弟の死、姉の即位
この事件の後、弟を処刑したエドワード・シーモア様は周囲の信用を失い、結局ご自身も権力を奪われ、反逆の疑いをかけられて処刑されてしまいました。
わたしはもう誰にも利用されないよう、お父様から譲られた領地にこもり、勉学に励むことにしました。目立たないよう、装いも地味なものを心掛けていました。
そんな私をみて、利用価値を見出せなかったのでしょう、私の代わりにエドワード・シーモア様に代わって権力を得たジョン・ダドリー様が利用したのがジェーン・グレイでした。
ジェーン・グレイは私の父の妹の娘にあたる少女でした。私より5つ年下で、キャサリンお義母様のところで私と共に教育を受けた、聡明な少女でした。彼女は私の父ヘンリー8世から私に次ぐ王位継承権を与えられていました。ジェーン・グレイは花のようにかわいらしい方で、優しく賢く、出自も何一つ瑕疵のない少女でした。私よりはるかに華やかに見え、プロテスタントであり、出自にも瑕疵がない彼女にジョン・ダドリー様は利用することにしたのです。
弟エドワードは体が弱く、即位してからずっと母親ジェーン・シーモアの兄であるエドワード・シーモア様に補佐されてきていました。それにとってかわったジョン・ダドリー様が権力の座に就いたころ。エドワードにもう正常な判断能力もなかったようです。ジョン・ダドリー様は王族にしか認められていない公爵の地位に自分を叙し、ノーサンバランド公爵となりました。そして、権力をエドワードの死後も維持するためにジェーン・グレイと自分の息子を結婚させ、エドワードには次期王位継承者をジェーン・グレイとする書類に署名させたのです。
ジェーン・グレイは最後まで女王になるのを嫌がっていたようなのですが、カトリックを深く信仰するお姉様が女王になってしまっては、プロテスタントの者たちが弾圧されるに違いないと説得され、承諾したそうです。
この時ノーサンバランド公爵たちはエドワードの治世で女官として大人しく仕えていたお姉様が自分たちに反抗し、決起するとは思ってはいなかったようです。しかしお姉様のお母様、キャサリン・オブ・アラゴン様はお姉様が国王になることを亡くなるまでずっと望んでおり、国王になるのに必要な教育をお姉様に受けさせていらっしゃいました。そしてお姉様にしてみれば、男であるエドワードが自分に先んじて国王になるのは我慢できても、同じ女性であるジェーン・グレイや私が自分に先んじて国王になるなど決して許せることではなかったのでしょう。ジェーン・グレイの即位の一方で、メアリーお姉さまははサフォーク州の城に移り、抵抗しました。敗北したら対岸のネーデルランドに逃亡し、従兄のカール五世を頼るつもりだったようです。
「亡き父ヘンリー8世の長女として、この度の王位継承に抗議します。私こそがイングランドの正当な承継者です!!」
お姉様は民衆の前で堂々と宣言しました。お姉様の威厳のある態度に民衆たちは心動かされ、反旗を翻したお姉様を討伐するために兵を向けてきたノーサンバランド公爵を打ち負かしたのです。
その様子に心動かされたのか、当初国内貴族に味方のいなかったお姉様でしたが、トマス・ラドクリフをはじめとして高位貴族が、カトリックのものだけでなくプロテスタントの貴族も、次々とメアリーお姉様につきました。あまりにノーサンバランド公爵の専横が過ぎるのもあったのでしょうか。支持を失ったノーサンバランド公爵はあっけなくお姉様に敗北し、大逆罪で処刑され、ジェーン・グレイは九日で退位したのでした。
こうしてメアリーお姉様はメアリー1世として即位しました。私はお姉様の勝利をお祝いするために、久しぶりに華やかな装いをまとってお姉様のもとに向かいました。
「メアリーお姉様、おめでとうございます!」
駆けつけてこういった私にメアリーお姉様は優しく答えました。
「お祝いありがとう、エリザベス。私の戴冠式にはぜひ参加してね。豪華なものにするからあなたも豪華な衣装でいらっしゃい」
お姉様は機嫌よく見えたので、私は気にかかっていたことを尋ねました。
「ありがとうございます、お姉様。……ところでジェーン・グレイのことなのですけれど……彼女の処遇は決まりましたか?」
これを聞くとお姉様は顔を曇らせてしまいました。彼女の処遇は難しいので当然ですが……彼女は私にとってもお姉様にとっても妹のような存在なはずですから、どうしても聞いておきたかったのです。
「ジェーン・グレイはロンドン塔に拘束したわ……。彼女が心配なのね?安心しなさい。彼女を処刑するつもりはないわ。彼女は大人に利用されただけだったのだし……」
お姉様は顔を曇らせながらもこう答えてくださいました。それを聞いて私は安心して領地に戻り、お姉様の戴冠式への用意をすることにしました。
ですがお姉様が優しいお姉様だったのはこの時が最後でした。私はどうしてお姉様があんな風に変わってしまったのか……今でもわかっていません。




