表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/64

四十二の太刀  覚醒、宮本伊織の天掌板

(て、天掌板(てんしょうばん)? あの右手が?)


 カイエンの天掌板(てんしょうばん)を見た伊織は、あまりの衝撃に言葉が出なかった。


 ルリや赤猫(チーマオ)から詳しく教えられたことなので、天掌板(てんしょうばん)の性質については記憶にも新しい。


 そして半透明の板ではないということは、カイエンの天掌板(てんしょうばん)は第二段階の〈練気化(れんきか)〉なのだろう。


 天掌板(てんしょうばん)の〈練気化(れんきか)〉。


 半透明の板である第一段階の〈練精化(れんせいか)〉と違い、第二段階の〈練気化(れんきか)〉まで天掌板(てんしょうばん)の力を向上させることが出来ると、術者の性格や嗜好(しこう)に影響された武器やアイテムに変化するというのだ。


 けれども、まさか人間の身体の一部にまで変化するとは思わなかった。


 伊織は錯覚(さっかく)かもしれないと何度か(まばた)きを繰り返したが、やはりカイエンの天掌板(てんしょうばん)は本物の人間の右手にしか見えない。


 しかもその右手が、(まぎ)れもなく空中に浮かんでいるのだ。


 それは天掌板(てんしょうばん)顕現(けんげん)したときと同じであった。


 だとすると、やはり浮かんでいる右手は天掌板(てんしょうばん)が変化したものに違いない。


 一方の武蔵は眉間(みけん)に深くしわを寄せると、右半身になって腰を落とした。


 次の瞬間、白煙で(かたど)られた二人目の武蔵だけが霧散(むさん)する。


 なぜかは伊織にも分からなかった。


 白煙で(かたど)られた二人目のカイエンは残っているのに、どういうわけか白煙で(かたど)られた二人目の武蔵だけが消えてしまったのである。


 伊織が頭上に疑問符(ぎもんふ)を浮かべると、臨戦態勢を取った武蔵がカイエンに向かって(つぶや)く。


()()()()どころか、異形の者であったか」


 この武蔵の言葉を聞いて、カイエンの目眉(めまゆ)がぴくりと動いた。


「異形の者……か。確かにそう呼ばれることは多い。だが拙者(せっしゃ)のことをそう呼んだ人間は、一人たりともこの世にはもうおらん。なぜか分かるか?」


 不意にカイエンの全身から、凄まじい殺気が放出された。


 その殺気はさながら突風(とっぷう)となって、武蔵と伊織の身体を容赦(ようしゃ)なく圧してくる。


 同時に白煙で(かたど)られた、二人目のカイエンに動きがあった。


 白煙で(かたど)られたカイエンが、左手に持っていた小刀を天高く放り投げるような動作をしたのだ。


 しかし、白煙で(かたど)られた小刀は手元から離れてすぐに霧散(むさん)してしまった。


 奇妙な光景に伊織が目を丸くさせていると、カイエンは続きの言葉を武蔵に言い放つ。


拙者(せっしゃ)のこの右手によって、一人残らずあの世へと旅立ったからだ」


 直後、()()()()()()()は左手に持っていた()()()()()を天高く放り投げた。


 すると天掌板(てんしょうばん)の右手は天高く放り投げられた小刀に向かって飛んでいき、空中でしっかりと小刀の(つか)の部分を握ったのである。


 それだけではない。


 小刀を握ったカイエンの右手はそのまま空中を泳ぐように移動し、やがて生身のカイエンの目の前までぴたりと止まったのだ。


 このとき伊織は、自由自在に動いた天掌板(てんしょうばん)の右手を見て、まさかと思った。


 続いてリーチの死体に視線を移す。


 ずっと気になっていたリーチの殺害方法――それは天掌板(てんしょうばん)を変化させた右手で行ったのかもしれない。


 たとえばリーチの顔面に天掌板(てんしょうばん)の右手を飛ばし、拳打(けんだ)掌打(しょうだ)のどちらかを食らわせて(ひる)ませる。


 その隙にリーチの手から同じく天掌板(てんしょうばん)の右手で斧を奪い取り、すかさずリーチの頭部に振り下ろしたのではないか。


 などと推測を立てた伊織を無視して、カイエンは武蔵のみに敵意を向ける。


 おそらく、この場で危険なのは武蔵一人だけと判断したのだろう。


 カイエンは武蔵への眼光を鋭くさせる。


 そして――。


冥土(めいど)土産(みやげ)だ。拙者(せっしゃ)の〈幻影操手(げんえいそうしゅ)〉の力、とくと見せてやろう!」


 そう言うなり、最初に動きを見せたのは白煙で(かたど)られたカイエンだった。


 白煙のカイエンは、武蔵に向かって左手を大きく突き出すような動作をする。


 次の瞬間、小刀を握っているカイエンの右手が武蔵に向かって飛翔(ひしょう)していく。


 それも小刀の切っ先を武蔵に合わせたまま、結構な速度を(ともな)ってだ。


 これには百戦錬磨(ひゃくせんれんま)の武蔵も面を食らったのだろう。


 顔面目掛けて飛んでくる右手一本の突きに対して、武蔵は突きが当たる直前に真横へ大きく跳躍(ちょうやく)することで何とか回避(かいひ)する。


 だが、〈幻影操手(げんえいそうしゅ)〉と呼ばれたカイエンの右手は止まることを知らなかった。


幻影操手(げんえいそうしゅ)〉は突きを(かわ)されると、まるで意志があるように向きを変えて再び武蔵へ飛行していく。


 これにはさすがの武蔵も防戦一方にならざるを()なかった。


 今の武蔵は両手が刀袋で(ふさ)がっている状態であり、とても自分の大刀を抜いて闘える状況ではなかったからだ。


 ならば大刀と小刀が入った刀袋を捨てて闘えばいいではないか、というのは刀の扱い方を知らない現代人の考え方でしかない。


 けれども剣道と居合道を幼少の頃から学んでいた伊織にとっても、竹刀や木刀はおろか日本刀という存在は特別なものであった。


 己の一生を刀に見立てて乱世を生きた武蔵ならば、なおさら粗末(そまつ)には扱えなかったはずである。


 ましてや人質の命運を握っている二振りの刀となれば、床に落とすどころか一瞬でも手放すわけにはいかないと武蔵は考えているはずだ。


 そんな武蔵に対して、カイエンが不敵な笑みを浮かべた。


「中々にやりおる……だが、本番はここからだ」


 続いてカイエンの全身を覆い尽くしていた、黄金色の燐光(りんこう)の旋回速度が明らかに上がった。


 その旋回速度に呼応するように、〈幻影操手(げんえいそうしゅ)〉の移動速度も上がる。


 まずい、と伊織は思った。


 完全に今の武蔵は、〈幻影操手(げんえいそうしゅ)〉からの回避行動を()いられていた。


 加えて〈幻影操手(げんえいそうしゅ)〉の移動速度が上がったことで、カイエン本人を狙うことも圧倒的に難しくなっている。


 それは(はた)から見ていた伊織もよく分かった。


幻影操手(げんえいそうしゅ)〉を操っているカイエンに間合いを詰めようとしても、まったく予期しない角度から刃の切っ先が文字通り飛んでくるのだ。


 しかも〈幻影操手(げんえいそうしゅ)〉の攻撃方法は突きだけではなかった。


 それこそ〈幻影操手(げんえいそうしゅ)〉による袈裟斬(けさぎ)りや横一文字斬(よこいちもんじぎ)りなど、多彩な斬撃が武蔵に繰り出されている。


 いくら宮本武蔵とはいえ、永遠に〈幻影操手(げんえいそうしゅ)〉による攻撃を(かわ)し続けることは出来ないだろう。


 伊織の脳裏に、最悪な映像が浮かんでくる。


 やがて体力の限界を迎えた武蔵が、〈幻影操手(げんえいそうしゅ)〉が握っている小刀に串刺しにされる光景が。


 事実、武蔵の避け方に余裕が感じられなくなってきた。


 これまでの闘いとは勝手が違ったこともあるだろうが、やはり〈幻影操手(げんえいそうしゅ)〉の動きがより速く、より複雑になってきたことが大きな原因だろう。


 このままでは、本当に武蔵は致命的なダメージを負ってしまうかもしれない。


 では、弟子の自分は武蔵がやられるのを黙って傍観(ぼうかん)しているべきか。


 答えは絶対に(いな)である。


 互いに納得している尋常な果たし合いならばともかく、これはカイエンの魔の手からマサミツを救う闘いなのだ。


 だとすれば、伊織のやるべきことは一つである。


(私がマサミツ君を救うんだ!)


 伊織は自分を(ふる)い立たせると、現状を打破するために思考を働かせた。


 現在、自分は完全に蚊帳(かや)の外に置かれている。


 剣士としては屈辱的なことだか、見方を変えればカイエンに対して不意をつけることを意味していた。


 または何とかカイエンの目を()いくぐり、マサミツだけを取り戻せるならベストなのだが――。


(たぶん、それは無理)


 伊織は奥歯をぎりりと(きし)ませた。


 腐ってもカイエンは一流の兵法者なのだ。


 武蔵に意識を向けながらも、自分に対する警戒も(おこた)っていないはずである。


 ならばカイエンの(すき)をつき、マサミツを取り返すことは不可能に近い。


(じゃあ、どうすればいいの……)


 伊織は自分の不甲斐(ふがい)なさに、下唇(したくちびる)を噛み締めた。


 マサミツを救うと息巻いたものの、今の自分には決定的な手段が何もないのだ。


 仮に先ほどまで武器にしていた鉄棒を拾ったとしても、本気になったカイエンには絶対に通じないだろう。


 となると残る武器は自分の五体だけなのだか、武器を持っても勝てない相手に素手で勝てるはずがない。


 伊織は利き腕である右手を顔の前まで持ってきて、爪が皮膚に食い込むほど強く握り締めた。


(私にもっと力があれば……)


 そしてふっと力を抜き、右拳を開いて(てのひら)を上に向けたときだ。


 伊織の掌上(しょうじょう)に半透明の板が顕現(けんげん)した。


 まるで伊織の悔しさを感じ取り、自分の意志で現れたかのようである。


 しかし顕現(けんげん)した天掌板(てんしょうばん)を見て、伊織の悔しさはさらに激しさを増していく。


 それは天掌板(てんしょうばん)の第一段階の〈練精化(れんせいか)〉であり、ほとんど身分証明くらいにしか役に立たない状態だからだ。


 だからこそ、伊織は心中で首を大きく左右に振った。


(違う。私が欲しいのは、こんなステータスもどきじゃない。お師匠様やルリのような本当の――)


 力が欲しいと、強く願ったときだ。


「――――ッ!」


 伊織は自分の下丹田(げたんでん)に凄まじい熱量と圧力を感じた。


 やがて、はたと気づく。


 下丹田(げたんでん)の位置に、黄金色に輝く光球が出現していることを。


「これって……」


 伊織は顔を下に向け、下丹田(げたんでん)の位置に出現した光球を食い入るように見た。


 その光球からは(まばゆ)燐光(りんこう)噴出(ふんしゅつ)し、右回りに旋回して伊織の全身を覆い尽くしていく。


 武蔵やカイエンと同じ、異様な状態になった伊織。


 だが、すぐに伊織は我が目を疑うことになる。


 光球が次第に()()へと変化していき、伊織の全身を覆っていた燐光(りんこう)も明らかな火の粉へと変わったのだ。


 第三者からすれば、伊織の身体は火だるまになったような光景である。


 けれども、伊織自身は炎に包まれているような熱さは感じていなかった。


 感じていたのは、血液が沸騰(ふっとう)するほど体内から(あふ)れてくる生命のエネルギーだ。


 そう認識した瞬間、伊織の全身を覆っている火の粉に動きがあった。


 とてつもない生命の力が感じられた大量の火の粉は、伊織が顕現(けんげん)させた天掌板(てんしょうばん)へと吸い寄せられていく。


 数秒も経たないうちに、天掌板(てんしょうばん)も伊織と同様に火だるまになった。


 伊織は(まばた)きをすることも忘れ、炎に包まれた天掌板(てんしょうばん)を見つめる。


 やがて炎に包まれた伊織の天掌板(てんしょうばん)は、半透明の板から別の形へと姿を変えた。


 緋色の火の粉を散らす、一振りの火焔剣(かえんけん)へと――。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


中々、面白かった。


何か続きが気になるな。


今度、どうなるんだろう。


などなど、少しでも気になる要素がありましたら


是非とも広告の下にある☆☆☆☆☆を★★★★★にさせる評価ボタンがありますので、ぜひともこの作品への応援などをよろしくお願いいたします。


面白かったら★5つ、つまらなかったら★1つと率直な評価でけっこうです。


また面白い、つまらない、微妙だな、など読者様の正直な感想をいただけると幸いです。


その中でも面白かったと思われた方、よろしければブックマークのボタンも押していただけると物凄く嬉しいです。


どうぞ、よろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ