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最終の太刀   そして語り継がれる伝説へ

 武蔵は改めて十手(じって)の先に浮かんでいる、ルリの水魔法の(かたまり)を見つめた。


 こうして()()()()()として扱ってみると、実に不思議な感じがするものだ。


 弓矢や棒手裏剣などと違い、どう上手く扱ってよいのか分からない。


 いや、操り方は〈練精化(れんせいか)〉した魔掌板(ましょうばん)――十手(じって)からはっきりと伝わってくる。


 だが、それを自分のこととして十分に(とら)えることが出来ないでいた。


 無理もない。


 武蔵が元いた世界には〝魔法〟などという力は存在していなかったのだ。


「ふむ……」


 しかし、いつまでもこうして空中に浮かばせておくわけにはいかない。


 武蔵は十手(じって)から伝わってくる感覚を信じて魔法を使ってみる。


 小難しい異世界の言葉を使った詠唱(えいしょう)など必要なかった。


 ただ、十手(じって)の先端を目標物に差し向けるだけでいい。


 なので武蔵は十手(じって)の先端を()()()()に差し向けた。


 壁である。


 この部屋の壁は板張りではない堅牢(けんろう)な石造りの壁だ。


 ならば壁に向かって水魔法を放ったとしても、壁の表面で弾けた水が床に落ちるだけで済むだろうと武蔵は思ったのだ。


 けれども、武蔵のそんな考えはすぐに甘いものだったと気づいた。


 武蔵が放った水魔法は、凄まじい速度で壁に向かって飛んで行く。


 それはさながら、最大限に振り(しぼ)られた強弓(ごうきゅう)から()られた矢と同じだった。


 もしくは火縄銃から放たれた、鉛玉(なまりだま)と言い換えてもよかったかもしれない。


 直後、火薬が爆発したような衝撃音が室内に(とどろ)く。


「――――ッ」


 武蔵はあまりの驚きに瞳孔(どうこう)を拡大させた。


 他の三人も同じである。


 全員が一様に水魔法が衝突した壁を見て言葉を失った。


 理由は一つ。


 堅牢(けんろう)な石造りの壁に(こぶし)大の穴が空いていたのだ。


 それだけではない。


 よく見てみると、その穴からは薄っすらと光が見えていた。


「う、嘘やろ……」とルリ。


「こんなことが……」と黄姫(ホアンチー)


師父(シーフー)(お師匠)、この人は一体……」と黒狼(ヘイラン)


 そして武蔵も「まさか、これほどの威力があるとは……」と貫通(かんつう)している石造りの壁を見て眉間(みけん)に深くしわを寄せた。


 恐るべき魔法の力である。


 しかし、武蔵はそれをすべて自分の力だとは思わなかった。

 

 あくまでも自分の魔法の力――〈空即是色(くうそくぜしき)〉とは、他者の魔法を一時的に自分の力として扱えるというもの。


 (すなわ)ち、他者の魔法の力が(もと)となければならないということだ。


 しかも魔掌板(ましょうばん)を〈練精化(れんせいか)〉した十手(じって)で相手の魔法に触れなければ操ることもできない。


 武蔵は穴が空いた壁からルリへと視線を向けた。


「さすがだな、ルリ……お前の魔法の力の底を改めて感じたぞ」


 本音である。


 このとき、武蔵は心の底からルリ・アートマンという魔法使いに感銘(かんめい)を受けた。


 (こぶし)大ほどの大きさでありながら、石造りの壁を(なん)なく貫通させる威力があったのはルリの力に他ならない。


 そして同時に、武蔵はルリを連れて迷宮(ダンジョン)へ行けることを頼もしく感じた。


 これほどの魔法の素質を持つルリがいれば、きっと〈ソーマ〉を見つけられる。


 そのような意味も込めて、武蔵はルリのことを口に出して()めたのだ。


「いやいやいや、待ってくれ。あまりにも訳が分からんことが多くて整理が追いつかん」


 ルリは激しく頭を()きむしった。


「どうしてオッサンは魔法しか顕現(けんげん)できん左手で武器が出せるんや? どうして、その武器でうちの魔法を操れるんや? そもそも、うちの魔法を頂戴(ちょうだい)したって……まさか!」


 ハッと気がついたルリは、慌てて左手の(てのひら)を上に向けて「ステータス・オープン」と口にする。


 すると、すぐにルリの左手の掌上(しょうじょう)に水の塊が出現した。

 

 これにはルリもホッと胸を()で下ろす。


 そんなルリを見て武蔵は「安心せよ」と落ち着いた声で言った。


「俺の〈空即是色(くうそくぜしき)〉はあくまでも一時的に相手の魔法を操れるだけだ。根本から相手の魔法を自分のモノに出来るわけではない」

 

 事実である。


 ただし、トーガが言うには最後の〈練神化(れんしんか)〉まで練られた場合は別だという。


 そのときは一時的に魔法を奪った対象者を死なせてしまうかもしれない。


(できればそんなことはしたくないな)


 剣に命を預ける武蔵にとって、魔法とは異質であり謎の存在だ。


 正直なところ天理の究極系である〈色即是空(しきそくぜくう)〉とは違い、魔法の終極系である〈空即是色(くうそくぜしき)〉はなるべくなら使いたくない。


 それは兵法者として生きる、武蔵の矜持(きょうじ)(プライド)でもあった。


 だが、おそらくは必ず使う日がくるだろう。


 これから向かう迷宮(ダンジョン)とやらには、トーガ(いわ)く自分が元の世界で出会った強者とは別次元の強者が存在しているという。


(いかんな……俺には伊織を助けるという目的があるのにこの感情はいかん)


 そうである。


 自分がこれから迷宮(ダンジョン)へと向かうのは、伊織を助けるために〈ソーマ〉という霊草を手に入れるために他ならない。


 けれども、頭の隅にはそれとは別な感情も存在していた。


 これまで出会ったことのない強者と剣を交えてみたいという感情である。


「フウウウウウウ――――…………」


 武蔵は長く深い独特の呼吸を発した。


 余計な感情はすべて吐き出すに限る。


 やがて心身ともに落ち着きを取り戻した武蔵は、最初の目的である伊織を助けるという一点を胸に黄姫(ホアンチー)に視線を向けた。


 黄姫(ホアンチー)は「な、何か?」と身を震わせる。


「何か、ではない。迷宮(ダンジョン)とやらに潜るためには、お主たちのような冒険者にならなくてはいかんのだろう? ならば、すぐにでもその冒険者とやらの許可を貰いたいのだが」


 ついでに武蔵は「すまんが、壁の修理代はツケて貰えると大変に助かる」と付け加える。


 ほどしばくして、黄姫(ホアンチー)は「分かりました」と承諾(しょうだく)する。


「何があったかは存じませんが、今のあなたは十分に迷宮(ダンジョン)へ潜って〈ソーマ〉を探せる技量を持っている。でしたら、ギルド長としてあなたを止める理由はありません」


 ただし、と迷宮(ダンジョン)黒狼(ヘイラン)へ顔を向けた。


「それでも冒険者登録をしたばかりの新人と、Bランクの冒険者だけで〈ソーマ〉を探す許可を下ろすわけにはいきません。その代わり、うちの職員を目付け役として貸し出します」


 明らかに黄姫(ホアンチー)は、その目付け役を黒狼(ヘイラン)だと言っている。


師父(シーフー)(お師匠)、それは……」


「黙りなさい、黒狼(ヘイラン)。これはギルド長である私が決めたことです。それに武蔵さんたちが〈ソーマ〉を手に入れる手助けになるのに、このギルドの職員の中であなた以上の適任者はいません」


 何か思うところがあったのだろうが、やがて黒狼(ヘイラン)は自分たちに同行することを了承(りょうしょう)した。


 その後、冒険者登録をした武蔵は晴れて正式な冒険者となった。


 本来ならば初心者用の簡単な講習も受けなければなかったのだが、黄姫(ホアンチー)(はか)らいにより武蔵たちはそのまま迷宮(ダンジョン)へと向かった。




 その後、武蔵は迷宮の中で〈ソーマ〉を手に入れて伊織を救った。

 

 やがて武蔵は回復した伊織、そしてルリを連れて旅に出る。


 その中で武蔵は多くの強敵たちを剣を交え、いつしか全大陸に名前が響き渡るほどの剣士――〈大剣聖〉として語り継がれることになる。


 けれども、ある日を境に武蔵はこの世から姿を消した。


 武蔵の弟子として名前が通っていた伊織もである。


 武蔵への弟子入りを志願していた冒険者や兵法家たちは、武蔵たちと行動をともにしていたルリに武蔵たちのことを聞いた。


 そんなルリはこう答えた。


「あのオッサンたちは帰るべき場所へ帰ったんや」


 そう言い残してルリもいずこかへと消えてしまったという。


 一体、武蔵たちはどこへ行ったのか?


 それは知る人だけが知っている。




〈了〉


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

物語は途中ですが、ここで一旦終幕とさせていただきます。


誠に勝手で申し訳ありません。


その代わり、ハイファンタジーで別の作品を連載しております。


【中華風・追放ざまぁ活劇】 追放演義 ~無駄飯食らいと大富豪の屋敷から追放されて野良道士となった俺、異国の金毛剣女と出会ったことで皇帝すらも認めるほどの最強の仙道使となる~


よろしければこちらもどうぞ。

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