3.家庭教師のバイト
大学生ならバイトかなって思って。
賢人は家庭教師のバイトをしている。
今日は都立の進学校を目指す高校生のお宅で、三時間勉強を教えることになっていた。
閑静な住宅街の白い屏に囲まれた、洋風の邸宅。
品のある呼び鈴とともに、明るい声がインターホン越しに聞こえてきた。
「橘先生お待ちしておりました。どうぞ中へお入りください」
ガチャ。返事をする間もなく、門の錠が外れる音がする。
「失礼します」
一声掛けて門をくぐり、ガレージに停めてある白い高級外車を横目に、階段を上がったタイミングで玄関が開き、夫人が出迎えてくれた。
全体的に緩くカールを掛けた赤茶色のロングヘア、アイドルのような長いまつげ、透き通った白い素肌にナチュラルなピンクの口紅、落ち着いた色だが胸元が大きく開いたワンピース。
そこから覗くふくよかな胸元を遮る、存在感のある真珠のネックレス、今日もバッチリ決まった装いで出迎えてくれた。
玄関ホールに上がると、リビングに通そうとするので、慌てて手の平を見せながら一言「先に、光ちゃんのところへ」と断って、階段を上る。
残念そうな声で、体を揺らす君枝さんの姿は成人男性なら悶絶しそうな光景だが、リビングに連れ込まれたら最後、彼女の話はとにかく長いのだ。
バイト初日に必須単位の授業を欠席する痛手を負った、苦い記憶が思い出される。
「光ちゃん、橘です」
そう言いながら部屋を扉をノックすると、緑のジャージ上下に、白いモコモコのガウンコートを羽織った、女の子が現れた。
ヘアピンで前髪を押さえた黒髪ツインテール。おでこには冷却シートを貼って、ずり落ちた黒縁メガネを手で押さえながら、とても眠そうな目をしている。
「お、お疲れ様」
「あい、どうぞ」
年頃の娘が、異性にそこまで素顔を見せていいのかと思いながら、部屋に入る。
もう昼過ぎだというのにカーテンを閉め切っているせいで、空気が重く、息苦しく感じた。
床には栄養ドリンクの瓶や缶、お菓子の袋が散乱していた。
机の上は参考書やらノートやらが何重にも折り重なり、大量の消しゴムかすと、何度も書き直した跡が苦労を物語っている。
時間制で契約しているものの、賢人はまずカーテンと窓を開けて部屋の空気を入れ替える。
そして持参した紙袋を手際よく広げると、ざっくりとだが部屋の掃除を始めた。
部屋に差し込んだ光を浴びて、女子高生は顔を手で覆いながら、小さく悲鳴を上げる。この家に来て、時間通り終わったためしがない。
参考書や教科書を揃えて、床を軽く拭いたら準備完了。
ようやくここまで十五分程で到達できるようになった。感無量である。
君枝さんが温かいホットココアを入れてくれた。一息ついてから本番の勉強を開始。あっと言う間に三時間が経過した。
源家の皆さんには、当初の予定に反して色々動いてもらうことになりました。
■人物紹介
賢人:主人公。
源君枝:賢人のバイト、家庭教師をしている家の夫人。年齢より若く見える。話好き。お嬢様育ちのような品が感じられる。
源光:源家の長女。大学受験に向けて猛勉強中。成績は中程度、志望校に合格できるかはまだ未知数。理数系は苦手。
■プチっと業務連絡
2022年11月、VOICEVOX(音声合成ソフト)を使って音声化はじめました。ストーリーは変わりませんが、文脈をいじってます。整理できたら随時更新していきます。@siropan33_youで公開中。
▼朗読動画の再生リスト
https://www.youtube.com/playlist?list=PLqiwmhz1-5G0Fm2iWXSjXfi1nXqLHzi_p