横綱としての誇り ③
>「女子大相撲に行かないことが当然だと思ってた。医者になることを考えれば女子相撲に行く何って選択はないのに・・・・大阪でのトーナメントで理事長と監督の相撲を見た時に私は女子大相撲に行かない事は私の人生にとって最良の選択なのかって?」
百合の花は協会の相撲場へ行くタクシーの中で昨日の映見との電話を想いだしていた。
(私が桃の山ぐらい若ければ・・・絶対映見を相撲界に入れるだろうが)
タクシーは早朝の首都高湾岸線を走る。東から僅かに太陽が顔を出し始めていた。
来年には女子大相撲の悲願だった常設の相撲会場が出来上がる。もちろん多目的に利用ができるようにはなっているしアマチュア相撲の新たなる聖地として国技館とはまた違う使命も担う事となるだろう。協会の建物はその一角に移転し百合の花はそこにあるウォームアップ用の相撲場に向かっているのだ。
タクシーは目的に到着。時刻は午前六時前。百合の花は協会から渡されているカードキーで建物の中へ。稽古は午前九時からなのだが百合の花はいつもこの時間にやってきては入念に体を慣らしていく。
(うっん?)いつも自分が一番乗りで相撲場の灯りと空調を入れるのに相撲場の扉から光が漏れている。
百合の花はそっと扉を開ける。
黒のレオタードにアイボリーの稽古用の廻しを締め四股を踏んでいる椎名代表監督が・・・・。
「どうしたんですか監督こんな朝早く」
「おはよう百合の花。もうこんな時間から来てるのねぇ」
「それはこっちのセリフです」
「昨日はズル休みしたからねぇ。昨日は長谷川さん以外誰か来たの?」
「理事長がいらっしゃいました。あまり機嫌は宜しくなかったですが・・・」
「そう・・・」
「それじゃ私着替えてきますので」
「ねぇ。皆何時くらいに来るの?」
「そうですねぇ八時前くらいでしょうか」
「そう・・・」
「それじゃ」
百合の花は相撲場からいったん出るとしばらくして廻しをつけた百合の花が・・・。基本の稽古から入念に体を作ってゆく。葉月も摺り足・鉄砲と・・・二人の光景はまるで死闘を演じていたあの時のように・・・。
相撲場の時計は午前7時を少し回ったところ。
「百合の花。相撲場で完全に二人きりになれることは多分最初で最後だから・・・どう勝負して見ない」
「葉月山さん」
「ふっん。葉月山じゃないから」と苦笑する葉月
「すいません。つい・・・監督が急に勝負何って云うので・・・」
「私の噂聞いてるでしょ?」
「女子相撲界から去ると云う事ですか?」
「えぇ。昨日はそのことで休ませてもらったの」
「そうでしたか・・・」
百合の花は細かいことは一切聞かず葉月の四股踏みを見ている。現役当時とはいかないがそれでも綺麗に四股を踏んでいく。百合の花にとって葉月山は永遠の目標であり永遠のライバル。でももうその人はいなくなる・・・永遠に・・・。
「それじゃやるわよ百合の花。私の本当の最後の相手はやっぱり百合の花じゃないとねぇ。私を本気にさせたそして私を引退に追い込んだ・・・。でも今のあなたはあの頃の気迫がまったくない私が引退したからなんって云う云い訳はやめなさいよ。私とあなたとの差があったとしたらそれは気迫の差よそれも僅かの!。本番のつもりで当たるわあなたにだから今のあなたの本気を見せてちょうだい」
「葉月さん・・・いや葉月山さん」
「全くもう・・・どうしてもそう呼びたいのなら元をつけてよそれとさん付けもやめて」と葉月は苦笑いをしながら
「じゃ元葉月山。完全敗北て相撲人生を完全に終わらしてあげますよ」
「ふぅん云ってくれるわね引退したとはいえ私だって元絶対横綱としての誇りがあるからねぇ・・・真っ向勝負であなたも引退させてあげるわ」
引退してから一年近く相撲は取らずとも基礎稽古はやっていた。それは力士としてのさがかもしれない。もちろん勝てるなど微塵も想っていないそんなことになったら百合の花には引退してもらう。葉月は今日この時間に来たのは百合の花が早めに来て入念に体を慣らしているのだと想ったのともう一度相撲に対しての気持ちを奮い立たせるため・・・。
二人は土俵の中へ両者四股を踏みながら相手を睨むように見る。本当は二人とも嬉しくてたまらない。本当は笑みの一つも零したいところだがこれは真の真剣勝負そして最後の・・・。
「ハッケヨイ」と葉月が声を・・・。一瞬百合の花の顔が変わったそれはまるで獲物を狙う蛇のようにそして葉月はまるでロックオンされたカエルのように・・・。実戦から一年近く過ぎれば絶対横綱と云われた葉月であってもそんなものなのだ。
お互い手を下ろし同時に両者仕切り線を拳で叩くと一気にぶちかましに動く。若干葉月の方が掛け声をかけられるから早いとはいいえそこは現役の百合の花の反応には敵わない。ぶつかり合う寸前には既に立ち遅れを挽回しぶつかり合った瞬間両者左四つの状態に。
葉月は左下手から百合の花を崩しに行くしかし全く微動にしない。それに手をこまねていたら今度は百合の花が同じく左下手から崩しにきた。
「くっ!」
「くっ!」
葉月は右上手から仕掛けるが百合の花はそれをおっつけて封じてくる。今度は百合の花の強烈な寄りを仕掛ける。そこは元横綱事前に察知し腰を落とし寄りを封じる。そんな攻防が続くなかで先に音を上げ始めていたのは葉月の方それは当たり前だが・・・。
(くっ! 勝てる何って0.01%思っていないけどだからと云ってあっさり負ける気なんかない。百合の花は絶対横綱の称号を受ける資格がないと部外者はおろか相撲関係者も・・・そんな連中は何を見ているの!百合の花!あなたはそれでいいの?しっかりしなさい!でもさすがねこの腰の重さ微動だにしない)
「くっ!はっあ」
(葉月山さん本当にこれが最後なんですね・・・正直残念と云うより悔しいです。これから女子大相撲は飛躍していく段階に入るのにそこに葉月山さんがいないのは本当に悔しい裏切られたような気分ですと云うよりでした。北海道に行かれたと聞いた時生まれ故郷に戻るのかと・・・。
あなたは一切過去の事、故郷の事お喋りにならなかったし故郷で祝勝会などのことは一切行わなかった。そんなあなたが北海道に日帰りで・・・御自分の封印を解いたのですね。じゃ許しますよ裏切り者だけど・・・でもこの勝負はそんな簡単には楽にさせませんよ立てないぐらい苛め抜きますよ)
「えいっ!」
「むんっ!」
葉月の息が上る。葉月は今自分ができるすべてを投入して百合の花に当たっていくがすべて封じられてしまっている。すべての神経を集中させ針の穴を通すような隙を伺っているのにそれすら全く見せない。それでいながら百合の花は勝負を仕掛けてこない。まるで子供が横綱に必死になっているのを楽しむように・・・。
「くっ!舐められたものね。組み合っている時間が長ければそれだけ隙が生まれるのよ。さすがに力勝負では現役のあなたに勝てないけどね」
「はぁ、はぁ、はっ…はぁ、はぁ…」
「ふぅ…ふぅ…くっ…はぁ…はぁ…」
がっちり組み合い廻しはお互い深くとり腰はこれ以上落ちないほど落ちそれでも全く微動だにしない。意地と意地との張り合い。時間だけは経過していく。そんな中動いたのは葉月だった。百合の花が右上手から投げにもっていこうと瞬間を葉月は見逃さなかった。
(今だ!)
葉月はさっと飛ばした左内掛けが決まったと思ったが・・・。
(くっ!かかりが浅い・・・)
百合の花は一瞬足を引いたような恰好が幸いして葉月の奇襲作戦の内掛けをそらすことができた。そこから動揺した葉月を見逃さなかった。
(くっ!まさか内掛けなんか狙ってくるとはそんな技現役当時使ったことないですよね?そこまでして勝ちに来るんですね。だったらもうこれで終わりにしましょう絶対横綱葉月山!)
何とか体制を整えた葉月を今度は百合の花は右上手から行くフリをして左で葉月の体制を左に傾かせる。葉月はそこで右側へ体重掛けながら体制を立て直そうとしたがその瞬間を百合の花は見逃さず体重を掛けた方へ上手投げを仕掛けるとあっさり決まってしまった。仰向けに転がされた葉月。そしてそれを仁王立ちで上から見下ろす百合の花。
「葉月山さん」と百合の花。
「完敗ね。完全敗北だわ」と仰向けになりながら百合の花を見上げる。それはやり切った笑顔、満足の笑顔。葉月にとっては一か八かの大勝負に負けたのだ・・・。
三面ある広い相撲場には空調の音と二人の息遣いが・・・。
「逆側から攻め手から上手側で投げるか・・・相手の力を利用して下地を作りそこで一気に大技にいくか・・・上手投げの一つの完成形ね」
「現役時代の葉月山さんだったら封じられていたでしょうが」
「百合の花ってそんなに口上手かったけ?」
「葉月山さんみたいに相撲が強くないんで口ぐらいは・・・」
「よく云うわ…悪いんだけど手を貸してちょっとさすがに足腰立たないんで」
「しょうがないですね女王様は」と百合の花の手を借り何とか立ち上がると一瞬ふらついて百合の花にもたれかかってしまった。
「ごめん。もういやだわ歳とると・・・」
「私でよかったのですか最後の相手・・・桃の山がヤキモチやきますよ」
「そうかもね桃の山はまだ子供だから」
「葉月山、私」
「今日、稽古終わったら時間作れる?」
「あっ・・・はい」
「じゃ家に来ない」
「わかりました」
「じゃ決まり」
相撲場の時計は午前7時半を回っている。
「そろそろみんな来るでしょうから着替えてくるわこの格好じゃ相撲をしていたのがバレちゃうし」
葉月の背中にはベッタリと砂がついている。
「じゃ急いで着替えと顔洗ってくるわ」と云うと足早に相撲場を出ていった
百合の花はその姿を見ながら
(私のためにわさわざ朝早く来られたのですね。感謝です絶対横綱葉月山。本当にありがとうございます)




