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ただの愛情ではないのです。

作者: 1次落ちのM

散歩する文学賞の落選作の一つです。他にも落ちた作品があるので、それもしばらくしたら上げる予定です。何が悪いのか、どういうところがつまらないのか、はたまた小説として成立していないのか。教えていただければ幸いです。どんな意見もありがたく聞かせていただきます。


 はい。連日テレビやネットなどで報じられている内容に、相違ございません。私は殺した旦那の頬の肉を削ぎ、その場で食べました。

 どうして、そんなことをしたのか。私はよおく分かっております。全ては旦那の不誠実が原因でございますよ。刑事さん、私は何も嘘を吐いておりません。旦那が全て悪いのでございます。

 だって、このコロナ禍で世間が騒ぎ、緊急事態宣言も出されたのに、毎日毎日出勤して、夜の十一時に帰宅して来るなんて考えられますか。実際、旦那は嘘を吐き、出勤なんてしていなかったのですよ。私は全て、この両方の眼で確認しましたのですから。

 事件当日、いつものように夫は仕事に行くと言って、朝の七時に家を出ました。連日、家を空けて夜遅くに帰って来るため、私は既に不信感を抱いておりました。仕事を頑張っていただけだとは思わなかったのか、ですって。いやあ、刑事さん。勘ですよ、勘。何となく怪しいような気がしたんです。



 旦那が会社に行くためマンションのエレベータに乗って一階へ降りてから、私もエレベータが来るのを待って、旦那の後を付けて行くことにしました。

 はい、全くバレることはなかったです。きっと旦那は心私の元にあらず。行く先の女のところにあったのでしょう。一度も私と住むマンションを振り返ることなく、カツカツ靴音を立てて、迷うことなく進んで行ったのです。

 旦那は最寄り駅に着いてから、会社へ向かう電車とは違う電車に乗ったのです。元々私たちは会社の先輩後輩の関係なので、私もオフィスの場所は知っております。

 夫とは違う車両に乗って、彼の背中を見張っていると、彼は三駅ほど乗ってから、また違う電車に乗り替えました。二駅乗って着いた駅で降りて行きました。改札を抜ける旦那の背中は、鶏みたいに力強く見えてしまって。でも私には痛々しくも見えました。



 旦那を追っていると、一軒のアパートに辿り着きました。階段を上り二階へ向かった旦那は、外廊下の一番右端の扉の前に立って、インターフォンを押していました。私はアパートの近くの電信柱に身を隠して、彼の一挙手一投足を見ていました。扉は開いて、旦那は中に吸い込まれて行きました。扉を開けた人間の姿は見えませんでした。なので、私は旦那が出て来るまで、外で待つことにしました。ええ、旦那が帰る時に、誰の部屋に行っていたのか聞く予定でした。そしてその人の顔を見ようと。

 刑事さん、そのまま聞いて下さい。口を挟まずに。色々聞きたいことがあるのは分かります。私は自分の順序で全て話したいのでございます。どうか気を悪くしないで下さい。

 日が暮れるまで一人でいました。何時間外で一人佇んでいたことか。待っている時間は異様に長く感じました。でも、いつ旦那が出て来るか知らないので、その場を動くわけにはいかないのです。



 夕日が電柱の影を長く伸ばしているな、と思っていたら、例の扉が開いたのです。夫は一人の女性と一緒に出て来ました。私と同い年くらいの女です。はい、全然意外な気はしませんでした。きっと、そんなことだろうと諦めてもいましたから。

 でも、そりゃあ、ショックはショックですよ。だって今年の二月に籍を入れたばかりなのですから。まだ二か月とちょっとしか新婚生活を堪能していない時期なんですからね。

 旦那は社内でも誠実で、納期が迫っていて忙しい時でも全く弱音を吐かない完璧な男性でした。何でそんな旦那が私のことだけは裏切られたのか。私は軽視されていたのかと、もう泣きたくても、怒りで涙が出ませんの。それが気持ち悪くて。

 私は一旦、電柱から離れ、近くのコンビニに入って窓から覗いて、二人が歩き去って行くまで待っておりました。はい、いざとなったら、旦那の前に行けなかったのです。落ち着かなくなってしまったのですね。

 でも、このまま引き返すわけにはいきません。二人が去ってから、私は例のアパートの扉の前で座り込み、帰って来るまで待つことにしました。どこに行ったのかは知らないが、いつまでも待つつもりでした。



 既に日は沈みかけていましたが、旦那たちが帰って来る頃には、もう暗くなっていました。二階の外廊下に座って、階下の電灯の明かりにまとわりつく蛾の群れを見ていたら、旦那と女の姿が見えたのです。

 コンコン音を立てて階段を上る途中で、二人は私の存在に気付いたみたいです。音が止まりました。私は立ち上がって見てみると、旦那は明らかに蒼ざめ、女は不思議そうな顔をして、首を傾げていました。私は二人の元に行きました。

 旦那は硬直していました。逃げることもできなかったみたいですね。女は近付いて来る私のことを目で追っていたのですが、近付くにつれ、目に怒りの色が浮かんでいました。何かを察したのでしょうね。

 私は階段を降り、二人の元に着きますと、こう言ったのです。私の旦那を返して、と。女は私から隣に立っていた旦那の方に顔を向けました。睨んでいましたね。きっと彼に自分が既婚者だということを隠されていたのでしょう。肝心の旦那は、黒い革靴の爪先で階段の縁をツンツンしていました。何を考えているのでしょうか。

 そんな屹然としない旦那の態度が気に入らなかったのでしょう。女は私の目の前で噴火したのでございます。はい、もうブチギレでした。何を言っていたのかは覚えていません。ただ、相当口汚く罵っていたように覚えております。



 私は決して旦那を嫌いになりたいわけではないのです。むしろ改心してほしいと願っていたのです。なので愛情はあるのです。だから、そんな余所の女に罵詈雑言を浴びせられる姿など見たくないのです。女に対して憎悪が沸くと同時に、旦那に対して不憫な気持ちを抱くようになりました。私は旦那を追って来たので、女に対する気持ちよりも旦那に対する気持ちの方が、そりゃあ強いのです。だから、私はその場で旦那が可哀想になって、眉根を寄せて二人のことを見ていたと思います。

 私は新婚生活に入ったヒビを目の前にして、どうするべきか逡巡していました。私はこのヒビを修復するためには、旦那の気持ちを確かめることしかないと思いました。私は、ねえ、と旦那に呼びかけ、私のことをまだ好いてくれているの、と聞いてみました。女も口を閉じ、旦那の答えを待っていました。旦那はしばらく黙った後、分からない、と言いました。何て正直な返事でしょう。私は頭に血が上って来ました。さっきまで旦那に対して可哀想だと同情していたのに、一瞬で裏切られたのです。私は自分の下唇がパタパタ震えていることを自覚していました。それほど衝撃的だったのです。何のために私と結婚することに決めたのか。今までの誠実な旦那は何者だったのか。

 女は私の方に勝ち誇った顔を向けていました。何度も言うようですが、私の旦那への愛情は消え失せたわけではないのです。女の尊大な態度。愛する旦那のしょぼくれた態度。愛情と憤怒の狭間で苦悩する私の感情。私は混沌の中に身を投じたような気がしました。



 浮気されたことは初めてではないのです。大学時代に一度、旦那ではない男に浮気されたことがあるのです。私は当時のことを思い出していました。刑事さん、昔の話も聞いて下さい。そんな嫌な顔をしないで。きっと関係してくることですから。

 サークルの先輩でした。ダンスサークルに入っていたため、私の周りにはイケている男子が多かったように思えます。その中で私の好みだった先輩がおり、私の方からアプローチして付き合い始めたんです。その後、お互いの誕生日を祝ったり、クリスマスに旅行したりとか、スッゴク楽しい生活を送っていたのですが、一年も経たずに彼がバイト先の子と付き合い始めたのです。私は彼の行為に納得がいかないのではなく、彼の関心が私からいつの間にか離れていたことに驚愕していたのです。何が私に足りなかったのだろう、と何度も何度も考えました。でも、答えは見つかりませんでした。私は自分自身が他の女子と比べて、どこに魅力がないのか分からないままになってしまったのです。



 すみません、話を元に戻しますね。ごめんなさい刑事さん、話が下手なのは許して下さい。

 私は今回も、私自身の魅力のなさが原因なのだと思います。だから、そんな私を短い期間でも愛してくれ、結婚まで踏み切ってくれた旦那が可愛くて仕方がないのです。

 私は取り敢えず、女から旦那を切り離したいと考えました。どうするか。私は旦那を殺すことにしました。私は持っていたトートバッグからノコギリ包丁を取り出し。ああ、刑事さん、話を止めないで下さい。ええ、ええ、分かっています。殺そうと思った理由ですよね。はい、言いたいことは分かっています。死んだら女からだけではなく、私からも離れて行ってしまうだろうと言いたいのでしょう。それに、ノコギリ包丁をどうして持っていたのかという話ですよね。分かっています。刑事さんが疑問に思うのはもっともです。

 先程まで述べた思考回路は、殺害直後に分析したものです。私の気が動転していた時に考え出したものです。はい。なぜ、そんなことを今喋ったのかですよね。最初っから、よおく考え抜いた心情を語れば良いことは分かっています。だが、さっき述べた感情を下敷きにして話をしないと、正確に伝わらないのです。長い話で申し訳ないですが、もうしばらく聞いていただければ幸いです。



 どこまで話しましたっけ。ああ、そうだ。私がノコギリ包丁を取り出したところですよね。はい、私はさっき言ったように、女から旦那を切り離すために包丁で彼の腹や胸、喉を滅多切りにして殺害しました。階段の途中で立って喋っていたので、旦那の骸は階段下の灰色のコンクリートの地面に落ちて行きました。

 返り血を浴びた私は、同じく血で染まった女に凝視されていました。私は階下に降りて行き、彼の頬の肉を薄く削ぎ、口に含みました。女から奪い返した勝利の味は、可愛いけど、少し臭かったです。

 さ、ここから、私の深く考えて到った心情について述べたいと思います。私は留置所に置かれてから、多くのことを考える時間を得ました。留置所では仕事とかしなくて良いんですね。それは初めて知りました。

 あっ、どうでも良い話でしたね。さて、本題に入りますか。

 今、私の犯した犯罪が多くのメディアに取り上げられているみたいですね。そして、どうやら聞いた話によると、私が行った行為を愛ゆえのものだと考えている人が、世間では多いみたいですね。愛する旦那を殺し、彼の肉を自分の肉体を作るタンパク質として摂取したと。面白いことを考えますね。きっと疫病で、最近夫婦間の仲が悪くなった家庭が多いのでしょう。自分たちの生活に希望を見出せないから、私の殺害に希望を与え、愛情が苛烈した結果と見做しているのでしょう。私の推理は当たってますかね、刑事さん。黙っちゃって。きっと遠からずというところなのでしょう。それなら、私の推理に多少正確さを認めてくれるでしょうね。私の言うことを信じて下さいね。

 この世間の人々の人口に膾炙している説は、全くの間違いというわけではございません。私の旦那への愛情は、熟慮しても変わらず存在するものでした。

 では、何がさっきの話と異なるのかと言うと、私の殺害の動機ですね。私は旦那と女を切り離して、私だけのものにする魂胆があったと話しました。それは世間で言われている、肉体の一部にするため説と似ていますね。だが本当のところは違うのでございますよ。

 私は旦那への想いよりも、目の前にいた女に対する憎悪の方が激しかったのでした。そのことに気付いた時、私は自己嫌悪に陥りました。ついさっきまで、女への負の感情よりも、旦那への愛が勝っていたと思っていたのに、冷静になればなるほど、女への敵意が膨れ上がって、旦那の死に顔すらも忘れさせるほどなのです。

 この状態から、私は夫を殺害したことの本当の目的は、彼女に恐怖を与えることだったのではないかと考えました。では、なぜ彼女自身を殺さなかったのか。なぜなのでしょう。そこに関しては私にはハッキリとした理由が見付かっていないのです。だが、ぼんやりと思うのは、私が加害者になって女が被害者になるといった関係すらも持ちたくなかったからではないでしょうか。多分そうとしか言えないのですが。女と関わり合いになりたくなかったのです。

 私は彼女に恐怖心を与えるために旦那を殺しました。彼女に対して勝利感を覚えたかったのです。彼女は私がまさか殺害まで犯すとは考えていなかったでしょう。その瞬間に、彼女の思考を裏切る形で、私が彼女との力関係で、逆転したのです。私を捨てて女のところに旦那は行ったので、そこまでは私の負けでしたが、殺害によって私が女を茫然とさせて、最後には勝つことになったのです。感じていた勝利感は、女から旦那を奪い返したことで得たのではないのです。

 で、頬の肉を削いだことですね。これは女に対して勝利し、ダメ押しで、私の旦那への愛情を見せつけてやったのです。その一種のショーをやるために、包丁を持って行ったのですよ。旦那の浮気は前以て勘付いていたのですから。

 ええ、世間の言うことは、私が旦那を好き過ぎて食べたという話でしたが、実際は眼前の女に向けての見せるための愛情だったのです。

 ただの愛情ではないのです。



 ここで、ちょっと再び昔話に付き合ってもらえませんか。ええ、事件に関係のある話ですよ、勿論。私の小学生の頃の話です。そんな十年以上前の話を、人にすること自体恥ずべきことだと理解していますが、殺害の間接的な原因となるのです。我慢して聞いていただきたいです。

 私は小学生の時、醜い女子でした。主張も一切せずに教室の隅に座り、指紋まみれの眼鏡をかけていました。私は当時、自分の見た目を良くする方法など知りませんでした。

 小学二年生の時、私は同じクラスのジーンズがよく似合う、運動が得意な男子生徒が好きでした。ありがちな話ですね。子供の頃は短絡的な思考しかしていないためか、何度も目にすることになる目立つ生徒に興味を抱くものです。だけど当然、教室の隅っこに座り、指紋まみれの眼鏡をかけた私には、絶対に手の届く生徒ではないのです。私は窓の外の校庭で遊ぶ生徒を見るふりをして、横目で同じ教室にいる好きな人を眺めているだけでした。

 だが、小学生の時には大人の世界と違って、様々な行事があります。私は小二の或るグループ発表の際、その男子と一緒の班になったのです。先生がランダムで班を作ったため、運命のように思えました。単純ですね、笑って下さい。

 私は本当に好いていたのでグループ作業で机をくっ付けることもドキドキでした。何の科目で何の作業をやっていたか確かではございません。確か社会科の地元の良いところを発表するみたいな内容だったような。まあ、どうでも良いですね。とにかく、一緒になって一枚の模造紙に発表内容の文や絵を書いていた時のことです。私が何の気なしに動かした手が、その好きだった男の子の肩に当たってしまったのです。

 私の心臓は早鐘を打ちました。不意に手に感じた彼の温もりが、私を夢見心地にさせたのです。それに意識しているからでしょうか。彼の温もりは私の手からなかなか消えないのです。私は触れた方の手を、もう片方の手で包み、温もりを大事に取っておくイメージをしていました。

 すると彼は振り向いて、ときめいている私の顔を見つめたのです。私は興奮と非現実的な出来事から、何も考えられなくなっていました。彼はグッと目力を強めて私に向かって声を荒げたのです。おいブスが触んじゃねえって。私はまだ妄想の生暖かい世界に取り残されていました。だが、彼の言葉を聞いて、三・五秒後くらいに現実に連れ戻されました。私は確かに聞きました。ブスと言われた。

 でも何も言えませんでした。私は勝手に、彼より自分が下の地位にいるような気がしていたのですから。だって、私は教室の端っこにいて、彼はみんなの注目を集める生徒。そもそも私と彼では釣り合いが取れないことは気付いていたのです。

 私はその日をきっかけに、数人の男子から公然とブスと罵られるようになりました。おいブス馬のマネしろ、とか、おいブスゴミを食えとか、色々言われました。それが小学二年生の秋くらいに始まり、一年後には多くの男子と数人の女子にも言われるようになっていました。中学校もほぼ同じ顔触れだったので、中学の時もそんな扱いを受けていました。みんな飽きないのですね。スゴイことですよ。

 私は自分が醜いことを自覚しました。自覚というか覚悟ですね。これからブスな自分とどうやって上手く付き合って行くべきか。そればかり考えて生きて来ました。

 小学生の時にはブスなのだからピアノと料理はできないといけない、という不思議な結論に到りました。勿論、そんなことができても見た目は変わらないので、全く効き目はございませんでした。頑張っているのに、変わらないじゃないかと思い、不貞腐れて過ごしながら中学に上がると、徐々に見た目を良くする方法を知ることになります。

 私が中学二年の時、大きく変わることになります。私はファッション、スキンケアにメイク、ムダ毛処理などなど、多くの知識を得ることができるようになりました。

 私は初めてファッション誌を読むようになったのです。今まで自分の考えに固執して、見た目に関係のないピアノとか料理に力を入れていたのですが、この時に大きく変わるのです。自分がやっていることよりも、もっと直接的に意味がある努力の方法を知るのですから。

 私は雑誌に載っているカワイイモデルさんのマネをするようになたのです。中学生の私はキャッキャ言いながらメイクしていたのですよ。眼鏡からコンタクトに替えちゃったりしてね。楽しかったなあ、あの頃。鏡の中に映る私が、どんどんモデルさんに近付いて行くんですもの。そりゃあ楽しいですよ。

 中学に登校する時は、今までどおりブスな私でいたのですが、高校に入ってみんなと別れると、入学式からメイクをして行ったんです。

 私は暴言を吐かれないことにも感動しました。入学式で隣に座っていた男子から親しげに話しかけられた時には、もう、何て言って良いやら。私は感激を抑えるのに必死でしたが、ずっと笑っていたような気がします。

 私は遂にブスから脱却したのです。嬉しかった。でも、私の中にあの時イジメられていたブスな私も確実に存在するのです。その私は今でも男から無下に扱われないか、女から見下されないか、ビクビク震えているのです。

 そんな不安に憑りつかれた眼鏡をかけた私は、大学時代の時のように浮気されることに、異常に恐怖しているのです。浮気されることで、相手からブスだと罵倒されたような気がするのです。



 ちょっと、ごめんなさい。涙が出て来ました。ごめんなさい、泣くつもりはなかったのですが。喋っていたら色々なことを思い出しちゃって。ううっ、すみません、水を飲んで良いでしょうか。

 あ、ありがとうございます。少しは落ち着けたかとおもいます。ええっと、何を喋っていたところでしたっけ。ああ、昔の私がまだ残っているってことですよね。その眼鏡をかけて教室の角に座る私は、浮気されたことに対して過剰に傷付き、自分を守ろうとするのです。

 私は旦那の頬の肉を食べ、女に私の愛の深さを伝えたかった。うう。確かに女に対して憎いという思いもあったのですが、ひぃ、恐怖に陥れてやろうという気持ちはないのです。

 ええ、ええ、そうです。さっきと話が違うですって。さっきは恐怖を覚えさせると言っていたですって、そんなこと私は覚えてません。もし言ってたら訂正しますよ。ふひぃ。最後まで話させて。ふえぇ。

 はあはあ、浮気した男も相手の女も、私を攻撃した事実に変わらないのですが、それでも他人を不快にさせる気は一切なかったのです。



 私はこのコロナが流行り、他人の粗を探すような人が増えた世の中に向かって、それ以上腐臭を撒き散らすようなことはしたくないのです。ふふふ。そういう思想の下、私は相手の女にも恐怖を与えることはせず、自分の愛を態度で見せるだけに留めおいたのです。もし彼女に恐怖を感じさせたいと考えていたら、彼女のことも刺し殺していたでしょうね。そうでしょ、刑事さん。

 でもね、ちょっとややこしくしてしまうかもしれないけどね。もしかしたら知らないうちに、私は世間を恨んではいるのかもしれない。もう意味分かんないですよね、私も何を喋っているのか分からなくなってきました。疫病の脅威に恐れおののく世の人々に嫌な気分になってもらいたくないって言ったばかりなのに。私は周囲にいる多くの人を嫌っているかもしれないのです。ふはは。

 私の中に棲み付く昔の私が、胸の奥に溜まった膿を持て余し、誰にぶつければ良いのか分からなくなっているのでしょう。過去に周りの人から受けた侮辱の分を、今周りにいる人にぶつけて、結果的に世間の人に恐怖を与えることになってしまったのですね。



 毎日私のことをテレビのワイドショーとかで取り上げているんでしょ。それは怖い物見たさじゃないのかしら。

 ふふふ、でもね、こんな風に取り上げられて一つ、私は気付いちゃった。私は醜女として生まれて来た。どんだけ頑張ったって、完璧に可愛くなることは叶わず、旦那に浮気されるような女なの。だから、もう可愛くなることは難しいってことに気付いた。それで、最近世間では私のことを妖女とか言っているみたいじゃないですか。妖女って言葉、良い響きね。私、気に入っちゃった。

 私は美女になる代わりに妖女にはなれたの。

 なんか色っぽくて良いわあ。だって、危ない女っていうことでしょう。超自然的なカンジもするわ。魔女みたいな雰囲気あるかしら、私に。

 私は白雪姫にはなれなかったけど、魔女になることはできたのね。魔女は確かに醜く描かれている。だから本来の私にピッタリな人物な気がする。

 でも私は毒りんごなんかに頼ったりはしない。ふふっ、困っているのね、刑事さん。ワンワンワワンくらい言っても良いのよ。まあ、こんな冗談はどうでもいいの。世間様は私が元々魔女のような人物だったと思いたいらしく、連日過去の私を知る人物が取材を受けているみたいですね。でも、その者たちが言うには、私は大人しくて自己主張のしないような、ただのブス女。妖女の片鱗すらも感じていないのですから。それだけ私は変化することができたってことね。

 私は毒りんごで白雪姫を殺すのではなく、魔法で自分を可愛くすることに決めたの。でも、どんだけ巧く見た目を整えようと、真実を語る鏡は、私の内側のブスを見抜いてしまうの。鏡は私が魔女だと気付いて、一番美しいのは白雪姫だと言うでしょうね。

 ああ、悔しい。悔しいよお。ねえ、ふえっ。ああ、また泣いちゃった。

 どんだけ私が頑張って来たと思っているのよ。ねえ、刑事さん、分かってんの。私のこの、自分を破壊して、作り直して来た苦悩を。馬鹿にされ、笑われて、惨めだった。眼鏡を外して何度ハンカチで涙をバレずに拭いたと思ってんの。ねえ、刑事さん、笑ってんでしょ。私のことを見て笑っているんでしょ。うう。このブス女が自分語りしちゃってるよとか、お前が可愛くなったとか笑わせんなとか、お前のことなんか誰も興味ねえんだよバーカとか、思っているんでしょ。ふえぇ。ねえ、何で分かってくれないのよお。他のみんなは子供の頃からずっと幸せなのですか。何か足りないものを補いたいって熱望したこととかないのですか。私はそれをずーっと抱えて来たんだから。辛過ぎますよお。ああ。

 ゴホッ、ゴホッ。ごめんなさい、涙が口の中に入っちゃって。上手く喋れない。あ、お水ありがとうございます。

 はぁ、私の存在って一体何なんでしょう。魔女って白雪姫の中では悪役ですよね。でも私がやって来たことは悪いことなのでしょうか。最終的に、旦那を殺すことになってしまいました。確かにそこだけ切り抜くと私は完全な悪者です。だけど、そもそも誠実の化けの皮を被って私を騙した旦那もどうかと思いますよ。

 それに、私の心を踏み躙り散々な目に遭わせて来た人間たちも、私の悪感情の大きな原因だと思えて仕方がないです。責任転嫁ですって。じゃあ、過去に行って私のことをブスと言う人間を止めて下さい。私は、もう、イヤなのですよ。何でもかんでも自分で背負い込むのは。私が魔女に成ったのは、私の責任なのでしょうか。刑事さん、答えて下さい。今までの話を聞いて、私にどれ程の責任を背負えると思いますか。

 私はとっくに限界なのです。私だって普通の女子なのですから。

 ねえ、刑事さん。最後の最後に聞いてもらって良いですか。私って、浮気されるほどに魅力がないのですか。ないのなら、何が原因なのですか。

 気持ちが重た過ぎる、ですか。なるほど、私は重たい気持ちと、重たい運命にのしかかられ、潰れてしまったのかもしれません。ああ、それなら完全に持ち直すことは不可能ですね。はあ、なるほど。そうですか。なるほど。ふう。

 どうも、ありがとうございます。先程は乱心してしまって申し訳ございません。もう、私はどうなっても悔いはございません。罪を償い、もし許されるのであれば、また暗い世の中に出て行かせていただきます。また潰れた時は、お世話して下さい。ふっふふ、冗談ですって。心配しないで下さい。きっと、同じ過ちを犯しません。

 はい。今日はこれで終了ですか。長いお話を聞いていただきありがとうございました。では、失礼致します。

 あ、刑事さん、最後に一つだけ答えてもらって良いですか。

 貴方は私のことキレイだと思いますか。


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