横綱としての誇り ④
葉月の運転するマツダCX-5は湾岸から外環へ助手席に百合の花を乗せ
「なんか私のわがままで悪かったわね」と葉月は薄いブラウン色のサングラスをかけながら
「いいんですか桃の山なんか寂しい顔してましたけど・・・」
「今日はあなたと二人で話がしたかったのだから・・・悪いけどこれからは桃の山の子守はあなたに任すわ」
「桃の山は葉月山の後継だと・・・」
「まだそんな事云ってそんな気持ちじゃ・・・」
CX-5は市川中央ICを降り車は中山競馬場方面へ。
「私の中では絶対横綱の称号は百合の花が継承してくれているって想っているのよお世辞でなくあなたとは日本ではライバルだったけど海外では頼れる同士。海外ではあなたには助けられた」
「私は自分のためだけに相撲を取って勝ちたかっただけですから・・・」
「プロの世界大会でダブルスで先に三勝するってあったじゃない」
「ありましたねぇ。露骨な日本潰し見たいに各国最重量級の選手が出てきて」
「今度の大会もその様相だけどね。他国はアマチュアなんだかプロなのかの境も怪しいところがあるけど」
「あの時は横綱の三神櫻さんが怪我でそれでなんでか大関差し置いて関脇の私が推されて」
「あれ私が推したの大関の美祢山さんじゃ勝てる大会も勝てないって理事長に直訴して」
「えっ?」
「協会関係者から総スカン食らって結果的には美祢山さんも体調不良であなたにお鉢が回ってきたと云うか私の理想になって結果的には優勝したんだけどね」
「そんな話初めて・・・」
「あなたは女子大相撲では前半は圧倒的な爆発力で勝ってっいてもいつも後半失速してしまう。大相撲は十五日のトータルの勝利で争うのに一発勝負のようにそんなことしてたら優勝なんかできるわけない」
「でもまだあの頃の私は毎日毎日の一番が勝負だったんでとてもトータルでなんって余裕がなかった」
「だからあなたを推したのよ。上の方から生意気だってさんざん云われたけどね」と葉月
「でもあの大会で色々なことを教えて頂いてそれが今の私の土台になっています」
「ちよっと教え過ぎたわね。だったら私ももう少し現役でいられたかも」と葉月は苦笑しながら
車は大通りから閑静な住宅街へ入ると緑の生垣で囲まれた平屋建ての住宅に半地下の車庫に車を入れ。二人は家の中に・・・。
「トレーニング場?」
百合の花は駐車場の脇から玄関に上がる通路脇に細長く土俵の砂が敷いてありその奥には鉄砲柱とトレーニング機器が置いてある。
「ここって?」
「ここは男の方の大相撲元横綱の美瑛富士の自宅だったの」
美瑛富士は北海道帯広の出身。高校卒業後角界へ25歳で横綱に葉月山とは同世代。横綱昇進と同時に同郷の中学時代の女性と結婚順風満帆の力士生活を送っていたが30歳での心臓突然死。葉月山とは同じ北海道出身と云う事で公私ともにお世話になったし相撲においても色々教えてもらう機会は多かった。この家は横綱昇進の翌年に建てられたのだ。
「亡くなられた翌年に奥様から買ってくれないかと打診があってね。売らなければ生活に困るわけではなかったのだろうけど小さいお子さんと地元に帰ることになって・・・最初は色々迷ったのだけど買わせてもらって今に至るの」
「そんな話知らなかった・・・」
「最初の頃はどうしても美瑛富士関のことが頭に浮かんでね・・・現役力士の時不倫一歩手前になりそうなこともあったの今だから話せるけど」
「えっ・・・・」
「もしかしたら奥様は気づかれていたのかも・・・」
葉月と百合の花はリビングルームに窓から見えるベント芝が夕日に照らされ黄金色にに輝いている。
「今日予定がなかったら泊って行かない?」
「でも・・・」
「明日はここから相撲場の方に行けばいいわ」
「わかりました」
「じゃお風呂沸かしてくるわそれとベットの用意しとくから食事は寿司でいい近所に凄いうまい店があってね出前してもらうわ。それと冷蔵庫から適当に出して飲んであっぁなんだったら下のトレーニング場で四股を踏んで摺り足でもしてもいいわよ」と何か嬉しそうな葉月
「わかりました」
葉月がこの家に相撲関係者を入れたことは今まで一度もなかった。相撲と私生活を完璧に分けていた。桃の山などは事あるごとに自宅に招待してほしいと云われても頑として招待することはなかった。自分の空間に他人が入ってくることは・・・。
百合の花は下のトレーニング場に。土俵と同じ砂が10mほど敷かれていて四股も踏めるし摺り足も余裕でできる。百合の花は素足になり四股を踏んでいく。トレーニングウェアーを上下脱ぎ黒のベースレイヤーとタイツになり。
(葉月山さんはここで黙々と一人でトレーニングをしていたのですね。全然知らなかった)
百合の花はゆっくり四股を踏み始める。半地下のトレーニング場は吹き抜けになっていて開放感がある。四股を踏むたびに音が反響するその音で今の自分の調子がわかる。四股を踏み。摺り足で土俵と同じ砂が10mほど敷かれている上を進んでいく何度も往復して・・・・。
(ふっ・・・)百合の花を上を見る
「いつから見てらしたんですか?」
半地下にあるトレーニング場は一階にあるキッチンから見下ろせるのだ
「ちょっと前からよでもさすがに現役横綱ねぇ。四股を踏む音も摺り足もあんなに響くいい音は私には出せないわ」
「元葉月山らしからぬお言葉ですけど」と百合の花は笑いながら上を見上げる。
「そこで四股や摺り足している姿って生前の美瑛富士関しか見たことなかったからだからつい見惚れてしまって・・・・女子横綱も負けてないって」と葉月は笑みを浮かべお世辞は一切抜きの本心で
「ここで現役時代トレーニングをされていたんですね」
「ここはトレーニングと云うよりも精神集中の場所かな・・・自然の音しかしないなかで四股を踏んだり摺り足をして心を落ち着かせる。嬉しい時も悲しい時も苦しい時も・・・夜、人知れずにね泣きながらやっていたことなんか数知れずあなたとの死闘の時はどんだけ泣かされたか」
「よく云いますよまったく。笑い泣きの方じゃないですか」
「あなたとの対決は女子大相撲史に燦然と輝くそれぐらいの事なのよ私にとっては」
「私も元葉月山関と相撲ができて且つ優勝争いを演じていたことは忘れることはありません」
現役時代はお互いろくに話す事さえもしなかった。それでも最後の方は葉月の方から話しかけるようなこともあったが百合の花はそれさえも素っ気ない対応しかしなかった。そのことに葉月は別段腹をたてることもなかったそれはかつて妙義山をはじめ歴代の横綱にしてきたことそれをやられているだけの話。それでも少し寂しさはあったが・・・。
「まぁそんな話は食事してからしましょうよ。お風呂湧いたから風呂に入って稽古後入ったでしょうけどそれだけ四股踏んだり摺り足したんだから汗もかいたでしょうから」
「それじゃ入らせていただきます」
「じゃ私も一緒に入るは絶対横綱百合の花の背中をお流ししますから」
「いや私は絶対横綱とは私も世間も認めてないしましてや格下の私が葉月さんに背中を流してもらう何ってそんな無礼なことは」
「ここは相撲場じゃないのよ格がどうのとかそんなのやめなさい。同じ女子大相撲で戦った同士あなたはましてや現役の横綱。云ったでしょ私はの後継はあなただって百合の花!」
「すいません。葉月さん」
「桃の山は生粋のサラブレットよ。世間が桃の山に次の絶対横綱と云う称号を期待している・・・普通のファンからしたら絶対横綱でしょ桃の山はでもねぇそんなに甘くないわ!そのことはあなただって気づいているでしょ違う?」
「それは・・・」
百合の花は葉月が云わんとしようとしていることはわかる。トーナメントの一件である事は・・・ちよっとした外的要因で崩れやすい彼女の弱点を云っていることぐらい・・・。女子大相撲史に名を遺すであろう葉月山でさえ特段相撲とは縁がない。それは百合の花とて同じ。それに比べて桃の山にはストーリーがある。母は初代絶対横綱・父は大相撲で大関。その二人から生まれた桃の山はある意味の純粋培養なのだ。別にそのことに二人は嫉妬などをしているわけではない。実際相撲の成績を見れば文句のつけようがない。ましてや百合の花は桃の山に連続優勝を許してしまっている事を考えれば・・・。
「私は今度の世界大会において日本の弱点は桃の山だと思っているハッキリ云うけど」
「葉月さん・・・」
それは百合の花も口には出さないが実はなにか一株の不安は持っていることは同感なのだ。
「そこに額縁があるでしょその意味わかる」と葉月はその額縁のある方に指を指した。
額縁には色紙に心と云う文字が朱色で書いてありその上に短刀が入っている。鈍い光を放つその短刀は真剣なのだ
「心の上に刃で忍。あの名横綱大鵬さんが云ったそうよ「心の上に刃を載せて生きてい
く。必死に生きてきた私の人生を、この一文字が表している。夢は、忍び続けた人生の末に訪れ
るかどうか」と・・・私も多分あなたも・・・そう相撲してきたと」
「葉月さん・・・」
「桃の山にそんな気構えがあるのかしら?」
「でも桃の山はまだ実戦の経験も少ないしアマチュアの経験もないんですよ。それを考えたら」と百合の花
「桃の山は女子大相撲の横綱なのよ!石川さくらのような高校生力士とは違うのよ!」
「葉月さん」
今まで温和な話し方だった葉月が急に語気を強める。自分を慕ってくれる葉月にとっては妹の様な力士ではあるがそこはプロの世界。桃の山は勢いだけでここまで来たと云うのが葉月の見方。もちろん実力がなければ横綱にはなれないでも今の桃の山には・・・葉月には刃物の上を素足で歩いているようにしか見えない危うさが桃の山にあると・・・。




