横綱としての誇り ②
「少し前に私が女子大相撲を馬鹿にしたような発言したの知ってますよね・・・」
「・・・・」
「合同稽古の時そのことを誰かに云われるのかと想ったのに・・・」
「たかが学生力士が云ったことぐらいで目くじらたててたら女子大相撲力士なんかやってられない。ただ十和桜と稽古させたのは稲倉を少し痛い目にあわせてやろうと想ったことは多少はあった。だから私から技術指導部部長の長谷川さんに頼んで十和桜を参加させたんだ」
「横綱・・・」
「だけど予想に反してあんなことになって・・・あれじゃ多少小馬鹿にされてもしょうがないかと・・・」
「私、今は!」
「映見がトーナメントの時見せたあの態度は褒められたもんじゃない。プロ同士の相撲なんだ反則をしなければなんでもありなんだ。相手に何を云われても・・・。あの時は映見は興奮していたしそんな奴にプロはきれいごとだけじゃ成立しないなどと云ったところで反発するだけだろうから口には出さなかったが・・・。お前が横槍を入れなかったら負けただろう。本当は桃の山のためには負けるべきだったのかもしれないがな」
「・・・・」
「合同稽古の時は映見となかなか二人きりで話すチャンスがなかったが個人的にはあの合同稽古て゛体を合わせた時、あぁこいつ強いなぁーって相撲もそうだけど気持ちも強いなーって常に真っ向勝負でまるで葉月山にそっくりだって」
「横綱・・・」
「桃の山も私と同じことを想ったはずだ。ここだけの話だが私は稲倉映見と一緒に相撲で世界一を決める大会に出れることになって本番が楽しみなんだ。ただ補欠と云うのは誤算だったが」と百合の花は笑いながら
「私、自分の独りよがりで色々あって・・・」
「伊吹桜から色々聞いているよ。よく腐らなかったなぁ稲倉だったら相撲を捨ててても医者になると云う目標があるのだからそれに邁進すればいいのに・・・。高大校の試合は素晴らしかったよ動画で見さして貰ったけど」
「百合の花さん私の試合なんか見るんですか?」
「一応はアマチュアの相撲もチェックできるものはするよ。プロアマ関係なく同じ相撲をする女性として見ておきたいからな」
「意外です。横綱がアマチュアの試合も見る何って」
「稲倉映見には華がある。自分じゃ気が付かないかもしれないが高大校の試合もそうだし大阪でのトーナメントの事もまぁあれは華があるとは云わないけどな」
「横綱にそこまで気にかけてもらっている何って・・・でも私、女子大相撲には行きませんよ」
「わかってる。行かないのではなく行けないってことだろう」
「・・・・」
「稲倉のことを批判する相撲関係者・力士・そして相撲ファン・・・共通していることは映見が女子大相撲に行かないどころか相撲全体に対して物言いをつけるようなことをしたことそれが面白くなく生意気だと・・・世界選手権で表彰台に上がれなかったことは格好のネタだった。まして高大校で高校生の石川さくらに負けたんだからなそれが棚ぼたで映見に回ってきた」
「だから補欠は当然なんです。正選手はさくらであるのは当然だし私は私なりにさくらのサポートができればそれで・・・」
「綺麗ごとだな」
「・・・・・・」
「女子大相撲に行かないのなら今度の大会でもう相撲ができなくなるぐらいボロボロになれよそれで有終の美を飾って相撲やめろ」
「・・・・・・」
「だんまりかよ」
「私・・・」
「なんだよ」
「今、凄い悩んでます凄く・・・」
「何をだよ!」
「女子大相撲に行かないことが当然だと思ってた。医者になることを考えれば女子相撲に行く何って選択はないのに・・・・大阪でのトーナメントで理事長と監督の相撲を見た時に私は女子大相撲に行かない事は私の人生にとって最良の選択なのかって?」
「映見」
「はい・・・」と映見は弱弱しい返事を返す
「そんなことは大会終わって考えろ。今は大会に集中しろ映見。今度の大会は女子相撲の最強国を決める大会だ。勝負を左右するのはもちろんプロ力士のウェートが大きいが鍵はアマチュアだ。世界から見たら葉月山が引退した日本なら大したことがないと云うのが海外の認識らしい。私も桃の山もそんなものは返り討ちにする自信はある。それでもアマチュアが一勝できるかできないかでまるで違う」
初めてのプロアマ混合での団体戦は国としての女子相撲世界一を決める大事な大会。プロ化に遅れた日本はアマチュアでは世界のトップをなんとか維持しているも女子相撲大国のロシアなどと比べると層の厚さやプロアマ問わず大会の多さは日本と比べると歴然としている。その意味ではロシアが女子相撲のトップであるのかもしれない。今度の大会はロシアからの提案なのだ。相撲発祥の地であり相撲のレベルも高い日本を潰すことは完全にロシアがプロ・アマの主導権を握り興行的にも完全に世界の主導権を握る。その意味で今度の大会で勝利して日本の女子相撲ではない【women's sumo】の主導権を取ることが目的なのだ。
「映見、色々私の事を心配してくれてもありがとうな。他の連中が映見の事を色々云っても桃の山も私もお前の盾になってやる。だから今は余計なこと考えないで大会だけに集中しろ。映見の監督さんが最高傑作だと云う理由は相撲がどうのこうのだとかそんな単純な話ではなく人としてどうかと云う事だ。人間だから時には外れるようなこともする時だってある。思ってもないことを云ってみて後悔することもある。でもそれは後で修正すればいい今度の大会は映見にとってはそう云う大会だと思う。自分との戦いは厳しいぞ映見」
「横綱・・・」
「私だってどちらかと云うとヒール見たいに見られているからな」と百合の花は笑いながら
「誰もそんな風には」
「私には絶対横綱の称号は似合わない。葉月山さんの後は桃の山だろうでもまだまだその域にはいっていない。トーナメントで見せた弱点あんなことで自分を崩してしまうようじゃとても絶対横綱何って名乗れない。そこが経験が足りない部分なんだ。心の余裕のなさは経験を積んで行かないと・・・」
「百合の花関だって葉月山さんの後継にってみんな云っていたのに」
「葉月山引退以降一回も優勝もできない横綱じゃ話にならないからなぁ」
「それは調子が戻れば」
「まぁとにかく今は今度の大会に集中したいんだ」
「はい」
「あっそうだ。映見の大会にかける想いっ聞いてなかったよな?」
「あれ?そうでしたっけ・・・・」と苦笑しながら
「とぼけんな」
「私、世界大会で表彰台逃して色々偉そうな事云ってあの結果は自分でも悔しかったけどそれ以上に他人の目が厳しかったし怖かったしそんなことがあってあんなに好きだった相撲がどうでもよくなったんです。でも・・・相撲をやめることはできなかった。それが決まっていた選手が怪我で出場できることなったんです。だから補欠でも・・・」
「補欠だって代表選手の一員なんだよ映見。石川さくらがどんなに超高校級で高大校で映見に勝ったからと云って私からすれば雲泥の差があると思う。映見は一度相撲を捨てようとしたんだろ?でもどうしても捨てられなかったから戻ってきたんだろう?一つの精神的苦労を乗り越えて一つレベルアップした。補欠だから?そんなの関係ない!大阪でのトーナメントの時伊吹桜に云ったんだけど映見はいい雰囲気を持っている。強い力士って云うのはみんな自分だけの雰囲気を持っているんだ。私が映見と一緒に戦いたいと思わせる雰囲気を」
「百合の花関・・・」
「映見に何か四股名を付けたいなぁ監督さんがトーナメントで付けたように」
「四股名ですか?」
「椿姫ってあっなんかいいなと思ったんだけど映見なら何かな」
「監督に以前お前は牡丹のようにって云われたことがあったんです」
「牡丹か・・・牡丹姫・・・牡丹姫がいい」
「牡丹姫?」
「大きい大輪の花が咲く牡丹。映見に相応しいな・・・監督さんの想いがなんか伝わってくる」
「百合の花も・・・そうそうです強いて言えば【ヤマユリ】です百合の中では一番大きくて花束に一つ入っていると凄い存在感で横綱にふさわしいです」
「相撲も上手いが口も上手いな映見は・・・でもなんか最後は映見に食われちゃいそうだな」と百合の花は笑いながら
「えっ・・どう云う意味ですか?」
「ヤマユリの根はユリ根として食べることにもできるしな」
「それじゃかき揚げにして食っちゃいますねぇ。相当癖がありそうですけど」と映見。
「なんか映見を無性に苛めたくなった」
「冗談ですよ冗談・・・嫌だなもう」
「大会前にお前はもう死んでいる・・・かもな」と笑う百合の花
映見にとって横綱百合の花はどちらかと云うと晩年の葉月山を苦しめたどちらかと云うと嫌いでもないが好きでもないと云った感じでどちらかと云うと桃の山の方が歳も近いし親近感を持っていたのだが・・・。
それは百合の花も同じ。葉月山引退後プロとして女子大相撲を引っ張っていかなければならない百合の花にとって稲倉映見は大学生ではあるが何か自分を奮い立たさせてくれる何かを持っていると感じていた。相撲のレベルはいくら映見とて百合の花には敵わない。それでも映見をある意味ライバルに感じているのは己の迷いの樹海から抜け出して来たこと・・・それは今まさに樹海のなかで迷っている自分のその先の姿を描いてくれているようで・・・。
(もう一度葉月山さんと戦ったあの日のような気持ちに戻れるのか映見がもう一度相撲と真摯に向き合えたように向かい合えることができるのか?あの死闘を繰り広げたあの時のように・・・学生横綱に女子大相撲の横綱が縋る何って・・・それでも)




