷静に見ようとしても心の表情が目に出てしまう。
動画は約15分。日本チーム各選手の寸評から始まり日本の女子相撲の在りかたそして最後は理事長と娘である桃の山との根も葉もない話に終始して終わった。動画が終わり暫く誰も口を開かずその場を動かずただ立ったまま。
「今日はこれで上がりにします。明日の大会は厳しい試合が続くと思います。今あえてこのアップされた動画を見せたのは遅かれ早かれ今日中にニュースになるでしょう。精神的にキツイことになると思いますし色々聞かれるでしょうが沈黙で通してください。それと桃の山」と代表監督の椎名葉月は視線を桃の山に
「・・・・」桃の山は葉月に視線を合わすがその目に生気すらなく
「あなたは今晩私の家に泊まってもらう。明日の事その先の事色々話しておかなければならないことがあるから。着替えが終わったら相撲場に来ていいわね」
「・・・・」
「それじゃ解散」
代表選手達は監督を含め関係者に一礼し更衣室へ。
「監督・・・」と女子大相撲側のコーチ長谷川璃子が
「本当は師匠でもある長谷川さんに桃の山のことをお任せするのが筋なのでしょうけどこの事は私の責任で桃の山を・・・・すいません」
「監督はあなたなのですからお任せします。私だと感情だけが入り過ぎて・・・」と璃子
「それと倉橋さん」
「はい」
「アマチュア二人の事お願いします。石川さくら相当動揺してしまっているようなので心のケアの方お願います」
「わかりましたけど桃の山と二人で大丈夫ですか?私如きが云う事ではないでしょうが」と真奈美
「桃の山には今日の事がなくても相撲界から去る時には云おうと想っていたことがあったので・・・」
「そうですかわかりました。それと理事長には・・・」と真奈美
「遠藤さんの方から連絡あって私がフォローするからと・・・協会から距離を置かれていても理事長の真の相棒は遠藤さんですから」
「なら安心しましたでも十和桜は許せませんよいくらなんでも明日は大会何ですよ!」と璃子
「もう今更なにを云っても・・・とにかく明日の大会私達がやれることは全力でやる。後は選手達に・・・勝ち負けはには拘らず少なくともできるだけ相撲だけに集中できる環境を作ってあげること結果は二の次です。特にアマチュア二人に女子相撲何ってとだけは想われたくないし他の女子アマチュア力士にも・・・」
「監督・・・」と璃子
「勝負は二の次何って代表監督が云ってはいけないのでしょうけど今は選手達が無事に大会を終える事。それだけです」
葉月にとって(勝負は二の次)なんって意地でも云いたくなかった。絶対横綱として国際大会でも戦ってきてそんな言葉・・・。ただこの状態において「死んでも勝ちに行く」とは云えなかった。これがプロ同士の試合なら云うかも知れないがアマチュア二人ましてや高校生のさくらの前でそれは云えなかった。多分代表選手の中で精神的ショックを一番感じているのはさくらかもしれないと・・・。
女子大相撲の力士が自国のチームを陥れることをしては日本女子相撲の印象を世界から見たらガラッと変えてしまう。桃の山というストーリーを持った力士は単なる日本女子相撲の創作物と想われてもしかたがないような十和桜の発言。そしてそのことに無意識に動揺してしまったトーナメント。
桃の山が創作物ではないことは、葉月も百合の花も彼女の努力を十二分に知っているし直に体と体でぶつかっていれば偽物か本物かなどすぐにわかる。ましてや理事長が下手な忖度をしたらたとえ初代絶対横綱だろうが反旗を翻す。
(とにかく四人に相撲だけに集中させる環境を作ることだけどそれはもう無理。あとは選手達が自分でお互いに気持ち共有できるか・・・本当に苦しいけど・・・それしかないのよ!)
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相撲場 更衣室
四人は着替えを終え変える準備を。桃の山はベンチに座りソックスを履いている。隣には石川さくらが・・・。
「桃の山さん・・・」と不安げなさくらが
「私は大丈夫だからさくらは心配しないで」とさくらの両手を握る
「桃の山さん・・・」
「さくらは明日の試合に集中してと云っても・・・御免ねこんなとになってしまって」と桃の山が云うと急に桃の山の胸に顔埋めてさくらの体が小刻みに震えているのがわかる。どんなに相撲が強くても高校生の女子。突然湧いてきた日本チームを奈落の底に陥れる出来事に冷静に対応なんかできるわけがない。
さくらの稽古相手には桃の山が積極的に体を合わせてくれていたのだ。もちろんレベル的には勝負にはならないが取組中に桃の山は積極的に声を出して技をかける際の注意点なりを指摘して修正させていく。それは高校の相撲部で指摘されたこともない細かいことまで・・・。さくらには頼りになる姉さん。桃の山からしたら妹のように・・・。
桃の山はさくらの頭を撫でながら
「私は大丈夫だからこんなに体を震わせて・・・心配しないでさくらには稲倉さんや百合の花さんもいるんだからねぇ」
「・・・・」
桃の山はベンチから立ち上がり稲倉と百合の花の前に
「色々ご迷惑かけてしまって・・・私は大丈夫ですからさくらをお願いします」と深く頭を下げる
「なんで!桃の山さんが謝るんですか!」と映見はけして怒鳴るような声ではないが
「今度の事は私だけの問題だから」
「桃の山さんだけの問題?ふざけんなよ!」
「映見!」と百合の花
「今度の事は女子相撲をしている人達を自分の事は差し置いて日本の女子相撲を愚弄して笑っている・・・なんで桃の山さんが謝るんですか!」
「・・・・」
「トーナメント時、あんなに動揺することなんか全くないのに・・・自分のどこかにそう思っている何かがあるんですか!」
「いい加減にしろ映見!!!」と百合の花が怒鳴るととっさに映見の頬を張ってしまった。
「何すんですか!!!」と映見は怒鳴るように・・・。
「二人ともやめてぇ!!!」と泣きながら大声を上げるさくら。
桃の山はスポーツバックを持ち静かに更衣室を出て行った。
さくらは涙目で二人を見ながらも何を云ったらいいのか何も思い浮かばない。二人はそっぽを向いて顔も合わせない。
三人とも想いはいっしょのはず。明日の大会で優勝し謂れなき偽りの事実を粉砕し日本女子相撲ここにありを見せたい。でも桃の花にはその気概が見えないどころか肯定しているような雰囲気を見せている事に多少なりとも苛立ちを持っているのだ。映見だけじゃなく百合の花もそしてさくらも・・・。
桃の山がきっぱり否定して大会に邁進すると嘘でも云ってくれれば映見だってあんな云い方にはならなかった。それは百合の花とて態度には出さないが内心はそう云ってほしかった。それは女子大相撲の横綱として堂々と・・・なのに桃の山の煮え切らない態度は内心腹立たしいを通り越して悔しくて悲しくて・・・。自分が初代絶対横綱妙義山の娘だと云う事に何の根拠もない負い目を感じていることは葉月山も百合の花も感じてはいた。でもそんなこと今始まったわけではない。女子力士になる前に葉月山から云われていたのだ。
桃の山が女子相撲界に入門する前にどうしても相撲の稽古を頼まれ仕方なく葉月山が公立の相撲場を借りながら稽古をしたことがあった。それと彼女の決意を見極めるために・・・。そして最後の稽古で彼女の決意を・・・。
「妙義山の娘・理事長の娘そのことは力士でいる以上背負わなければならない。あなた耐えられるの?何かにつけて妙義山の名はあなたを苦しめることになる。理事長があなたを力士にすることに執拗に反対したのはあなたの性格をよくわかっているから・・・あなたは優しすぎる。勝負とはかけ離れた世界で生きるべきだと・・・。対人競技はあなたには向いていないわ」
「そんなこと覚悟してます」
「あなたの潜在的身体能力はよくわかったわ。でもあなたのお母さんの気持ちを汲めばここであなたを潰して入門をあきらめさせる。それが私がすべきことだわ」
「だったら私を潰してくださいよ。潰せるなら・・・私は妙義山を超える力士になれる自信がある。葉月山さんも私が横綱となって潰します。だから・・・」
「私を潰す?大きく出たものね」と葉月山は笑みを浮かべ
「ならそんな逸材を潰すわけにはいかないわね。あなたなら妙義山を越えられるかもしれないでも私は超えられないし超えさせない。私をこの道に導いた師匠である妙義山の娘としても・・・もしあなたが私と張りあえる力士になれればの話だけど・・・若い力士の芽をつぶすのは私の本望じゃないわ。入門してしまったらもう逃げられないわよ」
「はい!」
百合の花が葉月の自宅に招待された時、葉月は日本チームの弱点は桃の山だと言い切った。それは百合の花自身も感じていたこととは云え・・・。そのうえで入門前の逸話を葉月は話してくれたのだった。
(桃の山!あなたに逃げ道はない。でもあなたの手助けはできる。でもあなた自身が精神的勝負を放棄してしまったら・・・日本が勝てる要素はなくなる桃の山が欠けてしまったら)




