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姉との確執 2


 私はこの後何度かお姉様に面会を申し出ましたが、お姉様は私に会っては下さいませんでした。そしてお姉様と面会できないまま、『宮廷を辞すように』との伝言だけ受け取り……仕方なく私は自分の領地に帰って行きました。


 戴冠式の後、お姉様は国教をカトリックに戻し、カトリックの形式で婚姻をした自分の母親が私たちの父ヘンリー8世の正式な妻であることを確認させました。そしてカトリックのミサを大々的に行うことを宣言し、プロテスタント貴族たちにもそのミサに参加するよう、要請しました。そしてその要請は私のところにも送られてきました。


 「エリザベス様、女王陛下の参加なされるミサに参加なされるよう、招待状をお届けに参りました」


 お姉様からの使者が言いました。プロテスタントは聖書のみを信仰の対象としますから、ミサのような荘厳な形式の儀式は不要なものという立場です。私はその出生の事情からカトリックを信仰したことはありません。その私にミサに参加せよということは、私にカトリックに改宗せよというお姉様からのお達しでしょう。


 「わかりました。私もミサに参加いたします。その前にお姉様と面会させていただけないでしょうか?ミサには初めて参加いたしますので、ミサにあたっての心がけなどお姉様に伺っておきたいのです」


 「女王陛下はお忙しくいらっしゃるので確約はできませんが……伝えておきましょう」


 使者はそういって帰って行きました。


 その後、問題のミサが間近に迫ってきているというのに、私はひどい腹痛のせいで起き上がれないでいました。しかし参加すると返事してしまった以上、参加しなければカトリックに改宗する意思はないと示すことになってしまいます。下手をすれば謀反の疑いさえかけられてしまいかねません。私は腹痛に耐えながら這うように、お姉様の住む宮殿に向かいました。


 「ミサに参加するため参りました……。お姉様に面会させていただきたいのですが、お願いできませんか……?」


 出迎えに来た役人にこのように伝えると、お姉様の執務室に案内されました。

 久しぶりにお会いしたお姉様は何故か随分疲れていらっしゃるように見えました。未婚の女性らしい、胸元の広くあいた若々しいドレスをお召しになっていましたが、帰ってそれが顔色を悪く見せているようでした。 


 「久しぶりね、エリザベス。……ずいぶん顔色が悪いようだけど……?」


 お姉様は私の顔色を見て怪訝な顔をしていました。


 「女王陛下におかれましては、ご機嫌麗しく。私の顔色は最近腹痛に悩まされておりましたので、そのせいでしょう……。この度初めてカトリックのミサに参加させていただきます事、ありがとうございます。私はなにぶんミサに参加するのは初めてですので、ご指導いただければ幸いでございます」


 私は腹痛に耐えながらなんとか直立してお姉様のお顔を見ながら言いました。お姉様は鷹揚に微笑みつつ……どこか冷たい目をして私に言いました。


 「良い心がけね、エリザベス。そうやって大人しくしていれば何もしないわ。毎週ミサに参加しなさい。私がいろいろ教えてあげましょう」


 この後毎週行われるミサに私もできるだけ参加するようにしました。欠席するとお姉様のきついお叱りを受けました。


 「お前という子はせっかく私がカトリックについて教えようというのに、どういうつもりなの?」


 お姉様は激しい怒りを込めた低い声で私に言いました。このころ私はまだお姉様から激しい怒りや憎しみの感情を向けられるのに慣れていませんでした。私はお姉様の変わりようが悲しくて、思わず涙がこぼれそうになりました。


 「本当に申し訳ありません……。このころずっと激しい腹痛で起き上がらないことも多いのです……」


 「……言い訳はまたそれなのね?こんなに長く腹痛に悩まされるなんてお前の心がけの問題ではないのかしら?……もういいわ出ていきなさい。もう私に会いに来なくていいわ」


 冷たい目をして私にそういって私に背を向け、お姉様は私に退出を促しました。それからもう、ミサの前にお姉様に私が呼ばれることは無くなりました。しかもそれだけでなく、この後お姉様は私と全く面会してくださらなくなってしまったのです。





 一方で即位してカトリックを復活させたお姉様はさらにカトリックの国の王子、スペインのフェリペ殿下をご自分の結婚相手として選ばれました。


 この急激なカトリック復帰がプロテスタントを信仰する者たちの不安をあおり、各地でフェリペ王子との婚姻を反対する集会が行われるようになりました。さらにプロテスタントを信仰する貴族たちも加わり、フェリペ王子との婚姻を阻止するための反乱がおこってしまったのです。



そのころ私はきっとお姉様の変化に心が参ってしまたのでしょう、相変わらず何日も何日も腹痛に悩み、起き上がれない日が続いていました。そんなときに反乱軍の使者がわが館にやってきたのです。


 「エリザベス様、トマス・ワイアット様からの使者がいらしております……どうなさいますか?」


 トマス・ワイアット様はお姉様の婚姻に反対する反乱軍の首謀者でした。会って話せばおそらく私も反乱の疑いをかけられます。しかし、面会しなければ、反乱軍にこの館を占拠される恐れもありました。この館が反乱軍に占拠され、拠点となればますます私が反乱軍に加わったという疑いが強くなってしまいます。


 「面会するわ。ただ、体調が悪いので短時間のみと伝えてください」


 私は執事にこう告げ、起き上がって面会の用意をしました。


 「エリザベス様、はじめてお目にかかります。体調が悪いと伺いましたので、早速ですが本題に入らせていただきます。我々反乱軍はロンドンを目指して進んでおります。こちらの館はロンドンに近く、あまり守りの固い建物ではありませんので、エリザベス様には身の安全を図るため、バークシャーのドニントン城に移動していただきたく存じます」


 反乱軍の使者はこのように述べました。やはりこの館を拠点とするつもりのようです。しかも私が彼らの指定する城に移ってしまえば、そのまま囲われてしまい、私が反乱軍の旗印にされてしまうに違いありません。

 

 「お気遣いありがとうございます。ですが私は今、体調不良に悩んでおります。とても移動できるような状態ではないのです。すみませんが、お引き取り下さい」


 私はこういって使者の申し出を断りました。私の顔色が悪いのを見て、体調不良が嘘ではないことが分かったのでしょう、使者はそれ以上何も言わず帰って行きました。



 その後反乱軍は各地で政府軍に勝利し、お姉様のいらっしゃるロンドンに迫る勢いを見せました。いよいよ反乱軍がロンドンに攻め入ろうという直前、メアリーお姉様はロンドンにせまる反乱軍を迎え撃えうつにあたってロンドン市民を鼓舞するために演説しました。特徴的な迫力のある大きな声でお姉さまはロンドン市民に訴えかけました。

 

 「私はイングランドと結婚しました。スペイン王子と結婚するのはイングランドにとって最善だと思ったからです。決して自分の個人的な幸福を追求したものではないのです!私は皆様とともに生き、死に、皆様の財産、家財、名誉を守り、安全を図り、皆様の妻と子供たちの幸福のために精一杯努力します!」


 こう訴えるお姉さまの気迫にロンドン市民は涙を流して感動していたそうです。それまでどちらに味方をするか迷っていたロンドン市民は、この演説に鼓舞され、反乱軍に抵抗することにしたようです。

 この後、反乱軍の首謀者トマス・ワイアットはロンドン市民の抵抗にあい、ロンドンに入ることができませんでした。彼は結局その後、政府軍に逮捕され、この反乱は失敗に終わりました。

 トマス・ワイアットをはじめとする反乱軍の人間100人余りは処刑されました。これに加担していたジェーン・グレイの父も同じく処刑され、お姉さまの前にわずか九日間だけ女王だったジェーン・グレイも連座して処刑されました。まだ16歳の少女でした。彼女は花のようにかわいらしい方で、優しく賢く、出自も何一つ瑕疵のない少女でしたが……ただ結婚相手がノーサンバランド公爵の息子だったことだけが彼女の不幸でした。

 


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