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五十四の太刀  基本にして奥義の〈外丹法〉

「これは〈硬気功(こうきこう)〉です」


 黄姫(ホアンチー)は右腕で刃を受け止めたまま(つぶや)いた。


「天理使いの五つの基本技である〈外丹法(がいたんほう)〉の一つであり、筋肉と気力の操作によって人体の強度を一時的に(はがね)と同じぐらいに高めることができます」


 武蔵は黄姫(ホアンチー)の説明を無視して大刀を引いた。


 すぐさま追撃(ついげき)を加えんと正眼(せいがん)に構える。


 同時にルリと黒狼(ヘイラン)機敏(きびん)な動きで立ち上がり、被害を受けまいとすぐにその場から離れた。


 黄姫(ホアンチー)も立ち上がると、自分が座っていた椅子を横に退けて適度な空間を作る。


 その所作(しょさ)だけで十分だった。


 黄姫(ホアンチー)は武蔵に伝えているのだ。


 どこからでも好きなように掛かってこい、と。


(腕が駄目でも頭ならばどうだ!)


 武蔵は眼前の長机に飛び乗るや否や、今度は黄姫(ホアンチー)の頭を唐竹割(からたけわ)りにせんと疾風(しっぷう)の速さで刃を振り下ろす。


 しかし、黄姫(ホアンチー)は刃が触れる一寸(いっすん)(三センチ)だけ身体を後方に引くことで武蔵の斬撃を回避(かいひ)した。


 それでも武蔵は驚くことなく飛燕(ひえん)の速度で手首を切り返し、今度は顔面に向かって真下から真上に刃を()ね上げた。


 円明流(えんめいりゅう)――〈切先返(きっさきがえ)し〉である。


 だが、この〈切先返(きっさきがえ)し〉も完全に(くう)を切った。


 黄姫(ホアンチー)は瞬時に身体を半身に切ったことで斬撃を()けたのだ。


 そして、それは明らかに次にどのような攻撃が来るのか予測した動きであった。


(なぜだ? なぜ、俺の狙いが分かる?)


 武蔵は平然と斬撃を(かわ)黄姫(ホアンチー)に寒気と恐怖を感じた。


 それゆえに武蔵は長机を蹴って真後ろに大きく飛んだ。


 黄姫(ホアンチー)に目線を向けたまま床に降り立つ。


「なぜ、自分の技が通用しないか動揺していますね? あなたの全身を(おお)っている気力から考えていることが手に取るように分かりますよ」


 その言葉に武蔵は目を丸くさせた。


(俺の考えていることが分かるだと? こやつ、やはり魔物の(たぐい)か?)


 黄姫(ホアンチー)は小さく(かぶり)を振った。


「あいにくとエルフは魔物の(たぐい)ではありません。それに、これは魔物の力ではなく天理の力です」


 険しい表情を作った武蔵に対して、黄姫(ホアンチー)は落ち着いた声で言った。


「これも〈硬気功(こうきこう)〉と同じく、〈聴剄(ちょうけい)〉と呼ばれている基本技の一つ。自分の気力を一定の範囲内まで広げることにより、その範囲内に存在する生物の行動や心理状況を感じ取れるというもの」


 黄姫(ホアンチー)微笑(びしょう)しながら二の句を(つむ)ぐ。


「他にも両足に気力を込めて瞬時に移動する〈箭疾歩(せんしつほ)〉や、肉体の一部に気力を集中させて通常よりも大きな攻撃力を発揮する〈発剄(はっけい)〉などがあります。これらはあなたもその身に受けたことがあるので覚えているでしょう?」


  もちろん、しっかりと覚えている。


 この冒険者ギルドに伊織と初めて訪れたとき、黄姫(ホアンチー)から一瞬で間合いを詰められて腹が爆発したような攻撃を受けたことは忘れられない。


 などと武蔵が考えていると、黄姫(ホアンチー)(ゆる)く両腕を組んだ。


「他にも〈周天(しゅうてん)〉という技を加えた五つを〈外丹法(がいたんほう)〉と呼び、これらは天理使いの基本技にして奥義。そして、その中でも戦闘の勝敗に大きく直結する〈外丹法(がいたんほう)〉を自分の素質に合わせて会得(えとく)することこそが天理使い――しいてはSクラスの冒険者にとって絶対的に必要になるのです」


「それは天掌板(てんしょうばん)顕現(けんげん)よりもか?」


 こくりと黄姫(ホアンチー)はあごを引いた。


「あなたも武人ならば何となく(さっ)しがつくのではありませんか? 天掌板(てんしょうばん)顕現(けんげん)や変化が相手を斬るという行為ならば、〈外丹法(がいたんほう)〉はその斬ることを確実にするための作りや崩しに相当します。だとすると、〈外丹法(がいたんほう)〉がどれだけ重要なものか分かるでしょう?」


 武蔵は「まあな」と抜き打ちの構えをしながら答えた。


 武術の神髄(しんずい)は武器であれ素手であれ二つに要約される。


 (すなわ)ち、〝相手に必ず攻撃を当てる〟ことと〝攻撃を当てるという行為を確実にする手段を持つ〟ことの二つだ。


 どちらかが欠けていると常に闘いは五分五分(ごぶごぶ)かもしくは不利な状況となり、武蔵のような天下無双を目指す者としては命がいくつあっても足りなくなる。


 それゆえに武の(いただき)を目指す者は、この二つをどれだけ高められるかを念頭に稽古と実戦を繰り返すのだ。


「あなたは天掌板(てんしょうばん)の〈練精化(れんせいか)〉以上に、実戦で通用しうるだけの〈練気化(れんきか)〉も見事に顕現(けんげん)させることができた。ですが、それだけでは同じ天掌板(てんしょうばん)の〈練気化(れんきか)〉と〈外丹法(がいたんほう)〉を会得(えとく)している天理使いばかりか、同じだけの実力を持った魔法使いにも遅れを取るでしょう」


 ましてや、と黄姫(ホアンチー)は語気を強めて言葉を続けた。


「様々な状況が存在する迷宮(ダンジョン)では、天掌板(てんしょうばん)の〈練気化(れんきか)〉以上に〈外丹法(がいたんほう)〉の活用が重要視されます。だから私は〈外丹法(がいたんほう)〉の一つも会得(えとく)していない今のあなたは〝何も知らない子供同然〟だと言ったのです」


 武蔵は返す言葉もなく押し黙る。


 あまりにも説明された天理の奥深さに心から驚嘆(きょうたん)したのだ。


 同様に武蔵は今の自分に少なからず絶望した。


 この異世界でも剣名(けんめい)を上げられるという自負(じふ)が音を立てて(くず)れていく。


 それだけではない。


外丹法(がいたんほう)〉という技が使えないということは、迷宮(ダンジョン)で〈ソーマ〉を入手するのは大変に難しいことであり、このままでは期日内に伊織を救えないということを意味しているのだろう。


 そして、黄姫(ホアンチー)はそのことを言葉以上に行動でも教えてくれたのだ。


 ほとんど赤の他人の自分自身に対してである。


 どれほどの時が経っただろうか。


黄姫(ホアンチー)殿」


 やがて武蔵は抜き打ちの構えを解いて頭を下げる。


「この武蔵、(はじ)(しの)んで教えを()う」


 武蔵も馬鹿ではない。


 ここまで惜しげもなく技の詳細を話してくれた、黄姫(ホアンチー)の心意気は痛いほどよく分かった。


 黄姫(ホアンチー)はこれから自分が向かうべき先の道標(みちしるべ)を照らしてくれようとしている。


 もちろん、それは武蔵が意固地(いこじ)にならなければの話だろう。


 なので武蔵は素直に自分の思いを黄姫(ホアンチー)に伝えた。


「どうか、その〈外丹法(がいたんほう)〉とやらを教えていただきたい」


 黄姫(ホアンチー)は満足そうに(うなず)いた。


「やはり、あなたは私が見込んだ通りの方ですね。いくら大切なお弟子さんのためとはいえ、あなたほどの剣の腕前を持った方が他の人間に教えを願うことは中々できないものです」


 武蔵の素直さと弟子のために頭を下げた器量が気に入ったのだろう。


 分かりました、と黄姫(ホアンチー)は武蔵の願いを聞き入れる。


「何はともあれ、まずは自分の素質に合った〈外丹法(がいたんほう)〉の一つを知ることです。そのためには――」


 黄姫(ホアンチー)殿は武蔵から目線を外し、先ほど座っていた小さな机の上に顔を向けた。


「武蔵さん、あなたの天理使いの属性を判別しましょう」


 黄姫(ホアンチー)が見つめる先には、「T」のような形をした不思議な植物があった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


中々、面白かった。


何か続きが気になるな。


今度、どうなるんだろう。


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