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二十八の太刀  秘められた天理の力

「武蔵さんが顕現させている天掌板の……本来の力のことッす」


 赤猫(チーマオ)眉間(みけん)にしわを寄せた武蔵を見つめる。


「天理使いが顕現できる天掌板の力には段階があるんッす。一つは自分の経歴や素質のある職業などが記された第一段階の〈練精化(れんせいか)〉。これは一説によると顕現させた術者の潜在能力が可視化されたものではないかと言われてるッすが、あくまでもそう言われているだけで本当のところは不明ッす。ただ、冒険者の中ではAクラスからSクラスに昇格する際の条件の一つとして必要なんッすけど――」


 そこまでは伊織も知っていた。


 ギガントエイプに襲われる前に、隣にいるルリがステータスの力とともに教えてくれたのだ。


「戦闘に重要なのは、第二段階の〈練気化(れんきか)〉からなんッす。第一段階の〈練精化(れんせいか)〉も身分証明や術者の向かうべき方向を知るためにも役に立つッすが、第二段階の〈練気化(れんきか)〉まで練ると、術者の潜在能力に呼応して天掌板が変化するんッすよ」


「しかも〈練気化(れんきか)〉まで変化した際の物質現象は、顕現させた術者自身の性格や嗜好(しこう)に物凄く影響するんや。それは魔法使いのステータスも同じなんやけど、魔法使いやったら代表的な自然の力――地水火風(ちすいかふう)の四属性のどれかの物質現象に変化するのが特徴やな」


 続きの説明をしてくれたのはルリである。


「そんで魔法の属性にはもう一つ〝(くう)〟っちゅう属性があるんやけど、この属性を持つ奴は特別すぎるから詳しい説明ははぶくわ……何にせよ魔法使いのステータスと違って、天理使いの〈練気化(れんきか)〉の状態は術者の性格や嗜好(しこう)が反映したアイテムや武器に変化することが多いんとちゃうか」


「そうッすね」


 赤猫(チーマオ)は大きく頷くと、おもむろに右手の掌を上に向けた。


「例えば私の場合はこれッす――过来(グオライ)(来い)、通背(トンペイ)鬼剣(クイチェン)


 赤猫(チーマオ)の右手の掌上に、一本の細身の中国刀が顕現する。


「私は幼い頃から師父(シーフー)(お師匠)に拳法を叩き込まれたッすから、〈練気化(れんきか)〉まで天掌板を練られたとき、その拳法で使う刀とほぼ同じ形状に変化したッす」


 そう言うと、すぐに赤猫(チーマオ)の天掌板が消失した。


「さすがに昨日の今日なので、まだ上手く天掌板の顕現を維持できないッすね。もう少し身体を回復させれば元に戻るとは思うんッすが……」


 はっ、とルリが鼻で笑った。


「師匠と違ってまだまだやな。内丹法(ないたんほう)の修行不足とちゃうか? まったく、これじゃあ冒険者ギルド・アルビオン支部の〈双剣(シュアン・チェン)〉の二つ名が泣くで」


「へえ……じゃあ、今すぐあんたのステータスも顕現させて欲しいッす。そこまで言うくらいなら、昨日の今日でも三分は維持できるッすよね? もちろん、維持させるのは〈練気化(れんきか)〉の状態ッすよ」


「……すまん、今は五秒くらいが限界や」


 などと二人の話を聞いていた伊織は、ふと昨日のルリとの会話を思い出した。


「一つ確認したいんだけど、魔法使いのステータスって出し続けていると身体に悪いのよね?」


 確かルリはステータスを出している間は魔力を消費している状態であり、出し続けていると魔力が無くなって意識を失ってしまうと言っていたはずである。


「よく覚えてたな。そうや、ステータスは顕現させるのも維持するのにも魔力を消費するさかいな。普段はおいそれと出さんわ。それこそ、ここぞというときのために温存しとくもんや」


「そうなんだ。じゃあ――」


 と、伊織はルリから赤猫(チーマオ)へ視線を移動させる。


「天理使いの天掌板も、顕現と維持に魔力を使うの?」


 赤猫(チーマオ)は小さく頭を左右に振った。


「魔力を使うのは魔法使いのステータスだけっすね。天理使いの天掌板に必要なのは気力ッす。この二つの力は根本的にほぼ同じ力なんすッが、肉体の中で魔力が左回転、気力が右回転と流れ方が分かれているので別の性質になっているんッす。魔法使いが左手のステータス、天理使いが右手の天掌板と左右の手でしか顕現と発動ができないのはそのためなんッすよ」


「ごめん、あまり詳しいことは分からないんだけど……つまり、ステータスも天掌板もずっと出し続けているとマズイってことね?」


 それはマズイわ、とルリが話に割り込んでくる。


「昨日も説明したと思うけど、ステータスにしろ天掌板にしろ顕現させた状態は大怪我を負って出血している状態に近い。特に第二段階の〈練気化(れんきか)〉は第一段階の〈練精化(れんせいか)〉よりも何倍も魔力か気力を消費するんや。それこそ実績と修行を積んだSクラスの冒険者か、そのSクラスの冒険者に戦闘を指南する〈達人級(ハイマスター)〉と呼ばれる兵法者(ひょうほうしゃ)やったら一時間か二時間は維持できるんやろうけど……それも気力と体力が最大限に充実しているときだけやろうな」


「ルリの言う通りッすね。たとえば気力と体力を極限まで削られた闘いのあとなんかは、さすがのSクラスの冒険者や兵法者でも顕現はできても長時間の維持はできないと思うッすよ。それこそ、維持している時間が長ければ長いほど苦痛を感じるはずッす……ここまでは理解できたッすか?」


「うん、何となく理解できた……じゃあ、もう一つ聞いていい?」


 伊織はルリと赤猫(チーマオ)から視線を外し、ベッドの上で胡坐(あぐら)をかいていた武蔵を見た。


「どうしてお師匠様は昨日の今日なのに、〈練気化(れんきか)〉した状態の天掌板を顕現させたまま平然としているの?」


 ルリと赤猫(チーマオ)は何かに気づいたように、目を丸くさせて武蔵に目をやる。


 三人の見つめる先には、何食わぬ顔で天掌板を顕現させ続けている武蔵がいた。


「おいおい、オッサン。そう言えばさっきからずっと天掌板を出し続けているやないか。それで何ともないんか? 昨日の怪我の具合もあるやろ」


「怪我の具合の良し悪しだけを答えるならば、まだまだ本調子とは呼べんな。だが、刀に変化したこの人別帳もどきを出しているだけならば平気だ。むろん、お主らの話によると今だけかもしれんがな」


「でも、今のところ平気なんッすよね? ちなみに、あとどれぐらい出していられそうッすか?」


 武蔵は天掌板を眺めながら低く(うな)る。


「俺にも正確なことは分からぬが、感覚で答えてもよいのなら一時(いっとき)(二時間)は可能かもしれんな」


 ルリと赤猫(チーマオ)は武蔵から伊織へと目線を移した。


「何や大倭国(やまとこく)の連中みたいな言葉を使うんやな……おい、伊織。一時(いっとき)ってどれぐらいの時間のことなんや?」


「え? ああ……え~と、確か二時間くらいのことだったかな」


「二時間!」


 と、ルリと赤猫(チーマオ)はハモリながら大声を上げる。


「ホンマにオッサンは何者やねん。街災級のギガントエイプを一人で倒してまうわ、天掌板を怪我した状態でも出し続けられるわ。まったくもって普通やないで」


「本当にそうッすよ。しかも武蔵さんは冒険者登録もしていない等級なし(ノークラス)なんッすよね。まさか、異世界人の男はみんな武蔵さんのような強さなんッすか?」


 伊織は力強く顔を左右に振った。


「そんなわけないじゃない。はっきり言ってお師匠様が特別すぎるだけよ。それも私のいた世界の歴史上においてもね。それに比べて私は……」


 伊織は何気なく右手の掌を上に向け、心の中で天掌板が空中に出現するイメージを強める。


 天掌板は瞬く間に顕現した。


 けれども顕現した天掌板は、第一段階の〈練精化〉でしかない。


 続いて伊織は天掌板を見つめながら、この半透明の板の〈練精化〉した天掌板を変化させようと試みる。


 どうやったら変化するかは分からない。


 とにかく伊織は〝何かが変わる〟ように念じ続けたが、肝心の天掌板はまったくの無反応であった。


 それどころか、天掌板を出し続けていた伊織は次第に気持ち悪くなってきた。


 まるで全身から血が抜けていくような不快感が現れてくる。


「よせ、伊織。それ以上、人別帳もどきを出し続けるな」


 武蔵は伊織の異変に気づいたのか、すぐに天掌板を消すように言った。


「でも、お師匠様。私もお師匠様みたいに天掌板を〈練気化(れんきか)〉まで――」


「師の命令が聞けんのか? 俺はやめろと言っているのだ」


「う……」


 さすがの伊織も師弟関係を持ち出されてはぐうの音も出ない。


 伊織は心の中で天掌板を消すイメージをする。


 すると伊織の天掌板は掌の中に吸い込まれるように消えていく。


 正直、武蔵に言われなくとも伊織の天掌板の維持は限界であった。


 気力と体力が充実していたときは気にならなかったが、まだ全身の打撲が残っている今の状態では第一段階の〈練精化〉の維持すらも相当な体力が削られることが骨身に染みたのだ。


 続いて武蔵も自分の天掌板を消した。


 ただし、武蔵の場合は伊織と違って天掌板の維持に限界が来たからではない。


 天掌板を出していると弟子の伊織が無意識に自分も出していなければ、という強迫観念に駆られると思ったからだろう。


「焦るな、伊織。何事も身につけるのには段階がある。むろん、身につきやすいと(にく)いの差はあるが、それは今まで土台を積み重ねてきた差でしかない。この人別帳もどきもそうだ。心身ともに未熟な今のお主では、どう足掻(あが)いてもそれ以上は進めぬだろう」


「それって私には素質がないってことですか?」


 伊織は消え入りそうな声で尋ねた。


 見ず知らずの赤の他人に言われるのならばまだしも、日本史上において天下無双と呼ばれた剣聖に面と向かって言われると絶望してしまう。


「誰もそんなことは言ってはおらん。お主は女子(おなご)にしては身体もできている、あの巨猿を前に気を失わずにいた胆力もある……足りぬのは修行と場数だ」


 武蔵は両腕を組み、伊織に鋭い眼光を飛ばした。


「伊織よ、俺がこの異世界で天下無双人となると決めたことは承知(しょうち)しているな。そのためには凶悪な魔物のみならず、己の死を感じるほどの強者と死合って生き残らなくてはならん。その宮本武蔵の弟子となった以上、お主にも絶えず生死を分かつほどの苦難が襲いかかってくるだろう」


 だからこそ、と武蔵は語気を強めて言い放つ。


「いかに日々の修行を工夫するか、そして実戦の場数をいかに的確にこなすかを考えよ。この二つさえ(おこた)らなければ、おそらく人別帳もどきの変化など勝手についてくるわ。むろん、俺は師匠としてお主を厳しく鍛えるつもりだ。よいな?」


「は、はい。よろしくお願いします」


 などと伊織が大きく頭を下げたときである。


「なあ、オッサン。その天下無双って強さを極めるっちゅうことなんか?」


「そうだ。この世において並ぶべき者がいないほどの強者――それが天下無双人のことよ」


「え? じゃあ、オッサンらはこの世界で強くなるために異世界から連れて来られたんか?」


 ルリが小首を傾げながら武蔵に訊く。


「それは違う。あるびおん城の城主が俺たちを異世界から連れてきたのは、強大な魔を討つ勇者とやらになって欲しかったらしい。しかし、俺と伊織には魔法の才能が無いということで落胆(らくたん)されてな。まあ、その後は色々あってこうして放免の身になったのだが……」


 武蔵は「問題はそのあとだったわ」と半ば苦笑しつつ言葉を続ける。


「着の身着のまま放り出されたことで路銀がないことに気づいてな。路銀がなければ他の土地へも行けず、ましてや強者の手がかりすら得ることも難しい……そこで俺たちは放免になった足で冒険者ぎるどへと向かったというわけだ」


「なるほど、冒険者ギルドに来たのはそのときだったわけッすか。これでようやく納得したッす。どうりでいきなりSランクの依頼を要求したはずッすよ。まったく、この世界の常識がわからなかったからなんッすね」


(う~ん、あの時点で説明はしてたんだけどな……ただ、お師匠様に理解できてもらえなかっただけなんだよね)


 伊織の心中の呟きに構わず、赤猫(チーマオ)は続きの言葉を口にしていく。


「ともかく、今の武蔵さんらは大手を振って街中を歩ける身分というわけッすね」


 うむ、と武蔵は一つ頷いた。


「そんで放免になったはいいけど、金がなくて困ってるっちゅうわけか」


 うむ、と武蔵は一度目よりも強く頷いた。


「要するに、オッサンらは現状こんなところなんやな?」


 ルリは武蔵の話を要約してくれた。


 ①武蔵は異世界で天下無双(強さを極めた者)になりたい。


 ②天下無双を目指しつつ、弟子の伊織も強くする。


 ③金を稼ぎたい。


 ルリは赤猫(チーマオ)の意見を聞くため「なあ、おい」と声をかける。


「こんなもん、解決する方法は一つしかないやんな?」


「多分、私もあんたと同じことを考えたと思うッす。天下無双とやらになるならないはともかく、他の条件を満たすことが出来るのはあれをするしかないッすよ」


 伊織は「何かいい方法があるんですか!」と食い気味に尋ねた。


 ①と③はともかく、②は自分も大いに努力しなければならないことである。


 そして武蔵の期待に応えることができるのならば、どんなことでも挑戦しようと今の伊織は改めて覚悟を決めたからだ。


「別に特別なことやあらへん。冒険者やったら絶対に一度はやっていることやで」


 ルリは一拍の間を空けて二の句を(つむ)ぐ。


迷宮(ダンジョン)に潜ることや」

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


中々、面白かった。


何か続きが気になるな。


今度、どうなるんだろう。


などなど、少しでも気になる要素がありましたら


是非とも広告の下にある☆☆☆☆☆を★★★★★にさせる評価ボタンがありますので、ぜひともこの作品への応援などをよろしくお願いいたします。


面白かったら★5つ、つまらなかったら★1つと率直な評価でけっこうです。


また面白い、つまらない、微妙だな、など読者様の正直な感想をいただけると幸いです。


その中でも面白かったと思われた方、よろしければブックマークのボタンも押していただけると物凄く嬉しいです。


どうぞ、よろしくお願い致します。

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