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父の死



 私が小さいころ、私は自分にお母さまがいないことに気が付きました。私の側で私の母のように私を可愛がってくれる存在はあったけれど、それは私の養育係であることに気が付きました。


 「ねえ、キャット?私のお母さまってどこにいらっしゃるのかしら?見たことも聞いたこともないのだけれど、もう亡くなられたの?」


 私の言葉を聞いて、養育係のキャットは暗い表情をしていました。きっといつかは聞かれるだろうと思っていたけれど、答えるのは嫌だったのでしょう。しかし彼女は私に対して誠実に答えました。


 「エリザベス様のお母さまは亡くなられております。ある罪に問われて処刑されたのです。……その罪が本当はどんなものだったのかは、エリザベス様が大きくなられてからご自分で考えられるのがよろしいかと思います。お母さまの処刑にあたってエリザベス様がお母さまに連座しなかったのは、エリザベス様が健康で賢い少女だったからです。このことを心に留めて、これからも勉学に勤しんでいきましょうね」


 キャットのこの言葉はもちろん私にとって衝撃的なものでした。私の立場がとても複雑で危ういものであるのか知った瞬間でした。そして私の存在価値は私が健康で賢い少女であることに尽きるのだということを知った瞬間でもありました。この日から私は勉学にますます打ち込みました。賢くなければ処刑されるかもしれないのだとわかったからです。


 その結果私は周りの少年少女よりはるかに賢い子供となりました。その上私は健康そのもので、周りのどの子供より体格がよかったのです。そして姉弟の誰より私が父に似た容貌に育ちました。そんな風に私が非の打ちどころのない成長を見せるので、父は私を気に入り、ほかの姉弟と同じように扱いました。現在ただ一人の王位継承権者である弟のエドワードは別の城で暮らしていましたが、メアリーお姉さまと私は一緒の城で生活するようになっていました。お姉さまは面倒見がよく、私に楽器の演奏を教えてくださったり、宮廷での礼儀作法を教えてくださったりしました。ですがお姉さまの侍女は私につらい態度をとることがありました。


 「メアリー様を苦しめた愛人の子供がどの面を下げてメアリー様の前に現れるのかしら?」


 彼女はこういってメアリーお姉さまと私が交流するのをしばしば妨げました。しかしそれに気づいたメアリーお姉さまは彼女を諭して言いました。


 「亡くなった母親の罪を幼いエリザベスに問うのは良くないわ。エリザベスはまだ2歳の時に母親を失ったのよ?私と違って優しい母親との思い出すらないのよ?父親はあのとおり無償の愛をくれるような人ではないのだし。エリザベスのような哀れな子供には親切にすべきよ?」


 お姉さまはこんな風に言って私をかばってくださいました。

 そのおかげで私は出自の微妙な子供ながら、国王の子供としてメアリーお姉さまと同様に丁重に周りに扱われていました。


 そしてお父様がキャサリン・パー、私の親愛なるお義母さまと結婚してから、私はメアリーお姉さまとともに王位継承権を回復され、弟やお父様と一緒に暮らせるようになりました。お義母様は大変優しく面倒見の良い方で、心の病に悩むようになったメアリーお姉さまをいたわって療養させてくださったり、私をお父様の子供として他の姉弟と同じように育ててくださったりしました。ただ一人の王位継承権者として他の者と隔絶されて育っていた弟は、姉である私やお姉さまと暮らせるようになり、ずいぶん明るくなったと思います。そのお義母様もお父様の機嫌を損なって危うく処刑されかけたりしたこともあったのだけれど、賢いお義母様はうまく回避なさりました。やはり女は賢くなくては命が危ういのだと、ますます私は勉学に打ち込むようになりました。

 私の知識が高度なものとなってきたので、新たに家庭教師が選定されることになりました。新しく家庭教師となったケンブリッジ大学のロジャー・アスカムは私に男性並みの教育を施してくれました。彼はほめて伸ばすのが信条の教育方針で、楽しく勉学を勧めてくれました。ギリシャ語やラテン語の指導だけでなく、古典の弁舌集からに男並みの弁舌を指導していただきました。私は自分でギリシャ語やラテン語が読めるようになると、キケロの弁舌集と歴史家リウィウスの作品を読破しました。ギリシャ語で新約聖書と雄弁家イソクラテス悲劇作家ソフォクレスの作品を読みました。私は読書から過去の悲劇がどのように起こったのかや、その悲劇に対してどのように立ち向かえばよいのか学びました。これは後々本当に役に立ったと思います。



 そして1547年1月28日、お父様が亡くなりました。お父様は古傷を悪くして、ずいぶん長い間臥せっておられたけれど、とうとう亡くなられました。

お父様はイングランド王ヘンリー八世。ヨーロッパの片隅にある小さな島の一部の国であるイングランドをヨーロッパの主要な国へと押し上げた偉大な国王でした。

 偉大な国王である一方、お父様は強権的な手腕で恐れられた国王でもありました。失態を犯した側近をためらいなく処刑しましたし、自分の妻も不要と判断したならばあらゆる手段を使って排除しました。排除された妻の一人が私のお母さまでした。

 だから長い間お父様は私の恐怖の対象でした。もちろん、娘として随分可愛がっていただいたとは思います。食事にも着る者にも不自由ない生活を送らせていただいたことには感謝しています。でもそれ以上にお父様は恐ろしい存在でした。私の母もその友人も利用した挙句、邪魔になったら何のためらいもなく切り捨て処刑し、処刑した後はまるで存在しなかったかのように扱っていました。私もいつそのようにされるのだろうか、と恐ろしく思っていました。

 そのお父様が亡くなって私は恐怖から解放されたのだと思っていました。それがとんでもない勘違いだと知るのはそう遠い未来ではありませんでした。

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