十七の太刀 討伐任務からの追放
「この世界の夕焼けも、俺らのいたところと大して変わらんな」
茜色の空を見上げながら、武蔵は懐かしそうに独りごちた。
「そうですね。ここが異世界だなんて信じられないぐらいです」
武蔵の隣にいた伊織も、地平線に沈んでいく太陽を見て同意する。
冒険者ギルドから出発して数時間。
武蔵と伊織の二人は、目的地であるキメリエス修道院に到着していた。
そして二人がいたのは正門をくぐってすぐの外来者専用の宿舎の前であり、武蔵と伊織の他にもCクラスからAクラスの冒険者たちが集まっている。
冒険者たちの人数は、全部で二十人前後であった。
それぞれが強固で動きやすい革鎧を重ね着しており、近距離用の長剣と遠距離用の弓で武装している。
今回の魔物討伐の任務を受けた、正式な冒険者章を持った冒険者メンバーだ。
しかし、武蔵と伊織は今回の討伐任務の正式メンバーには入っていない。
あくまでも、冒険者たちの荷物持ち兼雑用という下の立場での参加であった。
だからだろうか、冒険者メンバーたちの武蔵と伊織を見る目つきはどこか見下した感がある。
(やっぱり、こんな市街戦みたいな闘いに荷物持ちなんていらないよね)
伊織は現場に漂っていた雰囲気から、自分が持っている冒険者たちの知識が間違っていないことを確信した。
冒険者たちはクラスにかかわらず、四~五人を一組のパーティーとして動く。
そして街から往復できる距離での任務だった場合、この四~五人のパーティーに荷物持ちや探索要員を加えた七~八人組で行動するはずだ。
全員が戦闘専門のパーティーでは獲物を仕留めたとしても、その獲物の解体や万が一にも負傷者が出た場合に少人数では対応できないためである。
けれども今回のように野営の心配もなく、獲物を仕留めて解体する必要もない護衛もしくは討伐任務の場合には荷物持ちなどいらない。
装備や道具の保管と運搬は、キメリエス修道院の一角を借りれば十分に役目を果たせるからだ。
しかも武蔵と伊織は、ほぼ一般人と同じ扱いの〝等級なし〟だった。
位置的には見習いのEクラスの下――冒険者の試験を受けようと思っている人間を指すらしい。
つまりは冒険者たちから見れば武蔵と伊織の二人は、上からの命令で紛れ込んだ任務に何の関係もない無関係で邪魔な一般人、という認識を持っているはずだ。
などと思っていた矢先、伊織の予感は見事に的中した。
「おい、そこのオッサンとガキ。お前ら、等級なしなんだってな。教えてくれよ、何で冒険者でもない奴らが今回みたいな魔物の討伐任務に参加してんだ?」
一人の大柄な男が武蔵と伊織に話しかけてきた。
年の頃は二十代前半か半ばだろうか。
厳つい顔に薄茶色の髪をオールバックにしていた男は、現代人の伊織からすると〝鎧を着たゴリラが人語を話している〟という印象であった。
「お主は誰だ?」
武蔵は若干の怒気を含んだ目で、百九十センチはあろうゴリラ男を睨みつける。
「ああ? 何だ、その目つきは? たかが等級なしの分際で冒険者Bクラスの俺様――鉄斧牛のリーチと闘るっていうのか?」
(てっぷぎゅう?)
鉄に斧の牛と書いて鉄斧牛と読むのだろうか。
だとしたら、どうやら男はゴリラではなく牛だったらしい。
「鉄斧……ほう、お主はその背中に担いでいる斧を使って闘うのか?」
伊織も武蔵と同じく、リーチの背中から顔を覗かせていた長大な斧に注目する。
斧にはあまり詳しくなかった伊織だったが、よくゲームなどに登場するタイプの斧だったのでよく覚えていた。
槍のように長い柄の先端には刺突用の穂先がついており、その根元には半月状の斧刃が怪しい輝きを放っている。
「おうよ、この鉄斧と俺様の怪力が合わされば一騎当千だぜ」
リーチは威圧的な態度のまま、大きく鼻を鳴らした。
「見たところ、オッサンのほうは生意気に二本も剣を差してやがるが、どうせハッタリかますだけのお飾り剣だろう? 悪いことは言わねえ。さっさと荷物をまとめて出ていきな。どのみち、今回の任務に荷物持ちなんていらねえんだよ」
明らかに伊織ではなく武蔵に向けた挑発である。
直後、伊織は無意識に数歩だけ後ろに下がった。
武蔵が抜く手も見せぬほどの速さで抜刀し、上から目線なリーチの太首を斬り落とす光景を想像したからだ。
しかし、武蔵は大刀を抜くどころか両腕を組んでしまった。
「荷物持ちなどいらぬ……か。ならば、お主も今回の戦には必要のない人間ではないのか?」
「は? どういう意味だ?」
「お主の方こそ、荷物持ちではないのかと言うておるのだ。そんな何の役にも立たなそうな棒切れを大事そうに担いでおるのがその証拠よ」
「て、てめえ!」
こめかみに血管を浮き上がらせたリーチは、その太い右腕を伸ばして武蔵の胸ぐらを掴んだ。
「よくも俺様に向かってそんな舐めた口を利けたな。今すぐ死にてえのか?」
リーチに威嚇されている武蔵を見て、伊織は心の底から心配した。
もちろん、武蔵に対してではない。
自分のほうが力も立場も上だと思っている、リーチと名乗った牛男にである。
「やはりお主は荷物持ちだな。何の策もなく兵法者の襟を取るなどあり得ぬわ」
そう言った武蔵は、自分の襟を持っていたリーチの手首を左手で掴む。
「ぐあああああああ――ッ!」
次の瞬間、リーチは周囲の人間たちが振り向くほどの悲鳴を上げた。
「どうした? 俺はまだ半分も力を込めてはおらんぞ」
握力である。
武蔵はリーチの手首を異常な握力を持って握り潰しているのだ。
メキッ、と伊織の耳にリーチの筋肉と骨が潰されていく音が聞こえてくる。
「く、くそう! 離しやがれ、ボケが!」
額から脂汗をびっしりと浮かばせると、リーチは空いていた左手で武蔵の顔面に突きを繰り出した。
空手や拳法のような直突きではなく、弧を描くようなブーメラン・フックだ。
当たれば相当な威力があっただろうが、あまりにも軌道が単調なため読みやすかったのだろう。
武蔵はすぐにリーチの手首から左手を離し、その場に残像が残るほどの速度で退歩した。
リーチの左フックは見事に空を切る。
それだけではない。
フックの勢いに引っ張られて、そのままバランスを欠いたリーチは地面に倒れ込んだのである。
「お主程度の実力で〝びいくらす〟か……だとすると、〝びいくらす〟と〝ええくらす〟の間には天と地ほどの差があるのだな」
武蔵が自分に言い聞かせるように呟くと、騒ぎを聞きつけた他の冒険者たちがわらわらと集まってきた。
他の冒険者たちが「何の騒ぎだ?」と尋ねてくる。
その中には武蔵と伊織のお目付け役である、革鎧で武装した赤猫の姿もあった。
「みんな、聞いてくれ! こいつら等級なしの荷物持ちのくせに、俺たち冒険者を馬鹿にした口を叩きやがるんだ!」
慌てて立ち上がったリーチは、勢いよく根も葉もないことを大声で喋り始める。
「それだけじゃねえ。そのことを先輩冒険者として軽く注意したら、あろうことかこのオッサンは逆上して俺を突き飛ばしやがった。こんな危ねえ奴らはすぐに追い出した方がいい。たかが等級なしの荷物持ちが、正式な冒険者章持ちの冒険者に暴力を振るったんだぜ。許されるか?」
ざわざわと冒険者たちが騒ぎ始めた。
「い、言いがかりです! 先に暴力を振るってきたのはそっちじゃないですか!」
これには伊織も我慢できなかった。
言いがかりにもほどがある。
「あんたら、師父(お師匠)と約束したっすよね? 揉め事は起こさないって」
赤猫は頭を掻きながら、呆れるように大きく溜息を漏らした。
「だから違うって言ってるじゃないですか。本当にそこの人が先に――」
「もういいッす……どちらにせよ今は作戦前の大事なときなんッすから、妙な揉め事は起こさないで欲しいッす。討伐任務はどんな小さなことが命取りになるか分からないんッすよ」
「赤猫の言う通りだ。任務開始早々に揉め事を起こされては、指揮官である俺としても非常に困る」
伊織は赤猫の隣に現れた一人の冒険者に目をやった。
他の冒険者たちと同じ革鎧を着ているが、ごつい顔ばかりが揃っていた冒険者たちの中で圧倒的に顔の作りが別だった。
高い鼻とシャープなあごが印象的な、金髪碧眼の美青年である。
冒険者ギルドを出発する前に紹介されたので覚えていた。
今回の討伐任務の指揮官を務める、冒険者Aクラスのファングだ。
「本来ならば、君たちのような等級なしは魔物の討伐任務には参加できない。けれども、大恩あるギルド長たっての頼みだから仕方なく参加を許可したんだ」
ファングは武蔵と伊織を交互に見ると、わざとらしく一つ咳ばらいをした。
「だが荷物持ち以前に作戦の士気を落とすようなことをするのなら、このまま黙って見過ごすわけにはいかない。そこで俺から二人に提案があるのだが……」
「回りくどい物言いだな。この際、遠慮せずにはっきり言えばよかろう」
武蔵がそう言うと、ファングは「そうか、分かった」と一本だけ突き立てた親指を外来者専用の宿舎とは別な方向に突きつける。
「では、はっきりと言わせてもらおう。君たちは今回の討伐任務を遂行する上で邪魔以外の何物でもない。だから俺たちの視界に入らない場所で大人しく震えてろ」
「待ってください。それってどういうことですか?」
伊織が慌てて尋ねたのも束の間、他の冒険者たちからどっと笑いが起こる。
「にぶいッすね。あんたら二人は〝用無し〟ってことッすよ」
赤猫は面倒くさそうに頭を掻くと、ファングに「お目付け役は私ッすから、倉庫か馬小屋にでも案内してくるッす」と告げた。
「ああ、どこに置こうが俺らの知ったことじゃない。あとはお前に任せる」
「……了解ッす」
赤猫は武蔵と伊織に「さあ、とっとと行くッすよ」と言うなり、足早にどこかへ向かって歩き始めた。
「え? え?」
伊織は事情がまったく呑み込めずにいると、武蔵はファングに「それでは、これにてご免」と軽く頭を下げた。
続いて武蔵は頭上に疑問符を浮かべていた伊織の腕を取り、軽快な足取りで遠ざかっていく赤猫の背中を追うように歩き出す。
当然の如く、武蔵に腕を取られている伊織も強制的に歩かされてしまった。
どこに向かっているのかも分からず、ただ伊織はかすかな不安を感じながら足を動かしていく。
その中で、伊織の耳には冒険者たちの笑い声がいつまでも響いていた。
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