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エピソード 3ー5

 試験を終えてから数日後、王城で記念パーティーが開催された。

 詳細はパーティー会場で発表されるという触れ込みだが、ようするにエリオット王子達が国を出て、あれこれ成し遂げたことを表彰するパーティーである。


 建築中の町の件は多くの者達の耳に入っているが、他の件は箝口令が敷かれている。一般参加の者達は、交易の件で盛り上がっていた。


 そんな周囲の声に耳を傾けながら、アイリスはパーティー会場を進む。彼女は光沢のある青いシルク生地で仕立てたドレスを纏っている。

 レムリアを出立する前、アルヴィン王子に贈られたドレスである。


 そのドレスを纏う当の本人は、レムリアの生地を使ったドレスを纏うことで、自分がレムリアの人間になるのだと、周囲に知らしめてこい、という意味だと思っている。

 ただし、これが多感なご令嬢達から見ると少し事情が異なる。


 彼女達の視点では、この国の公爵令嬢が、他国の生地で使ったドレスを纏っているのだ。アイリスにドレスを贈った殿方はどなたかしら? といった感じである。


 そして当然、青いドレスから、青い瞳のアルヴィン王子が浮かび上がる。そういえば――なんて声も上がっているが、アイリスの耳にまでは届かない。


 そうして会場の奥まで進むと、ほどなくしてアイリスと友好のある者達が話しかけてきた。彼らの興味は、アイリスが誰を支持するのか、ということである。


 旧ザカリー王太子派の者達は、第三王子を擁立して、巻き返しを図ろうとしているそうだ。アイリスの中では、エリオット王子と幼すぎる第三王子では比べるまでもないこと。

 だが、彼らはアイリスが第三王子に付けば、流れが変わると信じているのだ。


「アイリス様はどのようにお考えですか?」

「わたくしはジゼルの味方です。それに……わたくしが語るまでもなく、今日のパーティーで、陛下が色々と発表なさるおつもりのようですよ」


 つまりは、陛下の意志に従うという意味。そして、詳しくはその発表を聞いてくださいと躱し、アイリスはするりと人の輪から逃げ出した。


 それからほどなく、パーティー会場から上階へと続く階段にフレッド王が現れた。彼は開口一番、建築中の町についての、エリオット王子の功績を称える。


 ――と、ここまでくれば、皆はフレッド王の思惑を理解する。すなわち、フレッド王はエリオット王子を次期国王、王太子に任命するつもりなのだ、と。

 素晴らしいと拍手をするのはエリオット王子を擁立する派閥で、苦々しい表情を浮かべているのは、旧ザカリー王太子派である。

 だが、そんな風に反応が分かれていたのも最初のうちだけだ。


 モルタルの技術を有効利用したという話が終わり、次は魔族と交易をするという件では会場が大きくどよめいた。そしてオマケのように告げられる、魔物を使役するという爆弾発言。

 理解が遠く及ばない報告の数々に、会場は騒然となった。


 しかし、フレッド王が説明を重ね、それらが現実味のある話であると知った者達は再び目の色を変える。自分達の領地を大きくするチャンスだ、と。


 魔族との交易は、エリオット王子やアイスフィールド公爵家が主導権を握っている。とはいえ、交易をする港町は別の場所だし、そこから王都に続くルートも賑わうことになる。

 魔物の被害が減るのなら、農業や産業を盛んにおこなえる領地もある。

 いまからでも利権に食い込むことは不可能じゃないはずだ――とまあ、そんな感じで、貴族達の思惑が飛び交ったのだ。


(実際、エリオット王子派と、旧ザカリー王太子派が対立していたのは、自分達の利益のためですからね。魔族との交易は、派閥に関係なく影響を受けますもの)


 利益のためなら敵とも手を組むのが貴族である。

 極論ではあるが、自分が利益を得られるのなら、エリオット王子が王になろうと、第三王子が王になろうと、どちらでもいい、という者も少なくない。

 とくに、旧ザカリー王太子派はそういう傾向が強い。

 ザカリー元王太子が失脚して、いまからエリオット王子派に入っても旨味が少ない。ならば、起死回生で第三王子を担ぎ上げよう――という思考の者が多いからだ。


 とまぁそんなわけで、様々な思惑が飛び交う会場。

 階段の半ばで語っていたフレッド王は、階上を指し示した。


「今回の功労者達を紹介しよう。我が息子エリオットと、息子を支えてくれたジゼル嬢だ」


 魔導具によるスポットライトが当てられる。そこには、煌びやかな純白のスーツを着るエリオットと、彼にエスコートされる、やはり純白のドレスを身に纏うジゼルの姿があった。


 一般的に、エスコートをするのは身内。

 でなければ婚約者や恋人といった異性が選ばれる。


 しかも、仲睦まじい姿で現れた二人は、揃って純白の礼服。この光景、この演出を見せられて、その意味を理解できない者はこの場には一人もいなかった。


 だが、だからこそ、それを歓迎する者と、そうでない者に分かれた。エリオット王子派の者達を中心に拍手喝采が巻き起こる。けれど、王太子妃の地位を狙っていた家の者や、ジゼルの能力を不安視する者などの拍手はおざなりだ。


 だが、それは想定のうちである。

 フレッド王が更なる言葉を重ねる。


「この場に二人が揃って現れた理由を理解できない者はいないだろう。その上で、まだ表舞台に上がっていないジゼル嬢の能力を不安視する者もいると思う」


 フレッド王が周囲を見回せば、一部の者は小さく頷き、またある者は目をそらす。


「しかし、ジゼル嬢はあのアイスフィールド公爵家の次女、つまりはアイリス嬢の妹だ。彼女は姉と同様に厳しい教育を受けて育った。そして先日、精霊の加護を受けたのだ!」


 精霊の加護という言葉に会場が沸き上がる。初代賢姫が建国したこの国にとって、精霊の加護を得るというのはそれだけ特別なことなのだ。

 けれど――


「その上で、彼女は現賢姫アイリスから、その地位を譲り受けることとなった」


 その言葉には動揺が広がった。

 アイリスの存在が、ジゼルの栄光に陰りを落としてしまう。


(だから――)


 アイリスの内心を読んだように、フレッド王がアイリスに視線を向けた。


「アイリス、継承の儀式を」

「かしこまりました」


 アイリスはうやうやしく頷いて、フレッド王の元まで進み出た。それからフレッド王にカーテシーをして、階段を上ってジゼルの元へ向かう。


「エリオット王子、ジゼルをお借りいたしますね」

「うん、よろしくね」


 許可を得たアイリスはジゼルの腕を取り、皆が見渡せる階上でジゼルと向き合った。


「……ジゼル、覚悟は出来ていますね?」


 実のところ、フィストリアは既にジゼルに加護を与えている。ゆえに継承の儀というのは、見ている者達へのパフォーマンスに他ならない。

 だが、その演出を以て、ジゼルはこの国の未来を担う賢姫となる。アイリスと同じ働きを求められるイバラの道だ。それでもいいのかと問うアイリスに、ジゼルはゆっくりと頷いた。


「もちろんです、お姉様」

「分かりました」


 ジゼルの覚悟をたしかめたアイリスは、階段の下に広がるフロアにいる人々を見下ろしながら演説を始める。


「精霊の加護は、精霊に認められた者だけが得られる恩恵です。わたくしの妹、ジゼルはこの歳で既に精霊の加護を得ることに成功しました。それは、さきほどフレッド王が語られたとおりです。ですがそれだけでなく、このたびはフィストリアにも気に入られました」


 ざわめきが強くなる。「そのようなことがあるのか?」「では、彼女はアイリス嬢以上の才能を秘めているのか?」なんて言葉が聞こえてくる。

 アイリスはその声が静まるのを待ち、再び口を開く。


「その後、わたくしとフィストリアが話し合った結果、一つの結論を出しました。それは、この国の未来を担うジゼルに、フィストリアの加護を譲渡する、というものです」


 この国の未来を担うのは自分ではない――と暗示しつつ、アイリスは精霊の加護の譲渡を宣言した。本当は、真っ赤な嘘だなんておくびにも出さずに。


「それでは、継承の儀式を始めます」


 再びジゼルと向き合えば、彼女は段取り通りに正面に対して横を向き、アイリスを前に跪いた。それを受けたアイリスは、一歩下がった位置で両手を天に向ける。


「フィストリア! リゼル国を建国せし初代賢姫に力を貸したもう偉大なる精霊よ! この国の未来を担う、才能あるジゼルに聖なる加護を与えたまえ!」


 高らかに叫び、ジゼルの前にフィストリアを顕現させる。


「あ、あれはまさか……精霊? フィストリア様か!?」

「まさか、精霊が自ら顕現し、ジゼル嬢に加護を与えようというのか!?」

「信じられませんわ。そんなケースは歴史を遡っても聞いたことがありません! ジゼル様がそれだけの才能をお持ちだなんて……素晴らしいですわ!」


 今日一番のざわめきが会場を支配した。ちなみに、説明口調なざわめきが混じっているのは、アイリスによる仕込みなのだが――それはともかく。

 フィストリアはジゼルとおでこを合わせ、その接点を中心に淡い光を放つ。そうして幻想的な加護の継承を演出すると、フィストリアはすぅっと消えていった


「これにて、継承の儀を終わります」


 アイリスはそう宣言し、ジゼルをエスコートしてエリオット王子の元へと返す。そうしてアイリスが脇に避けると、エリオット王子がジゼルの手を取ってまえに出た。


「皆の者、新たな賢姫の誕生だ!」


 わあああああと、歓声が上がった。

 さきほどよりも歓声を上げる者が多い。ジゼルの能力を不安視していた者達が味方することで、賛成勢力が反対勢力を塗りつぶしていく。

 二人を祝福する者が過半数を大きく上回る。それを確認したフレッド王が静まれと手を上げた。それを見た者達が口を閉ざし、再び会場が静寂に包まれる。


「今日は大変めでたい日である。だが、報告はこれで終わりではない。このめでたい日に更なる報告がある。エリオット、自らの口で語るがよい!」


 フレッド王がエリオット王子に主導権を譲る。


「僕は共に歩くものとしてジゼルを選びました。そしてそのことを当人達に伝え、父フレッド王並びに、アイスフィールド公爵にも認めていただきました」


 エリオット王子がジゼルを見て微笑み、ジゼルもまたはにかんで応じた。その微笑ましい光景を前に、フレッド王が再び口を開いた。


「聞いての通りだ。リゼルに再び、王族と賢姫の結ばれる時代がやってきた。わしはこの決定を受け、エリオットを王太子に任命することを決定した。よって、いまこの瞬間より、エリオットは王太子となり、ジゼル嬢は未来の王太子妃となる! 新たな世代に祝福を!」

「新王太子、万歳! 未来の王太子妃、万歳!」


 誰かが祝福の声を上げ、それが会場中に広がっていく。

 この日、リゼルは新たな時代の始まりを迎えた。

 

 

 本日、王子邪魔の最終巻が発売となります。

 WEB版の本編に加えて、3万字オーバーのその後の物語を加筆してあります。


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