7.七治のノート
異世界の匂い、今度こそしてきますから。
「キャー、懐かしー」
部屋に入ると、薫子は勝手知ったる図々しさで、二段ベッドに腰掛け、周りにある物を撫で回しながら、すっかりくつろいでいた。
賢人は諦めて、椅子に座ると、自然と大学生活や昔遊んでいた思い出、父が運ばれた事を話した。
薫子は意外にも、デイトレーダーをして生活できるほど稼いでいる、ネットオタクになっていた。
プロゲーマーの一面もあり、対戦格闘ゲームの界隈ではちょっと有名らしい。
今も実家で生活しており、ここへ救急車が入って来るのが見えて、誰かが運ばれた事は知っていたという。
家の明かりが点いたので、様子を見に来たそうだ。
気に掛けてくれたことに感謝すると、薫子は一瞬驚いて、そしてニタリと、怪しい薄ら笑いを見せる。
賢人は困惑したが、その真意は闇の中、狭くなった部屋を一巡すると、机の上に広げたノートを手に取り、関心しはじめた。
「ハル君、すごい几帳面だよね。こんなノート、なかなか無いよ」
「そうだな、ナナハルはすごい奴さ。一体どこに行っちまったのか」
賢人は口を閉じると、薫子が見入るノートをただ漠然と眺めた。
ページを捲る音だけが部屋を占拠し、なんとも言えない空気が漂う。
「あっ」
突然、薫子は手を止め「これなんだろ」とノートの気になる部分を指差した。
賢人がのぞき込むと、まるの中に文字や記号が描かれた、奇妙な絵が、書いてある。
ノートの表紙には『国語』と書いてあり、関係性があるとは思えない。
他のノートを調べたが、同じ絵は見つからなかった。
落書きにしてはコンパスを使ったように綺麗な円で描かれており、他の誰かが書いたとしても、ナナハルがそのままにしておくだろうか。
二人はしばらく無言で考えていると、玄関の鍵を開ける音がした。
ガチャガチャ。
「ただいまー」
母が買い物を済ませて帰ってきたようだ。
薫子はノートを賢人に渡すと、階段をかけ降りていった。
母にとっても久しぶりの再会だったらしく、喜び合う声が廊下を通じて聞こえる。
賢人は意識をもう一度ノートに向けて、描かれた絵をじっと見つめた。
そしていつか見た、少年を追いかける不思議な夢を思い出した。
あの少年はナナハルだと思う。すぐ近くで呼ばれた気がした。
――翌朝、メロンの収穫や出荷の準備を手伝い、少し遅めの昼食を取っていた頃、薫子がワインレッド色のド派手なノートパソコンを持って現れた。
昨日見つけた奇妙な模様をネットで検索していたという。
ゲーマー仲間の話で、魔方陣かもしれないと、盛り上がっているそうだ。
賢人には想像できなかったが、ゲームやライトノベルで出てくる、ハイファンタジーの世界で魔法を補助したり、精霊召喚したりするときに出てくる模様らしい。
それ以上詳しい話は、聞いても頭に入ってこなかったので、曖昧に受け流しながら、弟の失踪と何か関係があるのか、賢人も大学で調べてみることにした。
次話では光音君との掛け合いになります。
■登場人物
賢人:久しぶりに帰省した大学生。
薫子:幼馴染。プロゲーマー(ジャンル:格闘)、デイトレーダー。
■プチっと業務連絡
2022年11月、VOICEVOX(音声合成ソフト)を使って音声化はじめました。ストーリーは変わりませんが、文脈をいじってます。整理できたら随時更新していきます。@siropan33_youで公開中。
▼朗読動画の再生リスト
https://www.youtube.com/playlist?list=PLqiwmhz1-5G0Fm2iWXSjXfi1nXqLHzi_p