38.一高の思惑
ビルの入口で光音と合流した賢人は、この異常気象と異世界での出来事を説明した。
「この上空と異世界は繋がってるのかもしれません」
空を見上げながら、光音はまた突飛な発想を披露した。
「えええっ、そんな事、ありえるのか」
賢人は驚いて思わず口に出したが、七治が異世界にいたことは事実だった。
ならあり得ないとも言い切れない。
「一高さんは今、どこにいるかわかる?」
一高さんとは光音パパのことだ。
「昨夜は家に帰ってないので、たぶん会社にいると思います」
二人はほぼ同時にゲーム会社、スノークロックの入る高層ビルを見上げた。
十一階、開発部があるフロア。
賢人がお邪魔するのはもう三回目になる。
光音がいなければ、絶対入ることすらできなかったことだ。
光音は迷わず壁際にあるベンチに向かった。
しかし一高の姿はなかった。
同じフロアの社員に聞いて回ったが、誰もが見ていないと回答した。
どうやら席にいない事の方が多かったようだ。
だから誰も驚いてはいない。
光音は何度も電話するが、電源が入っていない為とアナウンスが流れるだけだった。
次に光音はエレベーターホールへ向かい、上層階へのボタンを押した。
「社長に聞いてみましょう」
賢人は驚いたが、光音の声には妙に説得力があった。
何か思うところがあるのだろう。
エレベーターの扉が開くと同時に、降りてきた女性とぶつかりそうになった。
女性はすぐさま「光音君」と驚いた声を上げた。
彼女の名前は新藤秋穗、社長秘書だと紹介された。
彼女も用があって、ちょうど一高を呼びに行くところだと言った。
「社長が呼んでるんです。
たぶん外の騒ぎの事だと思います。
社員証を照会したら、サーバールームへ入室した記録が残っていました。
かなり長時間滞在しているようで、おかしいなとは思ったんですが。
とにかく行ってみましょう。こちらです」
そういって端にある専用と書かれたエレベーターに乗り込んだ。
サーバールームは、このエレベーターでしか出入りができないという。
フロアに降りるとドアが一枚。
会員証をかざしてロック解除。
そこには、等間隔で並べられたラック型のコンピューターが占領していた。
ファンの回る低い音が耳の中で渋滞している。
複数のケーブルが差し込まれた装置のLEDが、無作為に高速点滅している。
賢人と光音と社長秘書は手分けしてコンピューターのすきまを探し回った。
予想に反して一高の姿は見当たらない。
通路は見通しのよい格子状になっているので、探すと言っても、すぐ目視できるはずなのに。
「本当にここにいるんですか?」
賢人の質問に社長秘書は大きく何度も頷きながら、「間違いない」と繰り返す。
「出ちゃったって事は無いんですか?」
「それはありません。会員証をかざさず出入りすることは不可能です」
ここは会社の心臓部。
名札に内蔵されたチップが鍵になっており、入室できる人も限られているという。
そうは言ってもこのフロアは角張ったコンピューターラックが並んでいるだけで、隠れるような隙間はない。
何度も通路を行ったり来たりしていると、光音が奥の壁を仕切りに触っていたので声をかけた。
光音は幾何学模様に塗られた壁を触りながら、何かを探しているようだった。
「この模様、何か気になりませんか?」
そう言われて賢人もじっと観察するが、目がチカチカするだけで何も見つからなかった。
光音はおもむろにラックの端から端を、自分の腕を使って計りだした。
「この等間隔に並んだコンピューターを通路まで入れると縦横比は、二対一です。
しかしフロアはほぼ正方形のはずなんです。
だからこの壁の奥に、隠し部屋かなにかがあるのではないかと」
そう言って壁を触る光音の姿に感心するしか無かった。
「マジか、よく気づいたな」
壁がカモフラージュされていれば、その奥に空洞があるとは考えない。
「そんな、隠し部屋なんて。
社長は知っているのかしら。
でもこんな大がかりなこと、会社を立ち上げたときにしかできないし」
社長秘書は困惑していた。
確かに会社に黙って隠し部屋を作るなど聞いたことが無い。
三人で壁の模様や手触りを端から確かめていくと、光音が何かを発見した。
「あ、コレ見てください」
光音が指を指した部分だけ、模様が反転している。
しかしこれは、注意深く観察しないとわからない、些細な違いだ。
光音はさらに壁を触っていると、一部がくぼんでカチリと何かが外れる音がした。
そして長方形に壁がせり出すと、音も無くスライドし、部屋が出現した。
中は大量の設計図や古めかしい本が山積みになっており、中央でパソコンのキーを叩いている一高の後ろ姿が見えた。
明らかに興奮しており、まったくこちらに気づく様子はなく、独り言を呟きながらキーを叩いていた。
「父さん!」
光音が叫ぶと、一高は一瞬手を止めるが、また独り言をつぶやきながらキーを叩き始める。
「父さん! 大変だよ、こんなときになにやってるの」
光音が再度呼びかけると、一高はようやくうしろを振り向いて目を丸くした。
「なぜだ。光音、なぜこんなところに。
というかなぜこの場所がわかった。
おや、賢人君とそちらは受付嬢の……」
「社長秘書です! 一高さん、そんなことより今、外で大変なことが起きています。
すぐ社長室へお越し下さい」
一高は一考すると、机の上を物色し始めた。
積み上げられた本や書類が崩れ床に散らばるが、一心不乱に手を動かす。
「一高さん?」
社長秘書の呼びかけを無視して手にしたのは、リモコンだった。
そしてテレビの電源が入った。
慌ただしく状況を説明するリポーターの声やサイレンの音が鳴りだした。
暗雲が渦を巻いている映像に続いて、リポーターが興奮した声で実況していた。
映像が街なかに切り替わると、道路が渋滞してクラクションが鳴り響く。
上空を見上げて指を指したり、スマホをかざしている人々の姿。
カメラマンが逃げ惑う人に押し倒され映像が乱れると、スタジオに切り替わった。
一高はザッピングしながら何度も頷いた。
どの放送局もほぼ同じで、異常気象についてスタジオのコメンテーターが語っていたが、司会者は混乱しないことを呼びかけていた。
その画面を見ながら一高は独り言のように呟いた。
「既にゲートがこんなに、まずいなこれは。急がねば」
賢人は、はっとした。
横で光音が唇を噛みしめ震えている。
二人が思っていた疑惑は確信へと変わった。
社長秘書は心配そうにテレビを見つめている。
「あなたがやったんですか。これは、異世界へと通じているんですか」
賢人は静かに問い詰めた。
「ああ、いや、うん。そうとも言えるが、向こうで何かがあったらしい。
しかし安心してくれ。
私が向こうに行ったらすぐ閉じるから」
一高の答えに、賢人は絶句した。
向こうへ行く? 閉じる? 頭の中は、はてなで一杯になった。
一高は床に散らばった資料をかき集め、鞄に突っ込むと、コートを羽織り部屋を出た。
「じゃあな光音、母さんをよろしく」
すれ違いざま、光音の肩に手をのせると、ウインクをして、サーバールームを足早に去った。
その行動に唖然とする三人。
声を出すことができなくなった。
外の混乱した群衆の叫びや雑踏と、ファンのうなる音、そして賢人たち三人だけが、その空間に取り残された。
■プチっと業務連絡
2022年11月、VOICEVOX(音声合成ソフト)を使って音声化はじめました。ストーリーは変わりませんが、文脈をいじってます。整理できたら随時更新していきます。@siropan33_youで公開中。
▼朗読動画の再生リスト
https://www.youtube.com/playlist?list=PLqiwmhz1-5G0Fm2iWXSjXfi1nXqLHzi_p




