五十一の太刀 ここは魔物の巣窟か
「申し訳ありません。あなたの言っている意味が分からないのですが……」
頭上に疑問符を浮かべた黒狼に対して、武蔵は自分のほうこそ意味が分からないとばかりに首を傾げた。
「なぜだ? 俺は何も難しいことは言うてはおらんはずだぞ」
武蔵がそう口にした直後、「いや、今のはオッサンの言い方が悪いわ」とルリが話に割って入ってきた。
「ルリよ、お主まで何を言うておる。そもそも、お主がこの者を仲間にせよと申したのではないか」
ルリは目眉を吊り上げながら武蔵の眼前までやってくる。
「そうやけど、オッサンの言い方やとまったく相手に伝わらんわ。大体、お前が欲しいってどういうことやねん。愛の告白やないんやで」
続いてルリは武蔵に小声で話しかけた。
「ええか、オッサン。うちらにはちんたらと問答しとる暇はないんや。こうしている間にも伊織は生死の境を彷徨っているんやから、余計なことに時間を使うようなことはしたらアカン。そうやろ?」
確かにそうである。
今は伊織の命を救うことが先決なのだ。
そのために無駄な時を浪費するのは得策ではない。
武蔵はこくりと首を縦に振った。
「それは分かったが、どうしてそんなコソコソと喋る?」
「当たり前やろうが。うちらが欲しい例のモノは普通の冒険者が欲しがるもんちゃうんや。それを等級なしのオッサンが手に入れたいと言うてみい。たちまち冒険者たちの間で変な噂が広まって手に入るもんも手に入らなくなるで」
ルリが口にした例のモノとは、言わずもがな〈ソーマ〉のことだろう。
だが、その〈ソーマ〉が欲しいと言ったところで、冒険者たちの間で変な噂が広まるとはどういうことなのだろうか。
せやから、とルリは言葉を続ける。
「オッサンは少し黙っててくれ。ここからはうちが黒狼にきちんと説明するさかい……え・え・な?」
「う、うむ……」
ルリの迫力に押されて武蔵は押し黙った。
説明が下手なのは武蔵自身も自覚している。
これが自分の技の説明ならば話はまた別だったが、異世界特有の事柄に対してでは当たり前だが口下手になってしまう。
となれば、ルリのような口達者な人間に説明は任せるべきだ。
「承知した。あとは頼む」
武蔵はルリに説明を託すと、ルリは「もちろんや」と大きく頷いた。
そしてルリは颯爽と振り返り、落ち着いた様子で黒狼に言う。
「おい、黒狼。そういうわけやから、うちらと一緒に迷宮に行ってくれ」
武蔵は強烈な肩透かしを食らった。
「何だ、それは! 俺と言っていることが同じではなかいか!」
「はあ? 同じやないやろ! うちはちゃんと目的を話しているやないか!」
突如、不毛な言い争いを始めた武蔵とルリ。
そんな二人を見つめていた黒狼は小さくため息を漏らした。
「お二人とも、ここは冒険者ギルドで寸劇(コント)を披露する場ではありません。特に用がないのならば、このままお引き取りをお願いしたいのですが」
武蔵はハッと我に返った。
「いや、用ならばある。俺はだんじょんへ行ってやらなければならないことがあるのだが、それをするにはお主の協力が何としてでも必要なのだ」
「どちらにせよ意味が分かりません。どうして私があなたと一緒に迷宮へ行く必要があるのですか?」
などと押し問答のようになってきたときである。
「あーもー、これじゃあ話がまとまらん!」
と、ルリが頭を掻きながら苛立ちの声を上げた。
「これはあれやな。やっぱり、上の人間も交えて説明しなアカンわ」
そう言うとルリは黒狼に近づき、「あんたも含めてギルド長と話がしたいんやけどええか?」と告げた。
「……」
黒狼は無言のままルリと武蔵の顔を交互に見つめる。
ほどしばらくして、黒狼は「何か特別な事情があるようですね」と言った。
「分かりました。間接的ではありますが、武蔵さんには赤猫の命を助けてくれた恩もあります。師父(お師匠)……ギルド長は私室におりますので、一緒に行きましょう。ついでにそこで武蔵さんの冒険者登録もしましょうか」
ようやく話が通じたことに、武蔵は満足そうな顔であごを引いた。
それに黄姫が間に入ってくれるのならば非常に助かる。
話の分かる黄姫がいれば、この話はとんとん拍子に進むに違いない。
「それは助かる。では、早速――」
黄姫殿の元へ行こう、と武蔵が二の句を紡ごうとしたが、黒狼は「その前にやることがあります」と武蔵の言葉を遮った。
「そこで気絶している元冒険者の後処理をしなくては」
黒狼はソドムに向かってあごをしゃくって見せる。
「お主があやつの後始末をするのか?」
武蔵も気絶しているソドムへ視線を向けた。
「悪いがこちらも急いでいる。出来れば他の者に頼むということは出来んのか?」
「元々、そのつもりですよ。本来、この時間の受付の担当は別の者ですので」
直後、黒狼は静かに両目を閉じた。
時にして三呼吸ほどだろうか。
黒狼は両目を開けると、受付口の一角に目線を飛ばす。
「そこに隠れていたのですか、苺鈴。もう終わりましたから出てきてください」
武蔵も釣られて黒狼と同じ場所を見る。
視線の先には仕切りを兼ねた木製の長台があったのだが、その後ろ側からひょっこりと顔だけを出した人物がいた。
「ほ、本当に? 本当にもう怖いことは終わったアルか? 姐姉(姉さん)」
十三、四の年頃と思われる女童(女の子供)であった。
伊織と同じ艶やかな黒髪の持ち主であり、その黒髪を左右に一つずつ団子のように結っている。
まだ幼さが残っているものの顔立ちは良く、吸い込まれるような大きな瞳が特徴的だった。
しかし、武蔵が苺鈴に目を奪われていたのは一瞬である。
すぐに武蔵はあることに気づいて驚いた。
そんな武蔵の驚きとは裏腹に、黒狼は平然とした態度で苺鈴に告げる。
「本当ですよ。ソドム・レッドフィールドは完全に気を失っているので、しばらく目を覚ますことはないでしょう。だから苺鈴。私がこの人たちとギルド長室へ行っている間に、警吏隊(街の警察組織)へ使いを出してソドム・レッドフィールドの身柄を確保してもらいなさい」
「ま、待ってほしいアル。もしも、姐姉(姉さん)がいない間にその男が目を覚ましたらどうするアルか?」
「そのときはあなたが取り押さえればいいでしょう?」
「え~ッ!」
苺鈴は耳をつんざくような叫び声を上げた直後、仕切りを兼ねた木製の長台を異常な跳躍で一気に飛び越えてきた。
「無理アル無理アル! 絶対に無理アル! とてもアタシなんかが取り押さえられる相手じゃないネ!」
「確かに今のあなたでは意識を取り戻したソドム・レッドフィールドを拘束するのは荷が重い」
ですから、と黒狼は眼光を鋭くさせた。
「いざとなったら玲鈴と変わりなさい。ただし、その際は彼女に殺さないよう警告しておくこと。いいですね?」
「う~、それこそ無理かもしれないアルが……」
困った顔をした苺鈴に、黒狼は首を左右に振って見せる。
「職務放棄ですか? 別にいいのですよ。それならば、あなたが受付の仕事をさぼっていたことをギルド長に伝えるだけです」
「ひえ~ッ、それだけは勘弁してほしいアル! 分かったアル! ちゃんと仕事をするアルよ!」
苺鈴は慌てふためきながら武蔵の横を通り過ぎる。
そのまま苺鈴はソドムの元へと一目散に向かった。
「さあ、ここは苺鈴に任せて私たちはギルド長室へ行きましょう」
黒狼は武蔵とルリに一声かけると、二階に上がる階段へと歩いていく。
「そうやな。ここにいても埒がアカンわ」
ルリは黒狼に同意しつつ、二階へ続く階段に向かう。
「どうした? オッサン。ボケッとしとらんで早く行こうや」
途中、ルリは顔だけを振り向かせて武蔵を見る。
武蔵は金縛りが解けたように全身をビクッと震わせた。
そして、ぼそりと呟く。
「ここは魔物の巣窟だな」
やがて武蔵も二人のあとを追い、二階へ続く階段に向かって歩き出す。
武蔵の後方では、苺鈴の悲痛な叫び声がいつまでも木霊していた。
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