20.新作ゲーム
いったい何事かと急いでリビングへ移動すると、君枝さんがヘッドホンをつけたまま、右往左往していた。ゲーム中に突然音が出なくなったという。
傍らには、27インチのモニターと、フルタワーの自作パソコンが設置してある。
オオカミのようなモンスターを倒そうとしているようだ。
その図体の割に機敏で移動が速く、プレイヤーたちは賢明に回避と攻撃を繰り返していた。
そんな中、一人たたずみ、一方的に攻撃を受けているプレイヤーがいた。
ダメージを受け、倒されながらも起き上がり、大剣を担いでモンスターにガンを飛ばしている。
ヘッドセットを借り、つけてみると、音がまったく聞こえない。
コードをたぐり寄せると、ピンプラグが抜けていただけだった。
パソコンの裏に回って、音声ジャックに差し込んだ瞬間、耳をつんざくほどの大音量が出た。
「マッチャー、左から援護して」
「おっと雑魚が沸いてきた」
勇ましい曲に交じって、それぞれのプレイヤーが発していると思われる声が飛び交っている。
直りましたとヘッドセットを君枝さんに返した。
君枝さんは静かに目を閉じ、ゆっくりとヘッドセットを装着する。
そして閉じていた目を見開くと、威勢のいい声を上げながらキーボードとマウスを連打した。
画面の中の棒立ちしていた女戦士は、命を吹き込まれたように戦いを始めた。
その姿はまるで鬼神。
今まで受けたダメージを倍返しするかのように、連続攻撃でモンスターにダメージを与え続ける。
君枝さんは画面に食い入るように前傾姿勢で、次々と乱暴な言葉を吐きだした。
二人は、ただただ悟りを開いたような、遠い眼差しで、静観することしかできなかった。
死闘の末、大型モンスターを倒したプレイヤーたちは、次の目的地へ歩き出した。
「じゃまたね、あとよろしくー」
君枝さんはゲームを切り上げ、ヘッドセットを脱ぎ去ると、髪の毛を掻き上げ、賢人に向かって、気品ある出で立ちで、和やかに微笑んだ。
いやいや、賢人はツッコミをいれたかったが、苦笑いしながら心の中でぐっと堪えた。
こんなことになったのは、薫子のせいであり、ケントも多少関わっている。
先日なぜか一緒に付いてきた薫子は、話し相手を探していた君枝さんと意気投合。
そんな君枝さんに薫子は、オンラインゲームを勧めた。
必要なものは全て薫子が用意した。
設置や設定、ゲームの説明など、賢人が来ない日まで、来てくれたことが、よほどうれしかったらしい。
ご主人はいつも仕事で帰りが遅く、娘は大学受験で忙しい。
ママ友も次第に来なくなり、独りぼっちで過ごすことが多かったと振り返る。
賢人も相手をしてくれず、君枝さんは寂しかったとのちに吐露した。
そんなときに紹介されたオンラインゲームは、まさに神からの啓示だった。
顔も知らない人達との交流は、君枝さんの人生を劇的に変えてしまった。
お紅茶をたしなみながら、君枝さんは終始笑顔だった。
「今遊んでいたのは、なんてゲームですか?」
「あれはアンガス戦記オンラインという最近教えてもらったゲームですの。
中世の色合い漂う町並みが綺麗で、フィールドも広いし、クエストも多いので、ここ最近はずっと遊んでますわ、オホホ」
小指をピンと立て口元を隠しながら上品に笑っている。
ゲームをしている時とのギャップがエグい。
アンガスと聞いて気になった賢人は、もう少し詳しい話を聞いた。
「サブクエストがどこでも発生するので、メインストーリーからついつい脱線してやっちゃうんですよね。
さっきの大型モンスターの討伐クエストも、仲間が多ければ倒しやすいですし」
君枝さんいわく、アンガス戦記は初心者にもお勧めらしい。
「メインストーリーってどういった感じなんです?」
「確か、最終目的は魔王をやっつける事だったと思います」
「それは誰か挑戦している人もいるんでしょうか?」
「それは皆さん、レベルを必死に上げて、挑戦していると思いますよ。
私なんてまだ、レベル五十になったばかりで。
魔王を倒すためには条件が多いですから、そうですねぇ、レベル七十くらいになったら挑戦しようかしら」
レベル五十がどれほどなのか分からないが、先程の戦いを見る限り強いのは間違いないと思った。
「レベル上げも大事ですが、武器や防具も職業によって違いますし、自分に合った戦い方を見つけるのに、序盤は転職する人が多いですわね、オホホ」
一体一日何時間プレイしているんだろう。
ご主人やヒカリは、その行動を咎めないのだろうか。
一抹の不安を感じたが、ヒカリは黙って紅茶をすすっていた。
あまりの熱の入れように、もう諦めているのかもしれない。
「初心者だと、何からはじめればいいですかね」
「最初は戦士とか魔術師がいいでしょう、そういえば一定の条件をクリアすれば、勇者にもなれるってお友達が言ってましたわね」
勇者が職業という設定が突飛すぎて笑ってしまったが、相当ゲームの自由度が高いらしいことは想像できる。
「勇者か、いきなり強そうですね」
「勇者になれる条件はかなり厳しいようですから、それなりの経験と努力が必要でしょうね。勇者にあった人がいるって噂もありますわ」
「ほほーう」
君枝さんの情報はどこまでが正しいのだろう
あとで薫子に聞いてみるとしよう。
賢人が頷きながら考え込むと、君枝さんは目をキラキラさせながら前のめりで誘ってきた。
「もし興味がおありでしたら、橘先生もご一緒にやりませんか?
分からないことがあれば私が、手取り足取りお教えいたしますよ、グへへ」
その不気味な笑い方が一瞬薫子と重なり、賢人はしまったと脂汗をかいた。
話題を変えようとしたが、君枝さんはゲームの話へ押し戻し、異様に顔を近づけてくる。
視線をそらすと、となりで紅茶を飲んでいたはずのヒカリの姿がない。
逃げ場を失った賢人は、蛇に睨まれた蛙のごとく全身を硬直させた。
君枝さんのカールがかった髪の毛が頬に当たり、甘い色香が鼻腔をくすぐる。
賢人は「ごちそうさまでした」と声を張り上げ、腰を上げる。
とたんに腕を掴まれ、思った以上の力で引き戻された。
「機会があれば、お願いします」
咄嗟に出た言葉だったが、賢人は無事に解放され、逃げるように源家を後にした。
■プチっと業務連絡
2022年11月、VOICEVOX(音声合成ソフト)を使って音声化はじめました。ストーリーは変わりませんが、文脈をいじってます。整理できたら随時更新していきます。@siropan33_youで公開中。
▼朗読動画の再生リスト
https://www.youtube.com/playlist?list=PLqiwmhz1-5G0Fm2iWXSjXfi1nXqLHzi_p




