横綱としての誇り ①
季刊雑誌の【女子相撲】の特別号として女子大相撲が始まる直前に女子大相撲版が発刊される。今年の春号は女子大相撲春場所と女子プロアマ混合団体世界大会が巻頭記事を飾っている。記事での注目力士紹介では横綱桃の山と高校生横綱石川さくらが特集されている。
サラブレット血統といってもいい若き横綱桃の山は初代絶対横綱の妙義山、そして葉月山の次期後継者として呼び声が高い女子大相撲ファンならずとも認める人気・実力を兼ね備えた女性力士。そして、ローカルな大会ではあるが中京圏高大校親善試合であの稲倉映見を破った石川さくらはアマチュア女子力士としての世代交代を印象付けるような試合はファンの目に焼き付いている。
もちろん横綱百合の花も稲倉映見も紹介されていている。稲倉映見は高大校での試合は及第点としながらも世界大会以降調子を崩していたと云われているが評価はけして低くなく世代交代と云うのはいささか早計だと。対して百合の花の評価は手厳しい。この特集記事を書いているのは妙義山と争った元横綱三神櫻(遠藤美香)となるとどうしても現役力士には厳しい評価をしてしまう。ここのところ優勝を逃していることさきのトーナメントでの負け方も横綱としてどうなのかと・・・。ただそれでも最後にこう付け加えていた。
私も妙義山と云う偉大なる横綱が引退したことで何か心の中に大きな穴が開いてしまい暫くは相撲に対する情熱も失せてしまった。今の百合の花の気持ちもわからなくはないが女子大相撲力士ましてや横綱であると云う事の意味を今一度胸に秘め土俵に上がってもらいたい。私はけして百合の花が妙義山や葉月山。もちろんライバルである桃の山と比べ劣っているとは思っていない。手厳しいことを云っといてなんだが日本女子相撲の精神的支柱であり今度の大会において鉄壁の防波堤は百合の花でなければならない。と記事には最後に付け加えてあったのだ。
ベットの上にさりげなく置いてある。表紙には桃の山が・・・。
百合の花は自宅マンションで腰痛ベルトを巻きながらパソコンを前にデスクチェアーに座っている。
(ここまでなんとかやってきたが・・・)
百合の花が優勝できなくなったもう一つに持病の腰痛があるのだ。絶対横綱葉月山の死闘は想像以上に体に負担をかけていた。葉月山引退以降色々な治療を試みたが然したる効果がなく頭の中を過るのは引退の文字。ここまで百合の花自身は十分に満足いく相撲を取ってきた自負もあるだからすっきり引退してもいいと思ってはいるのだがそこには横綱であるがゆえの責務もある。その大きな事は自分が引退した場合若き桃の山の一人横綱になってしまうこと・・・。
(本音は春場所は休んで秋場所に備えたいが協会が許してくれるだろうか?)
ディスプレイ・モニターにはさきのトーナメントでの十和桜との一戦が映し出されている。それを映像分析ソフトを使い立ち合いの分析から角度・時間・スピード・加速度・角速度を数値化していく。そしてそのあとの相撲の流れを・・・。自分自身を含め全取り組みを保存しいつでも見れる状態にそのことによって自分の状態が客観的に把握できるのだ。
(気持ちや技術的な部分は自分次第だが肉体的問題は何ともならないわこればかりは)
百合の花は桃の山や元横綱葉月山のような華がない力士だとよくファンから云われている。ただ逆にそのことが二人を余計に引き立てているとも云えるのだ。力士達との付き合いも決していい方ではないが付き合ってみると話も楽しいし何か相談事をすれば自分の事のように親身になってくれるのだが・・・。そんな付き合いも少ない百合の花だがその中でも西経出身の関脇伊吹桜はもっとも信頼がおけ且つ相撲以外の事では逆に教えてもらうことも多い。
つい最近も二人で焼き肉を食べに行ったのだ。
「伊吹桜、春場所特別号の女子相撲読んだか?」
「えぇもう少しボロカスに書いてあるのかと想いましたが」とロースを摘まみながら
「相変わらず嫌味な女め」
「でも遠藤さんらしい記事だなぁって「日本女子相撲の精神的支柱であり今度の大会において鉄壁の防波堤は百合の花でなければならない」って遠藤さんも妙義山が引退した後は相当苦しまれた話をされていました。その想いがあるからの横綱へのエールと云うかと思う反面逆にわざとプレッシャーかけてるんじゃないかとも想いますがねぇ」
「遠藤さんは厳しいからなでもなんか私の気持ちを見透かされているようでけして私に慰めの言葉なんかかけてくれないが・・・・理事長も遠藤さんがいなければあそこまでの活躍はできなかったと思う自分が云うのもちよっと偉そうだけどな」
「それは葉月さんだって同じだと思いますよ。最後の方の横綱への狂気じみた気合なんか」
「葉月山さんの晩年は力が落ちて私はやっとそれで対等な相撲ができた。それぐらい凄いし世界から尊敬されていた力士はいない。私は葉月さんの引き立て役なんかとんでもないそんなレベルじゃないよ」
「まぁそ云う事にしときましょか色々云うとめんどくさいので」
「何ぉ・・・」
百合の花にとって伊吹桜は自分を適当に小馬鹿にしながらも気遣ってくれるそんな彼女は本当に気心を許されるのだ。
「ところで合同稽古どうでした噂では稲倉映見が無双状態だったとか」
「正直、場の雰囲気がおかしくなったと云うか十和桜が三連敗したのは本人もそうだがプロ力士としては心中穏やかでないよ」
「すいませんOGとして・・・」
「なんだそりゃ。本当は腹の中で舌出してるんだろう?」
「バレました」と伊吹桜
伊吹桜だって女子大相撲力士の一員である以上プロが学生力士に負けるなど由々しきことなのだか゛映見だけは別格なのだ。
「あの倉橋監督が最高傑作とか口に出して云うんですからそれは私も認めますが・・・それで横綱は手合わせは?」
「あぁとりあえず負けると云う大失態はしなかった一応女子大相撲の威厳は守ったがな」
「流石です」
「マスコミが入っていたのは十和桜には可哀そうだったがなトーナメントの件も含めて映見に質問したかったようだが一切答えなかった。マスコミの受けはよくなかったがな」と百合の花は苦笑い
「映見なりの十和桜への気遣いなんですよ。映見はあのトーナメントの一件だって誰にも事の真相喋らないし・・・桃の山だって喋らない。横綱聞きました?」
「いや。本人が云いたくないのならそれを無理やり聞くようなことはしたくない。トーナメントの時力士控え部屋で二人が何を話していたかしらないがあの二人は何か心通ずるものがあったのだろう」
「私も横綱と何か心通じるものがあると思います」と伊吹桜
「いや、私は特には・・・」と百合の花
「えぇっ」
百合の花は相撲引退後の自分をふと考えることが多くなった。噂で大会終了後代表監督である葉月さんが相撲界を完全に去ると云う話を聞いた。力士としての引退は遅かれ早かれ訪れるもの・・・しかし相撲界から完全に縁を切るとは考えてもいなかった。
時刻は午後九時を回ったところ。明日も協会の稽古場に行き桃の山を含め稽古に励み帰りにカイロプラクティックへ腰の痛みは根本的には治療なのだが・・・。
その時、デスクに置いてあるスマホが鳴った。(稲倉?)
「はい」
「稲倉です。電話しようかどうしようか迷ったんですが・・・」
「相撲以外の相談事はご法度だからな」
「じゃ切ります」
「おいおい一寸待て」
「冗談です」と笑いながら
「なんか充実しているって感じだな。えっ・・おい」
「心技体久しぶりに」
「それで用件はなんだ?」
「横綱に大きなお世話だと云われてしまうかも知れまんが腰の事で」
「腰?」
「横綱、腰の調子あまりよくありませんよね?」
「・・・・・」
「うちの倉橋監督が横綱にいまいちキレがないのは腰じゃないかって私も先日の合同稽古でなんとなく・・・」
「参ったな・・・確かに映見の云う通りだけどそれは力士の宿命だしやることは色々やっているんだ。でもその事も自分なりうまく付き合わないと・・・完璧な状態で相撲ができる力士なんかいない」
「一応、私医者の卵なんで・・・」
「そうだったな映見は医学部だったな」
「病名聞いてます?」
「あぁ腰椎椎間板症だと思った」
「やっぱり・・・あんまり悪化させるとヘルニアになってしまいす」
「なんか医者みたいだな」と百合の花は笑いながら
「笑い事じゃありません!」
「あぁ・・・はい」
「私の父に聞いたらPRP療法ってやったかって聞いてみろと」
「PRP療法?・・・いや」
「よく野球のピッチャーがじん帯の部分断裂の治療に使う奴です」
「正直よくわからんが・・・」
「私なりにまとめたPDFを添付ファイルとしてメールで送りますもし興味があったら父が医者を紹介してくれるそうですから」
「映見・・・・」
「それと・・・今度の大会にかける想い聞いてもらえますか?」
「・・・」
稲倉映見と一緒に戦えることを楽しみにしている百合の花にとって映見の言葉は意外と云うより何か気負っているような・・・。合同稽古で一緒に体を合わせれば相撲の強さはすぐわかる。十和桜が叩きのめさせられたのもある意味納得のレベルなのだ。そんな映見があえて百合の花に想いを語るのは・・・。




