表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/64

五十九の太刀  宮本武蔵の死に戻り

(これは忍びが使う〝分身の術〟か?)


 武蔵は(まばた)きをすることも忘れ、二人に分裂したトーガを見る。


 しかし、あろうことかトーガの分裂は二人のみに(とど)まらなかった。


 何と二人に分裂(ぶんれつ)したトーガは一呼吸する間に四人になり、やがて信じられないことに四人から十六人へと増えていったのだ。


 武蔵は激しく仰天(ぎょうてん)したと同時に、元の世界で忍びの者が使っていた〝分身の術〟を頭に思い浮かべた。


 かつて武蔵は自分の命を狙ってきた忍びの者と闘ったことがある。


 そのとき、忍びの者は大勢の人間を動員する〝分身の術〟を使ってきた。


 最初はトーガも忍びの者と同様の〝分身の術〟を使ったのかと思ったが、武蔵はすぐにそんなことは出来ないという結論を出した。


 トーガが使った技は断じて〝分身の術〟などという小賢(こざか)しいものではない。


 なぜなら元の世界の忍びの者が使ってきた〝分身の術〟は本当に身体が分かれるものではなく、霧の濃い場所や白煙を用いた視覚が不利になる状況で相手の混乱を誘うものだったからだ。


 理屈は単純である。


 自分と声質が似ている者を周囲に何人も配置させておき、白煙などを使ったあとはあたかも自分が分身して周りから取り囲んでいると敵に思わせるのだ。


 他にも武蔵は本物の双子(ふたご)や三つ子を使った、別の〝分身の術〟を使う忍びの者と闘ったこともあった。


 けれども関ヶ原(せきがはら)の合戦や吉岡一門との乱戦を(くぐ)り抜けてきた武蔵にとって、忍びが使う攪乱技(かくらんわざ)など(おそ)るるに足りなかった。


 そのときの武蔵はすぐに技の本質を見破ると、気配と音を頼りにすべての敵を斬り殺したのである。


 それゆえにトーガが使った技は〝分身の術〟であるはずがなかった。


 この場には自分とトーガの二人しか存在していないのだ。


 そのような場所で大勢の人間の手を借りる〝分身の術〟など使えるはずがない。


 だとすると、考えられることは一つしかなかった。


(まさか、これも〈硬気功(こうきこう)〉と同じ〈外丹法(がいたんほう)〉の派生技か?)


「その通り。〈箭疾歩(せんしつほ)〉の派生技――〝繚乱(りょうらん)〟という」 


 十六人のトーガが一斉(いっせい)に同じ言葉を口にする。


「相手に消えたと錯覚(さっかく)させるほどの高速移動によって、感覚と距離を狂わせるのが〈箭疾歩(せんしつほ)〉の(みょう)……だが、その〈箭疾歩(せんしつほ)〉の速度は極めるにつれて〝真の分身〟が可能になる。このように自分の身体が増えたように見えるほどな」


 次の瞬間、十六人のトーガは武蔵に襲いかかった。


 普通の兵法者ならば戦慄(せんりつ)して一歩も動けなかっただろう。


 しかし、そこは数多(あまた)の修羅場を(くぐ)り抜けてきた武蔵である。


 負の感情を瞬時に下丹田(げたんでん)に封じ込め、ゴブリンたちと闘ったときに発動させた〈吉岡〉の状態になった。


 視界が大きく広がり、多人数に対応するように意識が鮮明になっていく。


 もはや余計な考えは無用だった。


 十六人全員が本物のトーガだろうと関係ない。


 全員、一人残らず斬る。


 その一念をもって武蔵は全力で駆け出した。


 武蔵は最初に近づいてきた三人のトーガに立て続けに剣を振るった。


 闇夜に(きら)めく銀色の閃光が三人のトーガの身体を切り裂く。


 けれども三人のトーガの身体から鮮血(せんけつ)は吹き出ない。


 まるで陽炎(かげろう)のように消え去ったのみである。


 それでも武蔵は迫り来る残りのトーガの群れに刀を走らせた。


〝気〟を込めた大刀が残りのトーガたちの身体を切り裂いていく。


 だが、やはりまったく手応えを感じない。


 武蔵の必殺の斬撃は、()()()()姿()()()()()()(むな)しく斬ったにすぎなかった。


 無駄だ、と不意に後方から力強い声が聞こえてきた。


「〈聴剄(ちょうけい)〉を使えない今のお前に俺の本体は斬れん。そして〈箭疾歩(せんしつほ)〉も使えないお前は、俺の次の攻撃をまともに受けることになる」


 武蔵が慌てて振り返ると、そこには両手を胸前で大きく交差させた構えのトーガがいた。


 この構えは、と武蔵はハッと気づく。


 トーガの二刀構えは円明流(えんめいりゅう)の技の中でも、獲物(えもの)を襲わんと虎が爪を立てる様に見立てた〈虎爪(こそう)〉の構えにそっくりだったのだ。


 だが、武蔵の表情に(あせ)りの色はない。


 もしも本当に〈虎爪(こそう)〉の技ならば、トーガが繰り出してくる攻撃は手に取るように分かる。


 トーガは構えたまま間合いを詰め、そのまま交差した両手を力の限り同時に()ぎ払ってくるだろう。


 もちろん、それは武蔵が編み出した円明流(えんめいりゅう)の〈虎爪(こそう)〉だった場合だ。


 そしてトーガが繰り出そうとした技は円明流(えんめいりゅう)の〈虎爪(こそう)〉ではなかった。


「〈発剄(はっけい)〉――〝斬月(ざんげつ)〟」


 トーガは低く(つぶや)いた瞬間、その場から一歩も動かずに両腕を()ぎ払った。


 すると()ぎ払われた二刀から(うな)りを上げて光の刃が(ほとばし)る。


 比喩(ひゆ)ではない。


 本当に目に見えるほどの二つの光の刃が放たれてきたのだ。


「ば、馬鹿な!」


 咄嗟(とっさ)に武蔵は自身の二刀で光の刃を防ぐ構えを取ったものの、光の刃は刀もろとも無慈悲(むじひ)に武蔵の身体を「×」の字に切り裂いた。


「――――ッ」


 四つに分断された武蔵の身体からは、大量の鮮血と臓腑(ぞうふ)が飛び散った。


 ドチャッ、という生々(なまなま)しい音ともに武蔵の身体だった肉の塊が地面へと広がる。


(死ぬ? 俺がこんなところで?)


 薄れゆく意識の中、武蔵は肉体の(しん)から凍りつくような実感を味わった。


 言いようのない〝死〟の痙攣(けいれん)が頭の中まで()(めぐ)る。


 同時に武蔵はトーガの持つ尋常(じんじょう)ならざる技の数々を(うらや)んだ。


 元の世界には存在しなかった〈外丹法(がいたんほう)〉の妙技(みょうぎ)


 その技の数々を会得(えとく)できたならば、この異世界の武の(いただき)を目指せるはずだ。


 いや、会得(えとく)しなければ目指すことすらも不可能だろう。


 だからこそ、武蔵は死の間際(まぎわ)において強く願った。


 この神秘的(しんぴてき)妙技(みょうぎ)をすべて会得(えとく)したい。


 そして弟子の伊織にもその技を円明流(えんめいりゅう)の剣技とともに伝え、この異世界において〝宮本武蔵の他に並ぶ者なし〟と言われるほどの剣名を広めていきたい、と。


 だが武蔵の願いも(むな)しく意識は完全に無くなり、その魂は冥府(めいふ)へと(いざな)われることに――ならなかった。


 武蔵はカッと両目を見開く。


 それは一瞬の出来事だった。


 五体を四つに切断された武蔵の肉体が、時を巻き戻されたかのように一瞬で元の身体に戻ったのである。


 武蔵は狼狽(ろうばい)しながら周囲を見渡す。


 目が(くら)むような鮮血も、(くそ)の匂いを放っていた臓腑(ぞうふ)綺麗(きれい)に消え去っていた。


「これで()()()だ」


 トーガは真剣な表情を浮かべながら言った。


 武蔵は額に脂汗(あぶらあせ)()きつつ、二刀を下段に構えていたトーガに顔を向ける。


「先ほども言ったが、この蓬莱山(ほうらいざん)では現世(うつしよ)の常識など通用しない。ここでは普通には死ねんのだ。それこそ何十、何百、何千回だろうと死んでも(よみがえ)る」


 トーガは左手に持っていた大刀の切っ先を武蔵に突きつける。


「そしてお前が元の世界に帰るには、この蓬莱山(ほうらいざん)の管理者となった俺の許可が必要になる。むろん、そんな許可など簡単には与えんがな」


 武蔵は無意識に八相(はっそう)の構えを取る。


 それだけではない。


(じつ)の心を道として、兵法を正しく広く明らかに行い――」


 武蔵は〈(げん)〉を唱えて自分を(ふる)い立たせようとした。


「大きなるところを思い一つにて(くう)を道とし、道を(くう)とす。これ(すなわ)ち、気の境地なり。これ(すなわ)ち――天理の境地(きょうち)なり」


 そして武蔵が〈(げん)〉を唱え終わったとき、下丹田(げたんでん)の位置に目を(くら)ませるほどの黄金色の光球が出現した。


 目に見えた光球からは火の粉を思わせる黄金色の燐光(りんこう)噴出(ふんしゅつ)し、あっという間に黄金色の燐光(りんこう)は光の(うず)となって武蔵の全身を覆い尽くしていく。


 闘う気概(きがい)を見せた武蔵を見て、トーガは(うれ)しそうに口の端を鋭角にした。


「そうだ、今のお前には闘う以外の選択肢などない。開眼(かいがん)せよ、宮本武蔵! この俺の(あと)()ぐべき〈勇者の卵〉の素質を見せてみろ!」


 その後、トーガは何度となく武蔵を殺し続けた。


 剣術で、天理で、魔法で、〈外丹法(がいたんほう)〉で。


 もちろん、武蔵も黙って殺されるような真似はしなかった。


 半生(はんせい)(つい)やして()み出し、研究し、工夫し、鍛錬した円明流(えんめいりゅう)のすべての技を開放してトーガに立ち向かったのだ。


 それでも、()()()()()しか会得(えとく)していない武蔵はトーガに殺され続けた。


 毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日――。



 そして――1()0()()()()()()()()()


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


中々、面白かった。


何か続きが気になるな。


今度、どうなるんだろう。


などなど、少しでも気になる要素がありましたら


是非とも広告の下にある☆☆☆☆☆を★★★★★にさせる評価ボタンがありますので、ぜひともこの作品への応援などをよろしくお願いいたします。


面白かったら★5つ、つまらなかったら★1つと率直な評価でけっこうです。


また面白い、つまらない、微妙だな、など読者様の正直な感想をいただけると幸いです。


その中でも面白かったと思われた方、よろしければブックマークのボタンも押していただけると物凄く嬉しいです。


どうぞ、よろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ