心理戦 ②
真奈美はホテルに戻り自室のコーナーキングルームに。山下理事長から少し話がしたい旨と云う連絡があり真奈美の宿泊している部屋で会う事になっているのだ。
部屋のチャイムがなりのぞき窓から確認すると紗理奈一人。真奈美はドア開け部屋に招き入れる。
「わざわざ部屋まで来ていただかなくても私の方から伺いますのに」
「少し落ち着いて話がしたかったんで真奈美には悪いかなーと想ったんだけどあなたの泊っている部屋なら余計な邪魔も入らないと想って・・・」
「そこのソファーに座ってください。今ティーバックだけど紅茶入れますから」
真奈美はちらっと紗理奈の様子を見ながら紅茶を入れテーブルへ
「それで話と云うのは?」
「うん。アマチュア二人の調子はどう?このまえの合同稽古ではよく動いていたし特に稲倉の動きにはびっくりしたけど」と紗理奈は紅茶を啜りながら
「二人はいい調子だと想います。後は二人が自分でモチベーションをどこまで上げられるかあとはそれでいながら平常心を保てるかだと想います。さくらは高校生ですが稲倉がそのあたりのところはうまくやってくれると想います」
「稲倉は出すつもりがありませんって聞こえるけど」
「稲倉はあくまでも予備です。石川さくらが正選手ですいけるところまで出すつもりです。後は両横綱が仕留めてくれる。アマチュアの仕事は一人を倒すことそれが任務です。それ以上の事は私は求めていません。もし稲倉が出てくるときはさくらがピンチの時か桃の山が冷静さを欠いた時・・・その二つです」
「桃の山・・・かぁ」紗理奈は別段表情を変えるわけでもなく
「あまり理事長の娘さんの事を云うつもりもないですが」
「愛莉(桃の山)を力士にすることは全然考えていなかったし小学生の頃から力士になりたいと云われても反対していたんだそれなのに・・・」
「妙義山から受け継いだ身体能力と比類なき相撲センスそれがなかったらここまでのスピード出世で横綱にはなれなかった・・・でも一つだけ受け継いでいないものがあるとしたら図太い神経もちろんい意味の・・・それが少なくとも今の桃の山にはない」
「図太い神経かぁ・・・」
「妙義山にはそれがあった。だからこそ理事長としての今がありここまで女子大相撲を引っ張り作り上げてきた。それを娘さんの桃の山に求めるのは酷かもしれませんが横綱になった以上それは絶対に必要な事。多分自分でもどこかに意識があるはずだと」
「大阪でのことか?」
「多分そのことを云われたのでしょ・・・。稲倉に聞いてもよかったのですがあいつはこう云うのは嫌いですから聞いたとしても一切云わないでしょうから」
「そんなこと覚悟してやっているものだが・・・」と紗理奈はため息をつく。
「本当なら桃の山は改名して妙義山を継いでもいいはずだしそれは女子大相撲にとっても大きな意味を持つ。初代絶対横綱の妙義山の四股名を娘が継ぐことはさらに妙義山と云う偉大な四股名の意義を高めていく桃の山が絶対横綱の称号を受け継ぐには私は桃の山が妙義山に改名しない限り無理だとそのことに躊躇している段階では本当は横綱になるべきではなかったと・・・」
「相変わらず厳しいな真奈美は」と紗理奈は苦笑い。
紗理奈は紅茶を啜ると席を立ち窓から外を見る。京葉線の電車が東京方面から前照灯を付けながらホテルの脇を抜けていく。
「愛莉が葉月山に内緒で稽古をしてもらっていたことは知っていた。葉月に私が常々相撲はやらせたくないと云っていたから相当厳しくやっていたのだろうけどそれでも愛莉は私に内緒で新弟子検査に・・・」
「アマチュアの経験が一切なく女子相撲の頂点までに登り詰めた。それは素直にとるべきです」
「今、考えるとどうしても力士になりたいのなら大学でやらせてプロにすべきだった。例えば西経とか・・・」
「そんなこと想ったことはないのに・・・トーナメントの時もそうですけど紗理奈さん変わられましたよね少なくとも私の知っている紗理奈さんは冗談はおろか相撲に対して鬼のような厳しさで遊びの要素なんかまるでなくて」
「トーナメントは遊びじゃないよ本気で真奈美は潰してやろうってね。でも多少は手を抜いたけど」
「遊ばれてましたから・・・」
「打倒、倉橋真奈美で半年前から稽古してたからそれは嘘だけど」
「でも楽しかった本当に・・・」
二人はしばらく無言で時だけが進んでいく。外は完全に陽が落ち遠くにスカイツリーが青白い光を纏いながら。
「それはさておき大会の事は代表監督の椎名さんと話されるのが筋だと想いますが?」
「椎名には正直がっかりしたと云うか・・・女子大相撲に来てしまったことにいまだに後悔しているような態度はなんなんだ!あれだけの功績を残して女子大相撲史に多分誰も超えることができないような力士なのに・・・」
「紗理奈さんの気持ちもわからないわけではないですけどもういいんじゃないんですか?彼女は十分に日本の女子大相撲の普及に貢献したしそれは世界でも同じです。十八歳の少女がすべてをなくして女子大相撲に人生賭けてきたその彼女がやっと心休まる時を得られた。先日、一緒に北海道に行きましたが彼女が心に背負ってきたものはあまりにも重く辛すぎた。故郷の北海道・日高に帰ってやっと下ろすことができそうなんです。そこは・・・」
「真奈美が行ったのか一緒に?」
「本当は私じゃなかったんですが色々あって」
「そうか・・・それで葉月は幸せになれそうなのか相撲界から去って?」
「えー間違いなく」と真奈美は確信した表情で
「そうか・・・」紗理奈は若干気抜けしたような
「でも葉月さんの才能を見出したのは紗理奈さんなんですから・・・口には出さなくとも感謝はしていると想いますよ。中学・高校時代の成績をちょっと調べて見て多分ここまでの力士になると想う人はなかなかいないとそれは桃の山も同じでしょうが」
「葉月は自分の弱みに付け込んでと想ったのだろうな事実そうなんだから仕方がないがな」
「紗理奈さんそんな云いかた・・・」
葉月の牧場が傾いていたのを知ったのは後々のことだったが結果的にはその事が葉月を女子相撲界に踏み入れる大きなきっかけになったことは確か。
「今度の代表監督就任は後々の理事長候補への布石だっんだ。その事に葉月なら気づいて理解してくれていると想ったが逆に作用していたのねぇ親の心子知らずどころか知り過ぎて・・・」
「彼女の気持ちは変わらないでしょうが監督は葉月さんなのですからその辺のことは私ではなく・・・それと桃の山関の事は自分でその壁を越えなれば普通だったら紗理奈さんが何かしらアドバイスをしてやったらどうですと云うのでしょうが」
「私が何か云ったところで愛莉は聞く耳を持ってないだろう?」
「今度の大会。桃の山関狙われますよ間違いなく」
「狙われる?」
「大阪でのトーナメントの一件は日本側からすると些細なことのように想っている節があります。合同稽古の時スポーツ記者の一部は聞きたがっていたけど桃の山は喋りたくないのでで済んだけど今日の記者会見でロシアの記者が妙義山のことを引き合いに出してきて絶対横綱のことを聞いてきた。桃の山を試したんですよどんな表情をするか・・・」
「・・・・」
「あえて桃の山に云う必要はありません。記者会見の時に映見と百合の花は何か【ピッン】ときたようですからそこは選手達に任せた方が良いと想います」
紗理奈は納得したようなしないような表情だがそれ以上は何も云わなかった。
自分が横綱として初めて絶対横綱という称号をファンから自然発生的に授かった。それは何ものにも代えがたい名誉。そして娘である愛莉がその遺伝子を受け継ぎ横綱まで上り詰めた。それは親として喜ばしいことなのだが・・・。でもそこには必ずサラブレットとしての宿命の様のようなものがつきまとう。
別に親が理事長だからとか両親が大相撲・女子大相撲の大関・横綱だからなどと云う事は関係ないあくまでも勝負の世界。そんなところに手心を加えてどうのなどと云う事はないのだ。ただファンも力士達も「あの妙義山の娘」と云う意識を無意識に持ってしまう。そして桃の山はそのことにどうしても敏感に反応してしまう。
十和桜にもろそのことを囁くような声でに云われたことに無意識に反応してしまった。そんな事を気にしてしまうほどの細い神経じゃこれから先とてもやっていけない。ましてや横綱、勝てなければもう引退しかないのだ。そしてロシアはそのことを見逃さなかった。個人競技ならいざ知らず対人競技である相撲においては致命傷。そんなことは小中からやっている選手なら大なり小なり経験していくものそして克服していくもの・・・でも桃の山にはその免疫がついていない。アマチュア力士ならそれでもいいでも桃の山はプロである女子大相撲の横綱なのだから。そのことを一番気にしているのは母である紗理奈なのだ。
「もう帰るわ」
「えっ・・・もしあれでしたら食事でも」
「いや、真奈美はアマチュアの二人の面倒の方が大事だろう」
「でも、せっかく」
「葉月の事を頼む。あいつに最後の本当の意味の花道を飾らしてあげたい。桃の山の事は私からは何も云わない。真奈美が選手達に任せろと云うのなら任せる」
「わかりました。私も元葉月山には恥はかかせたくないので、それと桃の山関に関してはあの二人ならうまくサポートしてくれると想います。アマチュアの立場からあまり云いたくないので」
「云いたくないので・・・・十分すぎるほど云ってくれたけどね」と紗理奈は笑みを浮かべながら。




