二十の太刀 伝説の幕開け
「全員、落ち着いて対処してくれ! Cクラスは修道女たちに篝火の用意をするよう通達! Bクラスは出入口周辺を厳重に警戒しろ! そしてAクラスはCクラスとBクラスの陣形が乱れないよう指揮系統を守るんだ!」
武蔵たちが外来者用の宿舎の前に来ると、すでに現場は先ほどとは打って変わった物々しい雰囲気が漂っていた。
指揮官であるファングが、必死の形相で他の冒険者たちに指示を出している。
「いいか、君たち! 斥候の情報によると、こっちに向かっている相手は軽武装のゴブリン七匹とオークが三匹らしいが、何と言っても今回の原因が原因だ! 奴らは死に物狂いで修道女を拉致りに来るぞ! こっちに数の利があるからって絶対に油断するな! 特に女冒険者の諸君――」
ファングは今回の任務に参加している女冒険者たちに向かって叫んだ。
「君たちは覚悟を持って冒険者になったんだよな! だったら魔物共に犯されようが拉致られようが、自分の仲間はともかく他のパーティーに迷惑が掛かるような真似はするんじゃないぞ! その場で犯されても相手の喉笛を噛み切るぐらいの根性を見せろよ! 俺からの報告は以上――ん?」
武蔵、伊織、赤猫、ルリの四人の姿を見たファングは眉間にしわを寄せた。
特にファングは赤猫を強く睨みつける。
「おい、赤猫。君はともかく、どうしてそんな役に立たない荷物持ちをまた連れてきたんだ……おいおい、しかもそっちにいるのはルリ・アートマンじゃないか。いくら冒険者ギルド一の守銭奴でも金の匂いを嗅ぎつけるのが早すぎるだろ」
「えらい言いようやな、ファングの旦那。うちはたまたま商談でこの修道院に来とっただけや。それにうちはあんたらの仕事の邪魔はせえへん。ただ、大事な取り引き場所が魔物に襲われるなら話は別やけどな」
へらへらと笑ったルリに対して、ファングは大きく肩を落とす。
「まったく、〝等級なし〟の荷物持ちに〝守銭奴〟のソロ魔法使いなんてどうしろって言うんだ。俺はあくまで魔物討伐の冒険者を指揮する仕事を受けたんだぞ」
「ならば、四の五の言わずに己の仕事を全うすればよかろう」
などと力強い言葉を発したのは武蔵である。
「それに俺たちはお主たちの仕事の邪魔は決してせん。何だったら、お主たちは全員でここの尼僧を守ってやるがいい」
「聞いたようなことを言うな。俺たち全員が修道女たちの護衛に回ったら、誰が魔物共を討伐するんだ?」
武蔵はずいっと一歩前に出ると、〈無銘・金重〉の鯉口を切って見せた。
「この天下無双人――宮本武蔵に任せておけ。魔物共など俺一人ですべて叩き斬ってやるわ」
いい加減にしてくれ、とファングは声を荒げた。
「素人が粋がるんじゃない。〝等級なし〟ってことは、魔物とまともに闘ったこともないんだろ。それとも、ど田舎で弱ったスライムを倒した程度なのか?」
「いや、俺は今まで魔物と闘ったことなど一度もない」
「ふざけるな! じゃあ、何でそんな大口を叩けるんだ! 俺たち冒険者を舐めているのか!」
怒り狂ったファングを見て、近くにいた冒険者たちは見るからに震え上がった。
その中でも、女冒険者たちなどは顔面を蒼白にさせてたじろいでいる。
「お主たちを舐めてなどいない」
一方、武蔵の表情や態度には一切の変化はなかった。
「俺は本物の魔物と闘ったことはないが、魔物と呼ばれるほどの人間となら闘ったことがある」
武蔵の脳裏に、今まで死合った相手の顔が次々と浮かんだ。
有馬喜兵衛。
但馬国秋山。
宍戸某。
奥蔵院。
吉岡清十郎と吉岡伝七郎。
佐々木小次郎。
他にも数え切れないほどの兵法者と闘ってきたが、その中でもこの七人は顔も実力もよく覚えているほど印象的な兵法者だった。
それこそ、魔物と呼んで差し支えなかったほどの者たちである。
「君は魔物を相手にするということが根本的に分かっていない。相手は下手すればAクラスの冒険者でも苦戦するゴブリンとオークなんだぞ」
ファングは怒りを通り越して呆れたのだろう。
苦々しい表情を見せて大きなため息を吐いた。
「よく田舎から出てきた冒険者志望の連中は誤解しているが、ゴブリンとオークほど人間と闘ってきた魔物はいない。それがどういうことか分かるか? 奴らは決してひ弱で卑怯な低ランクの魔物じゃない。隠密行動と対人戦に慣れた、野に生きる本物の戦士なんだ」
「それはここにいる弟子からも聞いておる。そのごぶりんとおおくという魔物は、剣や斧なども持つ人間の姿に似た小鬼と大鬼らしいな」
ならば、と武蔵は獰猛な〝虎〟の笑みを浮かべた。
「俺がこれまでに死合ってきた兵法者と何ら変わらん。耳や鼻が尖っていようが豚や猪の顔をしていようが、〝斬れば死ぬ〟のならそんなものは虎や熊と同じ。臆したほうが死ぬだけだ」
と、武蔵がファングに堂々と言い放ったときである。
「やべえぞ、ファングの旦那!」
出入口のほうから重武装した一人の男が走ってきた。
鉄斧牛のリーチである。
「リーチ、何を勝手に持ち場から離れているんだ! 盾の役割でもある君が前線から離れてどうする!」
「そ、それどころじゃねえって! 今、斥候の奴らが帰ってきてとんでもねえこと言ってるんだよ!」
「少しは落ち着け、牛男。一体、何があった?」
武蔵がリーチに尋ねると、リーチは「てめえ、まだこんなところに」と武蔵に食って掛かろうとした。
けれども、ファングが颯爽とリーチの前に躍り出る。
「よせ、リーチ。今は仲間同士で争っている場合ではないだろう。それに斥候の連中がどうとか言っていたが、まさか魔物共の数が少し増えたなんて報告じゃないだろうな」
「少し増えたなんてもんじゃねえ! 確認できただけでもゴブリンが五十匹以上、オークも十匹近くになったって話だ! くそっ、こんなの聞いてねえぞ!」
リーチの大声は周囲に響き渡り、他の冒険者たちは明らかに委縮してしまった。
それだけではない。
周囲にいた冒険者たちの口からは「そんな数の魔物を俺たちだけで相手にするなんて無理だ」や、「今すぐ街の警吏隊(街の警察組織)に連絡して増援に来てもらおう」などの意見が矢継ぎ早に飛び交っている。
それは指揮官であるファングも同様であった。
魔物の数を聞いたファングは険しい表情で考え込むと、すぐに冒険者の一人に指示を出した。
「まずは修道長に報告して修道女を裏口から避難させるように伝えるんだ! そして街の警吏隊(街の警察組織)にも増援をよこしてもらうよう急いで使いを出せ! もちろん、駄目元でもいいから王国騎士団にも増援を出すのを忘れるな!」
ちょっと待てよ、とリーチは武蔵からファングに怒りの矛先を変えた。
「正気か、ファングの旦那。 街の警吏隊(街の警察組織)はともかく、王国騎士団に増援なんか頼んだら今回の稼ぎを根こそぎ持っていかれちまうぜ」
「君こそ正気か? そんなものは命があったらの話だろうが。このままだと俺たちは女共を除いて確実に皆殺しになるぞ。もう報酬がどうのこうの話じゃない」
死の匂いが風とともに吹いてくる、戦場の雰囲気がそうさせているのだろう。
ファングとリーチは明らかに険悪な状態になり、伊織、赤猫、ルリの三人も魔物の本当の数を知って絶句している。
しかし、その中でも一人だけ落ち着いている男がいた。
宮本武蔵である。
「話にならんな。この程度のことで取り乱すのが冒険者なのか」
武蔵の発言を聞き、その場にいた全員の視線が武蔵に集中する。
「てめえ、〝等級なし〟の分際で今何て言った!」とリーチ。
「ただの荷物持ちの君が言っていいことじゃないぞ!」とファング。
「武蔵さん、いくらあんたでも口が過ぎるッす!」と赤猫。
「ちょう待てや、オッサン! どれだけ身の程を知らんねん!」とルリ。
「お師匠様……」
さすがの伊織も武蔵の言葉は自信過剰すぎると思ったのだろうか。
伊織は顔を青ざめさせながら、全身を小刻みに震わせている。
「伊織、ちょうどいい機会だ。師としてお主に最初の試練を授ける」
そんな伊織に対して、武蔵は真剣な眼差しで言った。
「今からここは確実に血の雨が降る戦場と化すだろう。間違いなく、お主はこの場から逃げ出したくなるほどの恐怖を感じるはずだ」
だがな、と武蔵は伊織の右肩に優しく手を置いた。
「絶対に逃げるな……むろん、敵に襲われたら容赦なく相手を殺せ。自分の身に危険が及ぶときは、腕を斬られようが足を斬られようが死に物狂いで抵抗しろ」
伊織の肩に置いていた武蔵の手に自然と力が入る。
「構えがどうとか残心がどうとかなど細かいことは言わん。必死に闘って必死に生き残れ。これが宮本武蔵の弟子である、お主が最初に為すべきことだ――赤猫殿」
武蔵は言うべきことを伝えると、目付け役である赤猫に顔だけを向けた。
「すまんが、この伊織にも剣を貸してやってくれ。お主たちの剣は普段から使い慣れていない剣らしいが、素手よりははるかにマシだからな」
「いや、それは構わないッすが……あんた、本気でまともに闘うつもりッスか? 相手は少なくとも五十匹のゴブリンと十匹のオークなんッすよ。ベテランの冒険者の中でも、一度にこんな大勢の魔物と闘ったことのある奴なんていないッす」
「俺が吉岡一門と死合ったときは八十名だったわ」
と、武蔵が京都の一乗寺下がり松での決闘を思い出したときだ。
出入り口周辺を警備していた、冒険者たちから悲鳴のような声が上がった。
「全員、すぐに逃げろ! 敵の数が半端じゃねえ! さっさと荷物を捨てて逃げるんだ!」
武蔵は目を凝らして遠くの光景を見た。
キメリエス修道院から見える、遠くの森から不自然な土埃が舞っている。
来る、と武蔵は愛刀――〈無銘・金重〉を一瞬で抜き放った。
(見せてもらおうか、異世界の魔物とやらの実力を)
武蔵は堪えきれずに、両足に力を込めて強く地面を蹴った。
「オオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!」
大地を震わせるほどの咆哮を上げ、武蔵は死地の中へと駆け出していく。
異世界の地で一匹の獣と化した宮本武蔵。
それは、歓喜の雄叫びとともに疾走する猛虎のようであった――。
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