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二十六の太刀  死闘の果てに

 潮風が吹きつける砂浜の中に、相対する二人の剣士がいた。

 

 一人は(かい)に似た木刀を持った、頭に白鉢巻(しろはちまき)を巻いた筋骨たくましい剣士。


 宮本武蔵である。


 もう一人は同じく額に白鉢巻(しろはちまき)を巻き、三尺(約90センチ)の長刀(ながだち)を持った美青年の剣士であった。


「宮本武蔵……刻限に遅れて我を()らそうとした卑怯者め! 我が巌流(がんりゅう)(わざ)をもって、この舟島(ふなじま)を貴様の墓標(ぼひょう)にしてくれようぞ!」


 美青年の剣士――佐々木小次郎(ささきこじろう)は左肩に担いでいた長刀(ながだち)を一呼吸で抜き放ち、砂浜に(さや)を投げ捨てて言い放った。


 直後、小次郎は八相(はっそう)の構えを取る。


 武蔵は砂浜に投げ捨てられた(さや)を見て、それから憤怒(ふんど)の表情を浮かべていた小次郎に目線を移した。


「小次郎殿、(さや)を投げたるは合戦(かっせん)心得(こころえ)。それは俺も同意する。されど、ここは断じて合戦の場にあらず!」


 武蔵は小次郎と同じく八相に構え、射貫(いぬ)くような視線を飛ばした。


「小次郎、やぶれたり!」


 細川家の立会人や小次郎の弟子たちが見守る中、武蔵は自身の勝ちを高らかに宣言する。


「たわけたことを……ここで負けるのは貴様のほうぞ!」


 小次郎は八相の構えのまま、足場の悪い砂の上を猛進(もうしん)してきた。


 武蔵も気迫に負けじと小次郎に向かって疾駆(しっく)する。


 やがて三間(さんけん)(約5.5メートル)の間合いが縮まったとき、最初に剣を出したのは小次郎のほうであった。


 小次郎は自慢の長刀(ながだち)を、武蔵の頭頂部へ向けて振り下ろす。


 武蔵は両足に力を込めて急停止すると、この上段打ちを後方に下がることで回避した。


 しかし、小次郎はすぐさま刃を返して長刀(ながだち)を斬り上げてくる。


 つばめ返し、と呼ばれた小次郎の秘剣であった。


 このとき、小次郎は自分の勝ちを確信したことだろう。


 なぜなら武蔵が使っていた木刀は見るからに重そうな木刀であり、当たれば威力は絶大だが一振りするには相当な筋力と時間がかかると読んでいたからだ。


 だが、小次郎の読みに反して武蔵の木刀は信じられない速さで走った。


 勝負は一瞬で決着した。


 武蔵は小次郎の二撃目の斬り上げを受ける前に、驚異的な身体能力と下丹田(げたんでん)の力を集中させた木刀で小次郎の頭部を打ち砕いたのである。


 頭蓋(ずがい)を割られた小次郎は、そのまま前のめりに崩れ落ちる。


 武蔵は三呼吸ほどしたあと、砂浜に木刀を捨てて立ち去ろうとした。


 そのときである。


「おのれ……武蔵……」


 武蔵は驚いた顔で小次郎を見下ろした。


 頭を割られて血と脳漿(のうしょう)を出しながらも、小次郎はまだ息があったのである。


「覚えておれ……この、佐々木小次郎……たとえ、この世で……朽ち果てようと……来世で魔人に生まれ変わり……必ず貴様を打ち果たしてくれる」


 そこでようやく小次郎は息絶えた。


(急ぎここから離れなければ――)


 と、武蔵が舟島まで()いできた小舟に戻ろうと振り向いたときだ。


『ウキャキャキャキャキャ――――ッ!』


 武蔵は口から心臓が飛び出るほど驚愕(きょうがく)した。


 いつの間にか、目の前に十六尺(約5メートル)はある異形の巨猿が立っていたのである。


 そんな異形の巨猿の顔面は真っ二つに割れており、その傷口からは大量の血と脳味噌の一部が流れ出ていた。


『宮本武蔵……貴様ハ、コノ世界デ、天下無双ニハ絶対ニナレナイ。俺程度ニ勝テテモ、魔人ニハ絶対ニ勝テハシナイノダ』


 そう言うと異形の巨猿は右拳を天高く上げ、呆然と(たたず)む武蔵に向かって振り下ろした。


 小型の岩石と見間違うばかりの右拳が、武蔵の脳天へと吸い込まれていく。


 そして――。



「うおおおおおおお――――っ!」


 武蔵はあらん限りの声を上げて目を覚ました。


 やがて何度も瞬きをして意識をはっきりとさせる。


(どこだ……ここは……)


 武蔵の視界に飛び込んできたのは、見慣れない木造の天井であった。


 小次郎と死合った舟島ではない。


 武蔵は顔だけを左手側に向けると、石造りの壁に空けられた小さな穴が見えた。


 その穴から差し込んでいる日の光で今が夜ではなく日中であることと、自分が室内で寝かされているということは理解できた。


(あれは夢だったのか……)


 徐々に思考が正常に戻ったとき、武蔵は再び天井に顔を向けて息を吐いた。


 最悪な夢である。


 舟島で佐々木小次郎と剣を交えたことや、異形の巨猿と闘ったことも事実であったが、それらの記憶が夢の中で合わさったときの威力は相当なものであった。


 正直、あのような悪夢は二度と見たくない。


 などと考えたとき、武蔵は両目を見開いてはっと気づく。


「伊織!」


 武蔵は弟子の名を叫びながら、上半身だけを無理やり起こした。


 そうである。


 自分のことはともかく、弟子の伊織があれからどうなったのか知りたい。


 けれども、上半身を起こしたときに武蔵は「ん?」と眉根を寄せた。


 むにゅ。


 武蔵は右手に柔らかな感触を感じたのである。


 むにゅむにゅ。


 そのあまりの柔らかに、武蔵は無意識に何度も揉みしだいてしまう。


「……んん」


 吐息混じりの甘い声が武蔵の耳朶(じだ)を打つ。


 武蔵はおそるおそる、柔らかい感触のある右手に視線を移した。


 そこには襦袢(じゅばん)のような衣服を着た少女が寝息を立てていたのである。


 ルリであった。


 そして武蔵の右手は、あろうことかルリの胸を揉んでいたのだ。


「――――――ッ!」


 武蔵が声にならない声を上げたとき、扉を蹴破るような勢いで部屋の中に誰かが入ってきた。


「大丈夫ですか、お師匠様! 今、大きな叫び声が聞こえて――」


 と、血相を変えて部屋の中に入ってきたのは伊織であった。


 しかし、伊織はすぐに武蔵とルリを見て目を丸くする。


「待て、伊織! 誤解だ! 俺は何もしてはおらん!」


 必死に武蔵が釈明を始めたのも束の間、当の本人であるルリが「何や、朝っぱらからうっさいの~」と伸びをしながら目を覚ました。


「あなた、どうしてこんなところで寝ているのよ!」


 全身をわなわなと震わせながら、伊織は武蔵にではなくルリに怒声を上げる。


「はあ? うちが未来の旦那と一緒の床について何が悪いんや?」


「み、未来の旦那!」


 これには伊織も激しく驚き、よろけるように後退(あとずさ)りする。


「そうや。あのギガントエイプを倒した強さに、うちは心の底から惚れてしもうてん。そんでオッサンには悪いとは思ったけど、どうしても我慢できずに一夜を共にさせてもろうたんや」


「まさか……その……二人とも……本当に男女の仲に……」


 伊織の目尻が下がり、顔がみるみるうちに青ざめていったときだ。


「嘘ッすよ」


 動きやすそうなシャツとズボン姿の赤猫(チーマオ)が部屋の中に入ってきた。


「伊織さん、このチビかす魔法使いの言うことを真に受けたらダメッす。どうせ、武蔵さんの強さが金になると踏んで近づいただけッすよ。それに夜のうちにベッドに忍び込んだのも、あわよくば既成事実を作って金がむしれるかもと思ったからじゃないッすか。何もなかったに決まってるッす」


「随分な言い方やな、クソでか拳法女。うちがそんな金の亡者に見えるんか」


「あんた、自分が冒険者たちの間で何て呼ばれているかはっきりと確認したほうがいいッすよ」


 などと会話を始めた三人を見て、武蔵は「待て待て」と場の注目を集めた。


「すまぬが、ひとまず誰か説明してくれんか? ここは一体、どこなのだ?」


「どこってキメリエス女子修道院に決まってるやないか」


 と、ルリがあっさりと答える。


「その中でもここは修道院の敷地内にある病院の一室ッす」


 続けて答えたのは赤猫(チーマオ)であった。


「私も別の部屋で泊まらせてもらったんですが、最初はびっくりしました。修道院の中にこんな立派な病院があったんですね」


 伊織の発言に「当たり前ッす」と赤猫(チーマオ)は頷いた。


「クレスト教は弱者の救済や保護を教義に掲げた宗教ッすからね。もちろん托鉢(たくはつ)説教(せっきょう)にも力を入れているッすが、大抵の修道院には大なり小なり病院があって修道士たちが怪我人や病人の治療に当たってるッすよ」


「この病院とは医家のような場所なのか?」


 正直、武蔵には病院という言葉の意味が分からなかった。


 武蔵が生きていた戦国の世において、普通の病人や怪我人を治療するのは祈祷師(きとうし)や僧侶たちである。


 むろん金瘡医(きんそうい)(外科医)などと呼ばれた医術者はいたが、そのような医術者の多くは自宅の一部を施術(せじゅつ)の場として開放し、治療代が払える上階級の者のみを手当てする者が多かった。


「え~と、お師匠様がいた時代ですと確か病院は一つだけですね。大分県……いえ、豊後(ぶんご)の国の藩主だった大友宗麟(おおともそうりん)の許可を得て、ポルトガル人が豊後(ぶんご)府内に日本初の病院を建てていたはずです。まあ、私がいた時代にはそれこそ病院があるなんて当たり前になっていたんですけどね。でも、こっちの世界でも病院があったことに驚きました」


 そう伊織が答えを返したとき、ルリと赤猫(チーマオ)は同時に首を(かし)げた。


「ちょう待てや。自分らの時代とかこっちの世界とか何のこっちゃ?」


「まるで自分たちは別の世界から来た……みたいな言い方じゃないッすか?」


 武蔵はふと黄姫(ホアンチー)との会話を思い出した。


 三百年も生きたエルフである黄姫(ホアンチー)でさえ、今まで出会ってきた異世界人は十数人しかいないと言っていたのだ。


 ならば、ルリや赤猫(チーマオ)は異世界人を見たことがないのかもしれない。


 いや、そもそも異世界人という存在すら知らないことも十分にあり得る。


「お、お師匠様……」


 二人に問い詰められた伊織は、助けを求めるような眼差しを武蔵に向けた。


 武蔵は難しい顔で両腕を組む。


(こうなっては仕方ないか)


 黄姫(ホアンチー)から別に正体を隠せとも告げられておらず、ましてや下手な言い訳や隠しごとをしても逆の効果をもたらしかねないと武蔵は思った。


 それだけではない。


 二人はともに死線を(くぐ)った間柄である。


 それにルリや赤猫(チーマオ)には、巨猿を倒せる好機(こうき)(チャンス)をもたらせてくれた恩義もあった。


 ほどしばくして、武蔵は自分たちの正体を明かそうと意を決した。


「俺と伊織はこの世界の人間ではない」 


 武蔵はルリと赤猫(チーマオ)の顔を交互に見ながら言った。


「召喚魔法とやらでこちらの世界に連れて来られた異世界人なのだ」


 ルリと赤猫(チーマオ)は互いに顔を見合わせ、部屋全体を揺るがすほどの大声を上げた。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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