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四十九の太刀  黒狼の実力

 武蔵は受付口の奥から出てきた黒狼(ヘイラン)を見つめた。


 忘れようとしたくても忘れられない。


 初めて伊織とともにこの冒険者ギルドに来たとき、赤猫(チーマオ)と同様に一角(ひとかど)の兵法者だと感じた少年である。


 以前と同じ上下ともに漆黒の動きやすそうな衣服を着ており、筋骨の(たく)しい日ノ本(ひのもと)の兵法者と違って軽業師(かるわざし)のような印象を改めて感じた。


 そんな黒狼(ヘイラン)値踏(ねぶ)みしていると、横からそっとルリが(ささ)いてくる。


「オッサン、こいつや。こいつが〈ソーマ〉を手に入れるためにどうしても必要になってくる赤猫(チーマオ)の片割れ――もう一人の〈双剣(シュアン・チェン)〉の黒狼(ヘイラン)や」


「そうか……」


 武蔵は鍛冶屋から冒険者ギルドへと来る道中、冒険者ギルドの成り立ちの他にもルリから聞いていたことがある。


 それこそ、この黒狼(ヘイラン)のことに他ならない。


 ルリ(いわ)く、仮に冒険者になって迷宮(ダンジョン)に行ったとする。


 そして迷宮(ダンジョン)のどこかで〈ソーマ〉という草を手に入れたとしても、その〈ソーマ〉を人間が服用しても大丈夫なように本物の薬にしないといけないらしい。


 武蔵は〈ソーマ〉を自分がいた時代のウコギの葉やヨモギの葉などの薬草と同じものだと想像していたのだが、ルリの話によれば〈ソーマ〉という草は単純に粉末にしたり(せん)じれば薬になるという代物ではないという。


 なぜなら、〈ソーマ〉自体は人間の命など簡単に奪う強力な毒草だというのだ。


 では、〈迷宮(ダンジョン)〉の中で〈ソーマ〉を手に入れたあとはどうすればよいのか?


 そこで初めて黒狼(ヘイラン)の協力が必要になってくる。


 理由は簡単であった。


 この黒狼(ヘイラン)こそが、どんな毒草でも薬草に変えることのできる〈精練(せいれん)薬師(くすし)〉という存在なのだという。


 それゆえにルリからは今回の迷宮(ダンジョン)に行くに当たり、この黒狼(ヘイラン)を仲間にしなければならないと聞いていた。


 つまり、黒狼(ヘイラン)も〈ソーマ〉の採取に同行してもらう必要があるというのだ。


 わざわざ同行させなくとも〈ソーマ〉を手に入れたあかつきには、〈ソーマ〉をここに持ってきて薬にしてもらえればいいのではと武蔵は思ったが、どうやらそんな単純な話でもないらしい。


 などと考えていると、黒狼(ヘイラン)は「ようこそ、冒険者ギルドへ」とにこやかな笑みを浮かべた。


 続いて黒狼(ヘイラン)は武蔵に顔を向ける。


「あなたは宮本武蔵さん……でしたね。赤猫(チーマオ)から話は(うかが)っています」


 黒狼(ヘイラン)は笑みを崩さずに言葉を続ける。


「今日来られたのは冒険者登録のためですか? もしもそうであるのなら、私から登録についてご説明させていただきますよ」


 どうやら赤猫(チーマオ)の片割れというのは本当らしく、すでに赤猫(チーマオ)から自分たちが冒険者登録とやらを申し込みに来る話は伝わっているらしかった。


 そうであるのなら話は早い。


 いかにも、と武蔵は首を縦に振って黒狼(ヘイラン)の指示に従おうとした。


 しかし――。


 次の瞬間、室内にけたたましいほどの衝撃音が鳴り響いた。


 武蔵を始め、全員の視線と意識が音の発生源へと向けられる。


「おいおい、てめえら……いくら何でも俺を無視しすぎじゃねえのか?」


 そこには床に右拳を叩きつけたままのソドムがいた。


 しかも右拳の半分以上は床に食い込んでおり、周囲には砕け散った床の一部が散乱している。


 耳朶(じだ)を激しく打った音の正体は、ソドムが足元の床に対して拳打を放った際に生じた衝撃音だったのだ。


 いくら木製の床とはいえ、一撃で殴り砕くとは凄まじいの一言である。


 鍛えていない人間に打てば、それこそ一撃で絶命させることも可能だろう。


 ソドムは床から右拳を離すと、拳頭の部位に付着していた細かな破片を払いながら黒狼(ヘイラン)を睨みつける。


「おい黒狼(ヘイラン)、いいところでしゃしゃり出てくるんじゃねえよ。今は俺がこのサムライ野郎と話しているんだ」


「そうだったんですか? 私の耳にはあなたが武蔵さんに喧嘩を売っているように聞こえたのですが」


「うるせえ、つべこべ言わずに引っ込んでろ! それとも、てめえからぶっ殺されてえのか!」


 直後、黒狼(ヘイラン)の表情が一変した。


 柔和(にゅうわ)な笑みが消え、刀の切っ先のように鋭い眼光をソドムに飛ばす。


「そういえば、今日はどうして冒険者ギルドに来たのですか? Aクラスの〈赤鬼(あかおに)のソドム〉さん」


「ああ?」


 いきなり話を変えられたことにソドムは顔をしかめたが、すぐに「ペッ」と床に唾を吐き捨てて答えた。


「どうしたもこうしたもねえ。今日はギルド長に文句があって来たんだ」


 ソドムは黒狼(ヘイラン)に対して、こめかみに青筋を立てて怒りを(あら)わにする。


「俺とアニキの冒険者章(ライセンス)剥奪(はくだつ)するってのはどういうことだ! しかも冒険者ギルドからの追放処分だと――ふざけてんのか!」


 やはりその件ですか、と黒狼(ヘイラン)はため息を漏らす。


「いいえ、ふざけてませんよ。師父(シーフー)(お師匠)……いえ、ギルド長の判断によりソドム・レッドフィールドおよびゴモラ・ブラックマンの冒険者章(ライセンス)剥奪(はくだつ)するとのことです。しいてはお二人には冒険者章札(ライセンス・カード)の返納手続きを――」


「だから理由を言えってんだ! こちとら先日もAクラスの依頼を達成したばかりなんだぞ! それがいきなり冒険者章(ライセンス)剥奪(はくだつ)するって言われて納得できるか!」


「本当に理由が分からないのですか?」


 黒狼(ヘイラン)がそう口にしたとき、武蔵はピリッとした空気の震えを感じ取った。


 気である。


 ソドムから六間(ろっけん)(約十メートル)ほど離れた場所にいた黒狼(ヘイラン)からは、空気を伝って凄まじい気の勢いが伝わってきたのだ。


「先日、あなたたちはペルーナ村に出没する魔物の討伐を請け負いましたね? そして魔物の討伐は果たしたものの、あなたたちは依頼内容に不正があったと依頼者に指摘した。間違いありませんか?」


「ああ、間違いねえよ。あいつらは最初にトロール四匹の討伐を俺たちに依頼してきたが、(ふた)を開けてみればトロールは全部で十匹もいやがった」


「なるほど……それで?」


「はあ? それで、じゃねえよ! 最初に依頼してきた討伐数より六匹も多かったんだぞ!」


 それでもな、とソドムは怒りを()き出しにして二の句を(つむ)ぐ。


「俺たちはトロールどもを全部ぶっ殺してやったさ。だが、奴らときたら最初に提示した四匹分までの報酬しか支払えないと抜かしやがった。ふざけやがって……おおかた、奴らはトロールが四匹以上いることを知っていながら俺たちに討伐の依頼をしてきやがったんだ」


 ソドムは苛立ちのはげ口として足元に唾を吐き捨てる。


「四匹と十匹だと依頼料の桁が違ってくるからな。連中にとったら少しでも報酬を少なく払おうって魂胆(こんたん)だったんだろうよ。それで俺たちが仮に四匹目以降を倒して死んだとしても、奴らはまた数を偽って別の冒険者に討伐を依頼すればいい。逆に俺たちが十匹全部を倒しても自分たちは十匹もいたなんて知らなかったと誤魔化す腹づもりだったんだろうさ……まったく、ムカつく連中だったぜ」


 その後、ソドムはいかに自分たちが不利益を(こうむ)ったかを怒声でまくし立てた。


 このとき完全に蚊帳(かや)の外であった武蔵だったが、話を聞いているうちに二人がどのような内容の会話をしているのか徐々に理解できた。


 どうやらソドムはもう一人のゴモラという名前の人間とともに、数日前にペルーナという名前の村の住民から魔物の討伐を依頼された。


 最初に聞かされた魔物の数は全部で四匹。


 しかし、実際に存在した魔物の数は全部で十匹だったという。


 それでもソドムたちは凶悪なトロールという魔物をすべて討ち果たし、見事に討伐の依頼を達成してみせた。


 だが村の住民たちに追加の報酬を要求したところ、村の住民たちは四匹分までの代金しか用意していなかったらしく、残りの六匹分の代金は支払えないと謝罪されたという。


 黒狼(ヘイラン)は呆れたとばかりに首を小さく左右に振った。


「最初に聞いた討伐数と実際の魔物の討伐数が違うことはよくあること。特に森に近い農村に出没する魔物の数を正確に把握できるのは素人たちには不可能です。それは冒険者の中でも斥候(せっこう)偵察(ていさつ)に秀でた、〈狩人(かりうど)〉の二つ名を持った人間でも難しいことはAクラスまでなったあなたたちにも分かっていたことでしょう。それなのに、あなたはそんな村の人たちに何をしました?」


「何をしただぁ? そんなもん決まってるじゃねえか。ちゃんとした対価分の金を徴収したのよ。だが、わびしい村だったから金が足りなくてな。代わりに別のモノで支払ってもらったさ」


 ざわっ、と武蔵の首筋に若干(じゃっかん)の悪寒が走った。


「ちょうど村には年頃の女たちがいたから何人か見繕(みつくろ)って金に換えたのよ。まあ、その際に村の連中がうるさかったから何人かぶちのめしてやったけどな。それに女たちも知り合いにそういう仕事をしている奴がいるからスムーズに売れたぜ。ただ、その知り合いの一人には昨日から急に連絡がつかなくなったんだけどな」


 ソドムの話を聞いた武蔵は、腹の底から虫唾(むしず)が走ってくると同時に自分がいた時代の人勾引(ひとかどい)のことを思い出した。


 人勾引(ひとかどい)とは奴隷として人間を売買する者たちのことだ。


 武蔵も(いくさ)での乱取(らんど)り(敗戦国に対する略奪行為)や、飢饉(ききん)により仕方なく女たちが人勾引(ひとかどい)によって売り買いされる光景を何度か見てきた。


 他人の商売について口を出したくはなかったが、正直なところ実際に目の前で年若い女たちが売られていく姿は見ていて気持ちのよいものではなかったものだ。


 けれども、このソドムが行った行為は人勾引(ひとかどい)とはかなり異なる。


 追加報酬を受け取りたかったことは分かるが、それでも村の若い女たちを自分から捕まえて売り買いするなど狂気の沙汰(さた)であった。


 それはもはや人の道を外れた外道の所業(しょぎょう)である。


 武蔵がそう思うと、周囲の冒険者たちからも「そんなのひどすぎるぜ」や「普通そういうときはギルドに相談するもんだろ」などの意見が飛び交い始めた。


 一方の黒狼(ヘイラン)はというと、


「今、自分から犯罪行為の自白をしましたね? 言質(げんち)を取りましたのでもう言い逃れはできませんよ。ここにる全員が証人です」


 と、怒りを押し殺した顔でソドムに言った。


「改めてお伝えします。あなたとゴモラ・ブラックマンの二人には、ペルーナ村の住民に対する暴行及び不当な人身売買行為により、本日をもって正式に冒険者章(ライセンス)剥奪(はくだつ)し冒険者ギルドからの永久追放処分と致します。なお、あなたたちの身柄はこのあとに犯罪者として警吏隊(けいりたい)(街の警察組織)に引き渡しますので大人しく拘束されてください」


「ふざけんな! そんなことを言われて俺とアニキが納得すると思ってんのか!」


「はい、思ってませんよ……なので()()()使()をさせていただきます」


 次の瞬間、黒狼(ヘイラン)はダンッと床を強く蹴って移動した。


 (またた)く間に黒狼(ヘイラン)とソドムの六間(ろっけん)(約十メートル)の間合いが縮まる。


 それだけではない。


 一気に間合いを詰めた黒狼(ヘイラン)は、動揺したソドムの腹に右拳を押し当てたのだ。


 そして――。


 黒狼(ヘイラン)は「纏絲(チャンスー)崩拳(ポンチュアン)」と(つぶや)くなり、全身から生み出した螺旋(らせん)の力を拳打(けんだ)に乗せて()ち放った。


 直後、ソドムは大量の唾液(だえき)を吐き出しながら後方へと吹き飛ぶ。


 武蔵は大きく目を見張った。


 七尺(ななしゃく)(約二メートル)はあるソドムの巨体に打ち込まれた渾身の一打。


 それは頑丈な扉さえも打ち砕く、小型の破城槌(はじょうつい)のようであった――。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


中々、面白かった。


何か続きが気になるな。


今度、どうなるんだろう。


などなど、少しでも気になる要素がありましたら


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面白かったら★5つ、つまらなかったら★1つと率直な評価でけっこうです。


また面白い、つまらない、微妙だな、など読者様の正直な感想をいただけると幸いです。


その中でも面白かったと思われた方、よろしければブックマークのボタンも押していただけると物凄く嬉しいです。


どうぞ、よろしくお願い致します。

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