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六十一の太刀  二天一流と五輪書

「今の呼吸を絶対に忘れるなよ」


 後方からトーガの凛然(りんぜん)とした声が聞こえてくる。


 武蔵は我に返ると、身体ごと勢いよく振り向いた。


 六間(ろっけん)(約十メートル)先にいたトーガは、こちらに背を向けたまま平然と(たたず)んでいる。


 しかし、間違いなくトーガの肉体を斬った感触はあった。


「ああ、お前の剣は確かに俺を斬った。実に見事(みごと)だったぞ」


 トーガはゆっくりと振り向き、柔和(にゅうわ)な笑みを浮かべる。


「よくぞ10年(あま)りで俺に一太刀(ひとたち)()びせるほどに成長したな」


「トーガ殿……」


 その言葉を聞いた武蔵は両膝をつき、大刀と小刀をそれぞれの(わき)に置いた。


 これ以上、トーガに敵意を向けないという意志表示である。


極意(ごくい)の数々を(さず)けていただき、もはや感謝の言葉もありません。トーガ殿こそ俺の最高の師です」


 武蔵は涙を(ぬぐ)わずに本心を口にした。


「俺は何もしておらん。すべてはお前の観察眼(かんさつがん)と修練の賜物(たまもの)だ」


 そう言うとトーガは〈色即是空(しきそくぜくう)〉と〈空即是色(くうそくぜしき)〉を掌内(しょうない)(おさ)める。


「ゆえに俺はお前の師とはなりえん……いや、何人(なんぴと)だろうと宮本武蔵の師にはなりえないだろう。それほどお前は武の神に愛されている逸材(いつざい)だ」


 それでも、とトーガは優し気な眼差(まなざ)しとともに言葉を続けた。


「お前が俺を師と(あお)いでくれるというのならば、この俺の二天一流(にてんいちりゅう)()いでもらえないだろうか? そして二天一流(にてんいちりゅう)の技を持ってアルガイアを救って欲しい」


 武蔵は大きく目を見張った。


 二天一流(にてんいちりゅう)


 それは天理と魔法を駆使(くし)して闘う、トーガ・カムイ・ブラフマンの流儀(りゅうぎ)である。


「この10年間で分かった」


 トーガは力強く(つぶや)いた。


「宮本武蔵……お前こそ〈勇者の卵〉の孵化(ふか)にも耐えられる男であり、俺が愛したアルガイアを救ってくれる唯一無二(ゆいつむに)の存在だと」


「お待ちください、トーガ殿。その〈勇者の卵〉とは一体何のことなのです?」


 武蔵は自分がアルビオン城で目を覚ましたときのことを思い出す。


 初めて見る日ノ本(ひのもと)以外の城内の様子。


 南蛮人と見間違えた異世界の人間たち。


 自分が生きていた時代から数百年後の同じ日ノ本(ひのもと)から来たという少年少女。


 そして、紆余曲折(うよきょくせつ)を経て弟子に取った宮本伊織。


 あまりにも非日常的な出来事が続いたせいで忘れていたが、元々は自分たちが異世界に魔法で連れて来られた理由が〈勇者の卵〉という存在にあったのだ。


 しかし、自分たちを召喚したアリーゼたちにとって〈勇者の卵〉というのは()()()()を使える人間を指していた。


 それは天理しか使えないと判断された伊織と自分(のちに武蔵は魔法も使えることが判明)が役立たずのように(ののし)られたことがその証拠である。


 そもそも、どうしてアリーゼたちは魔法使いしか必要としていなかったのか。


 分からないことは他にもある。


 なぜ、天掌板(てんしょうばん)顕現(けんげん)させる天理使いを〈()(もの)〉と呼んで(さげす)んでいるのか。


 色々な知識と経験を身につけた今だからこそ疑問(ぎもん)()み上げてくる。


 天理も決して魔法に(おと)るような力ではない。


 それでもアルビオン王国では魔法を使える者が優遇(ゆうぐう)されていた。


 しかも異世界から来た人間の中で、魔法の素質がある者が〈勇者の卵〉として歓迎(かんげい)されていたのだ。


「〈勇者の卵〉、それは……」


 このとき、武蔵は異世界――アルガイアで起こっている真実を聞かされた。


〈勇者の卵〉とは何かを。


()(もの)〉とは何かを。


 そしてトーガは1500年前に天理と魔法を()み出したあと、その技を人種や種族を()わずに伝授(でんじゅ)したことを後悔(こうかい)していることも教えてくれた。


 トーガが天理と魔法を他の人々に教えたのは、1()5()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()からアルガイアを守るためだったらしい。


 けれども、それがそもそもの間違いだったとトーガは口を重くさせた。


 トーガ以外の人間たちには天理と魔法のどちらかしか会得(えとく)できないと分かった時点で、本当はそこで天理と魔法を伝授(でんじゅ)していくのを止めるべきだったと。


 結果的に当時の神域(しんいき)級の魔物たちからアルガイアは守られた。


 だが、今度はトーガ以外の者には天理と魔法のどちらかしか会得(えとく)できないという現実が世界を(ほろ)ぼしかねない要因(よういん)になったらしい。


 それは(いびつ)に発展した今の現世(うつしよ)を見ているだけで分かるという。


 だからこそ、トーガはこの蓬莱山(ほうらいざん)で待ち続けた。


 自分と同じく神域級(しんいききゅう)の魔物たちと闘える、〈勇者の卵〉の孵化(ふか)にも耐えられる者をである。


 しかし、現実は過酷(かこく)無慈悲(むじひ)だった。


 どれだけ待ち続けてもアルガイアでは天理と魔法の両方を使える、〈勇者の卵〉の孵化(ふか)に耐えられる人間が現れなかったのである。


 トーガは絶望した。


 このままでは近い将来に神域級(しんいききゅう)の魔物たちが(よみがえ)り、(いびつ)な発展を()げたアルガイアは今度こそ破滅(はめつ)の道を辿(たど)るだろうと。


 けれども、トーガはこの蓬莱山(ほうらいざん)で希望の光を見つける。


 それはアルガイアともう一つの(つい)なる世界――ガイア(地球)に天理と魔法の両方を使える素質の者が現れたからだ。


 宮本武蔵。


 そう、自分のことである。


 しかも自分は幸か不幸かアルガイアにまかり通っている負の因果(いんが)によって、ガイアからアルガイアへと魔法によって連れて来られた。


 ゆえにトーガは1500年前に蓬莱山(ほうらいざん)から持ち込んでいた〈判別草(はんべつ)〉に()れる時機(じき)(タイミング)を狙い、天理と魔法の最終段階――〈練神化(れんしんか)〉の力によって自分をこの蓬莱山(ほうらいざん)に呼び寄せたという。


 すべては破滅(はめつ)に向かうアルガイアを自分に救って欲しい一念からだった。


「そ、そんなことが……」


 武蔵はトーガから聞かされた事実に閉口(へいこう)した。


 中でも特に驚いたのは、異世界に連れて来られた者たちのことだ。


 今回に限っては伊織を含めた十数人の少年少女たちと自分。


 しかし、以前においても独自の考えを持った魔法使いたちによって、自分と同じく多くの異世界人がアルガイアに連れて来られていた。


 理由は一つ。


 トーガから天理と魔法を伝授(でんじゅ)された後世の人間たちが、トーガが本当に伝えたかったことを多大に曲解(きょっかい)させて受け()いでしまったからだ。


 それこそ〈勇者の卵〉と〈()(もの)〉のことである。


「トーガ殿、俺はどうすればよいのですか?」


 難しい顔でトーガは言葉を返してくる。


「逆にお前はどうしたい?」


「俺は……」


 一拍(いっぱく)()を置いたあと、武蔵は(しぼ)るように返事をした。


「伊織の命を救いたい。それは変わりません」


「それで良い。自分の弟子すらも救えない兵法者に価値などないからな。だか、俺が聞きたいのはもっと根本的的なことについてだ」


 武蔵はトーガが言わんとする意味を理解した。


「伊織を救ったあと、俺はアルガイアでも天下無双の兵法者になりたいです。あなたのように1500年以上経っても人々から〈大剣聖〉と(うた)われるほどの最強者に」


 掛け値なしの本音であった。


 こうして異世界の真実を知ったとしても、宮本武蔵という人間は生まれながらの兵法者なのだ。


 そして兵法者が求めるものは誰だろうと変わらないだろう。


 誰よりも強くなりたい。


 天理使いだろうと、魔法使いだろうと、凶悪な魔物だろうと何であろうと、そのすべてを凌駕(りょうが)するほどの強さを身につけて〝天下において並ぶ者なし〟と言われるほど強くなる。


 ただ、その一点にのみ()きるのだ。


「ですが、今となっては別の目的も生まれました。トーガ殿、俺はアルガイアにおいて比類(ひるい)なき最強者を目指しつつ、伊織にも自分の身につけた剣術の他に〈外丹法〉の技を伝授(でんじゅ)したいと存じます」


 他にも、と武蔵ははっきりと口にした。


「このアルガイアで(つちか)った心技体のすべてを兵法書(へいほうしょ)として残したいとも考えております……〈外丹法(がいたんほう)〉もさることながら、天理と魔法には自分の元の世界にあった仏教の五大(ごだい)と共通している部分が多い。ならば兵法書(へいほうしょ)の名を【五大書(ごだいのしょ)】とでも名付けようかと」


地水火風空(ちすいかふうくう)五大(ごだい)ゆえに【五大書(ごだいのしょ)】か……悪くはないがその語感(ごかん)では宗教的な概念(がいねん)のみが強く残りそうだな」


 トーガはしばし考え込むと、「【五輪書(ごりんのしょ)】というのはどうだ?」と言った。


「五つの力が互いに()となって一つになるという意味だ」


「【五輪書(ごりんのしょ)】……」


 この言葉を聞いたとき、武蔵の脳内に落雷のような衝撃が走った。


 武蔵は二十四歳のときに円明流(えんめいりゅう)を創始し、その流儀の術理(じゅつり)(まと)めた兵法書(へいほうしょ)――【兵道鏡(へいどうきょう)】を書いていた。


 しかし、その【兵道鏡(へいどうきょう)】を書いたとき以上に【五輪書(ごりんのしょ)】という書を作りたいという思いが込み上げてきたのだ。


 同時に武蔵はこうも思った。


 アルガイアで兵法者の高みを目指すにあたり、自分の円明流(えんめいりゅう)二天一流(にてんいちりゅう)へと名乗り変えようと。


 それがトーガを師と(あお)いだ武蔵の決意であった。


「トーガ殿、俺はこれから円明流(えんめいりゅう)を改名して二天一流(にてんいちりゅう)を名乗らさせていただきます。そして二天一流(にてんいちりゅう)の技で必ずやトーガ殿と同じく〈大剣聖〉となって見せましょう。それが結果的にはアルガイアを救うことに(つな)がるのですよね?」


「武蔵……」


 トーガは歓喜(かんき)を押し殺すように二の句を(つむ)ぐ。


「頼む。お前の力でアルガイアに蔓延(はびこ)った()の常識をやぶってくれ」


 はい、と武蔵は大きく首肯(しゅこう)した。


「必ずや二天一流(にてんいちりゅう)で異世界……もといアルガイアの常識をやぶって見せます」


 などと武蔵が明確な思いを口にしたときだ。


 突如、武蔵の足元から目が(くら)むほどの黄金色の光が放たれ始めた。


 やがて武蔵の全身は黄金色の閃光に包まれていく。


「時間だ」


 そう言い放ったトーガに武蔵は顔を向ける。


「俺に一太刀(ひとたち)()びせることが出来たならば、お前がアルガイアへと自動的に帰還(きかん)するように設定しておいた。まさか、たかが10年で発動することになるとは思わなかったがな」


「お待ちください、トーガ殿! まだ聞きたいことも指南(しなん)してほしいことも山ほどあります!」


「甘えるな、武蔵。お前に必要なことはすべて見せた。あとはお前がここで(つちか)った技をアルガイアで実践(じっせん)するのみ」


 武蔵はトーガの厳しさを(ふく)んだ言葉に生唾(なまつば)を飲み込む。


 そんな武蔵に構わずトーガは「修練を(おこた)るな」と口にする。


「お前が思うよりもアルガイアの人間たちは強いぞ。(いびつ)な形にアルガイアを発展させたとはいえ、1500年の間に天理と魔法をさらに進化させたのは間違いない」


 いいか、とトーガは全身を黄金色に包まれた武蔵に念を押した。


「武の道に終わりなどない。ゆめゆめ忘れるな。そのことさえ忘れなければ、お前はどこまで行ける。どこまでも強くなれる。誰よりも、俺よりもだ!」 


「トーガ殿!」


 武蔵は颯爽(さっそう)と立ち上がり、トーガを(つか)むように両手を突き出した。


 だが、武蔵の両手をトーガを(つか)むことはなかった。


 そのまま武蔵の身体は完全に黄金色の閃光に包まれ――。


 唐突(とうとつ)浮遊感(ふゆうかん)とともに、武蔵の意識は完全に途切(とぎ)れた。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


中々、面白かった。


何か続きが気になるな。


今度、どうなるんだろう。


などなど、少しでも気になる要素がありましたら


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面白かったら★5つ、つまらなかったら★1つと率直な評価でけっこうです。


また面白い、つまらない、微妙だな、など読者様の正直な感想をいただけると幸いです。


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どうぞ、よろしくお願い致します。

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