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エピソード 2ー4

「ア、アイリス様、なぜ魔物を引き連れているのですか!?」


 エリスが支配下においたゴブリンは八体。

 その全てを従えて皆のもとに戻ったら、当然のように大騒ぎになった。護衛の騎士達は剣を抜き、けれどアイリス達に剣を向けることも出来ずに困惑している。


「皆さん落ち着いて、このゴブリン達はエリスの支配下にあります。警戒するなとは申しませんが、ひとまず剣を収めてください」

「は? 支配下に、ですか?」


 護衛の騎士隊長が困惑気味に聞き返してくる。


「魔族が魔物を使役できるという話はしたでしょう? これはその証明です」

「な、なるほど。たしかに襲いかかってくる素振りはありませんな。しかし、その……まさかとは思いますが、そのまま建築中の町へ連れて行くおつもりですか?」


 あり得ないと彼らの顔に書いてある。

 だからこそ、アイリスはことのほかなんでもないような顔で答えた。


「ええ、そのつもりです」

「大騒ぎになりますよ!?」

「懸念はもっともですね。ですから伝令を出して、騒ぎが起きないように……いえ、騒ぎが最小限に収まるようにしてください」


 騒ぎが起きないようにするのは無理だろうと、アイリスはセリフの途中で自嘲する。それを見ていた護衛の騎士隊長は、そこまで分かっていながら何故と言いたげに顔を歪めた。


「どうしても連れていく、と?」

「先延ばしにしても騒ぎが起きるのは変わりません。それに、今回はあまり悠長にしていられません。そもそも、貴方が心配しているのは町で発生するであろう騒動ではないでしょう?」

「恐れながら、その通りでございます。王族の護衛を任された者として、危険な魔物を同行させるのは断固反対いたします」


 彼にとって最大の懸念は、自国と隣国の王族が同席するこの一行に被害が出ることだ。王族の護衛を任された者の判断としては至極当然である。

 だけど――


「魔族の協力をもって魔物の被害を減らすプランは、魔物の使役が安全におこなえるという前提の元に成り立ちます。ゆえに、これは安全を証明するまたとない機会なのです。とはいえ、貴方の懸念も至極当然のこと。ですから……」


 決めるのは貴女です――と、フィオナ王女殿下に視線を向けた。彼女はわずかに驚いた顔をして、すぐにキリッと表情を引き締めた。


「そうだね……護衛の意見はもっともだと思う。ただ、アイリス先生の言うとおり、私達は魔物がちゃんと使役できることを証明する必要があるのも事実だよ。とはいえ、この一行には他国の方もいるから、意見を聞く必要があると思うの」


 フィオナ王女殿下はそう言って、様子を見守っていたエリオット王子に「貴方の意見を聞かせていただけますか?」と話を振る。


(……偉いですね。同意を得れば、万が一にも責任が分散できるし、同意が得られなければ、それを理由に後の交渉を有利に運べる。それをちゃんと理解しているんですね)


 心の中でフィオナ王女殿下を絶賛する。

 そんな駆け引きを理解しているのかどうか、エリオット王子は思案顔で口を開いた。


「そう、だね……。たしかに不安はある。だけど、アイリスさんが最初に言ったように、今回の議題は、魔物の群れを使役できることが前提条件だ。確認は必要だと思う」

「では……?」

「うん。使役した魔物を連れていくことに同意しよう」


 エリオット王子が毅然と答えるが、彼を護衛する騎士達は渋い顔をしている。本来であれば断って欲しい。あるいは仕方なく、という体を取って欲しかったのだろう。


(前回の論戦ではエリオット王子の方が少し上、という印象だったのですが……フィオナ王女殿下の成長が著しい、ということでしょうか?)


 なにはともあれ、同意を得たフィオナ王女殿下は大きく頷いた。


「では、使役した魔物を建築中の町まで連れて行きましょう。護衛の者達には迷惑を掛けますが、リゼルの方々と使用人に危険がないように配慮してください」

「かしこまりました。一命に変えても皆さんを御守りいたします」


 恭しく頭を下げる、騎士隊長はことのほか緊張感を漂わせていた。騎士だからこそ、魔物の恐ろしさを良く知っているのだろう。だがフィオナ王女殿下は「信頼しています」と穏やかに微笑んだ。それから、あらためてエリスへと視線を向ける。


「申し訳ありませんが、魔物の扱いに関しては、彼らにしたがっていただけますか」

「フィオナ王女殿下の仰せのままに」


 彼女もまた恭しく頭を下げた。こちらは、フィオナ王女殿下――というか、人間に危害を及ぼすつもりはないというパフォーマンスだろう。それでも、フィオナ王女殿下に従うというエリスの言葉に、多くの者達がわずかに表情を和らげる。

 こうして、使役した魔物の群れを隊列に加えた一行は建築中の町への移動を再開した。


 そして数日。

 一行はなんら被害を出すことなく、建築中の町へと到着した……のだが、当然と言えば当然のように、使役された魔物の群れを見た出迎えの者達は騒然となる。

 そうしてざわめく出迎え達の中から、ゲイル子爵が進み出た。


「アイリス様、これは一体どういうことですか!?」

「……まるでわたくしが元凶みたいな物言いですわね。先触れは出したはずですよ?」


 魔物を使役することになった――という連絡はもちろん、使役した魔物を実際に連れて行くと決めた時点で、次なる先触れを送っている。

 騒ぎになるのはそちらの不手際では? と、アイリスが目を細めた。


「想定外の出来事が起きたとき、原因はおおむねアイリス様だと、アルヴィン王子からうかがっております。それに、使役した魔物の話はうかがいましたが、町の入り口にまで連れてくるとは思いませんよ。まさか、町の中に連れていくつもりですか?」

「それこそまさかです。――フィオナ王女殿下」


 説明は貴女が――と促すと、彼女は一歩前に進み出た。ゲイル子爵が「これは、フィオナ王女殿下。ご挨拶が遅くなって申し訳ありません」と頭を下げ、他の者もそれにしたがった。

 そんな彼らを見回し、フィオナ王女殿下は次期女王として振る舞う。


「気にする必要はありません。それよりも魔物を連れてきた理由ですが、このように安全に使役できていると、実際に見せるためです」

「……なるほど。こうして目の当たりにしても、信じがたい光景ですからね。魔物を使役することが出来たと、口頭で説明されても信じなかったかもしれません」

「分かっていただけてなによりです」


 フィオナが鷹揚に頷く。


「それで、魔物を実際に町へ入れるおつもりですか? そのおつもりなら、さすがに警備態勢やらを見直す必要がありますが……」

「いいえ、皆に安全線を証明するという目的も果たしましたから、この後は食料を与え、魔の森付近に待機させるつもりです」

「待機、ですか? しかし――」


 ゲイル子爵は離れた場所でも使役が可能なのかと視線で問い掛けてくる。フィオナ王女殿下は軽く目を伏せることで同意して「詳しいことは会議で話すつもりです」と詳細を伏せた。

 それから「アイリス先生――」と無言の指示を出す。

 アイリスは小さく頷き、フィオナ王女殿下の横に立った。


「ゲイル子爵、滞在するレムリアの役人を集めてください。それとネイトはディアちゃんに連絡を、会議の後で話をしたいと伝えなさい。イヴは会議室の準備を。それと……」


 エリオット王子に視線を向ければ「リゼルの方は僕が話します」と応じてくれた。こうして、建築中の町での話し合いの場は早急に整えられた。


 とはいえ、重要な部分はグラニス王と既に摺り合わせを終えている。後にリゼル国でフレッド王と話し合いをする必要があるが、この町で話すことは少ない。


 レムリアの役人に大まかな計画を伝え、それらに対する準備、心構えを周囲に要求する。そうして、あっさりとレムリアの役人との折り合いはついた。


 その後、アイリスは町の中央の北側、隠れ里の者達に与えられた区画へと移動する。その一等地にある屋敷を訪ねると、すぐに応接間へと通された。

 窓辺から差し込む淡い陽差しの中、ソファに腰掛けるクラウディアの姿があった。彼女はいつもの恰好で、憮然とした表情をアイリスへと向けている。


「つい先日別れを告げたばかりなのに、なぜ短期間でこんな大事を持ち込むんだ、おまえは」

「お騒がせして申し訳ありません」

「心にもないことを。……もういいから、そこに座ってさっさと本題に入れ」

「そう? ならそうさせてもらおうかな」


 公爵令嬢としての仮面をぺいっと脱ぎ捨てて、アイリスはソファに腰を落とした。だけど背筋は伸ばしたまま、クラウディアに真剣な眼差しを向ける。


「さっそくだけど、隠れ里の人々にとっても、悪くない話を持ってきたつもりだよ」

「……魔物を使役できる、らしいな。だが、分かっているのか? 隠れ里は先日、魔物の襲撃を受けたばかりだ。そればかりか、毎年のように被害を受けているのだぞ?」


 隠れ里には長寿なエルフもいる。長生きだと言うことは、それだけ魔物の被害を受けた記憶を多く持つと言うことだ。かつての大戦で被害を受けた記憶を持つ者だっている。

 使役するよりも、仇を討って欲しい――と、願うものもいるだろう。


「もちろん、分かっている……つもりだよ。感情的に受け入れがたい人がいるであろうことも理解してる。でも、ディアちゃんなら合理的に考えてくれるって、そう思ったから」

「……なるほど。わざわざこの地を候補にしたのはそれが理由か」

「そうだね、それが理由」


 もちろん、エリスやディアロス陛下に対価を支払いやすいから、という理由はある。だが、周囲との軋轢を避けるためなら、他の候補地はいくらでもあった。隠れ里の付近を選んだ理由には、前世で一度は失った隠れ里を平和に――という想いがあることは否定できない。


「しかし、分かっているのか? 使役が順調だとしても、感情的な者はいなくならない。ましてや、使役に問題が発生すれば、相当な大事だぞ?」

「その点は、エリスのことを信用するつもり」


 魔族の襲撃の際、アイリスを護ってくれたこともあった。他の魔族が人間をハメようとしたときも、人間側に理解を示してくれた。それはきっと人間が好きだから、なんて理由ではなく、ディアロス陛下の――延いては魔族のためだろう。

 それでも、魔族の暮らしを豊かにするためならば、エリスは人間を裏切らない。そこさえ理解していれば、エリスと敵対することはない――と、アイリスは確信している。

 そう口にすると、クラウディアは肩をすくめた。


「ずいぶんと歪な信頼だな。しかし……たしかにそういった信念に従う生き方をしている者は行動も理解しやすい」

「そうだね」


 その点、クラウディアは面白そう――なんて理由で動いたりするので読みにくい。もちろん、信頼できる人物なのだが……


「なんだ、なにか言いたげな顔だな?」

「なんでもないよ。それより、隠れ里の住人を説得する役目を引き受けてくれないかな? 私としては、ディアちゃんが引き受けてくれたら嬉しいんだけど」

「……そうだな、引き受けてもいい――といいたいところだが、おまえが族長に話せ」

「……族長の説得を私が? でも、この後はエリオット王子の一行と共に、リゼルに報告に戻る予定なんだけど? 隠れ里に向かうとなると、その後になるよ?」


 隠れ里との往復はそれなりの日数が掛かるので、そのあいだリゼルの一行を待たせるわけにはいかないという事情を打ち明ける。


「あぁ、その点なら心配するな。族長はいま、この町へ来ているからな」

「……そう、なの?」

「ああ、少し待っていろ」


 クラウディアが手元の呼び鈴を鳴らすと、すぐに執事が部屋に入ってきた。


「お呼びでしょうか、クラウディアお嬢様」

「アイリスが族長に話があるそうだ」

「かしこまりました。お伝えしてまいります」


 恭しく頭を下げて、執事は退出していく。

 その光景を見送ったアイリスは、思わずといった感じて口を開く。


「……ディアちゃんが、都会に染まってる」

「やかましい。効率を考えた結果だ。何処かの小娘が、忙しなく対応を迫るからな」


 おまえのせいで忙しいと、遠回しに言われたアイリスはやぶ蛇だったと口を結んだ。慌てて、話を逸らそうと考えを巡らせる。


「あーでも、この町の代表として暮らすなら、使用人は必要だよね。でも、使用人の所作をよく学んでる人だったね。隠れ里から連れてきたの?」

「いや、レムリアの国王陛下が紹介してくれた」

「それって……」


 グラニス王の息が掛かった使用人だ。隠れ里側のあれこれが筒抜けになるのでは……? とアイリスは思ったのだが、レムリア側の人間として言葉を濁した。


「心配するな。私が、その程度を想定していないはずがないだろう」

「そっか、そうだよね」


 分かってるならいいやと、アイリスは考えることを放棄した。アイリスらしからぬ思考だが、クラウディアなら問題ないという信頼の表れでもある。


「でも、そっか、グラニス王の紹介かぁ……」

「なんだ?」

「いや、ディアちゃんの趣味かと思って」


 執事は若く、線の細い美青年だった。そんな執事にお嬢様と呼ばせている。『ディアちゃん、染まりすぎでしょ』などと内心で考えていたわけだ。


「アイリス、なにか失礼なことを考えていないか?」

「そ、そんなことないよ」


 視線を逸らす。そうしてそっぽを向いたアイリスの横顔を、クラウディアがジーッとジト目で見つめている。アイリスが沈黙に耐えかねた頃、天の助けか扉がノックされた。

 

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