記録.一高の私情
これは光音の父、木村一高が地球に転生してから、騒動を起こすまでの手記です。一高目線でこの物語を振り返らないと、七治失踪の真相が謎のままになってしまうので、この話は早々に考えてました。
私は暴発する直前まで思い、願い続けた。私の理論では間違いなく成功するはずだった。絶対に成功すると確信していた。しかし思いは届かず、悔しい、痛い、寒い……。
その願いが天に届いたのか、私は気がつくと赤ん坊になっていた。そして知らない女性に抱きしめられ、知らない男性が微笑みかけてきた。私は、なぜか私だと感じた。しかし容姿は赤ん坊になっている。知らない母と父の間に生まれたらしい。心地いい感触を味わいながら私は観察することにした。
地球は平和な世界だった。魔王や魔神は存在しない。小さい頃は無条件にかわいがられた。悪い気分はしなかった。自然のまま、過去のことは忘れ去り、生まれ変わった人生を送るのも悪くないと思った。
――幼少期。
読み書きを覚えた。地球の読み方は、私にとっては簡単だった。地球では覚えが早かったようで、父は大いに喜んでくれた。母も自慢げだった。
――青年期。
本を読めば大概のことは理解できた。面白くて毎日図書館へ足繁く通い詰め、あらゆる本を読みあさった。学校での成績は常にトップで飛び級も果たし、神童と呼ばれるようになった。地球で吸収した情報と元の世界(異世界)の記憶を思い返すと、今までに無いアイデアが湧き上がった。
地球では異世界のことが載っている本が少ないので、試しに自分のやってきたことを書いてみた。すると思いもよらない反響がおき、本を出版することになった。
父は更に喜び、周りの親戚も喜んでくれた。母も少し不安な顔をしながらも喜んでくれたので、私は楽しくなって異世界のことを大々的に執筆し、大作を作り上げることを決意した。
その頃から大学には殆ど通わず、本の執筆に没頭していく。異世界で生活していた日常やトラブル、イベントなどを冒険記のように綴る。主人公はもちろん私だ。
異世界の時代背景や描写はリアルそのもので続編を出すたびに高い評価を得た。もちろん異世界に暮らしていた私は実生活のことを書いているだけなので、当たり前の話なのだが。本はヒットを連発し一度映画化もされた。
余りのリアルさと異世界という未知の領域に不安を感じる者もでてきた。ある種オカルトじみた世界観を雄弁と語る人物として、次第にマニアの間にだけ有名な人物、“異世界の鬼才”と呼ばれるようになっていった。それでも私は両親の喜ぶ顔が見られれば良いと思っていた。
そんな忙しい日々を送っていた私に、突然、訃報が飛び込んできた。母が心筋梗塞で亡くなったのだ。私は急いで実家へ帰り、変わり果てた母と再会した。赤ん坊の頃に見せてくれた笑顔が懐かしく、今はただ静かに棺桶の中で眠っている母の顔をじっと見つめていた。
葬儀は厳かに執り行われ、母との別れに思いを巡らせていると、参列者の話が耳に入った。
生前、母は私のことで不安を周囲の知人に漏らしていたという。若くして富と名声を得たことをよく思わない連中が一定数はいるらしく、悪いウワサが流れていることに母が私の身を案じてくれたことを知り、胸がザワついた。喜んでくれると続けていたことが、知らない間に母には苦労を掛けてしまったのだ。
母の死の一因を自分の行動で作ってしまったことに、私は今までの行いを反省した。異世界冒険記のシリーズ最後はハッピーエンドで終わらせた。事実とは唯一違う結末だが知る人はいないから問題あるまい。あくまで想像の産物と言うことで許してもらおう。その後の新シリーズの話もでたが、これ以上作家としての活動は続けようとは思わず丁重にお断りして、表舞台からは姿を消した。
母にはもっと長生きして欲しかった。父も少しやつれたように感じる。作家を辞めることを話したとき、少し残念な顔をしたが、特にそれ以降は何も言わずただ淡々と日々の暮らしを送っている。母に対してもっと出来ることは無かっただろうかと思うときがある。しかしその答えはわからなかった。
小説を書いていた頃が遠い昔だったような錯覚を感じながら、街をあてもなくブラブラしていると、ゲームショップの店頭で、あるゲームのデモ映像が流れていた。
その映像に吸い込まれるようにあの頃の記憶が蘇る。それはまさしく私のいた異世界が再現されたシミュレーターだった。店内に入り詳しい説明書きを読むと、私の小説が原作になっており主人公は異世界で様々な体験をするというストーリーだったが、その雰囲気はかなり自分の記憶に近い物が感じられた。
ゲームという世界に存在する私が知っている世界。作家を辞めてから感じていた頭の中にかかった雲に、太陽の光が差し込み、そして一気に晴れていく。あの頃の面白さと同じ感触が沸いてくる。ここに答えがあるような気がして、気がつくと一目散に家路についた。新作ゲームを手に握りしめて。
ゲームを始めると、やはり所々懐かしい印象を受ける場面があった。小説で書いた部分を理解し再現してくれている。私はうれしくなった。別世界だと思っていた場所が意外な方法で繋がっている。繋げることが出来ることに気がついた。頭の中で新しい道すじが生まれ、アイデアが溢れ出してきた。
いてもたってもいられず、久々に書斎の机に向かってペンを走らせた。思いつくまま書き殴り、あらゆる紙に書きまくった。そしてそれらを鞄に無造作に詰め込んで、興奮した足取りでゲーム会社に乗り込んだ。
アポイントメントも取らずに突然押しかけてきた私に受付嬢はたじろいだが、新作ゲームの原作者だとパッケージを見せながら説明すると、じっと私の顔を見つめ一転感動した眼差しで慌てて受話器を取った。
彼女も私の本の愛読者だった。あまりの突然の来訪と、その風貌の変わりように笑ったり、困ったり二十面相のように慌ただしい。そうさせたのは私だが、あまりの狼狽ぶりに自分自身も冷静さを欠いていたことを謝罪した。
受付嬢はもう一人の受付にお願いして、なんと社長室まで案内してくれた。入るとパソコンが数台とおそらく設定資料であろうファイルや私の書いた本が散乱していて、とても社長室とは思えない風景が広がっていた。
受付嬢は部屋で作業をしている女性の元へ向かい身振り手振りで何やら話してこちらを指差してきた。女性もこちらに目を向けてきたので、軽く会釈する。入口のドアでその様子をじっと見ていた私のところへ二人は歩み寄り、女性は先程の受付嬢と同じように眼鏡をずらして顔をのぞき込む。まるで品定めするように全身をなめるように眺めた後、更に顔を近づけてきて、その近さに驚き思わずのけぞった。
女性は後ろ手に縛ったワンレンのポニーテールを揺らしながら、手を口元に当て何事かブツブツ言いながら思案したのち、私の目を見てこう言った。
「第一問、主人公が住んでいる街の名物料理は?」
言われたことに一考し、異世界のことかと何度か頷きながら答える。その後も矢継ぎ早に質問され、言われるがまま、率直に答えていった。
よどみなく答える私の態度に、隣で両手を胸元でグーにして応援するような眼差しで和やかに頷く受付嬢に対し、渋い顔で目を細めながら品定めをする女社長。
どのくらい経ったのか、もういい加減に認めて欲しいが、かなりコアな質問をぶつけてくるところが、さすがの理解度だと感心していると、もう思い当たらないのか質問が途絶えたとき、我慢していたのか受付嬢から質問してきた。
「あの、魔方陣はどうゆう原理で働いているんですか?」
質問というか疑問だったらしく興味津々な笑顔に心が癒やされた。
女社長も興味があった案件だったようで、答えると「そうなのか」と素っ頓狂な声を上げた。左手で額をコツコツ叩きながらブツブツ自分の世界に入りかけたところで我に返り、恥ずかしかったのかコホンと咳払いをして誰もいない方にを向いてしまった。ようやく質疑応答の時間は終わったようだ。これで本人だと納得されたかと思いきや、横目でこちらをチラチラ見る目はまだ完全には納得していないようだ。
「貴殿の本は何度も読ませて頂いていて、こうしてお目にかかれることは大変光栄に存じます。が、なにぶん貴殿の容姿はその……余り公表されておらず……インタビュー記事などでお見受けした時とはかなり……その、ふくよかになられたようで、あっ失礼」
「言いたいことは解ります」
部屋の片隅においやられた応接テーブルを囲んで受付嬢が入れてくれたコーヒーを啜りながらとりあえず話を聞いてくれる姿勢にほっと一息ついたところだ。受付嬢はさも当たり前のように私の隣に腰を下ろしているが受付業務は大丈夫だろうかと心配になる。女社長も、気にしていないようだがこの会社の社風は意外とフリーダム? フレンドリーなのだろうか? 受付嬢を見ると、ニッコリと微笑み返してきたので、コチラも愛想笑いで返すしか無かった。
正体については、もともと素性を細かく公開していなかったことと、インタビューを受けるときくらいしか表向きには顔を見せていない。世間一般で知られている姿は殆どフェイクが多く、なぜか美化された配慮がなされている。現在は印税暮らしなので出版社と会うことも無く、版権に至っては全て丸投げ。ゲームの原作などの仕事内容もまったく聞いた覚えが無く、無頓着だったことが災いした。
唯一代わり映えしない目元で受付嬢は確信したらしいが、それはもうかなりなレアケースだ。理由を説明せず表舞台から突然姿を消したせいで、死亡説も流れている今、信用してもらえないのは重々承知している。
私は殴り書きしたメモをテーブルに広げて簡単に説明した。まずゲーム中の異世界の再現度の高さを賞賛し、感謝を述べる。あとは街の造りや人々の挙動、台詞の言い回しや思いついたアイデアを遠回しな言い方で提案し様子を伺う。完成して商品化している作品に今更文句を言うのは、相手の努力を否定するようで、大変申し訳ないし原作者である自分が協力してこなかったことも原因なので、ここは改めて監修として私も参加したいことをアピールした。
女社長は原作者の協力が得られるならと快諾してくれた。監修という申し出ではじめた続編の制作だったが、本を読んで勉強し、プログラミングからシナリオ、デバッグ、3Dモデリングなどをこなし始め、最終的には社員として向かい入れてもらった。
――壮年期。
長い年月を掛け、ついに原作者も納得がいく一本が完成した。どのくらい長いかというと、その間に女社長と夫婦になって、授かった子供が光音である。当時十歳。
そして、私はある構想を思いつく。
「もし、この世界の事を熟知した人間が勇者になってくれたら、魔王討伐できるかもしれない」
いつの日か達成できなかった目標が、突然目の前に蘇った。そして完成したプログラムに密かにメッセージを加え、期待に胸を膨らませた。
今回ゲームらしさを取り入れRPGというジャンルにしたことで、販売本数は前回を大きく上回った。それに難易度をかなり高く設定したことが無理ゲーとして話題になり、順調に販売本数を伸ばしていった。
発売から半年、エンディングを見たという少年から連絡をもらった。エンディングのシーンの最後に秘密のワードとここの電話番号が出てくるように細工しておいたのだ。
住所と名前を確認し、学校帰りなどに車で迎えに行った。ゲーム会社が入るテナントビルの地下には滅多に人が入ってこないので、異世界召喚の魔方陣を描いておいた。異世界からの召喚に反応して転送できる装置になっている。
実は地球の文献を調べていたときに見つけた異世界で言う龍脈の通る場所。異世界とのトンネルがあろうことかこのゲーム会社のビルの下を通っていることを発見したのだ。これで異世界へ無作為では無く、適任者を送り込むことが出来る。
ゲームのエンディングを見た人はほとんどが十代だった。何度目かの召喚を行った後、テレビで失踪事件のニュースを知る。その名前には聞き覚えがあった。警察が動き出したようだ。私は証拠隠滅のため、地下の魔方陣をコンクリート色のペンキで塗りつぶした。
また、会社に疑いが向かないように、私財を投じてテナントを借り都心近くに引っ越すことにした。
――中年期。
次なる夢に向かって新たな試みを密かに始めた。オンライン上でゲームを動かし世界中のプレイヤーを異世界へ呼び集めるというものだ。表向きはオンラインゲームで近年ブームが起き多種類開発が行われているので、怪しまれることは無いだろう。そこに異世界へのパイプを組み込んで、ゲームをしているような感覚で実は異世界に迷い込んでしまうという画期的なものだ。
プレイヤーが大勢いれば、その分勇者になる人物を多く輩出し魔王討伐の願いは完遂する。私は転生してもなお、国王様の使命を果たす役割を仰せつかったのだ。大変名誉なことである。亡き母も喜んでくれるだろう。
光音は私に似て賢い子だ。この子は勇者の素質がある。親子揃って偉業を成し遂げるには不可欠な存在となった。現在はロボット工学を学んでいるようだが、それは大変良いことだ。新しい技術“VR”を使ってより高度な転移が可能となる。彼が大人になる頃には完全なる転移装置が完成するだろう。
ある日光音の学友が訪れてきた。名前は確か賢人と名乗っていた。忙しいので余り会いたくなかったが、弟が失踪しているということを聞き、探りを入れるため会うことにした。
光音から聞いていたとおり、小学生時代に失踪した少年は、私の作ったゲームを遊んでいた人物だった。まちがいなくエンディングを見て電話をしてきた誰かだろう。ここで捕まるようなことがあってはならない。私の構想は偉大なのだから。
来訪者のデータを盗みだし、学友の部屋に侵入した。思った通りの結果では無かったが魔方陣が描かれたノートを見つける。ここまでゲームから詳細に写し取るのはすばらしい。是非勇者になっていて欲しいと願う。一緒に来た女性も何か探りを入れておいた方がよさそうだ。奪ったPCを分析すれば、情報が流出しているか判断材料になるかもしれない。
数日後、光音はいぶかしげにこちらの様子を伺ってきた。学友に何か吹き込まれたのか。何か不審な点が見つかったのか。我が子の成長ぶりには驚かされる。こうなっては光音のことは諦めねばなるまい。ここで下手を打ってはこの偉業は達成できない。心苦しいが転移装置の開発に力を入れよう。
賢人という学生は、以外にも異世界のことに詳しいようだ。もしかしたら弟の事もあり兄弟で素質があるのか、これは新しい実験には最適な人物かもしれない。面白い結果を期待しようと思う。
開発に時間が掛かることは判っていたが、思うように事が進まない。この手のゲームを移植するにはどうすればいいのかヒントが欲しい。誰か昔のように私に原動力を与えてくれ。
こうなったら自分自身が異世界へ渡らなければ、立証できないかもしれない。もう少し情報が欲しいが、転送ゲートを広げる準備をしておこう。
こちらだけではエネルギーが足りない。こうなったら強制的に異世界側からゲートを開けるよう信号を送った。上手く受信すれば向こうからゲートの呼びかけに応じてくれるはずだ。
遂にゲートが開いた。これで私の構想が立証される。ここまで支えてくれた家族に感謝する、そしてこの記録を終わろうと思う。向こうで成功を収めたら、改めてこちらにメッセージを送ろう、それまでお元気で。最愛の瑠李、光音へ。
木村一高
(アンガス・ドシター)
次話はもう一つのエンディング(バットエンド)投稿します。




