一人の女性として一人の女として ⑤
稽古が終わり小上がりの縁に真奈美・瞳・そして光と座り向かいに部員全員が立っていると云う状況。
真奈美は光との出会いから離婚までの経緯を説明。瞳は実の父である光を調べていくうちに倉橋真奈美と父の関係を知り真奈美に興味を持ち西経付属高校に入り女子相撲部に入部し今に至る経緯を説明。
部員達は二人の説明にそれなりに理解し納得はした。部員達の関心は二人の説明より濱田光なのだ。倉橋監督はプライベートに関して喋ることはほとんどなく部員達も何となくタブーとして聞いてこなかったが・・・。
「私的にはショックと云うか騙されていたと云うか・・・」と映見
「あぁ別に騙すつもりはなかったんだけどまぁそのうちに・・・」と光
「監督も・・・」
「えっぇぇ・・・わたしも別に隠すつもりはなかったし」
「主将は・・・まぁこれぐらいのことは平気で隠すだろうから別に驚かないけど」
「えっあぁ・・・」(何その云いかた!)
部員達の関心が真奈美や瞳より濱田光にいくのはしょうがない。部員達は濱田にとめどなく質問を飛ばす。
「監督と再婚なされることは決めているのですが?」
「ちょっとあなた達いい加減にしなさいよこれはなんの話し合いなのこんなの興味本位でしかないでしょ!だいたい」
「いいじゃないか。彼女達だってこれから色々恋して愛していくんだから男ってどんな生き物なのか知りたいだろうしねぇ。ただ私がその参考になるかは別問題だけど・・・」
「光さん・・・」
「真奈美から再婚したいと云われ迷いはなかった。真奈美から再婚したい何って若い頃だった絶対云わないだろうねぇ。性格からしてそんなことは死んでも云わなかっただろう」
「・・・・」
「真奈美が誰かと再婚して幸せになってくれていたらここに来ることもなかった。自分は再婚したがうまくはいかなかった。そこにいる瞳もある意味傷つけてしまったからねぇ。でも今は素晴らしい女性になっていた。少々気真面目過ぎるのと愛想がないのがあれだけど部員から信頼されて主将をやっているんだから・・・。私は自分で起業する上で真奈美は絶対必要だった。もちろん愛してはいるでもそれ以上にビジネスパートナーとしてそして戦闘機である私を癒してくれる空母として・・・。
相撲で培った体力と精神力と度胸そして女性としての優しさと武器・・・それを真奈美に求めた。残念だけどそこに真奈美が求めていた愛を与えることはできなかった。それでも真奈美は愚痴一つ云わずやってきてくれた。そのことがいつしかそんなことは当然の話といつの間にか仕事の関係以外真奈美を想う気持ちすらなくなっていた。」
「監督、可哀そう過ぎる」と部員
「確かに今思えば可哀そうすぎるけどそこは割り切っているものだと思っていたし普通のことだとある程度事業が軌道に乗れば時間は作れると・・・・でも業績が上れば次のステージを目指したくなる。そんな時に真奈美が西経相撲部の話をしてきた。本人は本気でもこっちからしたらふざけているとしか思えなかったそれ以上に悪質な嫌がらせかと・・・」
部員達は黙って聞いてはいるが監督の立場、現役部員としたらとても聞いていられない。
「真奈美がプライベートのことを犠牲にしてでも我慢していてくれたことに甘えてそれが妻として当然だとそんな時に打診された監督の話は最後の精神的に安らげる場所だった。私は真奈美の精神力と忍耐力に甘え人間としての愛する女性としての想いが欠落していた」
「光さんもういいから。そんな過去の話はどうでもいいから・・・・」と横に座っている光を見ながら真奈美の表情が曇る。
「俺のエゴイズムを真奈美に押し付けていたことは事実。弁解なんかしない。こんな不審尋問見たいなことだって受けてやってるんだよ。ただ一つだけ云っとく。俺と倉橋真奈美の間に他人が入り込んでとやかく云われる筋合いはない。ましてや全くの赤の他人の相撲部の部員に云われたくないねぇ。まだ女子学生が相撲をやることすら変人扱いされた時期にわざわざ相撲部のある高校に女子も入れるか訪問に来たんだそれは女子中学生の真奈美にとっては相当に勇気がいったはずだ。それに当時の真奈美の学力からしたら入れるような高校じゃなかった。それでも相撲がやりたい一心で努力して・・・」
「光さんもういいからもう・・・」
「真奈美は黙っていろ!ここにいる学生達のために聞かせてるんだ!」
「・・・・」
「国立大を現役で入ってその上女子相撲も続けて・・・そんな真奈美と大会で久しぶりに会ってその時に思った。この女性しかいないって・・・。真奈美とは卒業と同時に結婚して俺は数年メーカーで務めた後真奈美と一緒に起業して二人の生活を歩み出したけどそこには二人の想い描いていたことの相違があったことにも俺は気づかなかった。離婚した後しばらくは裏切り者だと想っていた気持ちと自分に虚しさを感じるようになった。でもそれは割り切っていた過去は戻らないから・・・・」
さっきまで何気にざわついていた部員達も誰一人口を開かない。
「真奈美は俺のために人知れず努力をして助けてもらっているのにも係わらず俺はいつの間にか我慢をさせていた愛の我慢を・・・。我慢すればその先に進展があったのか?そんなのあるわけがない。我慢することが努力に変わらなければ永遠に現状のままで不満だけが募る。形式的な愛のふりをして誤魔化していた無意識に・・・。離婚してその牢獄から脱出した真奈美の活躍は知っての通り」
「やめて!そんな云いかたするのはやめてよ!」真奈美が絶叫する
「うるせぇ!少し黙ってろ!」
真奈美は両手で顔で覆い声を出して泣き出す。おそらく部員誰も監督の泣く姿など見た者は誰もいない。
「そんな自分も色々あって会社を後輩に渡し半隠居生活のなかで相撲クラブという金にもなりゃしない仕事を引き受けていく中で映見とめぐり会いその流れで真奈美と再会したことは偶然ではなく必然だったのだと・・・」
「くうっ くっくっ ううっ うっうっあっあっ・・・」真奈美は何とか堪えるのでせいいっぱい。
「今日は単に真奈美の監督として姿は見てみたかったそれだけだったけどなんかおかしなことになってしまった。でも単に倉橋真奈美がどうのこうのと云うより西経女子相撲部イズムと云うかそれはけして倉橋イズムではないと云うのがよくわかった。各々が自主性の上に立っていや主体性と云うべきだなぁ自ら目的を設定し、それに向かって行動を起こし、その結果にも責任を持つ。西経の強さはそこだと思った。西経女子相撲部の出身者が高い評価を受けている理由がわかった。それと倉橋真奈美と云う女性が真に部員達から愛されている事・・・・」
光は小上がりの縁から腰を上げると自分の両手で顔を覆っている真奈美の手を無理やり剥がすようにすると腰を両手で挟み持ち上げるように立たす。涙で頬に張り付いた髪の毛を払いのけると光は真奈美の頬を両手で挟むと強引に口づけを・・・はたから見るとそれはほとんどレイプまがいの口づけ。いきなりのフレンチ・キスはまるで窒息死するように・・・。真奈美は抵抗する暇なくただただ光に身を任せるだけ・・・。
光はいきなり顔を離し押さえていた両手も離すと真奈美に強い視線を送る一秒の視線。真奈美は見ているのか見れていないのか?
光は相撲場の出入り口でスリッパから自分の靴に履き替え相撲場を出ていく。真奈美は呆然と立ったまま部員達はその真奈美の姿を見たまま動けない。
光は長い廊下を歩き外へ。
「濱田さん!」後ろから走りながら海藤瑞希が光の前に立つ。
「濱田さん」
「何か?」
瑞希は光の顔を正面に見据え息を整える。
「私が云わなくても云いことを云ってしまって・・・本当にすいません」と頭を下げる
「遅かれ早かれバレることです。ただあんな尋問みたいなことは勘弁してもらいたいし面白半分じゃないにしろ人の心を甚振るようなことは許せないねぇ。私は良いとしても真奈美には・・・。あぁ見えて繊細で傷つきやすいから・・・まぁ私も散々傷つけておいて云う資格もないけど」
「濱田さん・・・」
「海藤瑞希だったねぇ映見を立て直した」
「えっ」
「映見も気分屋のところがあるから大変だろうけど頼むわ。それと監督も・・・適当にいじってあげないと寂しがるから真奈美は・・・。」
「私・・・」
「瞳は適当にあしらっておけばいいから」と光は笑いながら
「監督は濱田さんのことを愛されていると・・・あんな監督想像できなかったから」
「真奈美はあなた達に対して厳しいことを云ってきたかもしれない。でもねぇあいつはそれ以上に自分に厳しく自分を犠牲にしてきことも多々あると思う。まぁそれでもあなた達のためには女性として生きていくことの一つの見本だと思うから・・・。それじゃ」と云うと濱田は正門の方に・・・。
(濱田さん)瑞希はその後ろ姿に・・・一滴の涙が頬を流れる。
相撲場では真奈美だけが小上がりの縁に座り俯いている。瞳が真奈美の右手を両手で握りしめている。
真奈美は俯いていた顔を上げ瞳の顔を見る。
「主将もう時間だからみんな上がるように私は大丈夫だから」
「でも・・・」
映見を含めた部員達も立ったまま・・・。
「ちよっと一人にさせて・・・」
「わかりました」
主将が全員を集合させる。
「ご指導ありがとうございました」と全員で一礼する
「稽古お疲れ様。今日は色々あったけど今日の事は私にとってもあなた達にとってもいい参考になったと思う。私みたいに・・・いい男見つけなさいよ!ハイ解散」
「・・・・・」
「はい。早く相撲場から出るここはあなた達の談笑の場じゃないんたがら」と立っている部員達の背中を笑顔で押して退場させる。全員退出させ真奈美は鉄の扉を閉めた。
真奈美はゆっくり相撲場の角奥にある鉄砲柱の前に立つ。柱に向かって左右の突っ張りを繰り返すさまを鉄砲と云う。
真奈美は柱の前に立ち背筋を伸ばしゆっくりと右手と右足を一緒に動かし柱を張り手で叩く。左も同じく。手のひらを柱についていくと衝撃は腕ではなく腹筋に響いてくる。それは腰が入っている証拠。
「パッン・パッン」とリズムよく叩いていく。無心に無心に何回も何回も・・・。
扉の向こうでは部員達がその音を聞いている。みんな無言で口を真一文字にしてる者、目を瞑っている者、目を潤ませている者。
西経女子相撲部の女帝が初めて見せた自分の弱さ・・・。
「パッン・パッン・パッン・パッン・パッン・パッン」とリズムは一切乱れない。永遠に永遠に続くかごとく・・・。




