四十七の太刀 目的のために冒険者ギルドへ
「やはり異世界と、て天の顔色は日ノ本とあまり変わらんな」
店先で佇んでいた武蔵は、頭上に広がる大海原を見上げながら呟く。
異世界の空はどこまでも青く澄み渡り、降り注ぐ太陽の日差しは目を覆うぐらいに眩しかった。
今日はそこまで強い風は吹いていない。
蒼天に浮かぶ無数の白雲は、どこまでも緩やかに穏やかに流れていく。
おそらく今は巳の刻(午前九時~午前十一時)の中でも、朝四つ(午前十時)ほどだろうか。
ルリの話によれば、このぐらいから冒険者ギルドの戸が開かれるという。
(そろそろか……)
などと思ったとき、後方から扉が開く音とともにベルの音が聞こえてきた。
振り向くと、店内から数本の剣を持ったマサムネが現れる。
最初はルリかと思ったが、店内から現れたのがマサムネだったことに武蔵は少しだけ驚いた。
すでにマサムネには伊織のことを頼んであったからだ。
だとすると、わざわざ見送りに来てくれたのだろうか。
「マサムネ殿、いかがされた?」
そう尋ねると、マサムネは「余計なお世話かもしれませんが」と手に持っていた数本の剣を武蔵に見せる。
南蛮風の剣――しかもどれもが小刀の長さに近い剣であった。
「お代は要りませんので、よろしければどれかお持ちください。その折れた小刀では何かと不便でしょう」
「何と……」
これには武蔵も本当に驚いた。
マサムネには昨日の夕餉や今日の朝餉をいただいたり、自分たちが〈ソーマ〉という薬草を持ち帰るまでの伊織の世話を頼むなどしている。
これだけでも多大な迷惑をかけているのに、それ以上にマサムネは自分の折れた小刀のことを気遣って代わりの剣をくれると言うのだ。
武蔵は強い感謝の念を感じつつも、それは貰えないと頭を左右に振った。
「さすがにそこまでしていただくわけには参りませぬ。伊織の面倒を看てくれるだけで十分です。それに……」
武蔵はマサムネが持っている剣から自分の小刀へと視線を移す。
「こやつとも長い付き合いです。小刀としての本来の役目はもう果たせませんが、南蛮の剣よりも腰に差していたほうがしっくりと来るので……ですから、お気持ちだけありがたく頂戴いたす」
嘘偽りのない本音であった。
マサムネの気持ちは大変にありがたかったが、やはり腰に帯びているのは剣よりも刀のほうがいい。
それに小刀は折れているだけで錆びているわけでもないので、巨猿や隻腕の兵法者に使ったように飛刀術としてならば十分に扱えた。
むしろ、刀身が短くなった分だけより精妙に威力を乗せて使えるようになったほどだ。
とはいえ、将来的にはどうにかしなくてはならないだろう。
飛刀術でしか使われないと言うのも、小刀からしてみれば無念に違いない。
「武蔵さん……あなたは本物のサムライなのですね」
小刀に対する思いを正直に口にしたとき、マサムネは嬉しそうに大きく頷いた。
「代わりの剣を、などと出過ぎた真似をして申し訳ありませんでした。このことは忘れて下さい」
マサムネは武蔵に対して深々と頭を下げる。
「お詫びと言ったら何ですが、伊織さんのことはお任せください。出来る限りのことはさせていただきます」
今度は武蔵がマサムネに頭を下げた。
「そう言っていただけると大変に助かります。何卒、伊織のことをよしなに。この礼は必ずいたしますゆえ」
と、武蔵がマサムネに心から思っていたことを伝えたときだ。
「礼などとはとんでもない。あなたたちはマサミツの命の恩人でもあるのですよ。お礼ならばこちらがしたいほどです」
ただ、とマサムネは神妙な面持ちで二の句を紡ぐ。
「あなたが無事に帰ってきたあかつきには、一つだけ私の願いを聞いていただけませんか?」
武蔵は「願いですと?」とマサムネに訊き返す。
マサムネは大きく首を縦に振った。
「それは構いませんが、どのような願いなのですかな?」
一宿一飯以上の借りを作っているマサムネの願いならば、大半のことは聞き入れようと武蔵は思った。
やがてマサムネが「それは……」と内容を話そうとしたときである。
勢いよく出入口の扉を開けてルリが出てきた。
「待たせたな、オッサン。おかみさんには薬について一通り説明してきたさかい、これで数日は伊織も何とか持つやろ。あとはなるべく早く〈ソーマ〉を見つけて戻るだけや」
「うむ、そうか」
これでようやく役者が揃った。
あとは冒険者ギルドへと赴き、冒険者とやらになって迷宮へ行く。
そして〈ソーマ〉という約束を見つけて持ち帰るのみだ。
しかし、その前に聞いておくことがある。
「……して、マサムネ殿。そなたの願いと言うのは?」
中途半端に聞きそびれてしまったことを尋ね返す武蔵。
そんな武蔵にマサムネは軽く頭を左右に振った。
「いえ、それはお二人が帰ってきたときに改めてお話いたします」
時が惜しかったこともあったので、武蔵もそれ以上に聞くのは止めた。
「それでは、マサムネ殿。伊織のことをよろしくお頼み申す……しからば、ご免」
武蔵は振り返ると、ルリに「行くぞ」と告げて歩き始める。
「そんな焦んなや、オッサン。そんなに急いでも冒険者ギルドは逃げへんよ」
そう言いながら、ルリは武蔵の背中を追うようにして歩を進めていく。
マサムネは遠ざかる二人の背中に向かって頭を下げる。
「ご武運をお祈りしております」
通りの奥へと消えていく武蔵とルリに対して、マサムネはいつまでも頭を下げ続けていた。
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