壁を越える男
市長さんに例のお見合い相手のデータをもらったオレは、電車に揺られながら隣町までやってきていた。
お見合い相手の名前はキリザ・ドゥーラ。世界的に有名なIT企業の社長の息子、らしい。実際、親の方の名前は聞いたことがあった。
お見合い相手の親であるサンザ・ドゥーラは若くして会社を起業し、一代で一気に世界有数の金持ちへと上り詰めた。 表向きは人生の成功者として、本やらテレビやらによく取り上げられている。
だが息子となれば話は別だ。そもそも彼に息子がいたことすらオレは知らなかった。それはオレがその日凌ぎの生活を送っている以上、必要のない情報をゲットしていないことが原因だと思うが、それにしたって親と比較して息子の知名度が低すぎる。
「いわゆるドラ息子って奴なのかもな」
少なくともわかっているのは、有名な社長の息子だというのに結婚を断られるほどの問題がある人物だということだ。ロクな奴ではないのだろう。
そうして相手の事情を想像している間に電車の揺れが止まった。どうやら目的な場所にたどり着いたようだ。
ポック・エモンの街。ここにはサンザが起業した企業の本社がある。独り立ちしていない息子の方もここにいるらしく、誘拐された先はここではないかと、市長さんは話していた。
駅を出ると、オレを出迎えてくれたのはバニラアイスの甘い香りだった。次にパンのイースト菌の香り、それらを合わせたようなハニートーストの香りがした。
もう少し歩くと、今度はニンニクとバターを焦がした匂いがする。美味そうな匂いを辿ってみるとオムライスの露店が開いていた。近くにあった看板を見ると、どうやらガーリックライスのオムライスが人気のようだ。
腹が鳴った。せっかくだと思い、貰った前金でオムライスを二つ買ってそれをペロリと平らげる。
静かになった腹を叩いて満足したオレは、キリザがいると思われる企業の本社へとやってきた。
──さてさて、どうしたものか。
どこを見ても防犯カメラ、セキュリティロック。見れば見るほど、簡単に侵入などはできなさそうだ。
ま、こうなったときにやることは大体決まっているが。
一度外に出て建物の周りをぐるっと一周する。すると一か所だけ監視カメラの設置場所に穴があり、警備員も見張っていない場所があった。一見すると設置ミスだが、経験則から考えると侵入者を誘き出すためのダミーだろう。
こういうところはいかにもな侵入しやすい場所を用意してある。もちろんそこから入ろうものなら即見つかって束縛されるだろうが、逆に言うとそこからは確実に中へ入ることができる。入ってしまえばこっちのもんだ。
「ざっと、5メートルか」
ちょろいな。
足に力を入れて跳躍して囲いの上に乗る。そこから中の景色を見渡すと、予想通りに中の警備員たちがこちらを見ていた。心なしか、口に笑みを浮かべているような気がした。
「侵入者発見。侵入者発見」
「至急束縛せよ」
銃口がこっちを向く。次の瞬間、弾丸の雨がオレを襲った。