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悪役令嬢のお気に入り 王子……邪魔っ  作者: 緋色の雨
第三章

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エピローグ

「まさか、魔族が城に入り込むとはな」


 アルヴィン王子が鼻を鳴らす。彼はいまも席に座っているが、一呼吸で立ち上がって抜刀できるような体勢を取っている。

 フィオナも同じで、なにかの弾みで飛び出さんばかりの緊張感を抱いている。


「エリス、次からは先触れを出してください。ご覧のように、みなを警戒させてしまいます」

「……そうですか。それは申し訳ありません」


 エリスが謝罪を口にするが、あまり悪びれた様子はない。だが、アルヴィン王子達にとっては、魔族が謝罪すること自体が驚きだったのか、目を瞬いている。


 ひとまず、この場のコントロールは状況を理解している自分がするべきだろう。そう考えたアイリスは、さきほど作った席をエリスに勧める。


「……ケーキがありますが?」

「わたくしが作ったケーキです。食べますか?」

「――いただきます」


 一瞬の迷いもなく答え、次の瞬間には席に座っていた。でもって、フィオナ達がそれを意識した瞬間、エリスはいただきますとケーキを口に運ぶ。


 魔族とはいえ、毒がまったく効かないと言うことはないだろう。その思いっきりのよさに、アルヴィン王子とフィオナはぽかんと呆気にとられている。


 彼女はそんな二人の視線に気付くと、指先で口元を隠してケーキを咀嚼。コクンと喉を鳴らすと「私のもたらした情報は役に立ちましたか?」と真顔になる。

 口元にクリームがついていなければ完璧だったかもしれない。


 アイリスが無言でハンカチを差し出すと、彼女はそれで察したのか自分のハンカチで口元を拭った。少し顔が赤いのは、恥ずかしがっているからだろう。


「魔族でもハンカチを持ち歩くのですね」

「魔族にもマナーはありますよ」


 エリスが少しだけむっとした表情で反論する。


「お気に障ったのなら謝罪いたしましょう。ですが、エリス。我々が違う文化を持つ存在であることを忘れると、お互いに痛い目を見ることになりますよ」

「……どういう意味でしょうか?」

「地域によっても考え方が変わることはあるでしょう? 似たような考え方を持っているからこそ、思わぬ違いがあることを理解しなくてはいけません。少なくとも、貴方が城に乗り込む行為は、戦争の引き金になってもおかしくありませんよ」

「……っ。どうやら私は非礼を犯したようですね。あらためて謝罪いたします」


 エリスが今度は申し訳なさげに頭を下げた。文化は違えど、話が通じない相手ではないと言うことが、正しくアルヴィン王子達にも伝わっただろう。

 アイリスはエリスの無礼を水に流し、あらためてリストの話題に入る。


「本題に入りましょう。あのリストはとても有益でした」

「役に立ったのなら安心しました。これで、我々のことを信じてくださいますか?」

「そうですね……いかがですか?」


 アイリス個人でいえば、エリスは信用に値する相手だと考えている。だが、ここからはレムリアという国としての判断が必要なため、この国の王族である二人に意見を求める。

 その問いに対して、最初に「そうだな……」と口を開いたのはアルヴィン王子だ。だが彼は自分の意見を口にするのではなく、「おまえはどう思う?」とフィオナに意見を求めた。

 釣られて、エリスもフィオナへと視線を向けた。


「……え、私?」

「そうだ。こと戦闘関連において、おまえの野生の勘は頼りになるからな。魔族の言葉が信頼できるかどうか、参考までに聞かせてもらおう」

「……なんだか失礼なことを言われてる気がするよ」


 といいつつも、フィオナはどこか嬉しそうな顔をする。参考までとはいえ、この状況で意見を聞かれるようなことはいままでになかったからだろう。

 とはいえ、この状況で表情を緩めるのはまだまだな証拠である。


「……答えたくないのならそれでもかまわぬが?」

「あぁ、待って待って。えっと……エリスさんは、魔の森でアイリス先生を助けてくれたんだよね? そう考えれば、少なくとも利害が一致する部分はあるんじゃないかな?」

「……なるほど、たしかにその通りだな」


 これからのことは不明だし、デメリットも存在するかもしれない。だが既にメリットが存在している以上、後は交渉次第でどちらにも転ぶ可能性はある、という意味。


 物凄くぶっちゃければ『話を聞いてから決めればいい』である。フィオナにそう指摘されたアルヴィン王子がエリスに問い掛ける。


「エリス、おまえの主が求めているのはなんだ」

「この大陸との交易、あるいは食糧難を回避するための技術提供でもかまいません」

「……交易ならば理解は出来る。だが、技術提供というのはおかしな話だな。あれだけ我が国に入り込んでいれば、技術などいくらでも持ち出せたはずだ」


 アルヴィン王子が探るような視線を向ける。


「むろん、持ち出すことも手段の一つとして想定されていました。ですが、我々が一枚岩でないことに加え、対象を連れ帰ることが非常に困難だったことから失敗しています」

「……連れ帰る、だと?」

「我々が求めているのは、アイリス様の知識です」


 刹那、吹き抜けた風に、アイリスの前髪が揺れる。その風が収まるよりも早く、フィオナとアルヴィン王子の二人は、エリスに剣の切っ先を突きつけていた。


「……これは、使者に剣を突きつけるのがこの国のやり方ですか?」

「答えろ。アイリスを攫うつもりだったと、そう言ったのか?」

「私の先生を連れ去るなんて許さないよ」


 二人は本気で怒っている。アイリスは、フィオナが健気で可愛いと頬を緩めつつも、パチンと指を鳴らして結界の魔術を発動させた。

 その結界が、二人からエリスを護る。


「アイリス!?」

「アイリス先生!?」


 二人が信じられないとアイリスに意識を向けた。


「二人とも落ち着いてください。少なくともいま、彼女は我々の敵ではありません。魔族との戦争を止める機会、このような形で失わないでください」

「アイリス先生は……怒ってないの?」

「少なくとも、彼女に対しては」

「そっか。じゃあいいや。ごめんね、私の勘違いだったみたい」


 フィオナは素直に謝罪を口にして、自分の席に座り直した。さっぱりした性格。アイリスへの信頼が厚すぎることが逆に不安になるが、その素直さは可愛らしい。アイリスはフィオナの頭をよしよしと撫でて、それからフォークでケーキを「あーん」と食べさせた。

 その場違いな空気に毒気を抜かれたのか、アルヴィン王子が頭を掻いて自分の席に戻る。


「……なにがあったのか、話してもらおう」


 アルヴィン王子が説明を求め、それにエリスが答える。彼女が語ったのは、過激派の暴走と、穏健派の立ち回りの情報である。

 大雑把に纏めるなら――


 過激派は、食料は奪えばいいし、アイリスの知識は信用できないという考え。対して穏健派は、食料は交易で賄えるし、アイリスの知識は魔族を救うという考え。

 それによって、幾度となく衝突を繰り返している、という話である。


「……それでは交渉が上手くいったとしても、過激派に台無しにされて終わりではないか?」

「過激派とはとどのつまり、理由を作って戦争を仕掛け、手柄を立てたい者達なのです。ですから、協定さえ締結してしまえば、彼らは大義名分を失います」


 人間と交易なんて出来るはずがない。だから戦争で奪うという建前は、交易が決定してしまえば使えないという意味。だが――


「そう上手くいくか? 戦争が目的なら、建前はいくらでも作れるはずだ。それこそ、我らとの条約を破れば彼らの目的は果たせるだろう」

「そこは我が主の手腕にご期待ください」


 どんな人物かも分からないので信用は出来ない。だが、そこが信用できなければ、結局は戦争をするしかなくなってしまうため、期待するしか選択の余地はない。

 それを理解したであろうアルヴィン王子が「そうさせてもらおう」と鼻を鳴らした。

 その瞬間、エリスが軽く目を見張る。


「それは、交易に応じてくれる、ということでよろしいのでしょうか?」

「なにを対価にするのか、どうやって取り引きをするのかなどの詳細は煮詰める必要があるが、内容次第で応じてもよいと陛下は仰せだ」

「ありがとう存じます。感謝の言葉もございません」


 エリスはそう言って頭を下げると、さっそく懐から丸めた羊皮紙を取り出した。そこには、魔族が提供できる品目が書き連ねられている。


「人間が好みそうで、なおかつ領地で多く産出されるものを優先的に候補に挙げています」

「……なるほど、中々に興味深い」


 トップに書かれているのは魔石である。魔導具の動力に使うために、いくらあっても困ることはない資源の筆頭だ。魔物から入手出来るため、魔族領には多くある、ということだろう。


「……というか、魔族的には、魔石を売ることに抵抗はないのですか?」


 アイリスが疑問を口にする。

 魔石は魔物の体内に生成される石だ。それを人間との取り引きの道具にすることになるが、問題はないのかという意味。

 エリスは質問の意図が分からないといった顔をして、それからあぁと手を打った。


「魔族は魔物を従えていますが、別に同族という訳ではありません。あなた方の感覚でいえば、家畜を取引するような感覚だと思います」

「理解いたしました。そういうことでしたらぜひ、リゼルとも取り引きいたしましょう」

「ありがとうございます。……え? リゼル国、ですか?」


 エリスが目を瞬いて、アルヴィン王子とフィオナが目を見張った。


「ア、アイリス、おまえ、ここまで来て抜け駆けするつもりか?」

「抜け駆けするのではなく、抜け駆けを防いでいるだけですわ。というか、レムリア国だけが魔族と取り引きだなんて、またお父様が嘆くではありませんか」


 アルヴィン王子はなにかを言いかけて、それから額に手を添えて溜め息をついた。


「まぁ、その辺も話し合って決めるとしよう。どのみち、薬草園の件で人が派遣されてくるはずだからな。しかし、次から次に大型案件を持ち込んで……リゼルの使者が泣くぞ?」

「きっと嬉し涙ですね」


 アルヴィン王子が肩をすくめる。

 それを横目に、アイリスはフィオナに視線を向けた。


「フィオナ王女殿下、貴女はリゼルに出し抜かれないようにしなければいけませんよ」

「え? あ、えっと……」


 自分に出し抜かれないように、自国の利益を護ってみせろと笑いかける。実際の交渉を利用した、フィオナへのお勉強。それに気付いたフィオナがうーんうーんと唸り始めた。


「――あっ。お兄様、お兄様。我が国は一足先に魔族に食料支援をする、というのはいかがですか? 魔族の過激派への牽制にもなりますし、リゼルへの牽制にもなりますよ」

「……ふむ。悪くはないと言ったところだが……」


 アルヴィン王子がアイリスの反応を伺う。


「そうですね。ではわたくしも、魔族に技術提供をいたしましょう。寒い大地での栽培についてなら、いくつか妙案がございますから」


 アイリスがあっさりと対抗手段を口にする。

 牽制の一手を封じられ、フィオナはしょんぼりと俯いてしまった。


「フィオナ王女殿下、そのように落ち込むことはありませんよ。リゼルを出し抜くには至りませんが、出し抜かれることは防げます。それに、取り引きもスムーズに進むでしょう」


 飢饉を未然に防いだいまならば、レムリアも少しとはいえ余裕がある。過激派の干渉を防ぎ、穏健派の反応を見る手段としては悪くない出費だろう。


「……ほんと?」

「はい。フィオナ王女殿下は確実に成長なさっていますよ。貴女の先生として、わたくしも誇らしく思います。これからも頑張りましょうね」

「うん、がんばるっ」


 フィオナが無邪気に笑った。それに釣られ、殺伐とした雰囲気が和らいでいく。こうして、魔族と人間のあいだで貿易をするための前段階、摺り合わせの話し合いが始まった。


 といっても、取り引きの詳細を決めるのは後日だ。

 いまはどちらかというと、人間と魔族の似て非なる常識の摺り合わせをおこなう。


「……つまり、罪人は法によって裁かれるため、仇討ちなどは禁止、という訳ですか」


 エリスがしみじみと呟いている。彼女と話していて分かったのは、魔族はレムリア国の人間よりも脳筋っぽい、ということである。


「そういえば、我が主が、そういった軋轢をなくすためにも、アイリス様を第二夫人に迎える用意があるとおっしゃっていましたが――」

「ぶっとばすよ!」

「ぶっとばすぞ!」


 フィオナとアルヴィン王子が声を荒らげる、


「ダメですか。では、こちらの王子を、フィオナ王女の入り婿に――」

「ぶっとばしますよ!」


 今度はアイリスが声を荒らげる。

 頭ごなしに続けて却下されたエリスは口をバッテンにしてむぅっと唸った。


「人間は魔族よりも脳筋なのですね。これは摺り合わせが大変そうです」


 脳筋扱いされたアイリス達はそっと視線を逸らした。



 こうして話し合いは進み、魔族領への支援が決定した。

 だが、本当に信じてもいいのか、互いに距離感を図りかねている。探り合うように少しずつ歩み寄り、魔族領への支援が実際に始まった。

 そうして少しの月日が流れたある日、エリスからアイリス宛へ一冊の写本が届いた。それは預言書とも呼ばれる――この世界の元となる乙女ゲームの内容を記した書物だった。

 その内容を目にしたアイリスは、身内に新たな危険が迫っていることを知ることになる。

 

 

 お読み頂きありがとうございます!

 四章は執筆済みですが、投稿まではしばらくお待ちください。


 ちなみに、コミカライズ版の一巻が発売早々に重版しました!

 もう一度言います、重版しました!

 緋色の雨にとって、自作関連で初の重版です。

 小説版もわりと好調なんですが、コミカライズ版はそれを越えて好調のようです。これもひとえに、応援してくださったみなさんのおかげです。ありがとうございます!


 ちなみに、重版分は年明けくらいから本屋に並ぶ予定だそうです。

 まだ書籍を見ていないという方は、その機会に手に取って頂けると嬉しいです。


 なお、いまのところ(変わるかも知れませんが)、四章は来年の早い段階から投稿を開始し、今年中に新作の短編を何本かあげる予定です。

 ということで、今後ともよろしくお願いいたします!

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