心理戦 ①
世界16各国が争う混合団体戦はプロ二人・アマチュア一人でで先に三勝したほうが勝ち抜ける。予備として一人登録できるがその選手はアマチュアに限定される。
先鋒・副将・大将で一般的には先鋒にアマチュア・残りはプロと云うのが定石であろうがそれは各国の戦い方が反映される。先にプロを持ってきて一蹴するのか最強のプロ力士を大将にすえ待ち構えるのかそこは監督の起用法しだいでは戦局は大きく変わる。
日本の初戦の相手は強豪ウクライナ。ロシアに匹敵すると云っていい相手である。一回戦から厳しい試合になることは予想されている。
試合二日前の金曜日。日本代表選手の四人は記者会見に臨んでいた。
桃の花は記者会見で「今回の大会は私が女子相撲界を引っ張っていくためにも絶対に優勝してみせます!!」と力強く宣言。その言葉に会場中から大歓声が上がる。その様子に桃の花は満足げな表情を浮かべる。
隣では横綱百合の花が苦笑している。その後、桃の山はインタビューに対して「優勝する自信はあるか?ですか。あります!!必ず優勝します!!」と答えた。
その言葉を聞いた記者たちは「頼もしいな」「期待して待っていよう」などと口々に。
記者会見は淡々と進み終わりも近づくなかロシアの女性記者から桃の山に質問が飛んだ。
「日本では最強の横綱を絶対横綱と云うそうですが桃の山関は女子大相撲でも連覇していますしファンの方からも絶対横綱の称号は桃の山にふさわしいと云っています。桃の山関はどう思いますか?お母様は初代絶対横綱でしたが?」
通訳が日本語にして喋りだす。今まで笑顔で答えていた桃の山の表情が何となく浮かない。百合の花は平然としているのとは対照的に・・・。司会者が桃の山に回答を求めるが何か迷っているような素振りをみせたが・・・。
「女子大相撲ファンの方々からそう云っていただいているとしたらそれは光栄です。私の母が初代絶対横綱であることは確かですがその事と私の事は関係ありません」と桃の山はきっぱりとしかしその顔には何か苛立ちの様な表情がチラッと見えなくもない。その姿を見たロシアの記者は鼻で笑ったような表情を百合の花と映見は見逃さなかった。
司会者が最後の質問と締めに入ると相撲記者の中島京子が手を上げた。
「稲倉映見選手にお聞きします」
映見はリラックスした状態で質問を受ける。
「国内・世界を問わず常にアマチュアのエースとして活躍されていたのに今回は補欠と云うのは私には意外と云うか・・・それに私からすると西経の選手がこのような大会で正選手にはなれないと云うのは初めてかと・・・倉橋監督なんですが何か云ってらっしいますか?」
映見は京子の顔を見て少しにやけながら
「今度の大会に出場できた経緯を考えれば補欠は当然ですし昨年の世界大会以降あまり状態もよくないし高大校では隣の石川さくらさんに完敗したわけでそれを考えれば順当だと思っています。それと倉橋監督のことですがあの表情がすべてを語っておりますのでご覧ください」と映見は手で指し示す。
一斉に記者達は倉橋に・・・。
(なに?)
映見はその表情はその表情を見ながら下を向いてクスクス笑っている。
(映見の野郎完全に私を小馬鹿にしやがってまったくもうそれに京子なんなのその質問は私は関係ないでしょ私は!)と想いながらも誰にあいそ笑いしてるんだがそんな表情で・・・。
京子は倉橋の表情を見ながら
「個人的には高大校で負けはしたけどあなたらしい相撲が見れたのでもしチャンスがあれば試合でみたいものです。それと倉橋さんからの表情から察するに調子は悪くないと思っていいのかしら?」
「あぁとりあえず監督にどやされない範囲と云う事で」と云いながら髪を触る映見。それでも表情は穏やかと云うか去年のような鋭角的な発言とはうって変わったことは他の記者達から意外に感じられた。逆に云えば鋭角的発言を望んでいたのだが・・・。
記者会見が終わり各力士・各選手は記者会見場から代表四人は宿泊施設の方へ。
「真奈美」も会場を後にしようとした時中島京子が声をかけてきた。
「どうも。稲倉映見調子よさそうねぇ」
「なんなのあの質問は私は関係ないでしょ私は」
「あなたの表情見れば確かにわかる。稲倉は的確ねぇ」と笑みを浮かべながら
「ほかに聞くことあるんじゃないの?選手の事をみんな聞きたがっているのに私の様子はって何!」
「いいじゃない。稲倉映見なかなかウィットに富んで」
「私としては稲倉が試合に出ずに済むことを切に願いします」
「そんなことこれぽっちも想ってないのによく云うわ。でもなんかアマチュアの二人は調子よさそうだししいて云えばプロ側の桃の山はなんか色々質問攻めされていたけどやっぱり注目度は高いからしょうがないとは思うけど・・・」
「あんまりプロ側のことは云いたくないので」
「ふーん」
二人が立ち話をしているとそこに桃の山に質問したロシア人女性記者が・・・。
「少し話を伺っても」と真奈美に向かってそれもロシア語で・・・。
「えっ何云ってるの」とロシア語が全く分からない京子
「私がロシア語できるって調べてるのね」と真奈美はロシア語で
「桃の山が日本のエースでしょうけど意外と潰すのは簡単だって云うのがロシア陣営の見解らしいですが」とその女性記者はロシア語で・・・。
「ちょっと・・・ねぇ真奈美」
「провокация или угроза(挑発それとも脅し)」と真奈美はロシア語で
「お上手なロシア語で・・・稲倉の調子は昨年の世界大会がピーク。プロ力士に稽古で三連勝したところでそれはプロのレベルが低いってこと・・・。葉月山引退後の日本なら楽勝。百合の花も体たらくだし女子相撲の覇権はロシアが貰う」
「Сознание великой силы разоблачено(大国意識まるだしね)」
「ロシア人として今度の大会楽しみにしています」
「・・・・」
女性記者は真奈美に軽く会釈すると会場を後にしていった。
「真奈美あの女性記者なんって云ったのよ?」
「別に大したことは云ってないわ。今度の大会はロシアが勝つって・・・そんだけよ」
「ロシアは日本にとって最も手ごわいある意味の女子相撲最強国だけど・・・」と京子
「別にそんなんの今に始まった事じゃないわ。単純に競技人口で云えば雲泥の差。それでもアマ・プロ問わず拮抗していい勝負ができているのは奇跡なのよ。大相撲=日本の図式は女子相撲には当てはまらない。でもねぇだからと云ってそれを認める気にもならないしねぇ」
「真奈美・・・」
真奈美はそのロシア人記者が何を云ったのかの詳細を云う気にもならなかったし桃の山の名前を挙げた理由もわかっている。彼女がロシアの女子相撲専門サイトで大阪でのトーナメントのレポート記事を書いていたことその中で十和桜との一戦について詳しく書かれていたこと。桃の山は外乱に弱いと云うかまだ子供・・・。それは真奈美の桃の山に対する印象。母である妙義山とはあきらかに違う。力士やファンから憎たらしいと想わせるそしてそれを撥ね退ける力。それは絶対横綱に必要な事。実力・人気・そしてアンチ・・・。今の桃の山にアンチがいない。映見は喋らないが想像はつく十和桜に自分が過剰に意識していることを云われただろうぐらいは・・・。ロシア人記者はそんな些細な事を見逃さなかった。それは母親が元妙義山あるゆえの理由を・・・。
「京子は今度の大会の行方どう見ているの?」
「どう見てるって代表コーチのあなたの前で」
「別に私の前だから何よ」
「なかなか厳しいかなーって少なくともロシアはベストメンバーだし全員無差別級クラスだし・・・」
「相撲記者の見識ってその程度?」
「その程度って・・・私に何云わせたいのよもう」
「日本をあなたはどう見ているの?弱点があるとしたら?」
「弱点?そうねぇ・・・葉月山と云う絶対横綱がいないこと強さ以上に精神的支柱になれる力士を百合の花が担えるかねぇ。うちの雑誌でも遠藤さんが指摘されていたけど私は疑問がある。後は桃の山が気分よく相撲を取れるかとあとはおたくの稲倉の使いどころかな私が云うのもどうかとは想うけど・・・。
高大校の相撲はけして悪い相撲ではなかったし私は遠藤さんの世代交代は早計だと云うのは真っ当な意見だと思う。私は正選手でも全然おかしくないと思うのにあなたは補欠にしてそのことに稲倉も納得している。高大校で石川さくらに負けたのだから当然と云えば当然だけど国際大会での経験を加味したら稲倉だと想うけどね。実際海外でも日本が大したことがないって云われている要因に稲倉が予備だってことは大きいと想うけど・・・まぁあなたのことだから何かしらの策略があって補欠なんでしょうけど」
「話が長かった割には身の薄い話だったわね」と真奈美はにやけながら
「あのね、人に意見を求めておきながら身の薄いって失礼じゃない」
「中身がないと云われるよりマシでしょ」
「それも相当失礼だけどね。要するにあなたが求めていた内容ではなかったってことね簡単に云うと」
「ポイントとしてはあなたの指摘は当たっているけどピントを合わせているところが違うってこと」
「合わせているところ?」
「これ以上云うつもりはないわ」
「なんか気分良くないけど・・・今日夜は?」
「御免、ちょっと理事長と・・・」
「ふーん。二人きりで?」
「それじゃ」
真奈美はそのまま会場を出て自分とアマチュア二人で宿泊している潮見のホテルへ。




