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五十五の太刀  属性を見分ける判別草

黒狼(ヘイラン)、〈判別草(はんべつそう)〉をここに持ってきなさい」


 黄姫(ホアンチー)は自分が退けた椅子を正しい場所に戻し、まるで何事もなかったかのように腰を下ろした。


明白了(ミンパイラ)(分かりました)」


  黒狼(ヘイラン)(うなず)くと、小さな机に向かって歩を進める。


 武蔵はそんな二人を見つめながら静かに納刀(のうとう)した。


 続いて武蔵はルリに顔を向ける。


「ルリよ、いつまでそんなところに突っ立ておる? もう終わったゆえ、はようこちらに来て座れ」


 武蔵は唖然(あぜん)としていたルリにそう告げると、居住(いず)まいと大小刀の位置を正しながら椅子に座った。


「ほ、ホンマか? 化け物同士の殺し合いに巻き込まれるなんて勘弁(かんべん)やで」


 一方のルリは未だに緊張で顔を引きつらせている。


 無理もない。


 突発的な闘いに巻き込まれそうになったのだ。


 ルリからしてみれば路地裏(ろじうら)の角を抜けた直後、荒れ狂う暴れ馬に襲われそうになったにも等しい。


 しかし、ルリが本当の意味で恐れを感じたのは武蔵の態度にあった。


 武蔵は黄姫(ホアンチー)を殺すつもりで剣を抜いたにもかかわらず、すぐさま黄姫(ホアンチー)に技の伝授(でんじゅ)()う態度を見せたのだ。


 たった今本気で殺そうと思った相手に対して、すぐに頭を下げて教えを()うなど普通の人間はおろか冒険者にも絶対できない。


 明らかに(いか)れている。


 ルリは背中に冷たい冷や汗を大量ににじませながら思った。


 危険と名誉を燃料にしている冒険者も大なり小なり(いか)れている人間たちだが、目の前の宮本武蔵なる人間の(いか)れ具合は()()している。


 普段はそうでもないが、闘いとなるとまったく違う。


 まるで正常と異常の境目(さかいめ)が存在していないかのようであった。


「化け物? 黄姫(ホアンチー)殿はともかく、俺はただの兵法者でしかないわ」


 武蔵がフンと鼻を鳴らすと、黄姫(ホアンチー)はくすりと笑う。


「こちらの世界に来て数日で天理の〈練気化(れんきか)〉まで顕現(けんげん)させ、街災級のギガントエイプを斬った武蔵さんも十分に化け物ですよ」


「思ってもいない世辞(せじ)などいらん。俺は〈聴剄(ちょうけい)〉とかいう技は使えんが、それぐらいは分かるぞ」


 そう言って武蔵が両腕を組んだときだ。


師父(シーフー)(お師匠)、こちらに」


 黒狼(ヘイラン)鉢植(はちうえ)えの不思議な形の植物を持ってくると、黄姫(ホアンチー)と武蔵の間の長机の上に置いた。


 武蔵はじっと不思議な形の植物を見つめる。


 日ノ本(ひのもと)ではまったく見たことのない植物だ。


 緑色の細い(くき)の頭頂部を中心に、左右へとさらに別々に(くき)が分かれていた。


 武蔵から見て右側の(くき)の先端には「△」に似た形の葉が一枚だけ付いており、反対側に付いていた一枚の葉は「〇」の形をしている。


 全体的な見た目は、それこそ天秤(てんびん)に似た形をしていた。


「これは一部の人間たちから重宝(ちょうほう)されている植物です。迷宮(ダンジョン)の中でもとある湿地帯(しっちたい)にのみ群生(ぐんせい)する植物なのですが、薬にもならず食用でもないので普通の冒険者は依頼でもない限り採りません」


「ならば観賞用か?」


 薬草でもなければ食用でもないが、一部の人間たちから重宝(ちょうほう)されているということは観賞用としか思えない。


 日ノ本(ひのもと)の武士の間で流行っていた盆栽(ぼんさい)のようなモノだろうか。


「その手の好事家(こうずか)はいるかもしれませんが、この植物は一般的に名もつけられていない雑草扱いなので観賞用とは程遠(ほどとお)いですね。けれども、この植物は一部の人間たちから〈判別草(はんべつそう)〉と呼ばれている。その名の通り、ある特定のことを判別できる植物だからです」


 そう言うと黄姫ホアンチーは右手の親指の皮膚を()んで血をにじませ、その右手の親指を天秤(てんびん)に似た形の植物――〈判別草(はんべつそう)〉に近づけた。


 その直後である。


 武蔵は両眉(りょうまゆ)を寄せ、黄姫ホアンチーに対して目を()らした。


 明らかに黄姫ホアンチーの全身から、力強い〝気〟が湯水(ゆみず)の如くあふれ出てきたのだ。


 ただ普通に物や人を見る――(けん)の目で見ると分からない。


 だが、下丹田(げたんでん)で練り上げた〝気〟を両目に集中させて見る――(かん)の目で見るとよく分かる。


 普段は()れ流されているだけの〝気〟が、透明な甲冑(かっちゅう)を着込んでいるかのように(よど)みなく黄姫ホアンチーの全身を(おお)い始めたのだ。


 やがて右手の親指ににじんでいた血が〈判別草(はんべつそう)〉にぽたりと(したた)り落ちる。


 するとどうだろう。


 武蔵から見て左側の「〇」の形をしている葉だけが揺れ動いたのだ。


 それも強風に(あお)られるように激しくである。


 武蔵は目を丸くさせながら、激しく揺れる葉を食い入るように見つめた。


 そんな武蔵に黄姫ホアンチーは冷静な態度で説明する。


「驚かれるのも無理はありません。この〈判別草(はんべつそう)〉は人間の血を与えると、その血を与えた者の天理もしくは魔法の属性を判別できる植物なのです。そして丸い形をした葉のほうは天理使いを意味しており、葉が激しく動くということは私の属性が【風属性(かぜぞくせい)】で〈箭疾歩(せんしつほ)〉の技能に()けていることを示している」


 けれども、と黄姫ホアンチーは言葉を続けた。


「この話を聞いた一般人が私と同じことをしても何の意味もありません。今の私のように全身に気力ないし魔力を(よど)みなく(おおう)う〈外丹法(がいたんほう)〉の一つ――〈周天(しゅうてん)〉の状態で行わなければ〈判別草(はんべつそう)〉は反応しないのです」


 などと言い終わったとき、黄姫ホアンチーは激しく動いていた葉の先端の部分をおもむろに指で引きちぎる。


 すると引きちぎられた先端の部分から新しい「〇」の形の葉が生えてきた。


 それも五は数えないうちにである。


 まさに異世界と思われる驚愕(きょうがく)の光景だった。


 どうやらこの世界は魔法や天理、そして魔物に加えて植物も元の世界の常識とは一線(いっせん)(かく)すようだ。


 しかし、今は奇妙な植物の生態よりも興味をそそられることがある。


 武蔵は〈判別草(はんべつそう)〉から黄姫ホアンチーへと視線を移した。


「以前に伊織が異世界では地水火風(ちすいかふう)の属性がどうのこうのと言っていたが、もしや天理や魔法の属性とは〝地水火風空(ちすいかふうくう)〟などの仏教(ぶっきょう)で言うところの五大思想(ごだいしそう)と関係しているのか?」


仏教(ぶっきょう)? 五大思想(ごだいしそう)……ですか?」


 黄姫ホアンチーは首を(かし)げて頭上に疑問符(ぎもんふ)を浮かべた。


「この世界に仏教(ぶっきょう)はないのか?」


 武蔵は異人街で隻腕(せきわん)の兵法者と闘った廃寺(はいでら)を脳裏に思い浮かべた。


 あの建造物は明らかに仏教(ぶっきょう)の影響を受けた建物のはずである。


「もしかすると大倭国(やまとこく)にはあるのかもしれませんが、少なくとも中西国(ちゅうさいこく)やアルビオン王国にそのような宗教は存在しません」


 どうやら本当に知らない様子だったので、武蔵は()いつまんで仏教(ぶっきょう)五大思想(ごだいしそう)について黄姫ホアンチーに説明する。


 やがて黄姫ホアンチーは興味深そうに(うなず)いた。


「なるほど……仏教(ぶっきょう)と呼ばれる宗教はともかく、五大思想(ごだいしそう)という考え方は天理や魔法に通じるものがあります」


「そうなのか?」


 武蔵も仏法僧(ぶっぽうそう)ではないのですべてを知っているわけではなかったが、(ぜん)を習った寺の和尚(おしょう)から五大思想(ごだいしそう)について学んだときのことを思い出す。


 五大思想(ごだいしそう)とは、元の世界において天地(てんち)宇宙(うちゅう))を構成しているとされていた五つの要素のことである。


 (すなわ)ち、地水火風空(ちすいかふうくう)の五つだ。


 ()は保持を表す【堅固(けんご)】の性質。


 (すい)は変化を表す【流動(りゅうどう)】の性質。


 ()は欲求を表す【情熱(じょうねつ)】の性質。


 (ふう)は成長を表す【自由(じゆう)】の性質。


 そして最後の(くう)は何事にも(さまた)げられない無碍(むげ)のことであり、同時に地水火風(ちすいかふう)を超えた【万物自在(ばんぶつじざい)】を表しているという。


 黄姫ホアンチーは武蔵から〈判別草(はんべつそう)〉へと顔を向けた。


仏教(ぶっきょう)五大思想(ごだいしそう)については分かりました。それでは今度はこちらが天理と魔法の属性について簡単に説明しましょう」


 その後、黄姫ホアンチーは〈判別草(はんべつそう)〉を用いた属性の判別方法とその属性に通じる〈外丹法(がいたんほう)〉についても教えてくれた。


判別草(はんべつそう)〉の〝葉が燃える〟――【火属性(ひぞくせい)】で〈発剄(はっけい)〉の才能がある。


判別草(はんべつそう)〉の〝葉から水滴が出る〟――【水属性(みずぞくせい)】で〈聴剄(ちょうけい)〉の才能がある。


判別草(はんべつそう)〉の〝葉が硬くなる〟――【地属性(ちぞくせい)】で〈硬気功(こうきこう)〉の才能がある。


判別草(はんべつそう)〉の〝葉が激しく動く〟――【風属性(かぜぞくせい)】で〈箭疾歩(せんしつほ)〉の才能がある。


 この四つ以外の反応が【空属性(くうぞくせい)】とされ、その反応は個人によってまったく違うものになるというのだ。


 また〈外丹法(がいたんほう)〉は天理使いと魔法使いの共通の技能らしく、天理使いか魔法使いなのかを判別するには、右手と左手の血のどちらで反応するのかによって確かめるらしい。


 ちなみに左手の血を使う魔法使いの場合は、逆側の「△」の形をした葉が天理使いと同様の反応を示すという。


「さあ、武蔵さん。今度はあなたの番です」


 再び黄姫ホアンチーは武蔵に視線を移した。


「あなたの属性がどれになるのか判別しましょうか?」


「そう言われても俺は〈周天(しゅうてん)〉などという技は使えんぞ。それでなくては、この奇妙な草は反応せんのだろう?」


 大丈夫です、と黄姫ホアンチー微笑(ほほえ)んだ。


「今の武蔵さんは先ほどの闘いによって、わずかながらも全身に気力を(まと)っている〈周天(しゅうてん)〉の状態です。それならば〈判別草(はんべつそう)〉は反応するでしょう。どちらにせよ――」


「ふむ……ともあれ、まずはやってみろということだな」


 武蔵は大刀を少しばかり抜くと、右手の親指の腹を大刀の刃でわずかに切る。


 そのまま武蔵は血がにじむ右手の親指の腹を〈判別草(はんべつそう)〉に近づけた。


 ぽたり、と武蔵の血が〈判別草(はんべつそう)〉へと落ちる。


 そして――。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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